盗賊とおっさん
「おっちゃん! 人狩りいこうぜ!」
相変わらず物騒なセリフを吐くクソガキは、もちろんシンタである。
「人じゃなくて、盗賊な」
「どっちでもいいじゃん、そんなん」
人狩りとは言っているが、実際に狩るのは人ではない。
今日のアップデートで実装された、『盗賊』という名のモンスターのことだ。
スケルトンやゾンビの時もそうだったが、『盗賊』も人間ではないモンスターという扱いである。
これはもちろん『ゲームとはいえ、人間を殺すなんてとんでもない!』という、クレーム団体さんからの攻撃を躱すための方便に他ならない。
ゲームなんだから、人間でも別にいいと思わない?
そんな目くじら立てなくてもさ。
前回と今回の連続アップデートでは廃墟エリアのボスと、それを撃破した先にある第3の街と3つの新エリアが拡張された。
更にプレイヤーたちの団体であるクランとその拠点であるクランハウスが実装され、加えて街と街を結ぶ街道がマップに追加されている。
盗賊は、街道が整備されたことによって新たに増えたクエストで出てくるモンスターだ。
『旅人の護衛』『馬車の護衛』『馬車の救出』『盗賊のアジトの壊滅』という新規クエストは、今までに無かったタイプの冒険者感を楽しめそうなので、プレイヤーたちの間では現在話題となっていた。
特に『馬車の救出』クエストは街道沿いで突発的に起こるもので、馬車のグレードや乗車しているNPCが遭遇してみないと分からないランダム設定となっており、掲示板でも『どんなNPCが出てくるか楽しみ』と盛り上がりを見せている。
ちなみに公開された馬車の中の人NPCの中で1番人気なのは、幼女貴族のエリザベータちゃんだ。
このゲーム、どうやら業の深いプレイヤーが多いようである。
たぶんシンタも今日から遊べるこの『馬車の救出』クエストを狙って、街道付近を徘徊したいのだろうが――。
「てかシンタさ、今日はみんなでクランハウス探しする予定なの忘れてるだろ?」
「あれ? 今日だっけ?」
「今日だよ」
「うん、忘れてた」
やっぱりか。
だと思ったよ。
クランが実装されたので、俺たちもみんなと一緒にクランを作ることにした。
メンバーは、俺・小次郎さん・ミネコちゃん・マカロン・グリ・ピタコ・シンタ・マイケル・ナナちゃんの、計9人――要はいつも一緒に遊んでいるメンバーである。
こないだの話し合いで、今日はクランハウス――みんなで使う拠点をどこにするか等を、決める予定なのだ。
ちなみに俺たちのクラン名は『オリハルコンの鍋』、命名ミネコちゃんである。
「そろそろ行かないと、集合時間だぞ」
「しゃーねー、行くか!」
クランハウスの維持にはゲーム内通貨が必要で、始まりの街・第2の街・第3の街と段階的に高くなっていくが、俺たちは人数が少ない割に資金が潤沢なので第3の街にする予定である。
…………
「広すぎない?」
「天井もずいぶんと高いですね」
「うん、サイズ変更しよう」
クランハウスの場所は、あっさりと決まった。
第3の街にある、冒険者ギルドにも中央広場にも近い庭付きの洋館だ。
建物内部の広さは、外観を無視して変更が可なので『金はあるんじゃけ、一番広いの持って来んかい!』などと成金根性丸出しでセッティングしてみたら、どこのドーム球場だとツッコミたくなる広さになってしまったのが今の現状である。
広さの設定でも維持費が変わるのだが、これならもっと狭くてもいいので当初の予定より安く済みそうだ。
「まだ広いね」
「思い切ってもう2段階下げてみませんか?」
ドーム球場から広い体育館レベルになったが、これでもまだ広すぎる。
