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無駄な授業


 一時間、走り続けた。

 演習場の外周をぐるぐるぐるぐる。速度はそれほどでもない。だが、持久力を要求される。

 約320人いた生徒は、一人また一人と脱落していき、最後尾を走っている別の教官にハチマキを奪われ演習場の中に戻るよう言われる。

 急に妙な物を配られたと思ったら、そういう事だったのか。

 僕は常に殆ど最後尾をキープして走って、前の方を走っていた生徒が力尽きて歩いてしまっているのを追い抜かしていた。

 ギドゥルスとステラは、割と早期に脱落した。

 マーブルも、ふらふらとした様子で最後尾までやってくる。何か言いたそうにチラチラと僕の方に視線を向けていたけど、体力が持たなかったようで遅れはじめ、後ろを走る教官に捕まっていた。


 その後も、僕は自分なりにかなり頑張ったけど、200人目ぐらいの脱落者になった。半分ぐらいまで耐えたからもういいかな、みたいな甘えはあったかもしれない。


 疲れ果てた僕は演習場の中に戻る。

 先に戻っていた脱落者たちは演習場の入り口すぐの所でへばっていた。僕も適当に開いている所に座って休む。


 さらに20分くらい経って、脱落者が300人近くになったんじゃないかと思った頃。筋肉ダルマ、改めザーバス教官が戻って来た。

 後をついて走っている生徒は18人。その中の一人はエルアリアだ。


「よし、止まれ」


 ザーバス教官は演習場の中央で止まり、その前に走りぬいた生徒が


「ゴミの中にも根性のあるやつが混じっていたようだな。こんなことができても戦場では何の役にも立たないが、一応、誉めておいてやろう」


 役に立たないならなんでやらせたんだ、と突っ込む気力はなかった。

 だが、ガープス教官が何か耳打ちすると、ザーバス教官は残念そうに首を振る。


「残ったおまえたちの中で、スキルがメレー系でない者、いるなら手を挙げろ」


 一人も手を上げない。なるほど、そういう事か。

 メレー系のスキルがあるなら、身体強化も使える。それを使って走っていれば、普通より有利になるだろう。それで最後までついていったと。


「ゴミにしては根性があると思ったら、おまえら全員メレー系か。スキルを使ってズルしてやがったな? 根性の腐ったやつばかりだ……」


 実際、みんな使っていたらしく反論はない。

 ところでザーバス教官のスキルは何なのだろう。まさかメレー系ではないだろうな?

 いや。他の教官たちも普通について来てたから、鍛えれば体力だけで走れる距離と考えた方がいいだろう。それは裏を返せば、今年中にそのレベルまで鍛えないと合格がもらえないという事でもある。


「いいか。おまえたちはゴミだ。経験値玉さえ集めれば強くなれると思っているゴミだ。ゾンビのエサほどの価値もない。スキルは確かに便利だが、しかしスキルは己を強くしない。どんな時でも、最後に頼りになるのは肉体、そして心だ。それがない奴はどうせ死ぬ」


 ザーバス教官の言う事は、たぶん正しい。しかし僕がそれを体現できるかどうかは別の話だ。

 つらい。

 この授業、本当に最後までついていけるかな……。


〇〇〇


 数日間、午前中は大型魔物の性質の授業を受け、午後は演習場で走らされる日々が続いた。

 走るだけなら演習場はいらないんじゃないかと思い始めた頃、ようやくスキルを使った訓練がぼつぼつ始まるようになった。


 所持スキルの種類ごとに分けられて、それぞれ準備をする。

 メレー系は、準備も片付けもいらない。自分用の武器を持って、適当に訓練するだけだ。

 実体化系は、準備はいらないが後片付けが多い。特に地面から生えてくるスキルを使った直後は、ボコボコになるからだ。

 そしてEN系は、準備も後片付けも多い。射撃用の的を配置して、終わったら回収する。


 スキル未所持の僕はメレー系に分類された。これは僕がショベルを持っているから……ではなく、メレー系は後片付けの手伝いに奔走させられるからだ。要するに雑用係として、労力を搾取されるためだけに参加させられているような物だ。

 ……もしかして、僕がこの時間から得られる物は何もないのでは?


