休日3
学校の近くまで戻って来た。
どうして休みの日にまで演習場なんかに……と思ったけれど、これは前から決めていた事のようだ。
個人で使うには何か手続きが必要なようだったけれど、それは事前に終えてあった。僕の分までた。計画的犯行の匂いがする。
演習場で何をするのだろう。この流れでマラソンや的当てはないだろう。つまり模擬戦だ。
倉庫で木剣を選ぶ。
「タルム君。これでいい?」
「うん……。ジャージとか持ってきてないんだけど、この服装で模擬戦するの?」
僕はまだいい。
マーブルの服装は、さっき買ったワンピースほどでないにしても、スカートが短くてひらひらしている。
「私は多少汚れても洗えば何とかなるかなって服を選んできたつもりだったんだけど……ごめんね、先に言っておかなくて」
「いや……マーブルさんがそれでいいなら、僕からは何も言わないけど」
なんだか釈然としないまま、演習場の中に入る。
土がむき出しの地面。植物を実体化するマーブルにとっては、一番やりやすい場所だろう。
10メートルほどの距離で向かい合う。
「タルム君にとって、私は価値があるかな?」
「それは、あるよ」
「本当に? どれぐらい?」
どれぐらいって……。
「まあ、それはタルム君が好きなように表現してくれればいいんじゃないかな? じゃあ、ルールを決めるね。タルム君が私に触れたら勝ち。何をやってもダメだったら私の勝ちってことでいい?」
「マーブルさんの方からは攻めてこないって事?」
とたん、僕の足元からつる草が生えてきた。気が付いた時には、足にくるくると巻き付いている。
「これはどう? 私が触ったことになるの?」
「それは……なるんじゃないかな?」
「という事は、この状況だと、私が圧倒的有利だと思うから、私が勝つのは当たり前だよね。無理に勝とうとしなくてもいいんだけど……」
「なるほど」
安い挑発だな、と思う。いや、安いから意味があるのか? つべこべ言わずに乗れと?
面倒くさい事をして来るなぁ、と思ったけれど、よく考えたら、スキルを隠すとか面倒なことをやっているのは僕の方だった。
要するに僕のまいた種か。
仕方ない。やってみよう。
地面から生えてくる葦のような細長い茎の草。高さは五十センチぐらい。それが、僕を中心に半径十メートルぐらいの範囲を覆う。これは拘束用か探知用だろう。
僕はステルスを発動すると、真横に走った。
「あれ?」
マーブルは一瞬、信じられない、という顔になった。一瞬だけだった。
すぐに何かを始める。マーブルのスキルは植物の実体化だから、成長させるまでに十秒ぐらいのタイムラグがある。数手先を読んで使ってくるだろう。
僕は草が生えていない範囲まで脱出してから、マーブルの背後を取るべく回り込む。
だがマーブルは草が生えている範囲を突っ切って、僕とは反対側に逃げる。
ステルスが発動しているはずなのに、こちらの位置がバレている。たぶん、地面の下に広げた根っこで、振動か圧力変化の情報を得ている。僕が空を飛ばない限りこの探知からは逃げられない。
僕が移動した後を追いかけるように草の生えている範囲が広がっていく。草を踏めばさらに正確な位置がバレてしまう。ステルスの優位性を得るにはどうしたらいい?
一つ思いついた僕は、その場で足を止め、地面に手をついた。
それから、地面を這って一メートルほど移動する。
「ん? ……あれ?」
マーブルは困惑した様子で、こちらに歩いてくる。完全に僕を見失っていた。
僕のステルスで消せるのは自分自身だけではない。自分の服や持ち物も同時に消えすことができる。
それならより広範囲をステルス化したら? 例えば、マーブルが実体化させた植物をステルス化できるとしたら?
