スキルの確認2
翌日、三日目。
僕はまた一人で誰よりも早く出発する。ガープス教官は何か言いたそうな顔をしていたが、声をかけてこなかった。
キャンプ地点を離れ、十分ほど歩いた所でステルスを発動。進む方向を少し変えて、できるだけ前進する。
やる事は昨日と同じだ。小集団を見つけて狩る。それだけだ。
ただ、一つ問題があって、このまま進んだ先には川がある。なんか嫌な予感がするんだよな。
二時間ほど歩いて、川に到達してしまった。
いた。
数百匹規模のゾンビの大集団。
教科書には、川などの通行止めを受けやすい地形の近くで大群が発生するとあったけど、まさにその通りだ。
これは、流石にギドゥルスの火力でも厳しいと思う。あのグループで来ていたら、見逃すしかなかった。
生徒への課題としては重すぎないか?
まあいいや。とりあえず、狩ってみるか。
やり方は昨日と変わらない。ステルス状態で近づいて、後ろからショベルで一撃だ。
殆どのゾンビはその場に座り込んで動いていないが、ゾワゾワと奇妙な騒音がして内臓がふわふわした感じになる。
群れの端に近づいて、ゾンビの後ろに回り込んでショベルを突き刺す。一歩移動して立ち位置を微調整してから、隣のゾンビにショベルを突き刺す。
一体倒すごとに、ちりちりと経験値玉が飛び散り、僕の体に吸収されていく。
三十体ぐらい倒したところで、これはまずいのでは、と気づいた。
一体を倒すのに十秒かかるとする。五百体を倒すには、一時間半ぐらいかかる計算だ。僕の腕もショベルも耐えられそうにない。
それに、一時間もこんな所にいたら、あとからやってくるクラスメートに追いつかれてしまう。
そいつらはどうする? 僕がここにいる事に気づかず、範囲攻撃とか撃ち込んくるんじゃないか?
だが、この集団を倒すのを諦めて別の場所に行く、という気にもなれない。こんな稼ぎやすい場所が他にあるとは思えないし、あったとしても条件は対して変わらないはず。
つまり他に選択肢はない。
僕はいろいろな問題点に目をつむり、黙々と作業の様にゾンビを倒し続ける。ゾンビを倒すとジョリジョリと経験値玉がまき散らされる。それが僕の体に吸い込まれていくより早く、次のゾンビを倒す。
百体ぐらい倒した頃、さすがに腕がだるくなってきた。
少し休みたいけど、集中を解くとステルスの効果も薄れそうな気がする。念のため、三百メートルぐらい離れてから、地面に座った。
かなり大変だったけれど、稼げていると思う。
例えば、初日は五十体の群れを三回ぐらい倒した。合計は百五十体。経験値玉は八人で割ったので僕が受け取ったのは二十体分未満だ。
その五倍の量を、いまここで得た事になる。
ショベルの刃先も少し鋭さがなくなってきた気がするし、もうやめにしてもいいのではないだろうか?
というか、これだけ経験値玉を集めたのだから、スキルが次の段階に発展してもいいだろう。
「……」
しかし、ステルスのスキルが発展するとどうなるのだろう?
より見つかりにくくなるのか? 現時点でも十分すぎるほど隠れているから、これ以上は必要ないのでは?
見つからないように攻撃するための効率が上がるのか? 攻撃力が上がるか、ショベルより攻撃手段が出てくる?
実体化系の能力に目覚めて武器が出てくるというのはどうだろう?
でもステルスとセットの能力なんだよな? つまり、パワー系のスキルが出てくる可能性は低い。もっと静かで確実性の高い攻撃手段のはずだ。
ふと違和感を覚えて左手を見ると、何か銃のような物を握っていた。
いや、これは注射器なのか?
ガラス管の中に青い液体が入っている。まさか、毒?
こんな物、何に使えばいいんだ? と、思いながら、顔を上げた先にはまだ数百体残っているゾンビの群れがあった。百体分のゾンビが傍に倒れているのに気づきもせず、座り込んでいる。
なるほど。試してみるか。
ゾンビの群れにそっと近づいて、一体の首筋に注射器銃の先端を当てて、引き金を引いた。
ぱしゅ、と小さな音がして、薬がゾンビの体内に注がれた。
「はぶあっ、あっあっあっあっ!」
ゾンビは何か刺激を受けたように飛びあがり、どこへともなく走り出して、三十秒ほどで倒れた。
経験値玉が飛び出す。今ので死んだのか?
