ソロ活動
さて、一夜明けて翌朝。
雑魚寝用のテントから出ると、朝日が空を照らしていた。赤茶けた土を乾いた風が心地よく吹き抜けていく。
でも、なんか喉がザラザラする。空気がちょっと砂っぽいのかな。
朝食の列に並びながら、今日の方針について考える。
僕のスキルはステルスで確定だと思う。次は、これを対ゾンビ戦闘の中でどうやって生かしていくかを考えていきたい。
しかし、それには一つの問題がある。
このスキルは集団行動に向いてない。どこまでも向いてない、果てしなく向いてない、完璧に向いてない。
僕がステルスしても、周りの人が普通の状態だとゾンビたちは反応して走ってきてしまう。
ステルスするだけの僕はショベルで近接攻撃を狙うしかないが、集団戦闘で前に出れば範囲攻撃に巻き込まれる。前に出なければ昨日と同じ役立たず。
明らかにソロ推奨だ。
つまり、昨日と同じグループで出発するわけにはいかない。
朝食が終わり次第、さっさと出発したかったのだけれど、黙って姿を消すと問題になりそうなので、誰かに一言告げておく。
エノックを見つけて話しかける。
「おはよう」
「おう、おはよう。今日も頑張ろうな」
「その事だけど、僕は一人で行こうと思うんだ」
僕が言うと、エノックは怪訝そうな顔になる。
「一人で? それは、別の誰かと行くって事か?」
「いや、だから、一人で……」
「スキルもないのに?」
「……」
僕が黙っていると、エノックは探るような視線を向けてくる。
「俺の中では、おまえはまだスキルを入手してないって認識になってるんだけど、それは間違ってないよな?」
「さ、さあ?」
「なんで曖昧なんだよ。……隠すような物か?」
「別に、そういうわけじゃないけど……」
僕は煮え切らない答えを返すことしかできない。
エノックは、既に何か気づいてしまったようだが。僕が自分から教えるという事はない。
「なあ、教官は前に言ってたよな。スキルを手に入れた直後は、自分が強くなったと思い込んで、無理をしてしまう人が多い、とかなんとか」
「教官がその話をした事は、僕も覚えているよ」
「忘れてないなら別にいいんだ。なあ、本当に一人で行くのか?」
「ああ。もう決めたんだ」
「そうか……いや待て。マーブルはなんて言ってた?」
「今朝はまだ会ってないよ」
「……ふーん? なるほど。そういうことか、じゃあ仕方ないな。頑張ってこいよ。とりあえず、絶対死ぬなよ」
「うん?」
何か誤解を受けているような気がした。だが、伝えることは伝えたので、もういいだろう。
僕が一人で出発しようとすると、ガープス教官に呼び止められる。
「待て、タルム。一人でどこに行こうとしている」
「出発するんですよ」
ごく普通に出ていこうとしたのだが、ダメだらしい。
「そういう話をしているんじゃない。昨日のグループはどうした?」
「今日は一人で行こうと思って……」
「どういう意味だ?」
そのままの意味です。
「いいか、タルム。このようなフィールド活動は、ただ経験値玉を集めればいいという物ではない。集団でスキルを活用しそれぞれの得意不得意を知る場でもあるんだ。自分の事だけじゃない、他人のスキルを観察することもカリキュラムのうちなんだ」
「それは……」
その理屈だと、僕はこの先、カリキュラムの目的を達成しようとすると、常に寄生し続ける事になる。
しかも他人のカリキュラム達成にも貢献できない。僕のスキルは他人から観察されない事をアイデンティティーとするスキルだから。
これって教育学的には、とんでもないゴミスキルでは?
「加えて言えば、連携や助け合いの心も学ばなければならない。全員が一級の能力を持っているわけではないし、万能のスキルもない。助け合わなければ、グリーンフォールに勝つことはできない」
「それは、わかっているつもりです」
「どうして一人で行く事になったんだ? 昨日のグループのメンバーは何と言っているんだ?」
「頑張って来いよ、って言われました。あと、一人で行くと言い出したのは僕の方ですよ?」
もしかして僕が追い出されたと誤解しているのかな? と感じたので補足も入れておく。
教官は信じなかったのか首を振る。
「そんなバカな……ちょっと待っていろ。グループのリーダーはエノックだったか? 今から話を……」
「いいんじゃないか? 本人がそう言っているのなら好きにさせてやればいい」
誰かが割り込んできた。応援ありがとう、と思ったのは一マイクロ秒ほどの間だけだった。
誰かと思ったら主任教官かよ。また僕に嫌味を言いに来たのかな?
「主任。お言葉ですが、一人で出発させるのは、集団行動を学ぶという観点から見ても不適切です」
「これこそが集団行動を学んだ結果だろう? 集団についていけない役立たずは、どうすればいいか考え、正しい答えにたどり着いたのだ」
「正しい答えなわけがないでしょう」
「そうだな、正しい答えなどない。存在そのものが間違っているのだからな……」
なんだこいつは?
固形燃料、口にねじ込んでやればよかった。いや、その気になれば寝首もかけるな? 今夜やるか?
僕がややぶっそうな思考に流れつつある間も、主任教官は滅茶苦茶なことを言う。
「役立たずを見捨てなければいけない時もある。そういう判断もできるようにならなければいけない」
「それが……それが生徒に向ける言葉ですか?」
「なあに? フィールド活動で一人か二人、犠牲者が出るのは珍しい事じゃないだろう?」
「主任、あなたはっ!」
ガープス教官が主任教官に詰め寄る。
しかし、そんな言い争いに付き合っている時間はない。僕は別の教官にグループ分けのリストを更新するように頼んでから、出発した。
あまり出発が遅れるのはよくない。
ソロ活動という事は、人数が一人という事だ。
人数が多ければ、グループ内のスキルの種類が豊富になり、より多様な状況に対応できるようになる。
ソロはその逆だ。対応できる状況のパターン数に限度がある。自分に都合がいい状況を選んで仕掛けなければいけない。
つまり、誰よりも早く出発して、都合がいい規模のゾンビの群れを見つける必要がある。
出発してから三時間ほど、可能な限りの速度で、今夜のキャンプ地点の方向に向かって移動を続けた。
だいたい、四割ぐらいの距離を進めただろうか?
キャンプ地点の周辺では事前にゾンビは排除されているだろう。つまり、キャンプ地点とキャンプ地点を結ぶ直線状はゾンビの数が少なく、大きな群れも討伐されているに違いない。
逆に言えば、見逃された小さな群れが残っている可能性はある。
僕は双眼鏡で丁寧に索敵しながら移動していく。
そして見つけた。五匹ほどのゾンビがうろついている。
さて行くか。