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「僕は・・・・・・」
そういうと冬真は黙ってしまい、朱音は不安げに視線を少しだけ冬真にちらりと向けると、冬真は朱音を見ていた。
「せっかく逃そうとしているのに」
その呟きは無意識だった。だからこそその無意識に冬真は困惑する。
感覚というものは魔術師にとってとても大切だが、ロンドンで出会った朱音にラブラドライトのネックレスを贈ったのはただの子供への気まぐれ、朱音をこの洋館に住まわせたのは利用できると思ったからだ。
彼女に信頼してもらえるように優しく接し、子供に思える行動をフォローするため保護者代わりとして対応もした。
だから利用した詫びとして、出来るだけ不自由しない新しい住居も用意したはずが、結局彼女はここにいて、今度は戻ってこいなどと言っている。
自分は彼女をどうしたいのだろうか。
冬真の美しいグレーの瞳が自分を見続けていて、朱音は恥ずかしくて逃げたくなる。
あの夜、青かったあの瞳は見間違いでは無い、そう思うけれどとてもここではその理由を聞けない。
朱音は冬真の行動と発言の真意が理解できないのがもどかしかった。
「僕は朱音さんが幸せに過ごしてくれることを望んでいます」
ふと口に出した言葉に偽りは無い。
だから、と続けようとして冬真はまた口をつぐむ。
朱音はその言葉がどこまで本当かわからないと思うのに、やっぱり自分が思っていたことに間違いは無かったと思えてしまう。
「やっぱり冬真さんは優しい人ですね」
そんな無邪気な朱音の言葉は、まだ自分を正しく見ていない事を冬真に確信させた。
あんなに恐ろしいことに巻き込まれ、まだこの子はこんなことを言うのかと。なのに、どうして自分の何かが揺さぶられるのだろう。
「戻ってきて良いというのは本当なんですか?また責任を感じたからじゃ」
黙っている冬真に、朱音はどう返すべきか悩んでいた。
ここに戻りたいというのはずっと願っていたこと。でもそれで冬真は苦しまないだろうか。
朱音は人に迷惑をかけることに臆病になっていて、なかなか素直に受け取れない。
出て行けと言われたのが今度は戻ってこいと言われる彼の真意は何なのだろうか。