 EN系が何かやっているのを見物する。

 赤と青に色を塗った空き缶を、いくつも地面に立てて置く。それを遠距離攻撃で倒すのだ。ただし青を倒してはいけない。赤だけを素早く狙う。

 EN系は範囲攻撃なので、調整が難しいようだ。


 ギドゥルスは、小さな火炎弾三つぐらいを一つの缶に正確に連射するという曲芸のような技を生み出した。器用な奴だ。

 一方、エノックのような電撃タイプは、苦戦しているようだ。缶を倒すだけの威力を出すとどうしても拡散してしまう。

 とうとうエノックは諦めて教官に抗議に行く。


「教官、これは不可能ですよ」

「根性が足りないからできないのだ」

「なんでも根性で解決できるとは思いません」

「そうかもな。しかし根性の足りないEN系は『味方殺し』になるぞ。それがおまえの望みか?」

「くっ……」


 味方殺し。たぶん、友軍誤射の事だろう。

 実際、この前、僕も誤射されたような物だし、エノックには苦々しい思いもあるだろうな。

 でも、後で僕が声をかけづらくなるタイプの指導はできれば避けて欲しいんだけど。


 そんな風に思っていたら、ザーバス教官は僕の方にやってくる。


「おまえは何を考えている?」

「いえ、何も」


 終わるまで出番がないので。


「おまえは一人だけスキルがないらしいな。悔しくないのか」

「特にそのようなことはありません」

「暇だろう。模擬戦でもしてみるか?」

「意味がありません。僕が勝てるとお考えですか?」

「初回だからな。俺に触れたら、それだけで勝ちにしてやろう」


 メレー系相手には、そういう事もやっているようだった。ちなみに、この一週間で挑戦に成功した生徒は一人もいない。

 僕はやりたくなかったのだが、断り切れなかった。


 僕とザーバス教官は、木剣を手に、五メートルほどの距離を置いて向かい合う。


「ほら、かかってこい。スキルを使ってもいいぞ、あるならな」

「……」


 僕はステルスなど一切使わず、正面から突っ込んだ。突き出した剣は当たり前のように弾かれる。

 教官は自分からは打ち込んでこない。ただ僕の追撃を待っている。

 身をかがめて足を狙う。教官は涼しい顔でそれを避け剣で払う。払われた剣に引っ張られるように僕は地面に突っ伏した。


「まるでなってないぞ。どうやって今まで生き残って来た? そのやり方を見せてみろ」

「……それは無理です」


 見えないからな。

 まあ、目の前で僕の姿が消えれば流石に気づくだろうから、ある意味見えるんだけど。


 僕は視線を走らせる。

 生徒が集まってこの戦いを見ている。50人ぐらいか。

 メレー系の生徒は全員いる。マーブルやエノックたちもいるし、他にも関係ないのに見物している生徒や教官たち。


 ザーバス教官はまだスキルを使っていない。ザーバス教官は以外にもEN系だった。衝撃波を打ち出すスキルだ。

 だが、今回はスキルを使わないだろう。

 僕も小細工なしで打ちかかる、弾かれる、打ちかかる、弾かれる。


 ああバカバカしい。

 なんでこんな事しなきゃいけないんだ。

 スキルを使ってもいいなら、僕はこの状況から勝つ方法を十通りは思いつける。例えば、ステルスを発動して背後に回り込んで殴ればいい。ザーバス教官は絶対に対応できない。

 ただし、それを実行した場合、僕は何を失い何を得るのか。

 失う物は、現在の立場と情報的優位。その代わりに得る物は何もない。今までスキルを隠匿していたことに対する非難は得られるかな。いらねーよ。


 結局のところ、僕がここでとれる最善の戦略は、意欲関心態度などの面でマイナス評価がつかないように演技をする。何も考えず正面から突撃し、無様に負ける。それだけが僕に許された戦い方だった。

 僕にとってザーバス教官との戦いには何の価値もない。教官が弱すぎて試合にならないのだ。戦闘経験すら得られそうにない。せめてステルスに対応できそうな気配ぐらい漂わせてほしかった。


「もういい。終わりだ」


 二十数回の打ち合いの後、教官はつまらなそうに言い、剣を振り下ろす。

 僕は、今の一瞬でステルスを発動して攻撃を避ける、というのを想定しながらも、実際には何もせず、自分の手から剣が吹き飛んでいくのを見ていた。


「ありがとうございました」


 形だけの挨拶をする。ザーバス教官は不満そうだった。


「負けた人間の目ではないな。本気を出せば勝てたと思っているのか?」

「……」

「勝つ策があると思っているなら、なぜそれを使わなかった? 使えばよかっただろう。そういう物を試すために演習場がある。成功しても失敗しても失う物はない。違うか?」

「……」

「なぜだ? 俺にはそれだけの価値がないか?」

「……」


 スキルは己を強くしないと言うが、それなら逆も言える。肉体や精神を鍛えてもスキルの代わりにはならない。

 ザーバス教官は脳筋だ。補助技や搦め手を軽視する。力づくで打ち破れると思い込んでいるのだ。


 もちろん、ザーバス教官とて、悪気があるわけではないのだろう。

 だが、それこそが問題だった。

 ザーバス教官がどんな指導をしてくれても、それが僕の役に立つことはない。現時点だけではなく未来に対してもそう断言できる。こんな授業、続けても完全に無駄だ。


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