スキルの確認1
ステルスを発動して、ゾンビに接近する。
接近まで三十分ほどかかったけれど効果時間が切れた感じはなかった。
さて、どう攻めるか。僕の姿は見えていないはずだけど、念のため後ろから仕掛けてみる。
一撃で仕留めないとまずい。
ショベルを構える。右手で後部を持ち、左手を柄に添える。これが一番攻撃しやすい気がする。
一歩ずつ慎重に近づいて、手が届くほどの距離から、後ろの首の付け根辺りを狙ってショベルを突き刺した。
「ルゥギィィィィィッ!」
ゾンビは雄たけびを当てて倒れた。やったか? いや、まだジタバタと動いている。
足でひっくり返して、喉めがけてショベルを振り下ろす。
「グォッ?」
コンドこそ動かなくなった。ゾンビの体からチリチリと経験値玉が飛び出してくる。
倒せたようだ。
すぐに周囲を見るが、残り四匹のゾンビは無反応だ。随分大きな音を出してしまったと思うが……。
とりあえず、残りも一匹ずつ倒して回る。
しかし、こうやって近くで見て初めて気づいたけど、ゾンビの耳って、なんか横向きに長く尖ってるんだな。まるでエルフみたいだ。もとは人間だったわけじゃないのか? まあ、空中から沸いてくるんだから、そりゃそうか。
さてと。
五体のゾンビを倒し終わって、ようやく一息つけた。念のため双眼鏡で念入りに周囲を確認してから休息をとる。
休みながら、今まで分かった事をまとめてみる。
スキルはステルスで確定。もちろんゾンビにも有効。
効果時間の限界について安全な場所で検証する必要がある。これは帰ってからにしよう。
それと、僕自身の存在だけではなく、僕の行動によって発生した異常、たとえば物音なども消すことができるようだ。見えなくなるというより、意識に上らなくなる能力かもしれない。
いや、待てよ。ゾンビにも意識とかあるのかな? ……どうでもいいか。
あとは、このスキルをどう報告するかが問題だった。
ステルスが人間にも有効なのは、地味にまずい。
たとえば、炎の球を生み出すスキルも人間に効果はあるだろうが、人が焼け死んでいるのが発見された時点で犯行は発覚するし、容疑者も絞れる。
一方、僕のスキルの場合は……例えば風呂や更衣室に潜むというのはどうだろう? たぶん絶対バレない。逆に言えば、僕がそういう使い方をしなかったとしても、それを証明するのは不可能だ。
疑われる前に教えた方がいいかな? でも話を聞いた主任教官が何をしてくるかわからない。ヤツは危なすぎる。スキルを公表する前に、あいつを事故か何かに見せかけて殺しておいた方がいい。
もちろん実際にはそんな事はできない。ステルスを利用して犯罪を犯した直後にスキルの内容を明かすなんて、自白と同じだ。ありえん。
じゃあ、人間に対して有効と言う情報だけを隠して報告するのはどうだろう? いや、実戦で使ったら即バレするからダメだな。
僕がそのことに気づいていなかった、というのは? ……やや苦しいが、主張は通りそうに思える。実際、気が付いたのは殆ど偶然みたいなものだし。
いや、待てよ? いっそ、僕は未だに自分のスキルの存在に気づいていない、という演技を続けるのはどうだろう? 派手なことをしなければ、誰も最後まで気づかないはず。
仮に人間の心を読むスキルの持ち主がいたらバレてしまうか? だがその場合は、僕の潔白とスキルを隠した理由も証明される。何も問題はない。
つまり報告しないのが正解だ。
さて、次はどうするか。
教官たちは生徒全員の出発を確認した後に今夜のキャンプ地点に向かって移動しているはず。つまり、もうすぐこの近くを通る。
倒れているゾンビの死体の近くに僕がいたら、僕が倒したと思われかねない。そしてスキルの事を説明しなければならなくなる。早く姿を隠さなければいけない。まあスキルを使えば余裕なんだけど。
もちろん、教官たちより先にキャンプ地点に到着するのもダメだ。少し違うルートを通ったと思わせなければ……。
というか、既にそこまで来ていたりしないだろうな? 僕はスキルを発動してから、双眼鏡で後方を確認する。今のところ姿は見えないが、油断はできない。
その後は常時ステルス状態を維持しながら、ゾンビの小集団を狩って、暗くなる頃にキャンプ地点の手前まで来た。
念入りに周囲を確認してからステルスを解除する。誰かが見ていたら、いきなり現れたように見えて驚かれるからな。まあ、暗くなってきてるし大丈夫だと思うけど。
キャンプ地点の外れの方にちょうどいい大きさの石があって、そこにギドゥルスが腰かけていた。
一人で何やってんだこいつ、と思っていると僕の方を見て、つまらなそうな顔になる。
だが、どこかに行く様子もない。
これは……人探しをしていた時のマーブルを思い出す。ギドゥルスも誰かを探してるのかな? 話しかけてみよう。
「ギドゥルス……こんな所で何してるの?」
僕が声をかけると、ギドゥルスはため息をつく。
「なんなんだよ。おまえ、本当に一人でやってたのか?」
「そうだけど、まずかったかな」
「いや、別に……」
ギドゥルスは不機嫌そうにキャンプ地点の中に入っていく。意味がわからん。何がしたかったんだよ。
よくわからないが、僕も後に続く。
一つ目のキャンプ地点と同じく、ここでもキャンプファイヤーを焚いているらしい。
既に夕食を受け取る列ができていた。今から並んでも、かなり待たされそうだと判断して、ぼんやり端の方で待っていると教官がやってくる。
「タルム……よく無事だったな」
「はい。どうにか」
実際には全く危険は感じなかったんだけど、そんな事は口に出さない。スキルの事は報告しないと決めたのだから。
ガープス教官の後からやって来た主任教官が、僕を見て驚く。まるで幽霊か何かを見たように。
「ありえん。おまえ、どんな手品を……」
「手品?」
確かにスキルは使ったが手品ではない。
僕の余裕を見て取ったか、主任教官はイラっとしたような顔にする。
「ふん。まあいい。運良く敵に会わなかっただけだろう。やり方はいくらでもあるだろうからな……」
やたら偉そうにそう言われただけだった。全く仕方ないな。
一方、ガープス教官は僕の顔をじろじろと見る。
「なあ、タルム、おまえ……隠している事がないか?」
「隠している事は、ありませんね」
隠し事をしている人間に、隠し事をしていますか、などと質問して、はいしています、などという答えが返ってくるだろうか? いや、ない。
僕は何も教えない。
「いや、私が聞いているのは……」
「そんな奴は放っておけ!」
主任教官はガープス教官を怒鳴りつけて、去っていく。ガープス教官は納得がいかない様子で、僕と主任教官を交互に見た後、主任教官の方についていった。よし、乗り切ったかな?
「タルム君!」
今度は、マーブルが駆け寄ってくる。なんか、怒っているように見えた。
「一人で行くなんて、何考えてるのよ!」
「えっ、いや、何……、何を考えてたんだろうね?」
まずいなぁ。
これは、どうやってごまかせばいいんだろう。