地下室の尋問
結局言い出せなかった。
そしてあっという間に一週間が過ぎて、フィールド活動の日になった。
前日の夜に、鉄道に乗って要塞化された駅に到着する。
駅には見知らぬ軍人が大勢いた。新型の敵、とやらに対応するためだろう。
これもある意味僕のせいなんだろうか……と思っていると、誰かがこっちに近づいてくる。若い女性の二人組だ。
よく見たら、一人はライラ曹長だった。
「タルム。探したぞ」
「お、お久しぶりです」
「まだスキルは入手できてないのか?」
「え? あ、えっと、そうですね……」
ここは正直に答えるか、それともごまかすべきか。
いつぞやの自分は、ライラ曹長が相手なら正直に話していいかもしれないと考えていた。しかし、ここまで後戻りできない状況になったらごまかし続けた方が正解ではないか?
僕が心の中でそう結論を出した瞬間。ライラ曹長の後ろにいた女性が、悲しげに首を振る。
「ダメですね。プランBに変更です」
「わかりました。……タルム二等兵、歯を食いしばれ」
「っ?」
すごく嫌な予感がした。反射的にステルスのスキルを発動し……気が付いたらスキルを解除されて床に転がっていた。
「え? えっ?」
顔が痛い。殴られたという事はわかったけれど、何がどうなったのか、全然わからない。ステルスが効かない? いや、発動をキャンセルされた?
「……下らん小細工をするな。立て。ついて来い」
ライラ曹長に引きずられるようにして駅のどこかに連れていかれる。階段を下りて階段を下りて、地下二階。小さな倉庫のような部屋に連れ込まれた。
部屋の真ん中に椅子が置かれていて、そこに座らされて、手錠で固定される。
なんとなく、尋問、という言葉が連想される。
「あの、これは、一体……」
「なぜ殴られたのか、わかっているな?」
「いえ、あの……」
随分と用意がいい。
プランBとか言っていたけど、プランAだった場合はどうなったのだろう?
スキルを入手した事を隠そうとした時点で分岐したのか? ということは……それが殴られた理由か。
「最初に確認する。軍に対する反抗心、特に私に対する反抗心はあるか?」
「あ、ありません」
ライラ曹長は、ちらりと後ろの女性の方を見る。お互い無言。なんだ?
「では今度こそ正直に答えろ。スキルは手に入ったのか?」
「はい……」
「どのようなスキルだ?」
「概念系です。僕はステルスって呼んでて、簡単に言うと、透明人間になれます。ゾンビにも人間にも見えません」
「それだけか?」
「実体化系っぽい追加スキルがあって、毒の注射器みたいな物を出せます。川に集まっていたゾンビで実験しました」
「他には?」
「えっ、えっと、毒の効果にも、いろいろあって……」
洗いざらい喋った。いろいろ実演させられた。そういえば、毒の注射器はマーブルにも見せてなかったな。
「このスキルを教官に報告したか?」
「……していません」
「なぜ?」
どうしてだろう?
「……わかりません」
「わからないわけがないだろう。おまえがやった事だぞ?」
「えっと、主任教官への意趣返し、だと思います」
「は?」
そう、冷静に考えてみれば、それが全てだった。
主任教官が、いくら人として信頼できない性格だったとしても、書類仕事をマニュアル通りにこなせないほど酷くはないはずだ。それなのにどうして、報告を止めたのか。これでは僕が性格が悪いみたいじゃないか。
「おまえは器の小さい男だな」
「はい……」
「しかし、人から見えなくなるということは、悪用する方法はいくらでも思いつくな」
「……」
まずいな。
「スキルを悪用した事はあるか?」
「ありません」
後ろにいた女性が咳払いする。ライラ曹長の顔が一瞬ゆがんだ。何か不安がっているようにも見えた。
「ここで嘘をつかない方がいいぞ。もう一度聞く、スキルを悪用したことはあるか?」
「……」
「ステルスという事は、だろうな。例えば、入ってはいけない所に入るとか……」
「い、一度だけ、女子トイレに入りました」
「ほう、それは犯罪だとは思わなかったのか?」
「違うんです。マーブルの服を盗まれて、それを取り返すために仕方なく……」
ライラ曹長はため息をつく。
「私が学生の頃は、そんな治安は悪くなかったぞ」
「今だって別に治安が悪いわけじゃないですよ。ただ……わけのわからない事をする人もいるってだけです」
「……服を盗んだ犯人は?」
「ABCD、いや、えっと、アドリーナたちです」
「アドリーナ? ああ、ロワール遺構の犠牲者名簿にあったな。あれを殺したのはおまえか」
「違います。誤解です……」
「ならマーブルとやらが真犯人か?」
「それも違います。本当に誰も何もしていません……」
ライラ曹長は、後ろにいた女性の方と話し出す。
「中尉、どう思われますか?」
「嘘は言っていないように思います」
「そうですか。では、これで報告書の不明点はつじつまが合います。しかし、かなり面倒なことになりつつあるような気がしますが……」
「そうは言っても、全てを正直に報告するしかありませんよ? せいぜい、誰に報告するか、を選べる程度でしょう」
「……そうですね」
女性が僕の前に出る。
「私はヴィーラ、階級は中尉、ライラの直属の上官です。まだ詳細は明かせませんが、概念系のスキルを集めている部署がある、と思ってください。いずれあなたもそこに編入されることになるでしょう。……しかし、あなたの立場は非常にまずい。スキルを入手したのに隠していた。そのスキルの内容も人から信頼を得にくい……。あなた本人は悪い人ではないようですが、多くの人間があなたを疑いの目で見るでしょう」
ヴィーラ中尉は目を伏せる。
「ロワール遺構で29人の生徒が死にました。一度のフィールド活動での死者としては、記録的な数字です。このような悲劇が起こった原因は、何だと思いますか?」
「……わかりません」
「あなたの個人的な意見で構わないので、正直に話してください」
うん?
このやり取りは、さっきから何かがおかしい気がする。ヴィーラ中尉のスキルは何だろう? まさか、嘘を見抜くスキルか? そんな物がありえるのだろうか? あるとしたら、恐ろしい事だ。
だがその一方で、ステルスを悪用しなかった、という僕の主張も信じてもらえた、かもしれない。
それにしても、個人的な意見か。言うだけ言ってみよう。
「ロワール遺構でフィールド活動を行うという判断が、そもそも間違いだったと思います。ただ、ウオヴァサウルスが出現するのを事前に予測するのは不可能でした。そういう意味では誰の責任という事もないと思います」
「誰の?」
「……ロワール遺構に決定したのは誰ですか? 主任教官ですか?」
ヴィーラ中尉は、困ったようにため息をつく。
「この部屋の外ではその話をしないように」
「はい……」
どうやら僕の推測が正しかったようだ。ライラ曹長が口を挟む。
「そもそも、荒野フィールドを使えないという判断が間違いだった。だがその判断ミスに至った最大の要因は、タルム、おまえだ」
「それは、僕に責任があるって言うんですか?」
「いや。私を含め、誰もそうは思わないだろう。だが、わかった上で、そう主張した方が得をする人間はいくらでもいる。……誰とは言わないがな」
面倒な事、というのが何なのか、だいたいわかって来た。
上層部で権力争いが起こっているのだ。
29人の死を主任教官の責任にして、もっと上の方にいる誰かを失脚させたい人がいるのだ。
その誰かは、僕かマーブルに責任を被せて話を混乱させることで、身を守ろうとしている。
両方の派閥から、僕は不発弾扱いされかねない。
多分、だいたいそんな所だろう。
一日に二話投稿すれば、締め切りに間に合うような気がします。