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静かな教室


 人はなぜ不正をするのだろう。

 それは、心が小さな世界に囚われているからだ。


 今の自分がいる場所、それが世界の全てだと思い込む。

 その世界に外がある事を見ていない。だからその中で争おうと考える。魂を悪魔に売り渡してでも一位を取ろうとする。その一位に、それだけの価値があると思っている。


 そんなやり方で一位を取った人間は、次にどうするだろう。たぶん、大きく二つに分かれると思う。

 一つは、自分の力を過信する。その結果、他の場所でも簡単に一位を取れると思い込んで、意気揚々と旅立っていき……失敗する。もしかしたら同じやり方で不正を続けて成功するかもしれないけど。それはそれで悪夢だ。

 もう一つは、自分の力の本質を正しく理解して行動する。つまり、自分が不正の上に立っていると正しく自覚している。そういう者は、居座る。別の場所で同じことをするのは不可能、あるいは困難だと思っているから。そして後からやってくる者を蹴落とし続ける。これもまた悪夢だ。


 でも、どうなんだろうな。

 今いる場所より、その外側にばっかり目を向けるのって、もしかしてただの現実逃避なんだろうか。

 僕は、ここで最下位に落ちているような物だけれど、そこから這い上がる事より、別のどこかでやり直すことばかり考えている。実際には、そんな簡単に出ていけるわけでもないのに。


 あれ? ちょっと待てよ?

 マーブルがスキルを入手したのって、いつだっけ。確か、二か月と少し前だったかな?

 スキル関連のゴタゴタが始まってから、まだ三か月も経っていないのに、いろいろ様変わりした物だな。


 三か月前。あの頃はよかった。

 誰しもが、自分の未来に夢を見る事が許されていた。

 何か凄いスキルが生えてきて、自分はあっというまに英雄か何かになれるのだと、本気で信じていた。

 それこそが悪夢の始まりなのに。

 凄いスキルがあるなら、凄くないスキルもある。現実とはそういう物だ。


 あんまり言いたくないけど、メレー系とかは、扱いは良くない。

 いや、確かに強いし、味方に一人か二人は欲しいんだけど。敵に近づかなきゃいけないから、リスクが大きくて、自分が引き当てたくない種類のスキルではある。文句も言わずに使いこなしてるエルアリアは凄いよ。


 誰しも、敵と戦うなら一方的に攻撃したいと考える。

 そこで重用されるのが感電系のスキルだ。次点として拘束に特化したスキルもいい。


 このクラスだと、エノックとマーブルだよな。

 特にマーブルは最初にスキルを手に入れて、しかもそれが拘束系だったんだから、ヒエラルキーも高くなる。


 ABCDにとっては、それが気に入らなかったんだろう。たぶん。


〇〇〇


 学園に帰って来た。

 教室には空席が多い。

 個人の座席とかは決まってないので、どの空席が誰とかはないけど。やはり空席の多さはいない人の事を思い出させる。

 なんとなく全体的に神妙な気配が漂っていた。誰しも、多かれ少なかれ落ち込んでいる。


 前回のフィールド活動で、このクラスではABCDを含む七人が死んだ。

 学年全体での死者は29人。生徒数はおよそ350人だから、生徒の一割近くが死んだ事になる。


 死んだ人と仲が良かった生徒はもちろん、仲が良くなかった生徒にも精神的なダメージはある。

 今までもフィールド活動で、失敗すれば死ぬかもしれないと思う事はあった。けれど、本当に失敗して本当に死人が出たのは、今回が初めてだ。


 僕はABCDを哀れだと思う。こんな小さな世界で人間同士で争って、それで幸不幸が決まると思い込んでいた、その視野の狭い生き方に。


 それ以外の三人については、申し訳ない事に、顔も名前も思い出せない。

 ほかのクラスに至っては、どのクラスで何人死んだのかも調べてない。


 ……僕は冷たいのだろうか。けど、一学年上の先輩たちの間でも死者は出たと思うし、一昨年も、その前も、多かれ少なかれ死者はいたはずだ。


「タルム君……久しぶり」


 僕が、いつものように廊下側一番前の席に座っていると、マーブルが来た。


「おはよう。マーブルさんは元気にしてた?」

「うん……」


 マーブルはどこか元気がなさそうだ。クラスメートの死に傷ついているのだろうか。あのABCDの死に対しても? 僕だったら喜ぶかな。あんなのは死んで当然、因果応報だ。

 ……いや、それだと他の25人も何か悪いことをしていたみたいに聞こえるな、やっぱダメか。


「前に先輩から聞いた事はあったの。いつか死者は出るだろうって……でも、こんなに早い時期に、こんなに大勢とは思わなかった」

「そうだね」


 下手をすると僕も30人目の死者にカウントされるところだった。いや、場合によっては僕らのグループもABCDと同じパターンで全滅する可能性だってあった。本当にギリギリだったのだ。


