37
全身濡れてもゴミ袋を放さず、救急隊員に毛布をかけてもらい色々質問に答えているときに冬真が現れ、あんな切羽詰まった顔も、声も、そして自分を見つけ安心した冬真を見ながら朱音はこれは夢なのだと思った。
自分をちゃんと見て欲しかった、本当は大切にされていると感じたかった、まだ自分を覚えていて欲しかった、そんな沢山の身勝手な欲望が見せている夢なのだと。
この洋館で目覚めてやっと現実だとわかった今、ありがとうございます、とお礼を口にすべきなのに声を出すことを躊躇してしまう。
何か言いたげな朱音に気が付きながら、
「オーナーから、当分朱音さんの部屋が使用できないと連絡がありました。
すぐに他の手配は厳しいですし、どうでしょう、ここに戻ってきては」
にこりと冬真が言えば、朱音は目を見開き時が止まったようになっている。
だがハッとしたような顔をして朱音は顔を俯かせ首を横に振ってから再度顔を上げた。
「ありがとうございます。どこかすぐ家を探します。それまでは安く過ごせる場所に適当にいるので」
「もしカプセルホテルとかを考えているのならやめておいた方がいい」
いえ、そんな立派なとこじゃ無くと言い返そうとしたが冬真の表情を見てそれを飲み込むと、
「色々とご心配おかけしてすみません。ここでまた目を覚ませるとは思いませんでした。
明日には出て行きます。とりあえず一旦戻って必要な物も取ってきたいので」
朱音が笑みを浮かべて言ったのを見て、冬真の取り巻く空気が変わる。
「それは許しません」
平坦な声。
なのに怒りを含んでいるかのようで朱音は思わず身体を強ばらせ、冬真はそれに気が付き自分に驚いていた。
「・・・・・・冬真さん、すみません」
笑みを浮かべていた朱音がその表情を消し謝った。
「私、何度もご迷惑をかけて」
「違うんです、謝るのは僕の方です」
朱音が再度謝罪をしようとしたら、冬真が止める。
「僕は自分に怒っていたようなんですがそれも気が付かず朱音さんを怖がらせてしまいました。
朱音さんが謝ることは何もありません」
以前似たようなやりとりをリビングでしたことを朱音は思い出し、また何か冬真が苦しんでいるのではと心配になる。