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その日の夕方、キッチンに入った冬真はアレクがドライフルーツがふんだんに入ったパウンドケーキと朱音の好きな紅茶を用意しているのを見て笑う。
「落ち込んでいる朱音さんにですか?アレクは随分と朱音さんに甘くなりましたね」
アレクは準備していた手を止めてすぐ近くに来た主人に顔を上げれば、冬真は笑っているようでその取り巻く雰囲気が変わっている。
「構いませんよ、今はね」
そう言うと、ミネラルウォーターのペットボトルを一本冷蔵庫から取ってキッチンを出て行き、アレクはその背中を無言で見ていた。
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一月も半ばの土曜日、朱音は濃いピンク色のセーターにジーンズ、その上にベージュの少し長めのコート、もちろん胸元にはラピスラズリのブローチをして元町ショッピングストリートで買い物を終えて洋館に向かう道を歩いていたら、歩道で誰かが洋館を見ている。
横浜山手洋館地域は公開されている場所以外にも所々に洋館があるため、観光客がこの洋館を見に来たりすることもある。
だが立っている男は外国人で年齢は五十か六十歳くらいの冬真の艶やかな髪とは違い至る所が跳ねた黒っぽい髪で、黒のコートに古びた革製の大きな鞄を持って顔を上げ洋館を見ている姿に朱音はもしかして冬真の親戚なのかと気になった。
朱音が今は細いツタしか絡んでいない入り口にあるアーチの前に来ると、男が朱音に気が付いた。
「めい あい へるぷ ゆー?」
念のためとその言葉だけ覚えていたが発音もたどたどしく、目の前の男はきょとんと朱音を見ていたが、オー!と大きな声を上げ朱音はビクッとする。
笑顔の男が朱音に前のめりで近づいてきたかと思うともの凄いスピードの英語で話しだし、朱音は引きつった笑みを浮かべながら単語だけでも聞き取れ無いか必死になっていた。