不穏
とりあえず、尋問は終わりらしい。
「あの、スキルの事は、教官に報告した方がいいんでしょうか?」
僕が聞くとライラ曹長とヴィーラ中尉は顔を見合わせる。
「主任教官に話すのは、あまりよくないですよね。だが、そこで伏せるとなると結局、誰にも話せないことになってしまうのでは?」
「報告書は私たちで何とかしましょう。」
「現状維持ですか?」
「やむをえません……。せめて、ロワール遺構に出発する前に情報を出してくれれば、ここまで問題は複雑化しなかったのですが……」
なんだか、込み入った話になりそうだ。
「……あの、僕一人の問題という事で済みませんか?」
僕は、そう提案してみる。
この二人に、あまり迷惑をかけるわけにもいかない。
それに、この辺りの事情を掘り返されると損をするのは僕だけではない。下手をするとマーブルまで巻き込無ことになる。だったら、トカゲのしっぽの様に切られるのも一つの選択ではないか。
しかし、ライラ曹長は首を振る。
「ダメだ。誰か一人が犠牲になるだけで納得できるほど、人間は単純ではない。それに、死んだ人間も生き返らない……」
「……はい」
解決策はなしか。
ヴィーラ中尉が言う。
「これぐらいで終わりにしましょう。必要な報告は受けました。あなたが自分のスキルを自発的に使えるようになったのはロワール遺構よりも後の事。とりあえず、そういう事にしてください」
「はい」
「当分の間、スキルの事は教官には報告しなくていいです。ただし、今の状況で私があなたを庇おうとする場合、あなた正規軍に……私たちと同じ指揮系統に引き込む、という事になります。それは学園を去る事を意味します」
「わかりました」
それでもいいかな、と思う。学生もどきから正規軍人に強制返還されれば、やる事も危険も増えるだろうけれど、なんとなくうまくやっていけそうな気がする。
「ところで、固形燃料の件について、何か知っていたりしないか?」
「あっ……」
「……」
「あの、スキルの存在に気づいた日の夜、固体燃料を盗んで、主任教官の枕元に積み上げました」
僕が正直に答えると、ライラ曹長は、僕とヴィーラ中尉の顔を交互に見つめた後、深いため息をついた。
「子どものイタズラじゃあるまいし……。スキルはおもちゃではない。反省しろ」
はい。
〇〇〇
地下から地上に戻る。
階段を上がった所にマーブルがいた。
「タルム君、えっと……」
マーブルは困ったように僕とライラ曹長たちを見比べる。
「おっと、おまえも隅に置けないやつだな」
「では、私たちはこれで……」
ライラ曹長とヴィーラ中尉は生徒たちとは違う場所に寝泊まりするらしく、どこかに去っていく。僕とマーブルだけが残された。
「あの、殴られて連れていかれたって聞いたけど」
「大丈夫。大した事じゃないんだ……。まあ、怒られても仕方のない事をしたわけだし……」
僕はどこまで話していいものか、と思う。
マーブルは辺りに人がいないか見回してから小声で訊いてくる。
「多分、スキルの事、だよね?」
「うん。……話すしかなかった」
「あの人たち、何なの?」
ううん? これは、どこまでだったら話していいのだろう?
「正規軍に、概念系のスキル持ちばかりを集めた部署がある、みたいな話で……」
「え?」
マーブルは目を丸くする。
「その、もしかして……スカウトされるって事?」
「い、いや、それは、まだよくわからないから……」
僕があいまいに否定したのをどう受け取ったのか、マーブルは笑顔で僕の背中をぱしぱし叩く。
「そっかそっか、よかったじゃない」
「そうかな?」
積極的に否定して見せた方がよかっただろうか? 話の流れとしては、スカウトというより不祥事のもみ消しに近かったような気もするけど。
これが本当のスカウトなら「実力を認められた」という解釈もありえるけど、実際は違うからな。
「おまえ達、随分と楽しそうだな」
いつの間にか、主任教官がいた。どこから見てたんだ?
「タルムよ。スキルも持たずにうろついて、恥ずかしくないのか?」
「……」
僕は答えない。マーブルも空気を読んで、スキルの話はしないでくれた。
だが、それをみた主任教官は、さらに図に乗る。
「だんまりか。しかし、なぜ報告しなかったのだ?」
「は? 何をですか?」
「三百体の歩行体が倒れていた場所の写真は見たか? 見たはずだぞ?」
「ええ、見ましたけど……」
「そのうち、数十体は刃物か何かで耳を切り取られていた。おまえが回収してきた耳の出所が、説明がつくんじゃないか? え?」
おっと、そんなのもあったな。あまりにもバカバカしいので忘れていた。
「どうした? ……何も知らないとは言わせないぞ」
「いいえ」
僕はきっぱり答えた。
「何がいいえなんだ?」
「あなたに報告するような事は一つもない、という意味です」
そして睨みつける。
「まったく。スキルがないならせめて足で情報を稼いだらどうだ? 役立たずは本当に役立たずだな」
主任教官は、ぶつぶつと、僕への文句なのか独り言なのかよくわからないことを言いながら、去っていった。