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トントン、というノックする音がして慌てて真面目な顔をして朱音が座っていると、例の男が軽く会釈をして違うドアから片手に大きなトレーを持ち入ってきた。
ローテーブルの上にトレーから可愛らしい焼き菓子が沢山置かれたお皿、そして可愛らしいピンクの花柄のソーサーとカップを置き、ティーポットから静かに注げば爽やかな香りと共に薄い湯気が立ち上がった。
可愛いカップなだけに、これをこの無愛想な男が選んだのかと思うと笑えてしまう。
いや、多分冬子さんの趣味で可愛いものしか無いのだろう。
勝手に朱音は一人納得した。
「紅茶はエディアールのエディアールブレンドになります。
主はまだしばらく時間がかかりますのでこちらにてお待ちください。
そしてご用がある場合はこちらのベルを鳴らしていただければすぐに参ります。
決して、勝手に、こちらの部屋を出ないようにお願いいたします」
朱音を見ているようで見ていないように感じる真っ黒な瞳でその男が念押しするように言うと、クリスマスの音楽会で使いそうな小さなハンドベルを机に置いて会釈をすると出て行ってしまった。
朱音は男が出て行ったのをみて息を吐く。
あんなに、視界に入れないかのように冷たくあしらわれるとやはり凹む。
私のような庶民がうちのお嬢様に近づくなどもっての外!とか思っていそうだ。
それももっともだと思いながら透き通ったオレンジ色の液体に口をつければ、柑橘系の香りが優しくて、少し気持ちが楽になった。
お菓子をつまみ、紅茶を飲みつつ、時々スマホをいじりながら冬子を待つが、仕事部屋の音は全く聞こえない。
朱音は、冬子の方からわざわざ直接渡したいと言ってくれたことで、もしかしたらこれを機会にお近づきになれないだろうかとドキドキしながら、置かれているティーポットに被せられたキルティング製のカバーを取り外し自分でカップに注いで、自分の気持ちを落ち着かせながら冬子が来るのを待っていた。