対人戦闘
ライブ会場を出る。この地下室が元々は倉庫か何かだったのだろう。通路があまり広くない。
ディプリはすぐ見つかった。廊下の30メートルぐらい先の角を曲がるところだった。
曲がり角にたどり着いて覗いてみるが、ディプリの姿はなかった。
ここは行き止まりだ。しかも、倉庫のような部屋とトイレしかない。
倉庫の扉は鍵がかかっていた。耳を当てても中から何も聞こえてこない。
という事はトイレか……。
常識的に考えて、男子トイレである可能性は非常に低い。ステルス状態で女子トイレに潜入するか?
スキルを発動していれば、侵入したところで見つからないのだけれど、良心が咎める。っていうか、後でスキルの事がバレた時に問題になりそうだぞ。でも仕方ないか。
一応、先に男子トイレが無人であることを確認してから、女子トイレに踏み込んだ。
いた。
洗面所の所に、ディプリを含めて四人の女子がいる。
マーブルの服は別の女子が持っていた。名前なんだっけ? 思い出せないからA、残りはBとCでいいや。公平性を期すためにディプリもDに格下げ。
「やるじゃん。ここまでは計画通りだし……」
「本当にやっちゃうとはね……」
「最近、あいつ生意気だし、このぐらいはいいでしょ」
「ステージの上からは手出しできないもんね」
「それで? 誰が持ってたん?」
「ディプリの近くに投げられたのは見たけど、遠くてよくわかんなかったよね」
「誰に預けての?」
「タルムだった」
「何それうける。あいつタルムの事なんか好きなの? ばっかみたい」
話の流れからして、あいつ、というのはマーブルの事か。
マーブルが僕を好き? 別にそんなことはないんじゃないかな。それはそれとして、僕を起点にしてマーブルをバカにするのはやめろよ。
ところで、この四人は共謀してマーブルの服を回収した、という事なのかな?
マーブルがどこに投げるかわからないから、それぞれ担当範囲を決めて散らばっていたのだろう。
どうしてそんな事を? マーブルが生意気? そんな事はないと思うけど。
「この服、どうしよっか?」
「まあ、普通に返さないのは当たり前として……」
「燃やすとか?」
「いやいや。ここはトイレなんだから、トイレに突っ込むに決まってるじゃん」
「濡らす?」
「誰か連れてきて、上にう〇こさせるとかどう?」
「そんな都合よく出る人いるかな……」
「気の弱そうなやつを引っ張ってきて、下剤でも飲ませりゃいいでしょ」
「下剤とか急に用意できる?」
「探せば誰か持ってるかもしれないけど……ゲロの方が早いよね」
「それより、今から誰か連れてくる方が難しくない?」
あ、あー、えーと……、ダメだな。和解の可能性を探ろうとした僕がバカだった。
このやりとりに最後まで付き合う必要はないな。
とりあえず、マーブルの服は回収しよう。
ステルスは便利だ。そっとAの正面に立ち、マーブルの服を引っ張る。
「ん?」
Aは不思議そうに手元を見下ろす。無理か。服をつかんでいる手の力を弱めさせなければ奪い返せない。しかも、注意を別の所に逸らさなければ……。
僕はDの前に移動して、手には注射器を出現させる。
さあ、ゾンビすら嘔吐させる謎の毒物を食らえ。
「ふっ? あっ? あっ、あああっ?」
Dは、刺された腕をバタバタさせる。
「んー、ディプリ、どうした?」
「今、なんか……腕が、なんか痛い、針で刺されたみたいな……やだ、血が出てる」
まあこんな物か……。さてと、効果が出るまで30秒ほど待つ。
「本当に大丈夫? それともおかしいのは頭かな?」
「だって本当に血が出てるし……誰か絆創膏持ってない?」
「なんだろ、見えない蜂でも飛んでるのかな……ちょっと試してみる?」
Cがスキルで何かをしようとしている。Cのスキルはなんだっただろうか? 名前も思い出せないのにスキルがわかるわけがない。余計なことをされたら困るので、こっちにも注射を打っておく。いや、Bにも使っちゃうか。
「痛っ……」
「あっ、私も……」
そして、ちょうど30秒が過ぎたのだろうか。Dは突然、洗面台に向かって嘔吐した。
「うげえええええええええっ」
「ちょっ、ディプリ、どうしたの急に……」
「なんか、急に吐き気が……うっ? うげえええええっ……」
さてと。僕は平等主義だから、Aにも注射を打ってあげる事にする。
「ひっ……何? 本当に何かいるの?」
刺すのと同時に服を奪い返した。
急にDが吐き始めたのに動揺し、そこに自分まで攻撃を受けたせいか、さすがにマーブルの服を掴んでいる余裕はなかったようだ。
ほぼ同時に、BとCも嘔吐を始める。
「あっ、やだっ、あっあっあっ……」
一方、Dは何か慌て始めたと思ったら、下腹を押さえてよろよろと個室の方に向かっていく。
うん? もしかして、さっきの話で下剤がどうとか言ってたから、その効果も出ちゃったのかな。
……これも要検証、と言いたいところだけど、無理だな。検証するためには人間相手に何度も試すしかないが。今の所、こいつら以外にこれを使う予定はない。
毒の内容が同じだから、残り三人も数十秒後には同じ症状が出るのだろう。あ、まずいな。この女子トイレ、個室が三つしかない。
まあいいや。友情でなんとかするだろう、たぶん。
遅れて吐き始めたAと、個室に向かうBC。そして個室に閉じこもって音を立て始めたDを残して、僕は女子トイレを出た。
トイレを出た所で、男と女の二人組に会った。
男の方は緑色の上着を着ている。女子の方は顔色が真っ青で今にも吐きそうだ。
女子の方は殆ど下着姿だけど、さっきステージで踊っていた一人だろうか? そう言えば、何か急に具合が悪くなった子がいたような。でも、それとは別の少女のような気もする。気のせいかな? どうでもいいか。
二人は男子トイレの方に入っていく。
僕はライブ会場に戻る事にした。