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冬子の後ろに続き洋館の横へ行くとそこは二台ほど車が余裕で停められそうな広い駐車場で、エンジン音の聞こえる黒い車の横に、黒の細身のスーツに身を包んだ背の高い男が立っていた。
腰までありそうな長い黒髪を後ろで一つにまとめ、身長は約180センチ以上ある。
目鼻立ちはくっきりとして目の色も髪もオニキスを思い浮かばせるような漆黒。
無愛想、いや無表情にも思えるようなその男は近くに来た朱音に目を細く開けてちらりとだけ視線をよこし、すぐに冬子の方を向く。
嫌われてる、めっちゃ嫌われてる。
それ以外に感じようのない態度を取られ、朱音は内心凹んだ。
「彼女を自宅までお送りして。
絶対に家の前以外で下ろしては駄目よ?」
「かしこまりました」
深々とその男は右手を胸の前で曲げて頭を下げ、再度顔を上げると後部座席のドアを開けて、早く乗れ、と言わんばかりの視線を朱音に向けた。
朱音は悲しくなりながら車に向かう。
この無愛想な男は、おそらくこの家の執事のようなものなのだろう。
このご時世日本に執事なんているんだろうか、いや、この地域ならあり得るのかもしれない。
やはりとんでもないお宅にお邪魔してしまったのだ。
車に乗り込む前に、朱音は冬子の前で頭を下げた。
「今日は本当にありがとうございました」
「こちらこそ迷惑をおかけしてごめんなさい」
「迷惑なんて一つも!
私、冬子さんとお会いできて本当に嬉しかったです」
そう言いながら、花のように明るい笑顔を朱音は浮かべる。
こんな素敵な人に出会えた。そして話しが出来て褒めてくれた。
あのロンドンと同じくらい大切な思い出が出来たことが朱音は嬉しかった。
朱音のその心からの言葉と笑顔に、初めて冬子の瞳の中が揺れたことを朱音は気づかない。