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勝手に凹んでいる僕に気づかず、ライラ曹長は話を続ける。
「概念系のスキルは珍しい。それに近い物はたまに見るのだが、どうも実体化系や、EN系の派生でそうなっている場合が多い。スキルの根元が概念系なのは千人に一人か、それ以下だと言われている。本当に珍しいんだ」
教科書にもそんな事が書かれていた。
「そして概念系に共通することだが、なぜかスキル入手が遅い……」
ドキリとする。僕のことかな? なんか視線が集まっている気がする。
「実は私も概念系だが、スキルの入手が遅かった口でね、しかしスキルを使いこなせるようになってからは前線で引っ張りだこだ。他の概念系もだいたいそうだろう。そのせいで、君たちは概念系への認識が薄くなる。そして概念系のスキルが確保しづらい。悪循環だよ」
ライラ曹長は教官の方を見る。
「軍曹、礫を出してくれ」
「はっ」
教官が差し出した手の上に、銀色の球体が出現した。直径は五センチほどだ。
これが教官の能力。金属の塊のような物を出す。大きさは手のひらに乗る程度が限界だが、発生させる時に速度をつけることができる。最高で音速の四倍だとか。
直撃すれば、人だろうがゾンビだろうが粉々だ。
ライラ曹長は球体を受け取ると、軽く放り上げてキャッチする動作を何度も繰り替えす。
「これは、ただの金属の球だ。投げればこうなる、しかし私がスキルを使うと……」
投げ上げた球体が空中で停止した。浮いている?
いや、まだ動いている、ゆっくりと落ちてくる。
また投げ上げた。今度は上昇速度も遅い。だが、力を入れずに投げたというわけではなく、さっきと同じぐらいの高さまで……。
あ、そうか、わかったぞ。
「タルム。ライラ曹長のスキルを推測してみろ」
教官が指名してきた。表情を読んでいたかのようなタイミングだ。
僕は立ち、答える。
「はい。時間か速度を操作するスキルだと思います」
ライラ曹長は、ほう、と言いたげに首をかしげる。
「なぜそう思った? 理由も言ってみろ」
「物体の移動速度が遅くなったからです」
「それだけで断定できるか?」
「物体が浮いているので重力遮断を考えましたが、上昇速度も遅くなっているので違うと思いました」
「不可視の力場や空気操作は? 金属のような物を操っているのだから、電磁気の可能性もあるぞ?」
「それは……EN系に分類されるので、事前の宣言と矛盾します」
「なるほど。一応は正解だ。座っていい」
ライラ曹長は僕を座らせてから、続ける。
「ただ、出題者の私が嘘をついていないという前提で決めつけたのは、甘えではないか? ここは学校だからそれでもいいが、戦場でそのような推測をするのは危険だ。根拠の薄い可能性に命を掛ける人間は、なぜか早死にしてしまう」
なぜか、じゃないだろう、と思ったけれど、それは言わない。無意識のうちに薄い根拠を信じてしまったのは僕だ。
僕は早死にするんだろうか? 嫌だなぁ。
〇〇〇
翌日、早朝。
僕たちは他のクラスの生徒と共に都市の端にある鉄道駅に集まっていた。
鉄道駅は頑丈な壁と天井に守られて、やや暗い。
列車に乗り込むのを待っていると、ガープス教官がやって来た。
「おまえはこれも持っていけ」
僕に一本のショベルを押し付ける。
「なんですか、これは……」
「ライラ曹長は、昨日お渡しするつもりだったそうだが……まあ気にするな」
うっかり忘れたんですね、わかります。
そう言えば、教室に来た時も二本のショベルを持っていた。二本同時に使えるわけがないと思っていたけど、もしかして一本は僕のだったのか?
しかし、ショベルで何をどうしろというのだろう?
時間を操作するスキルを持ったライラ曹長は、たぶん穴掘りの専門家ではないよね?
「刃先を尖らせてあるから、刺突武器として使える。武器を振り回すのはメレー系だけではないという事だ」
「わかりました。試してみます」
とりあえず、ショベルはリュックの横に括り付けておく。
しかし、なんでショベルかな?
何かの本で過去のある時期にはショベルが最強の近接武器だった戦場があったと書かれていた。ただし、それはその現場にショベルしか敵を殴れそうな物がなかったから使った、とも。
必要な物を用意する時間があったなら、もうちょっとそれっぽい物を用意できるだろうに。
なんでライラ曹長はこんな武器を使い続けているのか。
というか、こんなんでゾンビと戦ったら、結局早死にするよね?
〇〇〇
鉄道に揺られる事およそ四時間。作戦地域に到着した。
要塞のような、分厚い壁に囲まれた駅を出る。
大地は赤茶けていて、空は灰色。湿った重苦しい風が吹いている。
そんな殺風景な世界の中に、僕たちは整列させられる。
「これより、フィールド活動を始める。期間は三日。各員、自身のスキル強化に励むように」
主任教官がそんなことを言う。
スキルの強化、というのは既にスキルを入手した人間に言う事であり僕はその対象に入っていない。
ま、学年全体で見ても、スキルを入手できていないのは僕だけだしな。意識の中に入っていないのだろう。
ちらちらと周囲の視線を感じたような気がしたが、無視する。
このフィールド活動は三日続く。
二か所のキャンプ地点が用意されていて、この駅と合わせて三角形に配置されている。
その三角形の一つの辺を、一日に一本ずつ通過して、三日目の夕方に駅に集合するというのが大まかな予定だ。
ところでこの後どうするのだろう?
全員で一塊になってぞろぞろ動く、というわけではないと思う。
フィールドは広いし、ゾンビやら何やらは散らばっている。数体のゾンビを追いかけて集団で動くより、散らばった方が効率がいい。
主任教官が言う。
「それでは、仲のいい者同士で適当にグループを組んでくれ」
えっ?