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剣術 後


 ミューゼとエルアリアは、10メートルほどの距離で向かい合う。

 ミューゼの武器は少し長めの棒。エルアリアは木剣だ。

 いつの間にか、見物人がぞろぞろ集まってくる。


「どっからでもかかってきな」


 ミューゼが挑発する。エルアリアはすぐには攻め込まず、前に一歩、横に一歩、後ろに一歩、小刻みに移動しながら隙を伺っている。


「はっ」


 ようやくエルアリアが仕掛けた。

 右上から振り下ろす、と見せかけて中段で剣を止め、まっすぐに突く。

 カァンと激しい音が響く。木剣の先が棒の腹で受け止められていた。


 ミューゼは、そんな物なのかと言いたげにニヤリと笑う。

 エルアリアは、ミューゼから一定の距離を保ったまま、じりじりと横に移動していく。隙を伺っているが、攻め込むきっかけが見つからないようだ。


 そんなエルアリアをあざ笑うかのように、ミューゼは棒を大振りにぐるぐる振り回したかと思うと、身をかがめながら地面すれすれに薙ぎ払う。

 エルアリアは難なくその棒を飛び越え、その勢いのまま打ちかかる。露骨な誘いだったが、あえて乗ったようにも見えた。


 キンキンキンガンガンガンキン


 エルアリアは正面から右から左から上から下から、素早く突きを繰り出す。

 ミューゼは棒を上下左右に揺らすように動かして全てを受ける。まるで攻撃がどこから来るか事前にわかっているようだ。

 攻めているのはエルアリアだが、ミューゼの表情は涼しげだ。棒を時々左手に持ち替えたりしながら全ての攻撃を的確に防いでいる。


 一見膠着状態に見える。

 だが、打ち合っているうちに、エルアリアの動きが大雑把になってきていた。防御の外側から打ち込もうとしているが、ミューゼの防御範囲が少しずつ広がっている。それでエルアリアはさらに外側から攻めようと、木剣を振り回さなくてはならない。


 ミューゼが一歩後退する。それを追いかけようとエルアリアも前に出る。その体重移動を待っていたようにミューゼが軸足を蹴飛ばす。エルアリアはバランスを崩しながらも下がらざるを得ない。

 攻防が入れ替わる。ミューゼは舞うように回転しながら、左右から攻撃を繰り出す。ひょんひょんと風を切る音。ガンガンと棒と木剣が打ち鳴らされる。目にもとまらぬ速さで繰り出される連打。エルアリアは必死に防御するが、その表情に余裕はない。防御範囲がじりじりと狭まっていく。


 エルアリアは少し無理な角度から打ち返して、棒の動きが乱れた隙に大きく下がる。いや、それもフェイントだ。後ろに下がる勢いをバネの様にして前に飛び出す。


 放たれた突きを弾こうとミューゼは棒を全力で振る。エルアリアはその勢いを巻き込むように腕をくねらせ、棒を跳ね上げる。

 そこで二人の動きがぴたりと止まった。


 叩き落された棒が、地面を転がりカラカラと音を鳴らす。


 エルアリアの剣を振り上げた右腕。その手首は掴まれていた。そして喉元にナイフを突き付けられている。正確には、ナイフのような形をした木の模型だが。

 これが実戦なら、次の瞬間にエルアリアの喉は切り裂かれていただろう。

 ミューゼの勝ちだ。


 エルアリアは、ふぅと息をつくと一歩下がった。ミューゼも掴んでいた手を放して一歩下がる。


「……降参です」

「そうね。おつかれさま」

「ご指導、ありがとうございました」


 エルアリアは姿勢を正し、深々と頭を下げる。 

 そしてミューゼは思い出したように僕の方を見る。


「……というわけなのよ」


 え? なんだっけ?

 あ、そうか。僕が剣術を習いたいって言って、それは無理だから実演する、って流れだったような気がする。


「まあ、何が言いたいのかはわかりました。これは、物理的に無理ですね」

「そこまでではないけど……まあ、スキルなしでこれができる人間ってのは、ちょっと想像つかないかな」

「でも、最後のナイフを出すのっていいんですか?」

「ダメだったかな。公式試合だと武器は四つまで持ち込める事になってるから……」

「腕は二本しかないのに?」

「そりゃ、数が多ければいいってわけでもないけど、基本は武器を飛ばされるの前提でやるもんだよ。他の所で決着がつかないからさ」


 無茶苦茶だな。


「どうやったら、強くなれるんですか?」

「私だってそんなに強いわけじゃないよ。今の子だって、数か月前にスキルを使えるようになったばかりだろうけど、もうほぼ互角だからね。一年後にどうなってるかは、わからない」

「そういう物ですか? じゃあ、ザーバス教官は、EN系なのに強いけど、あれはどうなってるんですか?」


 僕が言うと、ミューゼは呆れたように首を振る。


「何それ? まさか君は、あの教官に勝ちたくて剣術を習おうとしてたの?」

「おかしいですか」

「ダメだよ。あの教官と戦うのはやめた方がいい。ああいうのに戦いを挑んだらダメだよ」

「え? それって、どういう事ですか?」


 横の方で聞いていたエルアリアが口を挟んでくる。


「あー、あのね……えっと、それは私からは教えない。自分で気づけるようにならないと」

「え……そうですか……」


 エルアリアは何か考え込む。

 それぐらい、教えてあげてもいいんじゃないかな。それとも、何か理由があるのかな?


「あのね。私が言うのもおかしいかもしれないけど、実戦になったら、剣術なんて役に立たないからね」

「そうなんですか?」

「いや……だってさ、こんなのどこで使う? フィールドに出ても、ゾンビが剣での一騎打ちとか挑んで来たりしないでしょ?」


 そりゃそうだ。むしろそんなゾンビが出てきたら、気持ち悪くて近づきたくない。僕だったら、遠距離からEN系に吹き飛ばしてもらう。


 ミューゼにお礼を言って別れる。

 エルアリアはなんだか楽しそうだった。鼻歌でも歌い出しそうな勢いだ。


「タルムのおかげでいい経験ができたよ。ありがとね」

「負けたのに?」

「負けたからこそでしょ。ああ、凄い。あれが優勝者なのか……」


 先輩と手合わせするってのは、そういうものなのかな。しかし、ステルスの場合は先駆者がいるとは思えないし、独学でなんとかするしかない。どうしたものか……。


 その後は、特に変わった出来事もなく、ぼんやりしているうちにその日の授業は終わった。

 僕が片づけを手伝っていると、マーブルが近づいてくる。


「こっち、私が運ぶね」

「ありがとう」


 二人で並んで荷物を運ぶ。歩きながらマーブルが言う。


「あのさ、明日休みだよね」

「そうだね」

「何か、予定とかある?」

「何もないよ」


 マーブルは、数秒何かを迷った後、決心したように言う。


「買い物に行きたいんだけど、つきあってくれないかな」

「うん、いいよ」


 答えてから、ふと疑問に思う。まるでデートの誘いみたいだな、と。


作者取材につき明日はお休みです。



嘘です。ゲームです。

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