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奪還


 どこかへと向かって歩いていくスケイルドラゴン、その後を追いかける。

 進む先は、駅とは逆方向だ。駅にいる駐留部隊と戦う気はないのか、あるいは回収したマーブルをできるだけ早く届けるつもりなのか。


 スケイルドラゴンは、ズシズシと音を立てて歩いていた。

 マーブルを生きたまま連れ帰るがの目的なら、重力カタパルトで飛んで行ったりはしないだろう。あの着地の衝撃に人間が耐えれらるとは思えない。


 問題は、この歩く戦闘兵器をどう攻略するかだ。

 マーブルが咥えられている口は、見上げるほどに高い。下に入り込んでも胴体すら手が届かないだろう。

 僕の攻撃手段は毒の注射器しかない。この針では鱗を貫通できないだろう。どうかにして隙間を狙うしかない。

 下からだと足しか攻撃できないが、歩いている今はそれも難しい。どうにかして足を止めなければ。


 はあ、こういうのは僕のキャラじゃないと思うんだけどな……。

 僕は小石をいくつか拾うと、ステルスを解除する。


「おい、こっちだぞ」


 叫ぶとともに石を投げつける。鱗に当たって金属質の音が鳴った。スケイルドラゴンの足が止まる。首がぐるりと回って、爬虫類の目が僕の方を睨みつける。


「タルム君! ダメ、逃げて!」


 口にくわえられたマーブルが叫んでいる。僕は走ってスケイルドラゴンの前に回り込む。わざと踏みつぶしやすいようにだ。

 期待通りに、スケイルドラゴンは、僕を踏みつぶそうと前足を上げる。

 そこで僕はステルスを発動。スケイルドラゴンの体の下を走る。前足を上げて攻撃するなら、後ろ足は地面につけたままだ。

 後ろ足の爪、その付け根の隙間を狙って睡眠薬を注入する。


 イィィィィ?


 スケイルドラゴンが妙な声を上げる、刺されたのに気づいたか。

 足が動く、まるで膝をつくような……。僕がスケイルドラゴンの体の下から逃げ出した直後に、胴体が地面に降りてきた。あの下にいたら押しつぶされていただろう。


 スケイルドラゴンは、ゆっくりと体を持ち上げ、少し移動してから地面を眺めている。僕を押しつぶせたか確認しているのだ。

 僕は、少し離れた所で30秒待った、だが、眠りそうな気配はない。百倍ぐらいの量を注入したんだけどな。

 毒の致死量は体重に比例するという。

 スケイルドラゴンの体重は百トン近くありそうだ。毒の量も、人間サイズのゾンビを殺す時の千倍か二千倍は必要だろうか。全然足りない。


 注射器の液体を回復させてから、もう一度、正面から近づく。スケイルドラゴンは、用心するように後ずさる。

 学習したか。それなら強行突破する。僕はステルスを発動し、体の下めがけて走る。

 僕が、前足に近づいた瞬間、スケイルドラゴンは右前足を左右に振った。


「ぐぁっ!」


 僕は突き飛ばされ、数メートル地面を転がった。

 見えないから適当に振っただけの攻撃は、僕の体をかすめただけだったけれど、爪先が服に引っかかったようだ。

 手ごたえがあったのかなかったのか、スケイルドラゴンは何度も擂り潰すように足を動かす。


 だが、右前足を動かしているという事は、左前足は動いていないという事だ。

 左前足の爪の隙間に睡眠薬を注射、即座に離脱。


 そんな事を、何回繰り返したかわからない。だが、何度目かの離脱をした直後、スケイルドラゴンの体がグラグラと揺れ始めた。

 やっと薬が回って来たか?

 僕がしばらく待っていると、スケイルドラゴンはその場に横たわり、へなへなと首を下げた。


 口にくわえられていたマーブルが、這うように出てくるのが見えて、僕はステルスを解除して駆け寄る。


「マーブルさん!」

「タルム君……」


 僕が抱き起すと、マーブルは困ったように笑う。


「なんで追いかけてきちゃうの? 逃げてって言ったのに……」

「なんでって……」

「タルム君は、正規軍からスカウトの話が来てるんでしょ? 私の事なんていいから、帰っちゃえばよかったのに」

「いいわけないし、そもそも関係ないだろ……」


 急に何を言い出すんだ。


「何で、助けに来てくれたの?」

「助けられると思ったからだよ」

「……助けたかったから、じゃなくて?」

「何言ってんだよ。助けたいに決まってるだろ!」

「……」


 マーブルは何か言いづらい事を言おうと迷っていたようだったが、諦めたように微笑む。


「わかった……。一緒に逃げよう?」

「ああ。歩ける?」

「大丈夫……」


 マーブルはひきつった笑いを浮かべるが、どう考えても無理そうだった。

 見れば足が変な方向に曲がっている。たぶん骨が折れている。

 僕がリュックを捨てて身を屈めると、マーブルは素直に負ぶわれる。


 僕はマーブルを背負って歩く。

 とにかく、スケイルドラゴンから離れなければならない。

 だが、百メートルほど歩いたところで、何か重い物がこすれるような音が聞こえた。

 振り返ると、スケイルドラゴンが起き上がる所だった。


 薬の効き目が切れるには早すぎる。まさか、寝たふりだったのか?

