2話 巫女の戦い
巫女がその腕を振るう度に魔獣が屠られていく。巫女がその脚を動かすごとに魔獣の死体が増えていく。しかも彼女は疲労さえまるで感じていなかった。
「皆さま、今のうちにお逃げください」
巫女の声に人々がその場を離れていく。
しかし皆、巫女を案じて逃げ去ることはなかった。離れた位置から固唾を飲んで巫女の戦いを見守る。彼女は今、まさに人類最後の砦なのだ。彼女が敗れるようなことがあれば、それは即ち人類の滅亡を意味する。その場にいた誰もがそれを理解しているのだ。
舞うように戦い続ける巫女。
わずかな時間であれ程人々を苦しめ蹂躙した数十体の魔獣が一掃されていた。
戦いを見守っていた群衆から歓喜の声が沸き上がる。
が、それもつかの間。すぐに悲鳴が上がった。
「ひいっ!? あ、あれを見ろ!」
「大変だ、また魔獣の群れが!」
「なんて数だ…もう…だめだ」
巫女が視線を向けると新たな群れが向かってきていた。先程よりもさらに大軍である。ざっと見ただけでもその数、優に五十を超える。
軽く息を吐き出し巫女は疾走した。もう、考えるのはやめだ。ただひたすらに女神の力を信じ、身体に漲るその力の流れに身を任せることにしたのだ。
倒せど倒せど新たな魔獣の群れが襲い来る。それでも巫女は戦い続けた。
永遠に続くかに思われた魔獣どもの咆哮とそれを迎え撃つ舞踏の如き殺戮の拳――しかし、そこに徐々に変化が現れ始めていた。
僅かずつではあった。だが、確実に魔獣の攻撃が巫女に当たり始めていたのだ。そう、だんだんとより強力な魔獣が増えてきているのだ。
「「「ああっ!?」」」
戦いを見守る女たちから悲痛な声があがる。
「「「おおっ!?」」」
戦いを見守る男たちから好奇の声があがる。
女たちの想像に反し、巫女自身の肉体は痛みもダメージも感じてはいなかった。それどころか疲労さえ感じていない。まさに女神ヅーメの偉大なる加護である。
そうとは知らない女たちは巫女が攻撃を食らうたびに短い悲鳴を上げていた。
巫女自身の肉体は無事である。とはいえ身にまとう服はそうはいかない。
彼女の装束は少しずつ少しずつ破け始めていた。そして破けた個所からちらちらと覗く白い肌に男たちはついつい好奇の声を漏らしてしまっていたのだ。
げに愚かしきは男の性である。しかし男とは悲しいかな、そういう生き物なのだ。
新たな魔獣の群れが現れるたびに女たちは巫女の身を案じて思わず溜息をつく。
魔獣の群れが全滅するたびに男たちはこれで見納めかと知らず知らずに溜息をつく。
幾度となくそれが繰り返され、そして徐々に巫女の衣装は限界に近づいていった。
いったい何度目の群れとの戦いであったであろうか? もはや胸のあたりをわずかなボロ布と腰布とが覆うだけの状態、半裸に近い姿になりながらも巫女が最後の一体の魔獣を倒した時、女たちは深い安堵の溜息を、男たちは絶望的な溜息を同時に吐き出していた。
「「「お、終わったの…?」」」
「「「お、終わっちまった…?」」」
女たちと男たちとで全く異なる意味で「終わり」を予感する言葉が漏れた。
ついに新たな魔獣の群れが現れなくなったのだ。
「いえ、まだです」
それまでひたすら無言で戦い続けていた巫女が口を開いた。その視線の先には人影が――魔人の姿があった。
魔人と言っても身体の大きさといい、見た目はほぼ人間と同じである。若い娘の姿をしている。人間と異なる点と言えば耳の上あたりから生えている赤黒い角と地面にまで届く腕程の太さの尻尾。それに――服を身に着けていない事である。魔獣に近いが故に服の概念がないのであろうか?
人外の証たる角と尻尾を持つ魔人の出現に女たちは恐怖で息を呑み、全裸の若い娘にしか見えない魔人の姿に男たちは歓喜のどよめきを起こした。
まるでそれが合図であると決めていたかのように巫女と魔人はお互いに突進した。
――激突。互いの拳がミシミシと音を立ててぶつかり合う。
次の瞬間、衝撃波が生じ両者とも後方に弾き飛ばされていた。
互角、である。
そして壮絶な戦いが始まった――人類の命運をかけた最後の戦いが。