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イベント当日。
イギリス館と書かれたプレートのついている重厚なコンクリートの入り口を抜け、車を回すために用意されたサークル状の車寄せ、その右側に白い洋館があり石造りの階段を上がって玄関の大きなドアを開ける。
目の前には広い廊下、その廊下を挟んだ目の前にホールの入り口があり、午前の部に数組のミニコンサート、昼休憩を挟み、午後の部は冬真含めた三回の講演があり、冬真がその最後を担当することになった。
基本はイベントを主催した団体のスタッフが、設営、客や参加者の対応もしていたが、来ている客も多いせいかスタッフは始終バタバタと慌ただしい。
既に冬真の講演は満員だったが、後ろで見ていては?という冬真の誘いに喜んでいくことにした朱音は講演の開始時間より遙かに早く午前の部がまだ途中というのに到着してしまい、一旦洋館に戻ろうかとも考えたがスタッフの人手が足らず大変そうな様子をただ見ていることは出来ず声をかけてしまった。
「何してるんですか、朱音さん」
その声に振り向けば、カジュアルなジャケットを羽織った冬真が何かのファイルを持ち不思議そうな顔をして立っていた。
家では割とラフな格好をして、仕事では必ず三つ揃いのスーツ、今日は格式張った講演ということでは無いためチノパンとカジュアルな白シャツに薄茶色のジャケット姿。
冬真が少し首をかしげれば、少し長めの艶やかなダークブラウンの髪が流れ、そんな冬真を既に女性達が少し離れたところで熱い視線を容赦なく向けながら騒いでいる。
そういう女性達を特に冬真が気にしていないのを見て、日頃からこういう目にあうのはさぞかし大変だろうと、朱音は外で会うたび妙な心配をしてしまっていた。
「スタッフの皆さんがお忙しそうだったので、冬真さんの関係者と言うことでお手伝いを」
そう言いながらホールに入る人に、本日の資料です、と笑顔を浮かべて渡す朱音を見て冬真は目を細める。