「……誰が、あんな危険地域に未熟な生徒を派遣しようなんて考えたんだろう」

「えっ」

「いや、だって……責任問題、とか、これって、そういうレベルだよね?」


 僕は、一般論として言ったつもりだったのだが、マーブルは何を言ってるんだ、と言いたげに目を見開く。

 おかしいな。なんかまずい事、言った?

 マーブルが何かを言おうと言葉を選んでいたようだったが、その前に教室の扉が開いて、教官が入って来る。


「席につけ……授業を始める」


 教官の話によると、カリキュラムが変更になったらしい。

 フィールド活動は当面中止。グリーンフォールの生態や大型獣の特徴を学ぶ授業が前倒しされる。グループ分けの見直し、場合によってはクラス分けレベルでの見直しもありうる……などなど。

 そして今日は午後から、校庭にて主任教官の訓示があるとか。


 そして授業が始まったのだが、当然、最初に学ぶのはウオヴァサウルスの事だった。

 ウオヴァサウルスは体内に卵を抱えていて、死ぬと卵が孵化して幼獣が周囲の人間を襲う。これは小学生レベルの知識だ。少なくとも僕はその位の年齢で既に知ってた。


 懐かしいな。子どもの頃、グリーンフォール図鑑を読んだ。いろいろな魔物が紹介されていたけど、特にウオヴァサウルスの卑怯臭さは記憶に残っている。死亡判定が出た後に襲ってくるなんて反則だろうと思った。

 あの時は、世の中には凄い魔物がいるんだな、ぐらいの感想で、実際に戦う事になるとは思わなかった。まあ、僕は戦ってないけど。


「ギドゥルス、実際に戦った立場として、幼獣について説明してみろ」

「はい。幼獣はウオヴァサウルスの背中の辺りから這い出して来たようでした。二足歩行で、大きな顎で人間に噛みついてくる、のだと思います」


 僕は小さなティラノサウルスを想像した。

 しかし、よく見てるな。僕は意識を失ってたから、その辺りは見れなかったんだ。

 ギドゥルスは、ちらりと僕の方に視線を向ける。


「あの、10メートル程度は一瞬で移動する、という話を聞いたけれど……もしかすると、20メートルか30メートルは跳ぶのかもしれません」

「なるほど。ありえる話だな。人間でも10メートルは一秒で移動できる。奇襲に特化しているなら、より高い移動性能を獲得するかもしれない。……正しい対処法はわかるか?」

「わかりません」

「そうだな。実は、対処法はない」


 なん、だと? 教官が匙を投げたぞ。


「基本的には近寄らない。可能ならその場から撤退するべきだ。他の大型魔物もそうだが……死後に周囲に影響を与えるタイプは、素早く倒して距離を取るしかない。詳しい事はこれから教えていくが……面倒くさい奴しかいないと思え。本当にやむを得ず近づかなければならない場合は、探知系のスキルで中の状態を確認した上で、卵のある辺りを遠距離から執拗に攻撃するしかない。はっきり言って、私はやりたくない」


 やりたくないって……。まあ、絵面だけ見るとマヌケだよな。


「とにかく近づかない。もちろん、別の誰かによって作られた死体が放置されていた場合でもだ。このため、発見したり倒した場合は、可及的速やかに報告する事が義務付けられている。……それと、最悪のパターンが、倒れたウオヴァサウルスの死体を掩体物として利用する事だ。後ろから襲われてあっという間に全滅する」


 なるほど。あの場には、ちょうどいい所に銅像があったおかげでなんとかなったけど……確かにそういう死に方もありえるな。


えっ? 竜脚類の卵から獣脚類が出てくるんですか? そっちの方が卑怯ですよ。

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