俺たちは別に、クランハウスで運動会をしたい訳では無いのだ。
「おっちゃん、おいらにもやらせてよ」
「いいぞ、やり方分かるか?」
「当たり前じゃん」
シンタが操作をしたがったので、変わってやる。
ちなみに今はまだ、購入の前段階である。
「こんくらい?」
「まだ広く感じますね」
「でも、家具を置いたら狭く感じるんじゃない?」
小次郎さんはまだ広いと思っているようだが、俺もミネコちゃん同様いろんなものを置くと狭くなるから、このくらいあってもいいと思う。
「キッチンスペースを考えたら、もう少し広くてもいいんじゃないですか?」
「あたし服のお披露目スペースが欲しい」
「ぼ……僕、大きな水槽とか置きたいんですけど……」
「そんなの庭に池作ればいいじゃない」
「池と水槽は違うんだよ! もう、分かってないなぁナナちゃんは」
「なんですって! マイケルのくせに」
「500インチくらいのスクリーンも欲しいわね」
「シアタールームは別で作った方が良くない?」
「リビングにもあったほうがいいじゃん」
「で、広さどーすんだよ」
なんかそれぞれが好き勝手を言い始めた。
どんどん収集がつかなくなっていく……。
「はいはーい、今は部屋の広さを決める時間ですよー。 細かい話は後にしてくださーい――シンタ、もう一段階広くしてくれる?」
「あいよー……みんな勝手なことばっか言ってるよなー」
だな、お前も普段は大概勝手なことばっか言ってるけどな。
…………
すったもんだの話し合いの末、部屋は300㎡ほどの広さで決定した。
生産部屋などは、これから各自で増やすことになる。
各生産部屋は、設置費用が高額なものの維持費は無料だ。
俺は有り余る資金に物を言わせ、全生産施設を設置してやるつもりである。
「キッチンはこのくらいで足りますよね? 小次郎さん」
「オーブンは、マカロンさんの側に近い方がいいんじゃないですか?」
俺が生産部屋のことなんぞ考えているうちに、いつの間にか全体部屋には業務用と言っても過言では無い広さの対面キッチンスペースが『ドン!』と設置されていた。
これはキッチンというよりも、厨房だよなー。
「あっ、小次郎さんキッチンの高さなんだけどさ――」
「大丈夫ですよタロウさん、このキッチン高さ調節機能ついてますから」
マジか……便利だな。
キッチンは俺も使うので、せめてあと5cmくらいは高くして欲しかったのだ。
キッチンが低いと使いづらいのよ、特に腰なんか『来ちゃった♡』とか言って痛みちゃんが遊びに来るの。
しかも場合によっては、痛みちゃんに暫くストーカーされたりするんだコレが。
まぁ、ゲームの中ではそんなコトにはならないんだけどさ。
使いづらいことには変わりはない。
なんか、見る見るうちに立派な厨房が出来上がってしまった。
コレに関しては俺は一切金を出さないので、口も挟めない。
うむ、やはり部屋を広くしておいて良かった。
「それじゃ早速、引っ越しそばでも打ちますか」
「じゃワタシは、お祝いのケーキ作りますね」
厨房が完成して使いたくなったのだろう、ウチのクランのシェフとパティシエがアップを始めた。
引っ越しそば作ってどうするんだ? 近所のNPCにでも配るの?
「ほら、タロウさんもみんなの座るテーブルとイス作って!」
「作ってって……今から?」
どうやら引っ越しそばは、お配り用ではなく自分たちで食べる用らしい。
まぁ、作れってんなら作るけどさ――木工士の職業持ってるの、この中では俺だけだし。
まずは生産部屋の木工室を増築して……ドアはここに取り付けておこう。
あっ、そうだ!
