里山エリアとおっさん
― 草原・ノンアクティブエリア ―
「こっちがグリで、こっちがピタコです」
「グリでーす」
「よ、よろしくお願いします」
片方が手を振り、もう片方がペコリと頭を下げてきた。
2人を俺に紹介しているのは、マカロンである。
5月1日となって、本来ならばGWに合わせて4月末に参入する予定だった第2陣のプレイヤーたちが、ようやくゲームへとやって来た。
ボスやら新エリアやらの導入が遅れている現状のせいで、新規プレイヤーの募集倍率はかなり下がるかと思いきや、第1陣のプレイヤーによる『再現性がすごい、マジで異世界にいるみたい』という口コミのせいで、更に人気が沸騰しているらしい。
ゲーム世界の拡張具合が人気に追いつかない現状から、運営は新規に別サーバーで世界の拡張をすることも検討しているとのこと。
実際ここ――草原のノンアクティブエリアなどは過ごしやすく景色も良いので、のんびり系のプレイヤーたちの憩いの場として、花見会場と見まごうばかりにかなり混みあっていた。
第2陣にはマカロンやシンタの友人もおり、ちょうど今マカロンの友達を紹介されていたところだ。
それが冒頭の『グリ』と『ピタコ』という、マカロンの中学からの友人である女の子たちである。
「で、この人が例の――」
「あっ、チートの人?」
「ボスをワンパンの?」
うむ……マカロンさんや、君は俺のことを彼女たちにどう話しているのかな?
つーか、チートの話は内緒だって言ったじゃんさ。
「えっと……どうも、タロウです」
色々と言いたいことはあるものの、女子高生3人に囲まれるとなんとなく気後れしてしまって、ついつい無難な挨拶になってしまう。
ハラスメントとか色んなことを気にしなきゃいけないし、『嫌われないようにしないと』などと無意識に思ってしまうのだ。
「なるほど……コレが」
「マカロンの『頼りになる人』なんだ……」
何やら品定めされている気がする。
一方的に品定めされるのは癪なので、こっちも見てやろう。
背が高い金髪エルフのポニーテールの女の子が『グリ』だ。
いかにも活発そうな見た目と話し方をしているが、ロールプレイかもしれないのでそこは決めつけないほうが良かろう。
ゲームでの職業は『盾士』と『薬士』を初期で取っており、パーティーでは壁役をするつもりらしい。
背の低いピンクのクルクルパーマという髪をしたドワーフの女の子が『ピタコ』
挨拶の時は若干人見知りな風だったが、その後の反応を見ると案外そうでもない気がする。
ゲームでの職業は『火魔法士』と『美容士』を取っていた。
このゲームでのドワーフの女性は小柄でヒゲ無しの、どちらかというと合法ロリ系である。
但しヒゲは無いが、髪型はクリクリの髪質以外は選べないらしい。
「じゃあ食べながら話しよ。 攻略サイトに書いてあったと思うけど、草原エリアはイノシシが厄介でね――」
マカロンがマカロンを取り出して、それをおやつに話を始めた。
俺たちはこれからゲームでの立ち回りや楽しみ方を、経験を元に初心者の2人に教える予定だ。
ゲームにせよ何にせよ『初心者を沼に沈めようとしないサブカルは、必ず衰退する』という持論を俺は持っているので、この2人には是非とも『楽しい』を感じてもらいたい。
実際このゲームは、楽しいのだから。
…………
「じゃあ、キツそうだったら呼んでね。 すぐ飛んでくるから」
「いらないって、マカロンってば心配性なんだから」
「そうそう、それに草原エリアは初心者向けなんでしょ? わたしたちだけで余裕だって」
しばらくマカロン・グリ・ピタコたちと4人で狩りを続けていたのだが、いくつかレベルを上げたところでグリとピタコが自分たちだけで狩りをしてみたいと言い出した。
確かにパワーレベリングなどよりは、自分たちの力だけで狩りをするほうが達成感もあるだろうし楽しかろう。
「とにかく、ウチらの心配はいらないから」
「あとで合流しようねー」
グリとピタコがこちらに手を振ってきたので、こちらも手を振り見送る。
全力ダッシュで走り去る2人の顔は、心から楽しそうにニヤニヤしていた。
「行っちゃいましたね」
「そだね」
「これからどうします?」
「んー……」
もしかしたらグリとピタコから『狩りがしんどいから、やっぱり手伝って』などと連絡が来るかもしれない。
ならば、あまり遠くには行かないほうが良かろう。
かと言って俺とマカロンにはもう、草原エリアは狩場としては物足りない。
このままノンアクティブエリアで、まったりと過ごすのも悪くは無いのだが……。
「里山エリアで遊ぶ? 草原エリアの隣だし」
