敗走 後
スケイルドラゴンは、すぐには攻撃してこない。こちらを見下ろしている。
「スキルは使っちゃダメだ」
僕は言う。
スケイルドラゴンが何を探しているのかわからない。だが、違うスキルだとバレたら即座に殺してもいい対象になってしまう。
もちろん、お目当てを見つけたら、それ以外は皆殺しだ。
判断材料はできるだけ与えない方がいい。
「スキルを使わずにどうやって戦えばいいんだ? 俺はやるぞ!」
誰かが叫んで、光の矢を放つ。顔を狙ったのか、目の辺りなら鱗がないから攻撃が通るかもしれない。
だがそんな小さな的に当たるわけがない。スケイルドラゴンはゆらゆらと首を振って矢を避けながら、こっちに近づいてくる。
逃げるしかない。
だが、体力が回復していなかったステラは足がもつれて転んだ。
スケイルドラゴンの動きが止まった。首を高く掲げる。これから振り下ろして攻撃するかのように。攻撃可能な範囲にはステラしかいない。
僕は気づく。
「まずい! ステラさんは、もうスキルを見られているんだ!」
キャンプ地で石壁を出したからな。
でも、スケイルドラゴンは、そこまで正確に人の顔を識別して覚えておけるんだろうか? ウオヴァサウルスとも連携を取っているみたいだし、下手したら僕よりコミュ力高いんじゃないの?
「私が行く!」
エルアリアが飛び出す。メレー系の身体強化で走る。
振り下ろされるスケイルドラゴンの頭。それがステラに命中する直前に飛び込み、抱えて数メートル転がった。
これでエルアリアも攻撃対象となったはず。
援護するように植物を出すマーブル。生えてきたのは大量のタンポポだ。数秒で花が枯れて綿毛が生まれ、それが風に飛び散って、煙幕の様に視界を遮る。それに紛れて、エルアリアはステラを背負って戻ってくる。
光の矢の攻撃は継続中だ。他のEN系も、頭を狙ってやたらと攻撃を始める。無数の爆発が起こる。しかし、スケイルドラゴンの動きを止める事すらできない。
実体化系のスキルを持つ生徒たちは、足を拘束しようとするが、全く効果がない。
ウォォォォォオオオオオオオオオン!
それらの攻撃を吹き飛ばすかのような叫びをあげて、スケイルドラゴンは歩き始める。スキルを見せた者は、殺しても問題ないと判断したのか。
いや、待てよ? まだスキルを見せてないのはメレー系の数人と僕ぐらいだぞ? この中に、本当にドラゴンが探しているスキルの持ち主がいるのか? まさか本当に僕を探しているのか?
ダメだ、それも違う。ウオヴァサウルスは、さっきの戦闘で使われたスキルを見て、スケイルドラゴンを呼んだのかもしれない。そうだとしたら、さっきの戦闘で使われなかったスキルは除外だ。僕とメレー系は違う。ステラも違う。
つまり、僕の考えが間違っていない限り、目当てのスキルはスケイルドラゴンに見られてしまった事になる。
誰だ? わざわざ生け捕りを狙うような珍しいスキルなんてあったか?
