幼獣とリア充
何にしても、経験値玉が出たのだからグリーンフォールは倒せたと見ていい。普通なら。
「やったぜ。かなりのオオモノだぞ!」
ギドゥルスが歓声を上げる。
「話だけじゃ信じてもらえないかもしれないから、体の一部を切り取って持っていこう」
浮かれあがったみんなは、ウオヴァサウルスの死体に近づこうとする。
待て待て待て。なんでおまえら普通に近づいてるの? バカなの?
「ダメだ、それに近づいたらダメ!」
僕が叫ぶと全員が振り向く。
「ウオヴァサウルスは体内に卵を持っているんだ! 卵は親が死ぬとすぐに孵化する。死体に近づいてくる敵を殺すトラップなんだ!」
エルアリアが戸惑ったように僕とウオヴァサウルスの方を見比べる。
「それ、本当なの? っていうか、これそんな名前だったの?」
「あー、なんかこいつ、そういうのは無駄に詳しいんだよな……」
ギドゥルスが肩をすくめる。詳しくて何が悪いんだよ?
だが、とりあえず、みんな信じてくれたようだ。エノックがマーブルの方を見る。
「マーブル? 近づかづに調べたりできないか?」
マーブルはその場にしゃがんで地面に手をつく。マーブルの植物は対象を拘束するだけでなく、振動センサーとして使う事もできるらしい。今は、地下に張った根を利用してウオヴァサウルスの死体の中の様子を知覚しているようだ。
マーブルは10秒ほど目を閉じて集中していたが、首を横に振る。
「無理。中で何か動いてるみたいだけど、よくわからない……」
こうなると、もうどうしようもない。
人類の最大の敵は情報不足だ。わからない物には対処できない。
「その幼獣の攻撃を受けないためには、どれぐらい離れてればいいんだ? ここは安全なのか?」
「一跳びで十メートル以上は跳ぶ、って書いてあったけど……」
安全地帯については記述がなかった。でも、十一メートル離れれば安全とか、そういう単純な物ではないだろう。
「やっぱり、まだ死んでないのかも? 死んだふりをしてるだけで……」
「いや、経験値玉は出ただろ。確実に死んでる」
「本体と卵が別個体なら、本体から経験値玉が出ても中で卵が生きてる可能性はあると思うけど」
「でも……それじゃあ証拠を持ち帰れないよ?」
「別に、証拠を持ち帰る必要ないんじゃないかな? 報告だけすればいいし……もう経験値玉は浴びてるんだから、別に信じてもらわなくても……」
「倒してから結構時間たったけど、何も出てこないじゃない。タルムの言う事が間違ってるって事はない?」
だんだん話がズレた方に向かっている。
もうダメだ、こいつらをアテにしていたら確実に被害が出る。
いっそ、僕が直接確認して来よう。
何しろステルスできるからな、幼獣も僕の存在には気づかないはず。そしてちょっと突いて、顔を出したら毒薬を注射してやればいい。
僕はステルスを発動するとそろそろと近づいていく。
十五メートルほどまで近づいた時だった。僕は何かに体当たりされるような衝撃を受けて、それから……
〇〇〇
消毒液のような匂いが鼻をくすぐる。
遠くの方から聞こえてくるのは、何か規則的な電子音。
なんだここ。病院か? ベッドに寝かされてるのかな?
目を開けると、壁とか天井がそんな感じだった。たぶん、ロワール遺構の駅要塞にあった病院だろう。
横を見るとギドゥルスがいた。そこは美少女を配置して欲しかった。
「あれ、起きたのか!」
「……ん?」
どういう状況なのか説明して欲しかったが、ギドゥルスは病室を飛び出してどこかに行ってしまった。なんなんだよ。
何もすることを思いつかなかったので、天井を見つめていると、ギドゥルスが戻ってくる。
「みんな心配してたんだぞ」
「え、そうなんだ……。何があったの?」
「どっから説明したもんかな。おまえ、なんとかサウルスの事は覚えてるよな?」
「あ、うん、ウオヴァサウルス……」
「あれが三日前な」
え? そんなに寝てたの?
「僕は、なんで意識を失ったんだ?」
「……サウルスの死体から出てきたんだよ、幼獣が。それで、一番近くにいたエノックに襲い掛かったんだと思う」
「思う?」
「攻撃が失敗して、幼獣は中途半端なところでぶっ倒れたんだ。それでエノックも反射的に電流を叩き込んで、幼獣は倒したんだけど……なんかその下におまえが倒れてて……」
「僕が? 何で?」
「俺が知るかよ。まあ、幼獣が死ぬような威力の電流が、おまえにも流れてたんじゃないか? で、気づいた時には、おまえ呼吸も心臓も止まってて……心肺蘇生やったり、ここまで運んで来たり。もちろんゾンビの大群も戻ってくるしで……大変だったんだぞ」
「そ、そうなんだ……」
よくわからないが、死にかけたらしい。
「でも僕はどうして巻き込まれたんだろう?」
「さあな。俺たちの間では、おまえがとっさに盾になった、って事になってるけど。実際どうなんだ?」
「ううん? よく覚えてないや……」
なるほど、大体わかったぞ。
幼獣は、エノックにターゲットを定めて飛び出した。ところが、その進路上にはステルス化した僕がいた。偶然の衝突。それによって幼獣の移動速度は低下し、エノックへの攻撃は失敗に終わった。そんな感じだろう。
「っていうか、ゾンビの大群が戻って来たって……」
「それは大した事なかったな。おまえはいてもいなくても同じだから」
「そっか……」
「なあ、話は変わるんだけど。おまえさ、マーブルの事をどう思う?」
は?
なんでこいつは、そんな事を聞くんだ?
ははぁん。わかったぞ。さてはこいつ、マーブルの事が好きなんだな?
「僕は狙ってないから安心していいよ」
先回りして言ってやった。これができる男という物だ。
だが、ギドゥルスは言われたことの意味が全く分からなかったようだ。
「え? いや、おまえ、何の話をしてるんだ?」
「あれ? ギドゥルスがマーブルの事を好きだっていう話じゃなかったの?」
僕が言うと、ギドゥルスは痛みをこらえるように目を閉じ、額に手を当てる。
「……やべぇよ。こいつ本当にバカだ」
なんでだよ。
僕が間違っているというなら、どこがどうおかしいのか説明してみろ。
ギドゥルスが何か言いかけた時、バタバタとみんなが入って来た。
一番先頭に駆け込んできたのはマーブルで、ベッドの脇に来ると僕の手を掴む。
「よかった……本当にダメかと思ってた……」
そんな大げさな……。あ、いや、三日も意識不明だったら大げさでもないか。
ステラとエルアリアも安心したような顔をしている。
一方で、エノックは戸口の所で気まずそうにしていた。
「エノック君……」
ステラが呼ぶとエノックは意を固めたように病室に入ってくる。そして腰を九十度に折って頭を下げた。
「すまなかった」
はい?
「過失とはいえ、俺は、君を殺してしまうところだった。本当にすまない……」
ああ。そういう事か。
エノック視点から見ると、うっかり殺人者になるところだったわけだ。これで本当に僕が死んでいたら確かに悔やんでも悔やみきれないだろう。
「いいよ。僕は気にしてないから」
「ゆ、許してくれるのか」
「だって、これは保険料の後払いみたいなものだからね」
僕はできるだけさわやかに聞こえるように言ってみた。
ダメだった。伝わらなかった。エノックだけでなく、皆ポカンとしている。
まあ、仕方ないよな。リア充ではこの認識にたどり着くことはできまい。
やべぇよ。こいつ本当にバカだ。