学級
フラムロード学園は、名目上は「学校施設」という事になっている。
しかしその中身は軍人養成機関だ。
本当の意味での学校など、二百年前に他の全ての制度と一緒に消滅した。崩壊していく世界に、そんな物を維持できる余裕はなかった。
けれど、誰かが最後の抵抗として何かを残そうとしたのだろう。
この一人用の机と椅子が人数分並んでいる部屋は、教室と呼ばれている。過去の名残だ。
別に席順が決められているわけではないけれど、僕は廊下側の一番前の席を選んでいた。
なんで窓際一番後ろじゃないのかって? 窓際と後ろの席はDQNが欲しがるからだよ。僕にとってもいい環境なのだけれど、彼らと争ってまで手に入れる物ではない。というか、争わなければ入手できない時点で本末転倒だ。
教官がやってくるまであと三分、僕はぼーっと教室の様子を眺めていた。
見るとはなしに、窓際前の方の席を見る。今日、そこに座っているのはマーブルだ。
青い宝石のような瞳が愛らしい少女で、クラスで一番早くスキルを入手した事もあって人気者だ。今も、何人かの男女に囲まれている。
もしかしてクラスの男子の半分ぐらいはマーブルの事が好きなんじゃないかな。まあ、僕もその一人なんだけど。
そんな事を思いながら、ぼんやりそっちを見ていたら、マーブルの視線が動いてこちらを見た。目が合う、マーブルの口元がゆるむ。笑った? 僕に? いや、そういう風に見えただけだろう。だって、向こうはクラスのアイドル。それに対して僕は落ちこぼれ中の落ちこぼれ。違う世界の住人だ。
「よう、タルム。今日もたるんでるな」
うじうじ悩んでいた僕に声をかけて来たのは、ギドゥルスだ。
今のってギャグ? 全然面白くないんだけど?
「僕は、ちゃんとやってるよ」
「そう思ってるのはおまえだけさ。何しろ未だにスキルなしだもんな」
「そうだね……」
ムカつくけど認めるしかない。僕がスキルなしなのは事実だし、それは少なくともギドゥルスの責任ではない。
僕が塩対応すると、ギドゥルスはつまらなそうに去っていった。
たぶん僕が逆切れすることに期待していたのだろう。そして正当防衛を主張しながら、自分のスキルを見せびらかすつもりだったのだ。
あんなバカを相手にしていたら命がいくつあっても足りない。
スキルを他人に見せびらかしたかったら、明日まで待てばいいのに。
今日は授業だが、明日は野外活動だ。フィールドにでればグリーンフォールと戦わなくてはならない。
グリーンフォールは、一種の魔物だ。魔物と一口に言ってもいろいろな姿形のがいるけれど、この辺りでよく見かけるのは、人間のような外見をした変な魔物だ。皮膚がぐちゃぐちゃで、内臓や骨が見えている。気持ち悪くて近寄りたくもない。
歩く死体とか、ゾンビとか呼ばれている。
グリーンフィールは都市防壁の中までは入ってこれない。それなら、わざわざ外に出て攻撃するのはどうしてかというと、グリーンフィールを活動停止させるとエナジーが放出されるからだ。
エナジーが放出された時に近くにいた人間は、その恩恵を受けて、スキルを入手できる。
既にスキルを持っている人間が、もっとエナジーを集めれば、さらに強いスキルに変換される。
スキルを育てていけば、もっと強い敵を倒せり、無数のグリーンフォールに支配された土地を制圧できたり……。軍から高級を受け取れて将来安泰、というわけだ。
実は、このクラス35人のうち、34人がスキルを入手している。マーブルがスキルを入手したのは6週間前、34人目がスキルを入手したのは3週間前。
残された最後の一人は、この僕だ。非常に肩身が狭い。
「全員、着席だ!」
軍服を着た中年の男が教室に入ってきた。ガープス教官だ。
教官が鋭い目で教室を見渡すと、騒いでいたDQNたちは無言ですごすごと近くの席に着く。
「よろしい。それでは授業を始める」
教官は黒板に地図を張り出し、明日のフィールド活動についての説明を始める。
早朝8時に駅集合、そこから鉄道で4時間、12時に目的地到着、そこから数日の間滞在して……。
既に何度か受けている説明なので、再確認の意味しかない。
クラスメートたちは表面的には真面目に話を聞いているふりをしていたが、殆どは何か別の事を考えているようだった。
その油断を突くように、教官は時々、意味もなく生徒を指名する。
「ステラ、この地形で行動する場合の注意点を答えよ」
女生徒の一人が立ち上がる。
「はい。ええと、エリアの中央付近を流れる小川があります。このような地形ではゾンビなどの……」
「歩行体だ」
「あ、歩行体に分類されるグリーンフォールは、引っかかったり方向転換したりして……溜まりやすいです。つまり小川の周辺では大群に出会うかもしれません」
「よろしい」
こんな感じで授業が続いていく。
その授業の途中で、教室の扉が開かれた。
入って来たのは、長さ一メートルぐらいのショベルを二本も背負った若い女性だ。鋭い鷹のような目をしていて、睨まれただけで殺されそうな雰囲気がある。
教官は話をやめて、その女性の方を見る。
「ライラ曹長殿、遅いですよ」
「済まないな。鉄道が遅れて、今着いたばかりなんだ……あー、続けてくれ」
「いえ、ほとんど終わっていたので、問題ないでしょう」
もしかして教官も飽きていたのだろうか。
ライラ曹長は、背負っていたショベルを壁に建てかけると、教室を見渡す。
「では今からスキルの基本について再確認する。スキルには、いくつか系統がある。おまえ、説明してみろ」
マーブルが指された。
「はい。メレ-系、実体化系、EN系、概念系の四つです」
「そうだな。それぞれの特徴も言えるか?」
マーブルはよどみなく答える。
「はい。メレー系は、筋力を上げたり、装備の強度を高める能力です。近接戦闘に特化しています」
「実体化系は、スキルによって何かを実体化させる能力です。戦い方は実体化できる物によって変わります」
「EN系は、炎や雷などエネルギーのような物を発生させます。主に遠距離攻撃に向いています」
「概念系は、一概には言えません」
教科書通りの答えに、ライラ曹長は満足げに頷く。
「完璧だな。座っていいぞ」
マーブルが座るのを待って、ライラ曹長は話を続ける。
「前三つについては、改めて説明はいらないだろう。おまえたちは、その三種類のどれかのスキルを持っているはずだ。それの発動を目の前で見た事もあるだろうな。しかし概念系のスキルについてはどうだ? 何を知っている? 実際にそれを見た事はあるか?」
もちろん見た事がない。実在すると教科書に書かれているけれど、それ以上のことなど知るわけない。
いや、そこを強調するって事は、もしかして、この人は概念系のスキルなのかな?
あ……そういう事ね。
これは約一名(つまり僕)の落ちこぼれを対象とした、特別授業のような何かだったのか。本当、そんな事のために前線から呼び出したりして、申し訳ありませんね、はい。