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「朱音さん」
後部座席に乗り込みシートベルトをしようとしていた朱音に、冬子はかがんで声をかける。
「あなたはもっと自分を大切に、そして素直に行動された方が良い運が回ってきます。
それに、あなたにふさわしいお相手にはきちんと巡り会えますから焦らなくて大丈夫ですよ」
「本当ですか?」
「えぇ、本当です。
ですからもっと自分に自信を持って、大切にしてあげて下さいね」
優しく冬子が言うと朱音はくしゃりと顔をさせたが、頑張って笑みを浮かべる。
自分に自信が無いのに、明るく頑張ることが普通になっていた朱音には、冬子は本当の女神のようだった。
弱い部分も見抜かれた上で自分を大切にとまで心から言ってくれた人は、母が亡くなってからはいなかったのでは無いだろうか。
そんな人がふさわしい相手に出会えるというのなら、どうしたって信じたくなる。
運命の人と出会って付き合うことが出来たなら、まだ見ぬその人と一緒にもう一度冬子さんに会いに行きたい。
冬子さんの言ったとおり、素敵な人と出会えました、と。
朱音はもっと話したい気持ちを必死に我慢して再度お礼を伝えた。
「お気をつけて」
「はい、ありがとうございました」
後部座席の窓が閉まり、車は静かに駐車場から道路に出る。
窓を開けて振り返ってみれば、冬子が歩道まで出てきて胸の前で手を振っていて、朱音は出来るだけ後ろを振り向きぶんぶんと手を振った。
遠ざかる冬子の姿を未だ後ろを向きながら見ていたら、運転席の男が家の住所を聞いてきたので素直に住所を伝えると、かしこまりましたとだけ言って前を向いたまま。
ナビも無いのに大丈夫だろうかと思ったが、地図が頭に入っているのだろう。
執事のような人を雇えるだけの女性だ、やはり冬子さんはとんでもないお嬢様だったのかもしれない。
朱音は、夢の世界から現実に戻されていくのを、段々とビル街になる外を眺めながら感じていた。