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「でもあのお兄様は好きでしょう?」
ニヤッと絵里が朱音の顔を伺うように小声で聞いてきて、朱音は言葉に詰まった。
「少しでも距離を縮めたくないですか?
せめてあのお兄様が無理でも素敵な恋愛したいでしょ?
お姉さん彼氏いないんだし!」
何も言っていないのに朱音に彼がいないことが確定されていて、あげくここは歩道なので人が時々何事かと通りながら視線を向ける。
朱音は絵里が爪楊枝で自分のハートをぷすぷす刺している気がして、何故こんな拷問に見知らぬ女子高生から遭っているのかわからない。
「だから一緒にインカローズのブレスレット、買いに行きましょう!」
もうその場に倒れようかな、と思っていた朱音は、その絵里の言葉で我に返った。
「この周辺の女子達に特別なインカローズのブレスレットが流行ってて、それが滅多に買えないんですけど、今連絡が来たんです。
20歳から25歳までの彼氏のいない女性を連れてきたら、インカローズのブレスレットを確実に売ってくれてその上半額にするって!
もちろんお姉さんも半額になるみたいだし、こんなの初めてだから絶対行った方が良いですよ!
場所も中華街に近いみたいで、受付まで45と分くらいしか無いから私達を助けると思って付き合って下さい!」
絵里は興奮した顔と声で朱音に詰め寄ったと思ったら、少し後ろでぽかんとしていた真央に、ほら、真央もお願いしなよ!と絵里にせっつかれ、二人で同時に朱音に頭を下げた。
朱音は唐突な流れに面食らい、戸惑ったように必死な顔の女子高生達を見ていた。
「お姉さん!買わなくても良いの!
連れてくるだけでも良いって書いてるからお願いです、助けると思って一緒に来て!」
絵里は必死だった。
これはきっと運命だ。
私が頑張ってこの人を連れて行けばずっと真央の欲しがっていたインカローズのブレスレットを確実に売ってくれる、それも半額で。
なんとしてでも連れて行かなければと義務感に駆られていた。