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「パウダールームに行ってきます」
俯いて朱音は立ち上がり、鞄を掴むと足早に席を立った。
唯一フロアにいたスタッフにトイレの場所を案内されて、朱音とスタッフが喫茶室から消える。
トミーは隣の席に置いておいた古い鞄を開けて厳重に包んでおいた小瓶を取り出し、周囲を再度伺った後、朱音の飲みかけのカップに中の液体を数滴垂らす。
無色、無臭のその液体はあっという間にその琥珀色の液体に溶け、トミーは朱音の座っていた隣の席に置いてある朱音のコートを見れば、薄いベージュのコートの襟には、目印と言われていたラピスラズリのブローチ。
名前は朱音と確認済み。
『娘の誕生石が目印とは、彼はやはり娘を愛していたんだな』
そう呟いて、小瓶をまた鞄にしまった。
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変な音がする。
ぼんやりと目に入ってきたのは古い木の床、そこには冬真からもらったラピスラズリのブローチが無残に壊され転がっている。
そして顔に飛んできたそのぬめっとした何かが額にたれ、その異様な臭いに朱音の意識はしっかりとめざめた。
足と手を紐、口にはタオルで結ばれ、冷たい木の床に朱音は横たわっていた。
目線の先には椅子に座る人が見え、顔を何とか上げれば、テーブルの上で何かを切っているのかギコギコという音が部屋に響きとても異様だ。
朱音は必死に顔を動かし自分がどこにいるのか部屋を見渡せば、古びた洋館の中なのか、窓は板で打ち付けられ、壁紙は色あせて至る所破けている。
すきま風が入ってきて、朱音の顔がひんやりとした。