「いいですね! なら一角オオカミの牙を集めたいから、付き合ってくれます?」
「いいよ。 矢じりに使うんだっけ?」
「作るのに素材とお金が掛かるけど、無限の矢より強力だからたくさん作っておきたいんですよ!」
里山エリアは、草原のボスエリアの先にある場所だ。
ボスを1度突破さえすれば、戦わずともエリア間の移動はできる。
草原ボス討伐によって新たに解放されたエリアは第2の街に加えて、里山エリア・サバンナエリア・山林エリアの3つのエリアである。
解放されてさほど日にちも経っておらず、まだ素材集めの段階である里山エリアは、俺たちにとってもまだまだ魅力ある狩場なのだ。
…………
「また来ます!」
「仕様とはいえ次から次へと、鬱陶しいなもう……」
里山エリアに出現するモンスターは、一角オオカミ・一角クマに加えて一角アライグマというラインナップである。
オオカミとクマはともかく、なしてアライグマ? とか思ったが、この30年後設定の世界では野生化したアライグマが大量繁殖していて、あちこちを荒らしまわる害獣化が深刻な問題となっているらしい。
最近では都会でも、カラスvsアライグマの仁義なき抗争が見られるとか……。
アライグマって、アニメのイメージと違ってけっこう狂暴だからなー。
「今度はアライグマ!」
「イヤ、もうこの辺の設定って絶対おかしいだろ!」
俺たちはさっきから、一角オオカミと一角アライグマの波状攻撃を受けていた。
素材集めのためにはなるべく敵の多い場所に陣取るのが最適と思い、攻略サイトに書いてあったモンスターの集中するエリアへと来てみたのだが――さすがにコレは、密度が濃すぎる。
まだ俺がチートだからそこそこ余裕を持って対処できるが、これが一般のプレイヤーだったらかなりキツいだろう。
そのくらい間断なくオオカミとアライグマが襲って来る。
バランスおかしいよねー。
後で運営に報告しておこう。
このゲームの運営、少々のことでは修正とかしてくんないけど。
きっと『ただでさえ拡張作業が遅れているのに、修正とかまでやってられっか!』という感じの事情なのであろう。
気持ちは分かるが、プレイヤーとしては各種修正をなるべく速やかにお願いしたいところだ。
まぁ、俺はびた一文金を出していないプレイヤーなので、あんまし大きな声で文句を言える立場では無いのだが……。
――波状攻撃が止んだ。
「終わった……のかな?」
「今のうち移動しようか? さすがに、ちょっとしんどくなった」
素材も十二分に確保したし、もう十分だろう。
つーかオオカミ素材はともかく、アライグマ素材とかそもそも要らんし。
もっと役に立ちそうな素材は、新エリアにはゴロゴロしているのだ。
好き好んでアライグマ狩りをしているプレイヤーは、レアドロップの『一角アライグマの短棍』などという短い棒っ切れを欲しがるような、もの好きなプレイヤーだけだろう。
「クマの方に行きます?」
マカロンがそう提案して来るが、俺としては少し休憩したい。
つーか、マカロンってなにげにタフだよね。
「うんにゃ、ノンアクティブエリアにしようよ。 ちょっと休憩したいし」
「いいですよー。 山越えしたほうが近いから、あっち上りましょう」
この辺から里山のノンアクティブエリアまでは、小山を越えればすぐである。
基礎レベルもとうの昔に20となりカンストしている俺にとっては、標高200mにも満たない小山などはどうということもない――まぁ、その前にチートなのだが。
マカロンも確か、基礎レベルが15かそこいらになっていたはずだ。
新エリアのモンスターは経験値も上がっているので、第1陣プレイヤーのレベルが上限値に達するのも時間の問題だろう。
そろそろレベルキャップ――上限値を上げてくれないもんかねー。
経験値の行き場がそのうち無くなりそうなので。
…………
山を越え、里山のノンアクティブエリアへ到着。
のどかな田舎の風景が広がる、緑豊かな場所だ。
ボスを突破しないとたどり着けないこともあり、草原エリアよりもかなり人が少ない。
俺たちは小川のほとりに陣取って、休憩することにした。
汚れる訳でも無いし衛生的にも何の問題も無いので、シートなど敷かずに草むらに直座り。
自分の畑で収穫した、塩ゆでしただけのトウモロコシをおやつ代わりに休憩だ。
「あっ、すごく甘い! これ少しもらえますか? いろいろ作ってみたいので――お返しはちゃんとしますから!」
「お返しとか考えなくていいよ、マカロンにはいつもお菓子作ってもらってるし――30本でいい?」
「そんなにもらえませんよ!」
