剣術 前
ザーバス教官との模擬戦があった日の後も、日々の予定は何も変わらない。
演習場の周りを走る。それが終わったら何の役に立つのかよくわからない訓練をする。そんなことの繰り返しだ。
最近では、実体化系のスキルで作らせた硬い標的をEN系に破壊させる、というような訓練も始まった。
ザーバス教官が僕に声をかけてくることは二度となかった。
ちょっと悪い事をしたかな、と思わなくもないけど、ステルスの片鱗を披露するわけにもいかない。
披露しようとすると、どうやっても闇討ちみたいになるからな。ちょっと悪いとか、そういうレベルじゃないので、実行に移す気はなかった。
三週間目ぐらいからカリキュラムが変わった。演習場を使うのは二日に一度になった。
学年が半分に分けられて、偶数日と奇数日で別れる。どうして半分にされたのかと思ったら、当日は、同じぐらいの数の先輩が来ていた。
上の学年との共同授業だ。
「普段はスキルを見せ合わない相手と同時に訓練をすることで、お互いに刺激を受ける事ができるだろう」とかなんとか。
僕はどうした物かな、と思いながら標的並べの手伝いをしていたら、先輩たちの中にミューゼがいるのに気づいた。
向こうもこちらに気づいて、手を振りながらやってくる。
「タルムじゃん。この前、結構な被害が出たって聞いたから心配してたけど無事だったんだな」
「ええ、なんとか」
一時的に心肺停止になったのは無事と言うのかな。
「そういえば、タルムのスキルってなんだっけ?」
「……その、スキルはないんです」
「え? 本当に? 概念系とかそういうのじゃなくてか?」
鋭いな。
「どうなんでしょうね。概念系については、ちょっとよくわからなくて……」
「座学の内容はどこまで進んでるんだ? 概念系の説明って授業内容にあったっけ?」
「この前、なんか前線から概念系のスキルを持ってる人が来ましたよ。たぶん、僕一人を対象とした特別授業だと思うんですけど」
「ああ、なるほど。なんか概念系は貴重らしいからなぁ」
「その辺りよくわからないんだけど、概念系だと価値があるんですか?」
僕が聞くと、ミューゼは少し考えるように首を巡らせた後、言う。
「スキルの内容にもよると思うけど……。他の系統は、基本的に火力か足止めだからさ。それ以外の事に使える能力なら、キープしとくってのはあるだろ。使い方は誰かが思いつくだろうし」
「そういうもんですか?」
「ああ、放っておくと消えちゃう事もあるからね」
え? 消えるって、何が? まさかスキルが?
「スキルが消えたりすることなんてあるんですか?」
「あるよ。使わないでいると弱くなったり消えたりするらしい」
「えっ……そうなったら、一生スキルなしですか?」
「いや、消えても、もう一度経験値玉を集めれば、またスキルが入手できるんじゃなかったかな……」
そんな馬鹿な。スキルは一人一つ。発展することはあっても根本的に変化する事はない。それが常識だ。
一度手に入れたスキルが気に入らなくても、一生付き合っていくしかない。
しかし、実際にはスキルが消えたり再入手したりできるなんて……。急に都合がいい話が出てきたな。なんか裏があるのでは。
「まるでスキルのリセマラですね。そんな裏技があったんですか?」
「いや、そこに食いついたらダメだよ。一回使わないとスキルの内容を確認できないし、一回使ったら半年ぐらいは消えないらしいから」
リセマラの時間効率、半年か。五年あれば十スキルを選別できる……いやいや、誰がそんな事するんだよ。
「もしリセマラ狙いなら、不毛だからやめた方がいいよ」
「やりませんよ」
「あと、リセットしても似た系統のスキルが出てくるから意味ないらしいって聞いたな。ただ、概念系は消えると、次からはEN系になるっていう説もあるけど」
「だからEN系って多いんですかね? 一度も使わなかった場合は、スキルが消えるまでの時間ってどれぐらいなんですか?」
「さあ? そんなの調べようがないからなぁ。二週間って説もあるけど……」
「に、二週間!?」
短すぎる。なるほど、概念系のスキルが少ない理由はそれか。殆どの人は、スキルを入手しても気づかず、期限切れで消えちゃうんだな。
僕がスキルに気づくまで、六週間ぐらいあったと思うんだけど。いや、最後から二番目にスキルを入手した人が出てからだいたい二週間だから……ギリギリだったのかな?
僕たちがスキルについて話しているとエルアリアが近くに来る。
なんか話に割り込みたそうだったので、どうしようかと思っていると、ミューゼも気づいて言う。
「えっと、何? タルムの知り合い?」
「はい。私、エルアリアって言います。あの、あなた、ミューゼさんですよね?」
「あ、うん……」
ミューゼは、こいつ誰? みたいな視線を向けてくる。
「フィールド活動で同じグループの人です。メレー系ですよ」
「それは見ればわかる……あれ? マーブルはどうしたの?」
「え? その辺りにいると思いますけど……」
演習場の向こうの方で、見慣れない木が生えてるから。たぶんアレだと思う。
「……おいおい。浮気はいかんぞ」
「いや、別に浮気とかそういうのでは……」
まず本命がいないじゃないか。
返答に困っていると、エルアリアが僕をつつく。
「ちょっと、タルム。あんたミューゼさんと知り合いだったの?」
「え? ああ、うん……有名な人なの?」
「知らないの? 去年の剣術大会の優勝者よ」
僕は驚いてミューゼの方を見る。ミューゼは、大したことじゃない、と言いたげに肩をすくめる。どうやら本当の事らしい。
「え? そんな凄い人だったんですか?」
「勝ち負けなんて、時の運だよ。あの時は、たまたま全勝したってだけさ」
いやいや。たまたまで全勝できる人って、そんなにいないと思うんだよな。少なくとも僕だったら絶対無理だ。
僕はふと思いつく。教官に期待するより効率がいいのでは?
「あの、ミューゼ先輩。剣術を教わりたいんですけど、いいでしょうか?」
「何それ? あんたメレー系でも目指してるの?」
「そういうわけじゃないんですけど」
「んー。でも参考になるかな? 私の動きは、スキルの身体強化を前提にしてるから、普通は同じように動けないと思うんだよね」
ミューゼはエルアリアの方を見る。
「せっかくだから、実演してみようか。ちょっと相手してくれるかな?」
「喜んで!」
エルアリアは、待ってましたと言わんばかりにウキウキしている。
なんか妙なことになって来たな。まあ、当人たちが楽しそうだからいいか。