1話 怒れる女神の鉄拳制裁
遥か古の昔、まだ人類の生まれるその前、神代の時代にそれは生まれた。
その名は――怒れる女神の鉄拳制裁
如何なる敵をも粉砕、屈服させる無敵の格闘術である。
怒れる女神の鉄拳制裁がその名を知られるようになったのは神代の時代も半ばを過ぎた頃であった。
突如として魔神の軍勢が天界の神々の楽園を急襲、破壊と暴虐の嵐が吹き荒れ神々の世界がまさに滅亡の危機に瀕したその時、それまで惰眠をむさぼ……もとい、寂静たる瞑想の極致にいた神々の女王ヅーメが立ち上がった。
「うるさい!」
と。
「わらわの安眠を邪魔するとは…ゆ゛る゛さ゛ん゛!!」
それまで自分達が行った破壊と暴虐が児戯にも思える程の圧倒的暴力と殺戮の嵐が魔神軍を襲った。
そして―――魔神軍は全て天界より地に叩き落された。
この一件で魔神軍の犠牲となった神々と、叩き落された魔神達の血肉が下界の大地に降り注ぎ、しばらくしてそこから数多の命が生まれることとなる。それが人類や魔獣となったのである。人類に魔力があり、魔法が使えるのは神々の血の産物と言えた。
さらに刻は流れ、天界の神々の祝福を受けつつ人類は地上で繁栄していった。人々は神々に祈りを捧げ、神々はそれを受けて人類に加護を与えた。
しかし、その裏で魔獣もその数を増やしていっていたのである。しかも魔神の能力を色濃くその身に宿した人型の魔獣、そう魔人までもが生まれていたのだ。
そして天界で起きた悲劇が地上でも再現されることとなった。
「おお、天の神々よ、我らに力与えたまえ!」
人々は祈り、魔人率いる魔獣の群れと戦ったーーその剣で、その魔法で。
だが、魔獣は強力だった。ましてや魔人にいたっては人類を遥かに凌駕する圧倒的な力を持っていた。剣折れ、魔力尽き、次々と倒れる戦士達。あっという間に人類は滅亡の危機に瀕することとなる。
ひとりの巫女がいた。最高神である女神ヅーメを祀る神殿に仕える美しい娘であった。ちなみに巨乳である。
大事なことなので再度述べるが彼女は巨乳、まさにその一言がぴったりとくる娘であった。
巨乳巫女は全身全霊で女神ヅーメに祈りを捧げた。
「女神ヅーメ様、なにとぞ御力を! 魔人より我らをお救いください!」
巫女の祈りは三日三晩続いた。
そして、奇跡が起こった。天界でまたも惰眠をむさぼ……もとい、寂静たる瞑想の極致にいた女神ヅーメが巫女の祈りに応えついに神殿に降臨したのである。
圧倒的神気! その気高く力強い神気に巫女は涙を流した。
『ああ、これで人類は救われる』そう巫女が思った時、女神ヅーメが口を開いた。
「うるさいなぁ。てか、しつこい。あと、他人任せとか気に食わん」
突然、女神ヅーメが巫女の額をぺちんと叩いた。
「力は貸してやろう。だから、お前が自分でやれ」
巫女があっけに取られているうちに女神の姿は一瞬でかき消えていた。
だが、消えていないものがあった―――女神の神気である。しかも、それが己の身体から噴き出している事に巫女は驚愕した。
「もしかして、この力で魔人と戦えるの? でも…」
当然の迷いであった。なぜなら彼女にはなんの武術の心得もない。攻撃用の魔術も知らない。生まれてこのかた戦闘自体した経験がないのである。
そんな迷いは瞬時に断ち切られた。別段戦う決心しただとか覚悟を決めただとかではない。神殿の外から悲鳴が聞こえたのだ。
気づけば外に向かって走っていた。そして自分の身体が異常に軽い、走る速度もあり得なくらいの速さだと思った時には既に神殿の外に、魔獣の群れに襲われる人々の元に辿り着いていた。
「わ、わたし……わたしが相手です!」
震える声とは裏腹に巫女は魔獣の群れに突っ込んでいた。
『うそみたいに身体が軽い…身体が勝手に動く!』そう思った時には既に数体の魔獣が絶命していた。それは死闘の――否、伝説の幕開けであった。