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もちろん自分の分は自分で支払い済み。
恩着せがましく先にカードで支払ったようだが、きっちり計算した上で多めの額を無理矢理男の手に握らせた。
あれくらいの額で恩着せがましくする時点で、ケツの穴の小さい男だ。
生活が大変な朱音からすればあの額は小さくないのだが、よく考えれば何でお金を払ってまで我慢し続ける時間を味わったのかと思うと思い返すだけで腹が立ってくる。
食事途中に『せっかくのスープの香りも貴男の香水で消滅してますけどもしかして鼻炎ですか?』とか、『遙かに若い女に説教しないと満たされない自尊心とか惨めですね』とか、『だからその歳で結婚できないんですよ』等々言いたいことは沢山あったが、必死に我慢した自分を褒めてやりたい。
そんなこんなでとんでもなく心身が疲れた朱音は、その男と一緒に食べたはずのフレンチの味の記憶など無く、こんな拷問に耐えた自分にご褒美をあげなくてはと、素敵なカフェで美味しいデザートが食べられないのか、男と別れ人の賑わっている店が並ぶエリアに着いたと同時に無表情でスマートフォンで検索し、横浜元町洋館の中で素敵なカフェに大人気のお洒落な『生プリン』があるとの記事を読んで、私はプリンで心を浄化させるのだと、ただ無心にそこへと向かっていた。
坂を登り、急な階段を上りきれば平地になり、左を見れば『PORTHILL YOKOHAMA』という青いアーチの看板が出てきて、足下には『港の見える丘公園』という石の表示を見つけた。この奥がすべて公園のようだ。
この『港の見える丘公園』は横浜港を見下ろす小高い丘にある公園で、横浜ベイブリッジが目の前に、左側奥を見ればみなとみらいの高層ビルも一望でき、隣にあるイングリッシュローズガーデンは、薔薇がメインの美しい花壇が広がり、ベンチで休憩している人や、絵を描きに来たりと人気のスポットである。
そんな楽しげな公園の中に行きたい衝動を朱音は我慢し、スマートフォンの地図で現在地を確認しながら歩いて行く。
交番横の歩道を進めば、右側の緑豊かな場所は外国人墓地。
この周辺は時折マンションもあるものの、豪邸や洋館などがあって見るからに高級住宅地だ。
大きな木が生い茂る公園の奥に見えたのは薄いグリーンの壁に濃いグリーンの戸が見える洋館で、お目当ての『エリスマン邸』という表示を見つけ、やっと目的地に着いたと朱音は頬が緩みそうになりながらその洋館の入り口に入ろうとした時、すれ違った夫婦の会話が耳に飛び込んできた。