ロワール遺構
大通りのような場所を歩いて、川に出た。これが北と南の境界線か……と思っていると、エノックたちは当たり前のように橋を渡り始める。
「ちょ、ちょっと……北には行くなって」
「大丈夫さ。ほら、どんな危険があるって言うんだ?」
エノックが当然の様に言う。
確かにここから見える範囲にはゾンビすらいないけど。……教官からしつこく、行くな行くなって言われただろ。なんで行くんだよ。あと死亡フラグみたいな発言はやめろ。本当にやめろ。
僕一人で姿を消すのも選択肢の一つだったけど……。一応、こいつらには世話になった自覚はあるから、できれば見捨てるような事したくない。仕方なく僕も後をついていく。
橋は石で作られていて、いくつもの小さなアーチの連続になっている。風化しかかった路面を歩く。ふと足元を見ると、砂と草で埋まりかかっているが、何か窪みのような物があった。これは、路面電車のレールだろうか?
橋を渡り終えた後も、建物と建物の間を進む。
いくつかの交差点を超えた頃、ステラが立ち止まって、横の道を指さす。
「ねえ。あれ、なんだろう」
道の先に、四角い塔のような物が二つ並んで立っているのが見えた。
マーブルが目を輝かせる。
「何かの遺跡かな。行ってみようよ」
特に異論も出なかったので、そっちの方向へと進む。
進む先から、何かが爆発する音が聞こえた。誰かが戦っているようだ。
「苦戦しているようなら加勢するぞ」
エノックが言って、やや早足でそちらに向かう。だが、特に苦戦していなかったらしく、僕たちがたどり着いた時には、戦闘は終わっていた。
そこは、ちょっとした広場になっていた。教会というか大聖堂と言うか、石造りの荘厳な建物がある。遠くから見えた二つの塔は、教会の物だったようだ。
そんな広場のあちこちに十数体のゾンビが倒れていた。喜ばしい事に人間側は無傷のようだ。同じクラスの……ああ、この前のABCDもいるな。喜ばしいは取り消しとく。
Aがこっちに気づいてニヤニヤと笑う。
「何? ハイエナ? それならちょっと遅かったわね」
「いや……、別にそういうわけじゃない。邪魔する気はなかったよ」
エノックは乾いた笑いを顔に浮かべる。ABCDはマーブルの方を標的に選んだようだ。
「あれ、マーブルじゃん。この前はいろいろ大変だったみたいだけどね」
「上からも下からもね」
「体調管理はしっかりしなよ」
「今日は調子いいの? いきなり吐き下して迷惑かけちゃダメだよ」
なんだこいつら、人の風上にも置けないようなやつらだな。
僕は、その頃は君たちも同じように大変だったんじゃないの? という言葉を投げつけそうになった。もちろん、そんな事はできない。僕が女子トイレなどに入るわけがない。
「……」
マーブルは何も言わず、唇を噛んでいた。
「行こうか、他の敵を探さないと」
エルアリアがそっけなく言って、僕たちはこの場を後にした。
僕はステルスで毒を仕込みに行くべきかどうか、真剣に検討した。実行に移さなかった唯一の理由は、ここでそれをやると、高確率で僕が毒使いだと特定されるからだ。
バレない攻撃方法を思いついていたら、実行してしまったかもしれない。
グループは、どこへともなく歩いている。とりあえず移動しているだけで目的地が定まっているわけではないようだ。僕は、道に迷ったりしたら困るな、と思いながらチラチラと地図で歩く方向を確認していた。
それにしても、なんか空気が悪い。
いや、別に大気汚染とかではなくて、感情的な意味で、行き場のない葛藤を感じる。
マーブルはふさぎ込んでいる。あんな悪口を言われた直後に笑ってる人もあんまりいないけど。でも、僕としては、いつもみたいにかわいく笑っててほしいんだよな。時間が解決してくれるだろうか?
いや、待てよ。ここは後払いに相応しいタイミングではないだろうか? よし、ちょっと何か話しかけてみよう。
「あのさ、マーブルさん。あんなの気にすることないよ」
「……」
マーブルは、僕の方をちらりと見る。
「マーブルさんが、いい人だって事は皆わかってるから」
「そ、そうかな?」
「そうだよ。元気出してよ」
「……そっか」
おかしい、なんか余計にふさぎ込んでしまった気がする。
なんか失敗したっぽい。やはり僕には荷が重かったか。
「……ねえ、あいつバカなの?」
「え? いや、それほどでも、あるか?」
「あんたもわかってないの? あのね……」
エルアリアとギドゥルスが小声でひそひそと何か話している。はいはい、僕はバカですよ。
そんな感じで歩いているうちに、広場のような所に出た。
都市の中心につくるにしては、かなり広めの空間だ。
広場の中央には馬に乗った人の像が鎮座していた。英雄か何かのようにも見える。
「あれは、何かな」
「昔の世界の軍人か何かだろ? 作られたのは200年前、いや、もっと古そうだな」
「もしかして女の人かな……どんな事をしたのかな?」
「タルム、あんた、ああいうのに詳しいんじゃないの?」
「さ、さあね?」
「おいタルム、本当に知らないのか?」
ギドゥルスが疑いの目を向けてくる。
本当のことを言うと、僕はこれが誰の象なのかは知っていた。
でも知らないふりをしておく。……国を守るために凄く頑張ったのに、なんか言いがかりをつけられて処刑された人だよ、とか言っても仕方ないしな。
マーブルもいつもの感じに戻っていたし、ネガティブな情報をばらまくような場面でもないだろう。
「クワァァァァァアアアアッ!」
突如、ゾンビの叫び声が聞こえた。広場の端の方に一体のゾンビがいて金切り声を上げている。
「なんだあれ……」
ギドゥルスが呟いた。幸か不幸か、答えはすぐにわかった。
叫び声に引き寄せられたように、広場を囲むように立つ建物の窓という窓から、ボトボトとゾンビが這い出して来る。三階か四階から落ちてきた物は地面に叩きつけられて動かなくなったりもするが、平然と降り注ぎ続ける。
数はとても数えきれないが、窓の数が三百として、一つから十匹出て来るなら三千ぐらいかな。
「え? 何これ、ゾンビトラップ?」
ステラが呟く。
別にトラップではないと思う。
ただ、ゾンビは日陰や窪地にあつまる性質があるから。こういう場所だと、昼間は建物の中に集まっているのかもしれない。