12
別に彼と結婚したい訳じゃ無い。それが無理なのはわかりきったことだ。
だけど結婚をするのなら父親に勧められた条件ばかり良い相手ではなく、自分で好きになった相手と付き合ってしたい。
そうは言ってもまだあの人以外、忘れられないほど好きになった人に出会ったことは無いけれど。
「もしかして、どなたか気になる方が?」
沈んだ表情をしていた朱音が、ふわ、と柔らかい表情を一瞬だけ浮かべたのを冬子は見逃さなかった。
彼女の気持ちを戻す手助けがあるように思え、冬子は優しく問いかける。
「気になる、というか、昔、素敵な人に出会ったことがあって」
彼のことは気になるという存在では無く、もう憧れや夢の存在に近いだろう。
「もしよろしければ、お話を聞かせては下さいませんか?」
あくまで自然に尋ねてきた冬子に、朱音は彼のことを話したい気持ちが膨らむ。
この話を友達にしたことがあるが、夢物語、思い出は心の奥に仕舞っておけと言われ、二度と話すことは無くなった。
でもイギリスと関係し、ラブラドライトのような瞳を持つこの人に聞いて欲しい。
朱音は膝に置いていた手をぎゅっと握って顔を上げると、大切な思い出を話し始めた。
「短大最後の年に、ロンドンへ一人で旅行に行ったんです。
路地裏を一人で歩いてて、レンガ造りの建物で角に入り口のあるアンティークショップが気になって思い切って入ってみました。
店内に入ると人気が無いので怖くなったんですが、見れば大きな柱時計から食器まで雑多に置かれていて、気が付けば宝探しをしている気分になりながら見て回っていました。
そこでテーブルの上に並んでいた一つのペンダントに目がとまって。
グレーの丸い石のついた銀製のペンダントで、手に取って少し動かしてみるとそのグレーが美しい青色に変化するんです。
びっくりしてこれは何だろうと思っていたら、突然声をかけられたんです『この石はラブラドライトですよ』って。
あ、もちろん英語でした、わかりやすい単語で話しかけてくれたんですが」
話しながらもまるであの時のことが鮮明に蘇る。
夢のようでそれは現実の出来事。