熱帯の畑に溝を掘るという事
熱帯、特に雨季と乾季が明瞭に別れた地域での農業について、少しでも参考となればと思い、エッセイにしました。
なお、個人の経験を基に考察しているだけですので、学術的な裏付けはありません。
ご注意を。
私は南回帰線よりも赤道に近い位置にある、太平洋の小さな島国に数年間滞在しておりました。
日本に本部のあるカトリック系の修道会が同地に支部を持っており、カトリック信徒の知人の紹介で、その修道会が現地で行っているボランティア活動に参加したのです。
有機農業で畑作りを行い、その技術を発信していくというような活動でした。
若い頃から海外(特に発展途上国)で暮らしてみたいと思っていたので、知人の紹介は渡りに船です。
二つ返事で渡航を決めました。
一応その国の事はA国とさせて頂きます。
面積は四国くらいで島の真ん中を東西に山脈が走り、雨季と乾季が比較的明瞭に分かれている熱帯性の気候です。
雨季は一年の間に3ヵ月くらいでまとまった量が降り、乾季には余り雨が降りません。
そのような気候の地で畑作りを手伝っていました。
A国は貧しいながらも熱心なカトリック国という事もあり、同じカトリック国から様々な支援の手が届いておりました。
その中の一つに、長年ブラジルで農業をされてきた、戦後移民の方の農業指導があったのです。
その方(ここではB氏とします)に教えて頂いたのが畑に溝を掘るという技です。
具体的には幅50cm深さ50cmの溝を、5m~10mの長さで掘ります。
こんな感じです。
その効果なのかは分かりませんがビフォーアフターです。
ビフォー(2004年)
アフター(2007年)
同じ位置から撮影していないので分かりにくいですし、比較がありませんので意味が薄い画像ですが、とりあえず個人の印象では料理バナナの成長は著しかったです。
その成長ぶりにはB氏も驚いたそうなので、私の思い込みではなさそうとだけ言わせて頂きます。
尚、畑に撒いたのはもみ殻を焼いた灰だけで、肥料は何も施しておりません。
と言うか周りは肥料など買えない貧乏な者ばかりですから、購入する必要のある肥料は使えないのです。
それもあって有機(無肥料を以て有機農業とは言いませんが)農業です。
ただ、他で切り倒したバナナの茎を割き、マルチにはしています。
不耕起と高畝、マルチ、溝を掘る、それがB氏に教えて頂いた技術です。
有機物マルチに肥料効果は余り望めませんので、生育に影響を与えたのは主として溝だと思われます。
尚、マルチの効果は熱帯の日差しを遮る事、雨の直撃を防ぐ事等です。
アフター状態の溝の断面を見ればミミズの糞が容易に見つかりました。
ビフォー時には全くと言っていい程ミミズなんて見なかったのに、不思議です。
ミミズの糞には肥料分がありますし、団粒構造の促進も促します。
溝を掘った事でミミズが増え、土が肥えたのでしょうか?
しかし、どうして溝を掘っただけで変わるのでしょう?
一つには土に水が足りていなかったという可能性があります。
バナナは水分を必要とする植物なので、育ちが悪かったのは土中の水分が制限要因になっていたのではと。
また、ミミズも水分がない乾いた土では繁殖出来ませんから、溝を掘るまでは増える事が出来なかったのかも。
A国の雨季には結構な量の雨が一気に降るのですが、一気に降る雨は意外と土に浸透しません。
表面を流れていくだけで、土の中にはしみ込んでいかないのです。
これには土質も関係します。
粘土質だと打ち付ける雨が表土を固着させ、乾燥する事で更に固くなり、まるで魚の鱗のようになってしまい水を弾きます。
雨は多いが土の中は乾燥しているという事になってしまいます。
それが溝を掘る事によってそこに雨が溜まり、ゆっくりと水分が土に浸透していったのではと思うのです。
降った雨を無駄にしなかったという訳です。
次に、土の中に酸素が入りやすくなった可能性です。
植物は主に葉で酸素を吸収していますが、実は根も呼吸を行っています。
植物に水をあげ過ぎると良くないのはその為です。
土の中が水で満たされてしまい、根の周りの酸素が減少するのです。
因みに水田の稲が大丈夫なのは茎が中空構造になっており、空気が根まで通りやすくなっているからです。
ここでもミミズの役割は大きかったりします。
ミミズは土の中に穴を掘って進みますから、ミミズが増えると土の中は穴だらけとなり、雨がしみこみやすくなりますし、空気の通りも良くなります。
当然、根に酸素が供給されやすくなるという訳です。
また、ミミズが増えなくても、土は湿ったり乾いたりを繰り返しているとヒビが入ります。
収穫期となり、水を落とした水田の土がヒビ割れているのを見た事がある方もいらっしゃるでしょう。
ヒビが入れば空気との接触面が増えますから、土に酸素が供給されやすくなります。
溝を掘っていない状態ではヒビは表面くらいで、土の深くは酸素が欠乏しやすいのです。
50cmの溝は、ヒビとして考えれば相当な深さでしょう。
更に、溝の中に葉っぱなどの有機物が堆積し、肥料となった可能性です。
畑の中に余計な有機物があると、病害虫の発生を引き起こしてしまう危険性がありますが、貧しい農家ばかりですと作物は自給用であり、基本的に少量多品種となります。
トウモロコシとインゲンを一緒に植えるなど、混栽でもあります。
そうなると病害虫が蔓延するリスクは低減します。
というより、伝統的な栽培法はそういう方法しか生き残らなかったというべきでしょうか。
それは兎も角、溝がある事で、土に還元されるべき有機物が風で飛ぶという、肥料分の飛散を防いだのかもしれません。
それが土に供給され、植物の成長に繋がったのかも。
以上が溝の効果の考察となります。
B氏にはそこまで解説して頂いた訳ではありませんので、全ては私の推測に過ぎません。
全くの的外れとなっている可能性も大です。
とは言え溝を掘るのはスコップがあれば出来ますから、雨季と乾季に分かれた熱帯で自給的な農業をされている方は、実験程度に試されてはいかがでしょう?
尚、気象や土壌の条件が違えば結果も異なってきますので、あくまで実験程度に止め、確かな効果があるようなら広げて下さい。
別の場所を撮影した画像です。
2005年6月に畑を作り始めた当初はこんな状態でしたが、
2007年7月にはこうなり、
2008年12月にはこうなりました。
同じ季節、同じ時間で撮影していないので光の具合が違い過ぎますね、申し訳ありません。
年中いた訳ではないので揃える事が出来ませんでした。
とりあえず立ち木は無視しても、下草の面積が増えているかと思います。
2005年の時点では短く固い草だけでしたが、2008年となると柔らかい長めの草になってました。
立ち木はマメ科で、落ち葉を堆肥に、ある程度育ったら薪に活用する目的で植えています。
薪を集めるのも一苦労でしたので。
追記(11月9日)
アフリカマイマイが繁殖している地域では、有機物の溜まった溝は絶好の隠れ場所となり、作物に重大な被害を及ぼす危険性があります。
また、溝は乾燥も促進しますから、乾燥のキツイ地域では止めておいた方が良いかもしれません。