ほかのゾンビたちは、驚いて立ち上がった者が数体いただけで、すぐに座りなおす。
僕は注射器銃でのゾンビ殲滅を始める。
一体あたりにかかる時間はあまり変わらないが、ショベルよりも圧倒的に楽だ。
気が付くと、群れの数は残り百体ぐらいになっていた。特に疲れた感じはしないし、注射器の薬液も減った様子がない。
ただ、注射を受けたゾンビが大量に走り回るせいで、他のゾンビたちも異変を感じたのか、座る場所を遠くにしたり、群れから離れてどこかへ去っていく個体もいる。注射器を使い始めてから僕が倒したのは百五十体ぐらい。残り百五十体は、どこかに消えた計算になる。
そろそろ限界か?
注射を受けたゾンビが驚いて走り回るのが良くないのかもしれない。毒の成分を変えることはできないだろうか?
そんなことを思いながら注射器を振ると、ガラス管の中身が赤くなったり青くなったりする。
成分も変わるようだ。少しずつ実験してみよう。
威力が強く成れと念じてから注射してみた。ゾンビは三十秒ほど騒いでから死んだ。
威力が弱く成れと念じてから注射してみた。ゾンビは三十秒ほど騒いだ後、だんだん動きが鈍くなってきて、五分後に死んだ。
眠れと念じてから注射してみた。ゾンビは三十秒ほど騒いだ後、動きが鈍くなってきて、五分ほどで倒れた。死んではいないようだったのでショベルでとどめを刺した。
吐けと念じてから注射してみた。ゾンビは三十秒ほど騒いだ後、その場にうずくまって嘔吐した。吐くものがなくなった後も立ち上がろうとしなかった。
うん。これはダメだな。どうやっても三十秒騒ぐのは防げそうにない。
そんな感じでひたすらゾンビを狩っていって、とうとう誰もいなくなった。ふらふらと逃げていくゾンビはいるが、あえて追いかける必要もないだろう。 もう帰ろう。十分経験値は集まったし、スキルの性能もわかった。
……あ、忘れてた。耳を集めておかないと。
結構急いだつもりだったけれど、駅に戻ったのは夕方だった。
要塞のようなゲートを抜けて、駅の構内に入る。
待ち構えていたかのように、主任教官が現れた。にやにやと変な笑いを浮かべながら。
「ふん、よく生きて帰って来たな。ゾンビから逃げ回っていて時間がかかったか?」
「……」
「課題を達成していないやつは、帰りの列車には乗せてやらないぞ。どうした、もう一度外に行ってこい」
僕は無言で、提出物を取り出す。
ゾンビから切り取った耳に紐を通して五十個ぐらい数珠繋ぎにした物だ。全部集めていると時間がかかりそうだったのでこれだけ持ってきた。
主任教官の笑顔がひきつる。
「は? どういうことだ? おまえ、そんな、どうやって……」
「自分で倒して切り取りました」
「ありえん……そ、そうだ。誰かが範囲攻撃で倒して耳を取らずに放置した死体を見つけて、耳だけ切り取って来たんだ。そうに違いない」
近くで見ていた教官の一人が言う。
「待ってください。主任、この耳には焼け焦げた跡がありません。こんなことが可能なスキルを持つ生徒はいなかったはずです。……いえ、そんな範囲攻撃はありえません」
「しかし、こいつが一人で? そんなバカな……」
「課題は達成しました。帰りの列車に乗ってもいいですね?」
「い、いや、おまえ、おまえ、どうやって……」
わけのわからない事を言っている主任教官を無視して、列車を待つ列の方に行こうとしたら、ガープス教官が追いかけてきた。
「待つんだ。タルム二等兵。おまえは、何か報告しなければならない事があるのではないか?」
「はい、あります」
「言ってみろ」
「ライラ曹長に感謝しています。頂いたショベルはとても役に立ったとお伝えください」
これがなかったら、スキルの存在に確信が持てたとしても、一人では行けなかった。毒を扱えるようになったのも、一人で大量のゾンビを倒して経験値玉を集めたからだ。本当に役に立った。
だが教官の求めていた言葉は違ったようだ。
「え? それだけか?」
「もっと言葉を重ねて感謝を示した方がいいでしょうか?」
「そうではなく……いや、もういい。列車の時間が迫っている。向こうの待機の列に並べ」