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スケイルドラゴン


 主任教官の言葉を遮るように、何かが近くに着弾した。

 地響きと轟音、地面が人間を跳ね上げるほどに揺れる。衝撃でテントがバタバタとひっくり返り、松明のいくつかも倒れる。

 僕やマーブルも地面から吹き飛ばされる。


 誰もが困惑する中、遠くの方で誰かの悲鳴が聞こえ、火炎弾が何発も破裂するような音がして、すぐ静かになった。

 マーブルが小声で僕にささやく。


「な、何があったのかな……」

「わからないよ」


 単純に考えれば敵だ。だが、何が攻めてきたらこんな状況になる? 戦闘音がすぐに消えたのはなぜ? 一瞬で決着がついたのか? だとしたら、勝敗は?

 できれば勝っていて欲しい。もし、警戒班が負けたなら、それは僕らにも命の危険がある事になるので。

 答えが望んでいない方だったことは、すぐにわかった。


 ウォオオオオオオオオオオオオオン


 空気がびりびりと震える。スキルではない、ただの咆哮だ。

 暗闇の向こうからトカゲのような顔が姿を現す。十メートルほどの高さから、僕たちを見下ろして笑っているように見えた。


「ドラゴンだ……」


 誰かが呆けたように呟く。

 それを肯定するように、のしのしと、潰れたテントを踏みにじりながら、胴体が闇から姿を現す。巨体を覆う金属の鱗が、松明の灯りを反射して鉛色に輝く。

 象の三倍は太い足。踏みつぶされそうな場所にいた生徒たちが、慌てて逃げ始める。


「まずい……」


 僕は思わず辺りを見回す。何かあの魔物を止める方法はあるだろうか……何も思いつかない。逃げるか? 僕一人なら逃げられると思うけど、ここにいる全員は無理だ。たぶん、かなりの数の犠牲者が出る。

 エノックが僕をつつく。


「お、おい。タルム。あれはまだ習ってないぞ。おまえなら知ってたりしないか?」

「……スケイルドラゴンだよ」


 僕はこれを知っている。

 ランク8指定グリーンフォール。スケイルドラゴン。

 重力カタパルトのようなスキルを使って数キロの距離をジャンプして襲ってくる不条理の塊のような魔物。攻撃力が高い、防御力がすごく高い。そして弱点はない。


「あれと戦うとしたら、対策とか注意点はあるか?」

「ない。戦っても勝てない」


 あれは普通のスキル使用者が百人集まっても絶対に勝てない相手だ。最善の方法はバラバラの方向に逃げる事。どれほど強かろうが、体は一つしかないから一人しか追いかけられない。遠くまで逃げれば生き延びられるかもしれない。

 ただしこいつは、数キロ先の獲物を確認できる程度には目がよく、数キロ先まで短時間で移動できるスキルも持っている。どこまで逃げても安心はできないだろう。駅に逃げ込んでも安全とは言えない。着地の衝撃に天井が耐えられるかどうか……。


「この場には数百人いるぞ? 全員で協力しても無理か?」

「絶対無理だ。あれの皮膚は金属でできていて、ステラさんの作る石壁より硬い」

「な……、俺の電撃なら、動きを止めるぐらいはできるよな?」

「それもダメ。皮膚は金属だから電流は中まで通らない」

「……嘘だろ」


 もしかすると、関節などは鱗が薄くて攻撃が通りやすいかもしれない。弱点があるとしたら、せいぜいそれぐらいか。もちろん比較的薄いだけなので、最大火力を叩き込む必要がある。

 とはいえ、動かない空き缶に命中させるために威力を絞っていたギドゥルスにそんな芸当を期待するのも酷だろう。

 他の生徒だって精密性は似たような物だ。


「散開しろ! まとまっていると狙われるぞ! 戦おうと思うな! 生きて帰る事を考えろ!」


 教官の誰かが叫んでいる。

 一方、スケイルドラゴンは獲物を選り好みするように周囲を見回していて、攻撃してこない。誰かを探しているのか?


