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「引っ越しは、明日でも大丈夫ですか?」
「えぇ」
「なら明日引っ越しさせて下さい。よろしくお願いします」
「・・・・・・では手配を進めておきます。
晩ご飯はこちらに持ってこさせましょう」
「いえ、いらないです」
冬真は立ち上がり椅子を元の場所に戻すと首を振る。
「駄目です。かなり手から出血しましたしきちんと食事を取って下さい。
アレクが食事の際は付き添いますから」
そう言うと朱音の返事を待つこと無く部屋を出て行き、朱音はそのドアをしばらく見つめた後、上半身を横たえた。
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翌日、朝から引っ越し業者がきて荷物を梱包していた。
前のアパートより広いこの部屋に合わせ物も増えて、前のアパートと同じ部屋の大きさならかなり捨てなくてはいけないけれど、ここでは何も捨てるものを選ぶことが出来ず、とりあえず全て荷造りしてもらうことになった。
考えてみたら色々家電や生活雑貨も必要だ。
でもここで家賃など支払わなかった分貯蓄に回せたので、かなり楽に揃えられるだろう。
既に物が片付いてしまった広い部屋を見回し、朱音は冷静にそんな事を考えていた。
「朱音」
後ろから声がして振り向くと、健人が部屋の入り口にもたれかかっていた。
「俺が今日一日付き合う。買い物もあるだろうし。
晩飯も抜かないように見張る」
朱音はそんな健人に苦笑いを浮かべる。
「見送りもしないで逃げる男なんて忘れてしまえ」
朱音の側に来て真剣な顔でそう言った健人に、朱音の表情が泣きそうになって俯く。
「そうは言っても簡単には無理だよなぁ」
俯いた朱音の頭を大きな手が撫でれば、大きく包み込む優しさが手から伝わるようで朱音は唇を噛みしめ涙を堪えた。