「肝心の木材が無いんだけど、誰か持ってたりする?」
「それならアタシが持ってる!」
元気よくナナちゃんが、丸太を数本ぶん投げてきた。
ナナちゃんは斧士なので、品質こそ上がらないが木の伐採もできるのだ。
「足りる?」
「十分だよ――あと、ぶん投げるのは止めて」
「はーい」
受け取った木材を持って木工室へ。
面倒なので既存のレシピを見ながら、手早くイスとテーブルをこさえる。
「できたよー」
完成したイスとテーブルを並べていると、クレームが入った。
「なんかダサい」
「うん、なんかセンスが……」
「この辺の模様が余計なのよね」
「背もたれに透かし彫りとか……」
「イヤ、しゃーねーだろ。 急遽作ったんだからさ!」
むしろ急造品なのに、そこまで手間をかけた俺を褒めて欲しい。
「はい、できましたよー。 皆さん運んでください」
「ケーキはちょっと待っててー」
そばが出来上がったようだ。
おっ、天ざるか……美味そうだ。
俺が作ったテーブルを囲んで、みんな和気あいあいとそばを手繰る。
なるほど、こんな空間も悪くない。
今日からここが、俺たちの拠点なのだ。
「なぁ、今度流しそうめんやろうぜ!」
うむ、いいなそれ。
たまにはいいこと言うじゃないかシンタ。
でも、とりあえず今は天そばとケーキな。
――――
― 荒野エリア ―
荒野エリアは新しく解放されたエリアで、廃墟エリアのボスを倒した先――第3の街の手前に配置されている。
ここにはゴブリン・スライム・ハーピーなど、ようやくファンタジーっぽいモンスターが配置されていた。
クランハウスの件もだいたい落ち着いたので、俺はシンタたちと『馬車の救出』クエスト目当てに、このエリアの街道を進もうとしている。
「ヒャッハー!」
「ここは通さねーぜ!」
第3の街を出てすぐのところで、物陰からモヒカンとスキンヘッドの2人組が飛び出てきた。
なんとなく懐かしい雰囲気のこの2人組は、ついこの間知り合った連中である。
「残念、俺でした」
「なんだタロウのおっさんかよ、やって損したぜ」
あからさまに肩を落としているこのナイフを舐めていたモヒカンの男は『アベシ』、クラン『世紀末ヒャッハー』のクランリーダーだ。
こいつらはこんな感じで突然飛び出し、興味を示した相手を自分たちのクランへと勧誘している。
「つーか、これでクランに入るヤツっているの?」
「それがけっこういるんだなこれが、もうオレらのクラン17人になったし」
こちらの格好の割に言動が常識人な、火炎放射器型の魔法の杖を持っているグラサンスキンヘッドが『タワバ』、同じく世紀末ヒャッハーの副リーダーである。
「うそ……マジでもうそんなにいるの?」
「意外とこういう世界観が好きなやつって、多いんだぜ」
ちょんちょん、と脇腹をつつかれた。
見るとナナちゃんが微妙な顔をしている。
「ねぇ、このひとたち知り合い?」
「あぁ、こっちがアベシでこっちがタワバ。 見た目アレだけど、気のいい人たちだよ」
「見た目アレはないだろ――よろしくな嬢ちゃん」
「そうだぜ、カッコいいだろうが――俺もよろしく」
アベシとタワバが挨拶するも、若干後ずさるナナちゃん。
うむ、気持ちは分からんでもない。
さりげなくナナちゃんをかばう位置にマイケルくんが移動しているが、いかんせんさり気なさ過ぎる上に存在が地味なので、俺にしか気づかれていない。
損するタイプだよね、マイケルくんって。
「おいらはカッコいいと思うぜ!」
サムズアップするシンタ。
うん、そっちの気持ちも分からんではない。
「だろ!? そうだよな!」
「男ならやっぱ、ヒャッハーしねぇとな!」
うーむ、それはどうだろう……。
俺は特にヒャッハーしたいとも思わんのだが。
「おっと、また客が来たぞ」
「いけね、早く隠れねーと」
見ると街のほうから、2人組のプレイヤーがやって来ていた。
つーか、客っておまいら……。
まぁ、いいか。
邪魔をせぬよう、俺たちはさっさと目的地へ行くとしよう。
またなヒャッハーズたち。
「ヒャッハー!」
「ここは通さねーぜ!」
背後から声が聞こえた。
この勧誘の仕方で、ホントにメンバーが増えるのかねー。
「おぉー!」
「何それカッケーじゃん!」
声を掛けられたほうが、やたらいい反応をしている。
うーむ、信じられん……。
こういう所はこの30年後設定の世界、俺には異世界よりも謎かもしれない。
…………
― 街道沿い ―
「ま~たハズレ判定かよー」
「はい、また街道から遠ざかりますよー。 ほれ、シンタもナナちゃんも行くぞ」
『馬車の救出』クエストを発生させようと俺たちは街道沿いをウロチョロしているのだが、なかなか上手くいかず発生してくれない。
早くも情報が載っている攻略サイトによると、街道からある程度離れてから一定距離まで近づくと『馬車の救出』クエストの発生判定が行われるとのことなので、俺たちは街道から離れたり近づいたりを繰り返している。
「またゴブリンが出ました!」
「またかよ」
「もうゴブリン飽きた~」
マイケルくんが目ざとく進行方向にゴブリンの群れを見つけたが、さっきから同じことを繰り返し続けているせいで、シンタもナナちゃんも飽きが来ている――もちろん俺も。
「ちゃっちゃと片づけて、もうちょい離れるぞー」
「はいっ!」
「めんどくさいー」
「しゃーねーな」
ぶっちゃけ新エリアのモンスターではあるが、相手はファンタジーで最弱との呼び声も高いゴブリン。
8匹というこちらを倍する数の群れであろうと、我々の敵では無い。
まぁ、敵では無い故に余計つまらぬのだが……。
サクッと片付けて、ミニマップから街道が消えるまで走る。
そこまで走ったら、今度は反転して街道へGOだ!