植物を通じてマーブルが得ている情報も、消えてしまうのではないか。
マーブルからは、この辺りだけ植物の存在が消えたように見えているはずだ。
それを補うために新しい植物を次々に生やしているが、もう遅い。ステルス化した状態で動きを止めた僕を感知する事はできない。
マーブルは五メートルほどの距離で立ち止まり、目を閉じる。これ以上は近づいてこないつもりか。
僕は木剣で撃ちかかる。
「そりゃっ!」
僕が立ち上がったのと同時に、マーブルは木剣を振った。生まれて初めて棒を振り回したのか、と言いたくなるような雑な攻撃だったが、狙った場所だけは正確だった。
僕はそれを木剣で受け止める。
カァン、と乾いた音が響く。
「……すごい。全然見えないけど、そこにいるよね? どうなってるの?」
僕は答えない。
今喋っても何も聞こえないだろうし、それ以前に僕にもよくわかってない。
マーブルは、数歩下がる。同時に僕とマーブルがいる場所を取り囲む円状に、小さな木が何本も生えてくる。高さ一メートルほどだが飛び越えて逃げるのは難しそうだ。範囲を狭めて追い込む気か。
僕はステルスを維持したまま少し横に動く。
どこに立っているかはバレているはず。だが、木剣の正確な軌道を読むことはできないはず。ここから打ち合えば、必ず僕が勝つはず……。
と、思っていたら、マーブルはその場にしゃがんだ。草の中に隠れてしまう。
何を考えているのか?
がさがさと音を立てて僕の後ろを取るように移動して……。いや、待てよ? 這って移動しているにしては動きが速すぎる気がする。
草を操って相手を縛ったりできるなら、何もないのに揺らして音を立てる事も可能なはず。つまりあれは囮だ。本物は、どこに行った? 技と音を立てるなら、逆に音を消して動くこともできるだろうが……。
まさか、ステルスを相手にステルス勝負をしかけてくるとは思わなかった。
木剣を適当に振り回していれば当たるはずだ。この小さな木に囲まれた範囲からは出ていないだろうから。ただし、それは今回のマーブルは流れ的にそう判断するに違いないというだけの事だ。本当の殺し合いになったら、絶対外に出ると思う。それは僕の負けを意味する。
一方、マーブルの方は僕のおおよその位置はわかっている。だが見えない木剣を振られて、うまく受ける事は不可能なはず。つまり……。
「ダメだ。僕の負けだ」
僕はステルスを解いて、木剣を地面に置く。
その五秒後、正面から体当たりを食らって倒れた。
頭は打たなかった。ちょうど僕が倒れる方向に柔らかい植物が大量に生えてクッションになっていた。
倒れた僕の上に、マーブルが馬乗りになる。なんだか不満げだ。
「もう、なんで降参しちゃうの。あのまま続けてたらタルム君が勝ってたでしょ」
「そうかもしれないけど……僕が適当に振った木剣が、頭とかに当たったら危ないと思って」
「うーん。もしかして、私も剣術の基礎ぐらいは習わないとダメなのかな」
「そういうレベルの問題ではないと思うけど……」
本当、ステルスは教育学的に見てゴミスキルだ。模擬戦では相手を怪我させるわけにはいかない。それゆえ非常にやりづらい。
「そもそも、こんな風に囲まれてる時点で、もうステルスの意味はないよ。マーブルさんがこれだけの植物を出して、なおかつ囲みの外に出ていたら、僕には打つ手がなかった」
「実際は、中にいたんだけどね。ちょっと木を出しすぎて私も出られなくなった」
「出れないの?」
「まあ、そこだけ木を消せば出れるけど……バレちゃうでしょ」
「それもそうか」
そろそろ、僕の上からどいて欲しいと思った。乗られていると立てない。
だがマーブルは離れるどころか、身をかがめて僕の上に寝そべる。顔が近いし、柔らかい物が当たっている。
耳元で囁かれる。
「ねえ? タルム君はこのスキル、ずっと隠してたんだよね?」
「ま、まあ、そういう事になるかな」
「どうして私には見せてくれたの?」
「さあね……」
答えようがなかった。スキルを隠して適当に立ち回る事もできた。けれど、今回はそれではいけない気がした。
ふと、この前の模擬戦の時のザーバス教官の言葉を思い出す。「俺にはそれだけの価値がないのか?」と、わけのわからない事を言っていたが。
逆に言えば、マーブルはその価値があると、僕は判断した……のかな?
マーブルは両手を動かして、僕の頭を抱え込む。心臓がどくどく言っている音が聞こえる。
「私さ、一か月ぐらい前までは、一人でどこかに行っちゃいたいと思ってた。でも今は、そんな事しなくてよかったと思ってる」
「うん」
「今は……タルム君と二人でどこかに行きたいかも」
「えっ?」
何を言ってるんだ、と聞き返そうとしたけど、その前にマーブルは起き上がり僕から離れて立ち上がった。
「冗談だよ。本気にしちゃった?」
「い、いや……別に」
危なかったよ、まったく。