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陶片追放


 翌日のフィールド活動は、つつがなく進行した。

 グループ分けについては少しルールが変わったようで、三つのグループが固まった状態で行動する決まりになった。

 それでもやる事は変わらない。ゾンビの群れを探しては、殲滅する。それだけだ。未知の敵は誤情報だったのだから、変化などあるわけがない。

 地平線まで何もない荒野を、神経質に索敵しながら進む。

 索敵は交代制だったけど、相変わらず僕が戦闘でできる事は何もないので、索敵の方だけでもと毎回参加していた。


 今回は朝からの出発になったので、目標までの距離が少し遠い。

 キャンプ地点は一か所。駅とそことを往復するだけだ。距離を少し遠くしたのはせめてもの抵抗なのだろう。

 ……ん? 抵抗って何だ? 誰が何に対して抵抗しているのか?


 日が暮れるころ、キャンプ地点に到着した。

 今回はキャンプファイヤーがなかった。代わりに、テントに囲まれた広場の外周に、照明が等間隔で設置されている。広場の北側には木箱が並べてある。何かのステージのようにも見えた。

 僕は食事の列に並んで、カレーを受け取る。座る場所を探しているとマーブルに呼ばれた。ついて行くと広場の中ほどに、エノックたちがシートを敷いて座っていた。

 そこでみんなと一緒に食事をとる。


「今日が何事もなく終わってよかったね」

「そうだね」


 そう言えば、マーブルは戦闘の方には毎回参加していた。確かに、植物でゾンビの群れを拘束するスキルは有用だ。でも、いなければ即壊滅するほど不可欠かと言うと、もちろんそんな事はない。拘束系のスキル持ちは他にもいたはず。

 僕がその事を言うとマーブルは苦笑する。


「いつの間にか、タルム君には追い抜かされちゃったから、私も頑張らないと、って思ったの」

「そうかな……」


 僕がマーブルを追い抜かしたという自覚がない。

 でも、そんな物かも知れない。

 スキルを入手する前の僕は劣等感に苛まれていたけど、周りの人たちがその分優越感に包まれていたかと問われると……微妙だ。


 前回と同じように夕食を食べて……あとは寝るだけだと思っていたのだが、少し違うらしい。

 ガープス教官が言う。


「主任教官のスピーチがある。静かに聞くように……」


 またか。どうせろくでもない話をするのだろう。

 疲れてるんだから、さっさと終わらせてくれよ、と思いながら話を待つ。


 予想通り、広場の北側に作られた謎のステージは、主任教官が登壇するための物だったようだ。


「フィールド活動の日程の半分が終わった。これと言った強敵も現れなかった。フィールド活動を停止され無駄な時間を過ごしていたおまえ達は、一日も早く予定に追いつかなければならない」


 無駄な時間はないと思う。僕は得る物があったと思うし、たまたま僕とは相性が悪かったけどザーバス教官は悪い人ではなかったぞ。

 ……そう言えば、ザーバス教官も今回のフィールド活動には参加しているんだっけ?


「知っての通り、人類は危機に瀕している。おまえたちは二百年前の世界を知っているか。歩行体だのなんだの、こんな気持ちの悪いは存在しなかった」


 主任教官も二百年前には生まれていないだろう。

 本に書かれているような内容でよければ、授業で習ったから知らない方がおかしい。何が言いたいんだ?


「地球は人類の物だった。グリーンフォールの魔の手から取り返さないといけない」


 ここで主任教官は、さも残念だと言いたそうに首を振る。


「それなのに何だ、この体たらくは。おまえ達は怯えている。ちんけな魔物どもを前にして、縮こまってこそこそしていれば、奴らがどこかに消えてくれるとでも思っているのか? 消えるわけがない。我々が、人間の手で、駆逐しなければいけないのだ!」


 ……。


「勇気だ。おまえたちには勇気が足りない!」


 主任教官は拳を振り上げ叫ぶ。


「そう、勇気を出すのだ! 敵に立ち向かう勇気、他人の役に立つ勇気、味方面をして寄生する者を拒む勇気、弱者を見捨てる勇気!」


 カンカラン


 何かが放り込まれた。小石か何かだろう。

 いや、放り込まれた、という表現は不適切かもしれない。主任教官を狙って投げたが、偶然当たらなかった。だが当たらなかった事が、なおさら主任教官を怒らせる。

 主任教官は額に血管を浮き上がらせて叫ぶ。


「誰だ! 石なんか投げて! 不満があるなら言ってみろ!」


 言葉はなかった。代わりに、別の方から石が飛んできた。

 不満はもちろんあるだろう。顔見知りが死んで悲しみも晴れていない時に、弱者を見捨てる勇気って……。


 まあ実際の所、主任教官は死んだ人の事を悪く言うつもりは全くなくて、ただ僕の悪口を言っただけのつもりなのだろう。しかし聞く側はそう思わない。伝わらないからさらに語調が厳しくなる。そして反発も強くなる。悪循環だ。


「やめろ! やめろと言っているだろうが!」


 主任教官は叫ぶが、石やら食器やら、投げれる物が手当たり次第に飛び交っている。

 投げているのは、死んだ生徒と親しかった者だろうか?

 僕は流石に便乗する気にはなれないし、マーブルやエノックたちも異様な雰囲気に戸惑っている。


 勇気と狂気の違いが何か。ようやくわかった気がする。

 自分の意志で前に進むのが勇気。他人を恐れさせ、前に進むよう強制するのが狂気だ。自分の選択は自分自身の物だ。他者が強要してはならない。

 例え一人であっても進む勇気がないなら、それは全て狂気なのだ。


 この主任教官は、搾取構造に取り込まれている。

 そして愚かにも、自分がスピーチを成功させさえすれば、搾取される側から搾取する側に回れると、本気で思い込んでいるのだ。


「おまえたち、石を投げるのをやめろ!」


 ザーバス教官が叫ぶ。衝撃波のスキルを応用したのか、その声は拡声器のようにガンガンと響いた。

 それでも攻撃は止まらない。何かガラス瓶のような物が命中して、主任教官が倒れた。


「主任教官を攻撃している者は! 味方面をして寄生する者を拒む勇気、それに賛同したものとみなすぞ!」


 言われてみれば、そうだよな。

 相手が悪だからと言って、自分が悪行を働いていい理由にはならない。

 だが、この言い回しは、後に余計な炎上を招きそうな気がする。なにしろ、主任教官を「味方面をして寄生する者」と断定しているわけだから。


 パタパタと、しばらくは何かが放り投げられる音がしていたが、すぐに静かになった。

 代わりに、重苦しい沈黙が場を支配する。


 そして倒れていた主任教官が起き上がる。頭から何かべたべたした液体を滴らせながら、周囲の人々を睨みつける。


「貴様らぁ……生徒の分際でこの私に楯突くとはぁっ! それならこちらにも考えがあるぞ!」


 ひゅるるるる、ずどん


 主任教官にどんな考えがあったのか、それは最後までわからなかった。

 ただ、一つだけ言えることがある。

 このタイミングでグリーンフォールが襲撃してきたのは、完全に偶然だと思う。

 そもそも、主任教官にそんな事できるわけないからな。


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