ウオヴァサウルス
一番早く動いたのはエノックだった。
広範囲に電撃をばらまいて、一方から来るゾンビ集団の動きを止める。
「作戦は思いついた。戦うんだ!」
「……逃げた方がいいんじゃないかな」
僕は提案してみるが、エノックは広場の南側を指さす。
「それは無理だ。あれを見ろ」
帰還ポイントは南だ。その最短ルートの道は両側に建物があって、そこの窓からもゾンビが降り注いでいるところだった。
確かに、ゾンビが降り注ぐ道を駆け抜けるのは危険が大きい。しかし……
「この数で全方位から襲い掛かられたら、」
「それは俺もわかってる。だから銅像の台座を遮蔽物に使おう。ステラ、その辺りに壁を作ってくれ、攻撃方向を限定したい」
ステラは地面から石を生み出すスキルを持っている。ガープス教官のような射出速度はないから攻撃には使えないけど、大きな石を広範囲に設置できる。
今生み出されたのは、厚さ十センチ、高さ二メートルぐらいの壁だった。
エノックが再び電撃を放って、ゾンビの集団の動きを止める。そこにギドゥルスが火炎弾を叩き込んで、吹き飛ばした。数十体のゾンビが爆散し経験値玉が放出される。
「行ける、この感じならたぶん行けるぞ」
ギドゥルスもやる気のようだ。女子三人も覚悟を決めたのかそれぞれ戦闘態勢に入っている。
仕方ないので僕もショベルを構えるのだけれど……どうしたもんかな。
エノックの立てた作戦は単純かつ効果的だった。
北は銅像、東は石の壁。これでゾンビの突進を防ぐ。
西と南を、電撃で足止めして火炎弾でトドメのコンボ。端の方を抜けてくるゾンビはマーブルが植物を操って転ばせている。
壁や銅像の台座を乗り越えてくるゾンビは、エルアリアが剣で素早く倒している。
その間に、ステラが少しずつ石の壁を増築して、防御範囲を広げていく。
すばらしいチームワークだ。
残念ながら、僕にできる事は何もない。万が一、近距離戦闘になったら、僕が肉壁になる役目だったかもしれないけど、エルアリアが危なげなく処理してくれるので、そういう方向の出番もなさそうだった。
どっちにしても、効果発動まで三十秒かかる毒物は、この場では出番がないんだよな。
数千体のゾンビの群れは、着実に削られていく。凄いな、これ本当に勝てそうな雰囲気だぞ。
知能がないはずのゾンビたちも、こちらの火力に怯んだのか、前進せずにその場で留まる者が出てくる。攻めてくるゾンビの移動速度も鈍い。中には諦めてどこか別の方に行くゾンビもいて、ほぼ状況が確定したようだった。
「ウォォォォォォォオオオオン!」
突如、銅像の向こう側から何かの叫び声が聞こえた。空気がびりびりと震える。ゾンビたちすら、一斉にそちらに視線を動かす。
振り返った僕が見たのは、四本足の巨大な生き物だった。その外見は、強いて言うなら首長竜。
長い首がそそり立ち、頭は建物の屋根よりも高い。
「すげぇ、恐竜だ……」
ギドゥルスが呆けたように言うが、アレは正確には恐竜ではない。少なくとも実在した古代生物とは別の存在だ。
ランク4指定グリーンフォール。ウオヴァサウルス。そこらのゾンビやクマやマンモス程度なら軽々と蹴散らす危険な敵だ。
僕たちよりも先に我に返ったのは、ゾンビたちだった。
ゾンビの行動は、主に三つのパターンに別れた。
三分の一はその場に立ち止まったまま動かなくなり、三分の一は広場からどこかへと逃げていく。そして残りの三分の一は、ウオヴァサウルスに向かって突撃を始めた。
グリーンフォール同士でも、種類が違うとお互いを攻撃するようになるのかな。これは知らなかった。
とりあえず、僕たちの方に襲ってこなくなったのは、よかった。
「フォオオオオオオォォォォォォン!」
ウオヴァサウルスは向かってくるゾンビを物ともせず、ノシノシと歩く。
歩くだけでゾンビがぐちゃぐちゃと踏みつぶされていく。パラパラと経験値玉が飛び散る。一部は僕たちの方にも飛んでくるけれど、殆どはウオヴァサウルスに吸い込まれていく。
「ど、どうしよう……」
「さすがに、逃げた方がいいと思うけど……ゾンビもこっちに来なくなったし」
ステラとマーブルが話し合っている。エノックがそれを否定する。
「いや、これはチャンスだ。あいつの右前足を見ろ」
確かに、ウオヴァサウルスは右前足を引きずっている。
あれだけの数のゾンビが群がれば、一匹を踏みつぶしている間に他のゾンビが群がってくるだろう。それで小さなダメージが蓄積して、片足を損傷させたのか。よく見れば、全身もあちこちボロボロだ。
大きな影響が出ていないだけで、全身にダメージが溜まっているのかもしれない。
「どうせ逃げても追いつかれる、ここで倒そう」
なんかエノックは今回、やたらと好戦的だな。誰かにいい所でも見せたいのかな?
そんな話をしている間にも、ゾンビは着々と潰されていく。動きを止めていたゾンビも、大半は踏みつぶされて、広場はすっきりしていく。
「い、いくよっ!」
マーブルがややテンパった様子で、それでも果敢にスキルを放つ。
ウオヴァサウルの周囲の地面から植物が生えて、足に絡みつく。
「グォォォォゥ?」
ウオヴァサウルスは異変に気付いて、すぐにそれを引きちぎるが、次から次へと生えてくる植物は留まる事を知らず、胴体や尻尾の方を固定する。こうなるともう動けない。足を踏ん張ればその足も固定される。
エノックが電撃を放って感電させて、さらに動きが鈍くなる。
動きが止まったウオヴァサウルス。そこにエルアリアが接近する。動きが鈍い右前足を執拗に攻撃し、筋線維を破壊する。
そしてステラ。地面から生えてくる石は、壁だけでなく槍のようにとがった物も出せるらしい。四本の足は完全に縫い付けられてしまう。
遠距離攻撃を持たないウオヴァサウルスは、この状態からもう何もできない。
トドメを持っていくのはギドゥルスだ。ひたすら火炎弾を生み出し、爆撃を続ける。爆炎、爆発、爆風。周囲の石畳にも着弾し、砕けた小石が跳ね飛び、砂が舞い上がる。
一分ほど爆撃を続けていたギドゥルスが攻撃をやめた。
「見えない。煙の中はどうなってる?」
「動いてないよ……いなくなってもない」
マーブルが答える。
ほどなくして、粉塵が晴れる。
そこにはボロボロになったウオヴァサウルスが横たわっていた。
膨大な量の経験値玉がまき散らされ、僕たちに降り注ぐ。多すぎて数えられないけど、吸収されるまでの時間からすると大体三千体分ぐらいだろうか。
この戦闘だけで、合計五千体分の経験値玉が発生している。一人当たりで割ると七百体か八百体分。
僕、今回は何もしてないんだよな。なんか申し訳なくなってくる。