 睡眠薬を使ったのは失敗だったかもしれない。

 口にくわえられているマーブルが飲み込まれたとしても、最悪嘔吐させれば救出できると思って、殺すのを後回しにしたのが裏目に出た。


 即座にステルスを発動。

 ステルスは僕の姿が消えるだけではない。僕が来ている服やショベルなどの持ち物もゾンビから認識されなくなる。つまり、背負っているマーブルも認識されなくなるはずだ。

 これが僕の考えた、スケイルドラゴンから逃げる方法、だった。完全に視界を切る事ができれば、もう追跡できないはずだ。

 だが、スケイルドラゴンは地面に鼻を当ててしばらく匂いを嗅いでいたかと思うと、少しずつこっちに歩いてくる。

 犬並みの嗅覚でもあるのか。


「た、タルム君、追いかけてくるよ……」

「わかってる」


 僕はできるだけ早足で歩く。

 スケイルドラゴンの追跡はあまり速いわけではないが距離を稼げそうにない。

 この状態で歩いていると、方位磁石を使えない。早々に諦めてくれないようだと、僕たちは荒野で遭難する事になる。


 何か状況を打破する方法はないかと考えるが何も思いつかない。

 先に動きを起こしたのはスケイルドラゴンだった。ドスドスと足音を立てながらついてくると、地面に掠めるほどの位置で、ブンブンと首を振った。

 まだ僕たちからは離れていたが、何度も繰り返されたらいずれ当たってしまう。


「タルム君、やっぱり降ろして。私を置いて逃げれば……」

「そんなことできないよ」

「でも、このままじゃ二人ともやられちゃう」

「……」


 何かないか。

 例えば今から方向転換してスケイルドラゴンの方に走ったら、接触せずに後ろに回り込めるか? 危険はあると思うが、やってみるしかない。

 僕は意を決して足を止め、それを察したようにスケイルドラゴンの動きもぴたりと止まった。


「……」

「なんで? 見えて、ないよね?」

「そのはずだけど……」


 僕はじりじりと横に動く。スケイルドラゴンの首を見る限り、視線が追いかけてきている様子はない。やっぱり見えていないのか? それなら、このまま真横に回り込んでから距離を取ろう。

 だが、45度ほど移動したところで、スケイルドラゴンも動き始めた。

 執拗に地面の匂いを嗅ぎながら、移動してくる。絶対に逃がさないという意志を感じるが、移動速度は遅い。

 これなら逃げられそうだと判断し、僕は早足でこの場から離れる事にした。


 とたん、体が宙に浮いた。


「うわっ?」


 わけのわからないスピンがかかって弾き飛ばされ、気が付いたら地面に転がっていた。

 スケイルドラゴンが何かしたのだ。重力カタパルトの応用だろうか。

 空中で回転している時にマーブルと離されてしまった。慌てて探すと、数十メートルぐらいの距離にいる。


「マーブル!」

「逃げて……」


 マーブルの周りに次々と植物が生えてくる。何かの花だ。

 追跡の匂いを、花の匂いで上書きして追跡を断ち切るつもりだろうか。

 それで逃げられるのは僕だけだ。花畑の中心にいるマーブルにも匂いはつく。


 スケイルドラゴンは動かない。僕がどこから攻めて来るかを警戒しているのだ。

 僕は起き上がる。また足に毒を注入するところからだ。今度は睡眠薬ではない。この巨体を一撃で殺せる毒は作れるか? 


 ……と、地平線の向こうから、何か光る物がやってくるのに気づいた。

 見た事もない速さで、こっちに近づいてくる。なんだあれは……。

 スケイルドラゴンも気を取られたのか、そちらに首を動かす。物凄く隙だらけだったので、足に猛毒を一発刺しておいた。


 光る何かは二分ほどで到着した。

 自動車だった。まだ動く物を軍が使っていると聞いたけれど、実物を見たのは初めてだ。


 スケイルドラゴンは自動車を新たな敵と認識したようだ。

 一方、自動車からは何人かの軍人が降りてきた。一人はライラ曹長だ。コマ送りのような動きで、大量に生えている花の中に飛び込み、マーブルを抱えて戻ってくる。

 車からヴィーラ中尉が僕を呼ぶ。


「タルムさん、こっちに来なさい!」


 僕は従う。何か違和感があったけれど、今は気にしない事にする。


「どうやってここが……」

「そのスキルは解除してください。キャンプ地からの定時連絡が途絶えたから様子を見に行ったら、あなたの友人がいて、報告を受けたのです」


 軍人が何人か前に出る。一人が空中にワイヤーのような物を実体化させてスケイルドラゴンの首に巻き付けた。何人かがその上を駆け上がっていく。


 ギァァァァァァァァァァァァァッ!


 スケイルドラゴンは首を振り回してワイヤーを振りほどこうとするが、ピクリとも動かない。

 頭の上まで駆け上がった軍人が、スケイルドラゴンの口の中に何かを放り込んで飛び降りてくる。直後、スケイルドラゴンの首の真ん中あたりが破裂した。


 血肉と金属のうろこが破片となって飛び散り、莫大な量の経験値玉が降り注ぐ。


「え? 倒したんですか? あんなにあっさり?」

「まあ、スケイルドラゴンならこの程度だろう。ちょうど相性のいいスキルが揃っていたからな」

「……」


 本当に相性の問題なのかな? ワイヤーの人とか、一人で完全に抑え込んでいたし……。


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― 新着の感想 ―
[良い点] こういうの好きです、一気読みしました 仕方ないかもしれませんが、主任教官は生き残って欲しかったです ああいうキャラ好きです [気になる点] 背景描写が少ないせいか、どういう生活しているかが…
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