「バカな……こんな大型の魔物が……警戒班は何をやっていた?」


 主任教官はしばらく呆けていたが、両腕をスケイルドラゴンの方に向けた。光が凝縮し、レーザーのように放たれる。ドラゴンの顔に直撃し……少し焦げたかな、という程度のダメージを与えた。

 威力はかなりありそうだが、スケイルドラゴンが相手では不十分だったようだ。溜めも長くて連射ができないように見える。


 ウォォォォォン


 スケイルドラゴンは叫び、主任教官がいる舞台に向かって走る。

 なるほど、ああいう事をするとターゲットになるのか。僕はそもそもできないから大丈夫だけどギドゥルス辺りは危ないかもな。


「く、来るなぁ!」


 主任教官はもう一発攻撃を放ったが、効果はなかった。

 スケイルドラゴンは首を振り回す。当たった、と思ったら主任教官の姿が消えた。いや、ドラゴンの口にくわえられている。


「ああっ! このっ、離せ、離せぇっ!」


 主任教官は逃れようとバタバタ暴れる。何か嫌な予感がした。

 それは僕だけではなくエノックも同じだったようで、慌てて近くにいたステラの肩をつかむ。


「ステラ! 頼む、今すぐ壁を作ってくれ!」

「え? え?」

「高さは一メートルあればいい、横幅はできるだけ広く、厚さは任せる。早く!」

「は、はい」


 ステラが地面に手をつくと地面から続々と石の壁が生えてくる。


「みんな集まれ、しゃがんで隠れろ!」


 エノックが叫び、壁のこっち側にいた生徒や教官が集まってくる。壁の向こう側にいた生徒たちも、慌てて壁を飛び超えて避難してきて、あちこちでぶつかり悲鳴が上がった。

 そして、主任教官がスキルを放った。最大威力で。


 ドラゴンの顔を中心に、光の輪が空中に広がる。輪っかは僕らの頭上を越えて広がっていき……一瞬遅れて、爆風が吹き荒れた。


 空気が破壊されるような轟音が響く。

 壁を乗り越えてくる瞬間だった生徒が、ぼろきれの様に吹き飛ばされるのが見えた。直後に小石や砂弾丸の様に飛び交い、砂煙が視界が塞がれる。


 風が収まった時には、地面に固定されていない物のほとんどすべてが吹き飛んでいた。

 テントも松明も影も形もない。

 ステラが作った石壁……他の場所にも誰かがスキルで作ったのか、いくつか似たような壁が作られているが、それ以外の物は何も残っていなかった。全て吹き飛ばされた。

 エノックが気付かなかったら、ステラが間に合わなかったら、全滅していたかもしれない。


 星明りの中、スケイルドラゴンは悠々と立っていた。今の爆風で頭部にダメージを受けた様子はない。

 EN系のスキルで接近戦をすると二種類の残念な結果に収束する。一つはスキル使用者も自分のダメージで死ぬ。もう一つはスキル使用者の周囲だけはダメージ圏外で敵も無事。主任教官のスキルは後者のようだ。

 空気がグワングワンと鳴る。これはザーバス教官のスキルだ。


「ガープス! 生きているならスキルを使え、狙撃しろ!」


 そもそも生きているのだろうかと僕が頭を巡らせたら、すぐ近くにいた。同じ壁の後ろに隠れて生き延びていたようだ。

 ガープス教官のスキルは、金属球を実体化させる物。追加効果として、実体化と同時に超音速で射出できる。確かに狙撃には向いている。だが、威力が足りるのだろうか?

 教官も、撃つべきか撃たぬべきかで迷っている。それを察したかザーバス教官は急かしてくる。


「早くあのバカを殺せ! 全滅したいのか!」


 ああ、そっちか。

 主任教官は二度目の爆風を放とうとしている。その前に止めなければ、次はどれだけ被害が出るかわからない。


 ガープス教官は最初から理解していたようで、殺人行為に踏み切るかどうかで迷っていたのだ。意を決したらしく、右腕を向ける。

 空中に、直径一センチほどの金属球が実体化する。それが超音速で飛んで行った。

 ここまで聞こえるほどの音はしなかった。ただ、主任教官が発動しようとしていたスキルがキャンセルされて、腕が力なくだらりと垂れさがるのは見えた。死んでいた。


 続けて教官はスケイルドラゴンに向けて、直径五センチほどの球体を実体化させる。撃った。だがダメだった。首の付け根に命中したが、少し鱗をへこませただけだ。


「そんな、全然効いていない……」


 誰かが言う。


「ダメだ全員、逃げろ、バラバラの方向に散らばりながら、とにかく移動しろ。ある程度逃げたら駅を目指すんだ! 駅の駐留部隊なら、なんとかできる!」


 本当だろうか? こんなの、誰がいても倒せないのでは……。

 でも逃げるしかなかった。

 スケイルドラゴンは、ガープス教官を次の敵と見据えたようだ。教官は、僕たちが逃げる時間を稼ぐために、わざとスケイルドラゴンに近づいて行く。

 教官が死ぬ前に、できるだけ距離を取って散開しなければ……。


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