17
「あら、もうこんな時間」
部屋の隅にあるチェストの上にある置き時計に冬子は視線を向けた。
既に夜の八時を回っている。
気がつくと部屋には電気がついていて、朱音は話すのに夢中でまさか三時間以上もここにいるとは思っていなかった。
「すみません!こんな時間まで」
「引き留めてしまってごめんなさい、つい話すのが楽しくて」
「いえ!私こそ!」
話すのが楽しかったのはこっちだ。
いつも自分が相手と話すときに注意を払っているからこそ、その気遣いがとても大変かがわかる。
冬子が最後までこんな自分に気を遣ってくれていることが、心から朱音は嬉しかった。
「こんなに気楽に楽しく話せたのは久しぶりで、それも冬子さんが私が話しやすいように気遣ってくださったおかげです。
ありがとうございました」
朱音が椅子に座ったままぺこりと頭を下げると、冬子は目を細める。
「違いますよ、朱音さんが素敵な方だったから私も楽しくお話が出来たんです。
もし私との会話がそう感じたのでしたら、それはあなた自身によるものですよ」
穏やかに微笑む冬子を見て、朱音は急に涙が出そうになった。
映画を見て泣くことはあっても、他人様の前で涙が出そうになるなんていつぶりだろうか。
気が付けば人の顔色を見て、どうすれば機嫌を損ねないかということばかりに気を遣っては疲弊する、そんな自分が嫌だったのに、この人はこんな風に自分を褒めてくれた。
いつもならお世辞だと思えるはずなのに、この人から褒めてもらったことはお世辞だとは思いたくは無い。
それだけ彼女の言葉は朱音にとって、とても大切で魔法のように感じられた。
ふと、冬子の背後にある置物がキラリとひかり、朱音は何が光ったのだろうとそちに視線を向ければ、そこにはさっき気になっていた円柱のハーバリウムがあった。