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出来ればあんな素敵な女性とお茶をしたり、恋の話をしたり、一緒に買い物に行ったりしたかった。
あんな素敵な姉がいたのならどんなに幸せだろうとつい思ってしまった分、寂しさをどうしても感じてしまう。
「朱音さん?」
心配そうに声をかけた冬真を朱音は見つめる。
確かに冬子は消えてしまったけれど、あの優しい人は目の前にいるのだ。
朱音はそう思って笑みを浮かべた。
「すみません、昨夜おかしなものを見たことは覚えているのですが、何だか訳がわからないというか、いえ、嘘だとは思わないのですが、その」
「どうかお気遣い無いように。無理もありません」
朱音が言葉を選びつつもなんと言えば上手く言えるのか悩んでいたら、冬真が穏やかに答えた。
「冬子さんに会った時からその美しさに異世界の人だと思ったくらいで、今も本当に自分は起きているのか自信がなくなりそうです」
「大丈夫です、ちゃんと起きてますよ」
笑顔で冬真は返してきたが、何かズレている。
起きているか起きていないかわからなくさせているのは、恐ろしいほどの美形が目の前にいることも大きな要因なのだが。
「昨日見たあのバケモノのようなものって何だったんですか?」
消えてしまったとはいえさすがに朱音としてはまた化けて出てこないか気がかりだ。
「あれは生き霊です。
仕方なく手荒な方法を使いましたが、もう朱音さんに何かすることは無いので安心して下さい」
詳しいことは話せない。
必要最小限の返答だけで打ち切った冬真の意味を理解して朱音はそれ以上聞かなかった。
しかし、あまりに色々起きて朱音としては思わずため息が出てしまう。
「もう夢だったら良いなって思います」
思わず肩落として言った朱音に冬真は、
「そうですよね、怖い思いをさせて申し訳ありませんでした」
そう言って頭を下げたため、朱音は慌てて、違うんです、と事情を話し出した。
「実は、来月中にアパートを出て行くように管理会社から郵便で一方的に通告されまして。それも昨夜」
「何故そんな急に?」
「建物が安全基準を満たしてないそうで」
あはは、と乾いた笑みで朱音が言うと、冬真は形の良い顎に手を当て何か考えているようだった。