そんなどこぞのアスリートの練習風景みたいな作業が、ようやく報われる時が来た。
街道に近づきクエスト発生の判定される距離になった瞬間、突然馬車が現れたのだ!
「よっしゃ出た!」
「しかも『豪華な馬車』よ!」
「で、でも盗賊も多いよ……」
馬車の種類には『豪華な馬車』『普通の馬車』『質素な馬車』の3種類があり、豪華な馬車には貴族が乗っているそうだ。
助けると謝礼がもらえるらしいが、まだ実装初日とあってその辺の情報は検証中である。
馬車が近づいてきた。
馬車が近づくということは、盗賊も近づくということだ。
なにげに対人戦は久々なので、ちょっと緊張してきたし……。
盗賊の数は――10人もいるのかよ。
更に盗賊が近づく。
よく見てみるとかなりリアルな盗賊で、思ったより人間である。
まぁ、当たり前っちゃ当たり前なんだが。
盗賊との戦いが始まった。
俺はバッサバッサと、剣で盗賊を叩き切る。
剣は、俺の最近のマイブームである。
杖に飽きたとも言う。
ステータスをかなり下げる『呪われた防具』で全身を固め、始まりの街で買った初期装備の剣を振るってるにも関わらず、盗賊があっさりと生命力を散らしていく。
――あー、そういや俺ってば自前で【対人特効】なんてスキルも持っていたんだった。
ん? そうなるとやっぱり、この盗賊ってモンスターでなくて人間なのか?
あー、もう訳分からん。
そんなコトを考えながら盗賊を切りつつ、なにげに俺は気付いた。
こんな思いっきし人間な盗賊を殺すのって、普通の人には抵抗とか無いんかな?……と。
ぶっちゃけ俺の場合あっちの異世界とかそっちの異世界とかで、人を殺したことは数知れずなのだが……うむ、改めて考えると俺ってば危ないおっさんなんだな。
――それはさておき。
ゾンビみたいに内臓がぶちまけられたりもせず、切られて血が噴き出すようなことも無いのだが、完全に見た目が人間のこの盗賊たちをプレイヤーは切ったり刺したり殴ったりするのだ。
俺が言うのもなんだが、みんな良く平気で殺せるよね。
ガキどもを見ると、シンタとナナちゃんは平気で盗賊を叩き切っていた。
ナナちゃんに至っては得物が大斧なので、どこぞの蛮族のようである。
唯一マイケルくんだけが何やら抵抗がありそうな様子だが、それでも盗賊の頭をこれでもかとぶん殴っているし……。
コレをゲームとはいえ子供がやっちゃうのは、さすがにどうなのよ?
俺はそっち系の人では無いが、教育上よろしくない気がしないでも無いぞ――このゲーム、全年齢対象のはずだし。
「その首もらったあぁぁ!」
シンタが盗賊の首目掛けて、刀を振る。
あぁ……首、落ちるんだ。
うむ、やっぱしコレはいかん。
ゲームとはいえ、ここまでリアルな人を殺すのはよろしくない。
俺ってば初めて――。
クレーム団体の人と、意見が合ったかもしんない。