「いいから持って行ってよ。 どうせもうじき次のが収穫できるし、少しダブついてきてるからさ」
「えっと……じゃあ遠慮なく」
作物の生産は、かなり順調である。
農産士の職業レベルもカンストしてしまったので、そのおかげか収穫までの時間も少しだけ短くなり、生産数も微増している。
実を言うと俺は料理士の職業はもちろん甘味士なんかのスキルも、今は持っていたりする。
なので畑で収穫したものを料理などして自分で消費することもできるのだが、俺が料理をするとチートの影響で激しくバフ――能力等の上昇効果が、料理に付いてしまうのだ。
なのでどうしても食べたい時以外、自分では料理を作ることは無い。
ましてや誰かに振る舞うなど、ゲームバランスをブチ壊すのでできない。
かくして無駄に広い農地で収穫された作物は、売る必要も特に無いのでアイテムBOX内で増え続けている。
どうせゲームの仕様として痛んだりはしないので、大量にあっても困りはしないのだ。
一応、なして料理士や甘味士の職業を持っているのか説明しておこう。
何のことは無い、修正前に一角タイガーを狩りまくり『ランダム職業コイン』を大量にゲットしておいたおかげだ。
食に対する欲求のために一次産業を網羅しようとコインを使いまくった結果、俺は様々な戦闘職に加え全ての装備枠の防具や、かなりの種類の武器まで作れるようになっていた。
但し、作った武器防具はだいたいヤバい性能と化しているので、世には出していない。
「なんか、遠足みたいですよね」
「あー、うん、そうだね」
遠足みたいと言われても、そんなもんに行ったのなんてもう40年くらい前なので、すっかり記憶があやふやで薄くなってしまっている。
可愛い女の子と2人っきりということで若干舞い上がっていた気分が、一気に歳の差を自覚させられ現実に戻されてしまった。
まぁ、デート気分はここまでということで。
「バーベキューやってる人も、けっこういるなー」
「新エリアのお肉でも、試してるんですかねー?」
「あんまし美味しく無いのに、よくやるよね」
「それワタシたちも試したんだから、人のこと言えませんよー」
「……確かに」
この里山エリアのモンスターに加え、サバンナエリアでも肉は落ちる。
サバンナエリアのモンスターは、一角ゾウ・一角サイ・一角ライオンというラインナップだ。
里山エリアの、一角アライグマ・一角オオカミ・一角クマという食べるには微妙な肉たちに加え、そんなもんを肉としてドロップさせるとか、正直どうかと思う。
つーか、味の再現性とかどうなっているのだろう?
実際にそれらの肉を確保して、味をデータ化しているのだろうか?
よくよく考えると、そこまでやっているとしたらちょっと怖い気もする。
……深く考えるのは止めておこう。
一括りに焼肉と言っても、焼き方はそれぞれだ。
バーベキューキットを購入して焼いている者、コンロに網や鉄板を乗せて焼いている者、焚き火を組んでその上に網や鉄板を乗せている者――あと火魔法で焼いている強者もいる。
そのうちメシテロ系の異世界小説も書いてみたいなー。
俺が書くと挿絵の料理が、全部茶色系になりそうだけど。
――うむ、野望だけは持っておこう。
「あれ、喧嘩ですかね?」
マカロンが指さすほうを見ると、火魔法を使っていたプレイヤーとその仲間たちが何やらモメている。
なんだろう? 焼き方がアレなんで、焼肉奉行から物言いでもついたのかな?
「バカヤロウ! 毛を焼くだけだって言ったろうがよ!」
「んなこと言ったって、加減が難しいんだっつーの!」
「おめー、自分で任せろって言ったじゃんよ!」
「任せろとか言ってねーし! 抜くより焼く方が早いって言ったんだろーが!」
よくよく連中の手元を見てみる。
……なるほど。
どうやらあいつらは、一角クマのレアドロップ食材である『クマの手』の下処理をしようとしていたようだ。
毛を抜かずに火魔法を使って燃やそうとして、肉まで焦がしてしまったらしい。
そんなに美味いとも思えんのだがなー。
俺たちは小次郎さんに頼んで料理してもらい、既にクマの手は食べている。
あのゼラチン質のところが、好きな人は好きなんだろうなー。
「クマの手を焦がして喧嘩か……」
「なかなかドロップしないですもんね」
実はまだアイテムBOXの中にはたくさんクマの手は入っているが、わざわざあいつらにプレゼントしてやる気は無い。
君子危うきに近寄らず。
わざわざモメているところに介入し、手を差し伸べてやるつもりは無い。
――原因がクマの手だけに。
なんつって。
オチが弱い……。