スケイルドラゴンは防御力が高い。炎では鱗を貫けず、雷撃は効かず、拘束は一瞬で破壊される。どんなスキルも脅威となりえない。
現に今も、みんな蹴散らされている。誰かが叩き飛ばされて数メートルを転がった。生徒が三十人集まっても、時間稼ぎすらできない。
スケイルドラゴンが何度目かの頭の振り下ろしを行う。その先にいたのはマーブルだ。
「あっ!」
マーブルは叩き飛ばされなかった。代わりに口に咥えられ、高く掲げられる。
植物系のスキルには重大な欠点がある。土からの距離が遠いと最初の植物を出せない。スケイルドラゴンが首を持ち上げた高さは完全に射程圏外だった。マーブルは手足をバタバタさせて抜け出そうとしているようだが、どうにもならない。
「たっ、助けて……」
しかし、下にいる側からも、どうしようもない。倒すことはできない。頭を下げさせる方法すらない。
流れ弾を恐れて、スキルによる攻撃が止まる。
スケイルドラゴンは、目的を達したというように、こちらに背を向けて去っていく。
「マーブルさん!」
僕は追いかけようとするがエルアリアに腕を掴まれた。メレー系に掴まれると、僕の力では振りほどけない。
マーブルは何か言いたそうな顔でこっちを見ていた。僕と目が合う。
「タルム君。……。逃げて!」
「でも……」
僕は何を言えばいいのかわからなかった。
スケイルドラゴンはズシズシと足音を立てて、暗闇へと去っていった。
残されたみんなの間には、ホッとしたような空気が漂っていた。もう戦わなくていいのか、というような。
僕が力なくその場に座り込むと、エルアリアもようやく腕を離してくれる。
「マーブルさんのスキルって、狙われるほど珍しかったかな?」
僕が聞くと、ステラが答える。
「実体化系のスキルって、金属系か石系が多くて、植物系の実体化をするスキルは学園内では数年ぶりって聞いたような気がする……」
なるほど、そういう事か。
ドラゴンも人の見ていない所で、農場でも経営してるのかもな。
捕らえられたスキル持ちの人々が、奴隷のように使われている姿を僕は想像した。
いや、ドラゴンのやる事だ。そんな牧歌的な風景ではないだろう。なら……。
「おい、タルム……」
ギドゥルスが遠慮がちに背中をつついてくる。
何が言いたいかは、わかっていた。この前、自分は何と言ったんだったか。
人間なんかいつかは死ぬから悩んでも仕方ない? 覚悟ができているつもり? 何を言ってるんだ……。
僕が間違っていた。覚悟なんて、できてなかった。できるわけがなかった。
それでも、現実は待っていてくれない。時間が過ぎるごとに状況は悪化する。
荒野フィールドはそもそもゾンビがうろつく危険地帯だ。休息をとる事はできない。水も食料もない。今の戦闘で何人もけが人が出た。できるだけ早く医者に見せた方がいいだろう。
他にも、移動しなければいけない理由は山ほど思いつく。逆にここにとどまっている事で得られるメリットは、一つもない。
エノックが僕の腕を引っ張る。
「立つんだ。駅に戻るぞ。悲しむのはそれからだ」
「わかった……」
僕はもう、次に何をすべきか考えていた。
足りないものがあるかどうか、一つ一つ検討する。大丈夫だ。
「誰か、地図とコンパスは持ってる? 僕はあるけど、他には?」
「コンパスならあるよ……」
他のクラスの生徒がポケットから出した物を見せる。
一つだけか、まあ、あるなら大丈夫か。
僕は地図をエノックに押し付ける。
「エノック、地図は預けておくよ」
「ん? お前が持ってた方が……、っ! エルアリア! タルムを捕まえろ!」
遅い。
僕は即座にステルスを発動すると、飛び掛かって来たエルアリアを躱して、十秒ほど全力で走ってからその場にしゃがんだ。さあ、どうなる?
「なんだ? 消えた、どうして?」
「スキルがなかったはずじゃ?」
「隠してたのか? でも、今のは?」
「誰か、探知系のスキルは!」
驚いてわいわい騒いでいるが、誰も有効な対策は打てないようだ。
まあ、僕がスキルを隠し持っている事を前提で模擬戦を挑んできた上、対応できるスキルも持っていたマーブルが異常なんだよな。
それに、追いかけてくる気なんてないのだろう。
スケイルドラゴンがどこに進んだのかはみんな見ている。僕がそっちに行く事も予想できる。
探知系のスキルがなくても、追跡は可能だ。でも、追いかけてはこない。
それで正解だと思う。僕は、明らかに間違ったことをしようとしている。
ふと思う。
これは勇気なのだろうか? それとも狂気なのだろうか?
どちらでも構うものか。
ただ一つだけはっきりしている事がある。この状況からマーブルを救出するのは、僕にしかできない。
現在の文字数、101,195文字。
ノルマ達成ですね。
話の内容も、あとちょっとで決着がつきそうな感じなのでキリがいい所まで進めます。