農産士とおっさん
「おっしゃ(゜∀゜)キタコレー!!」
ガッツポーズと共に雄たけびを上げているのは、そう――俺である。
もちろんガッツポーズをキメているのには、それ相応の理由がある。
さすがに何も無いのにガッツポーズをするほど、俺は危ない人ではない。
とりあえず、何があったのかを説明しよう。
24時間ゲームの中の人になった俺は、日々冒険に明け暮れていた。
冒険と言うと聞こえはいいが、ぶっちゃけ他にすることも無いので戦いと生産に明け暮れていただけである。
このゲームでは、モンスターを倒してもアイテムを生産しても経験値が入る。
そして経験値は、自身の『基礎レベル』と『職業レベル』を上げるのに加算されることになる。
俺は初期職業として『従魔士』と『薬士』を取っていたのだが、この度めでたくこの2つの職業レベルが10となりカンスト――上限値に達してしまったのだ。
上限値に達したレベルは、これ以上は上がらない。
なので俺はゲットした経験値の新たな行先を確保すべく、持っていた『ランダム職業コイン』を使って新たな職業を引くことにしたのだ。
で、結果なのだが――。
俺としては最高の職業を引いた。
まだまだ流通量の少ない農産物を生産できる職業――『農産士』を手に入れることが出来たのだ!
農産士は田や畑はもちろん樹木まで育てられるという、素晴らしい職業である。
惜しいことに畜産までは網羅していないが、それでも農業生産に関しては万能に近いと攻略サイトには書いてあった。
つまり俺は、これからは好きな農産物を好きなだけ作って食べることが可能になる、ということなのだ!
――と、いうことで。
料理士の職業持ちである小次郎さんのログインを待ち、何を育てるかを相談だ。
こういうことは、料理をしてくれる人にも相談するに限るからねー。
…………
「まずジャガイモは欲しいですね。 あとキャベツとタマネギ――それとニンニクとショウガもあれば。 小麦や米なんかは案外出回っているので特に必要ではないです。 果物も何か欲しいけど、そこはお任せしますよ。 タロウさんの好きな物でも作って下さい」
小次郎さんに何を作るか相談すると、そんな答えが返ってきた。
今のところ肉を食べることが多いので、やはり肉料理に合わせやすいものをメインにしてほしいらしい。
果物は任せると言われたが、果樹を育てるには少しばかり時間が掛かるので、ここはスイカとかイチゴでも育てよう。
甘味士の職業持ちのマカロンが、確かイチゴを欲しがっていたはずだ。
野菜や果物の種は、NPCの店で現段階でもけっこうな種類が買える。
大概の料理に使うものは、基本的なものならすぐに育てられるのだ。
まぁ、時折『なしてコレが無いの?』と思うようなのもあるのだが……。
俺としてはパプリカではなくピーマンの種が欲しいし、ズッキーニではなくキュウリの種が欲しい。
この辺の品ぞろえに関しては、ちょっと納得がいかない俺である。
――――
― 始まりの街近くの土地 ―
「うむ、無駄に広大な土地を確保してしまったな」
無限に広がる大宇宙――とまではもちろん行かないが、目の前にはけっこうな広さの大地が広がっていた。
懐でかなりダブついていたゲーム内通貨Gに物を言わせ、所持限界まで購入してしまった俺の農地である。
農地は自分のホームにも付属させることができるのだが、ゲームフィールドで購入出来る土地のほうが品質の良い畑にすることができる仕様だ。
但しゲームフィールドの農地には病気や害虫なんかも発生するので、その分管理が大変だったりする。
だが現実時間で1日に1回チェックすれば病気も害虫も簡単に回避できる仕様なので、24時間ゲームの中の人である俺にとっては楽なものだ。
水撒きや収穫などは農地専用の妖精さんを雇えば自動でやってくれるが、【採取】のスキルを持っていれば自力での収穫時に品質が上がるので、上限に達するまでは自分でやるべきだろう。
「タロウちゃ~ん! おっはよー!」
俺の背後から無駄に元気な挨拶をかましてきたのは、ミネコちゃんだ。
ミネコちゃんはいつの間にやら、俺のことを『タロウちゃん』と呼びやがっている。
「う~い、おはよー」
「農地買ったんだって? 何作るの?」
「いろいろー」
「手伝ってあげようか?」
「うんにゃ、いらん。 それにまだ、土作りの段階だし」
「じゃあ、それ手伝うわよ――狩りも飽きてきたし」
実を言うと、俺もいいかげん狩りには飽きてきている。
本当ならばとうにボスが実装されていて、今頃はボス狩りのためにプレイヤー達が盛り上がっていたはずなのだが、それが遅れていて未だに初期のままなのだ。
しかも4月末からのGWに合わせて第2陣のプレイヤーが参入して来る予定なのだが、本来ならばボスを倒したプレイヤーに解放されるはずの第2の街も使えないままである。
このままでは始まりの街に第1陣と第2陣のプレイヤーの全てが集中することになり、広い街とはいえ混雑することになるだろう。
こんなに遅れるとか、開発陣の手が足りてないんじゃないか?
どうもゲームの先行きが心配になってくるなコレは。
「んじゃ頼むわ。 まずは買い物に行ってからだけどね」
「おっけー。 お買い物~♪ お買い物~♪」
楽しそうだね、ミネコちゃん。
つーか、俺を置いて行くなよこら。
――――
「――道具はこれで良しっと、あとは……そうだ、種メーカーと堆肥メーカーも買わないと」
「けっこう揃える物って多いのね」
「本当は順繰り揃える物なんだろうけど、俺はほらお金持ちだから……」
「課金しないのに?」
「リアルマネーの話はするでない」
「はーい」
農産物の品質を高めるには、種の品質と農地の品質を高くすることが必要だ。
種の品質は、高い品質の作物を種メーカーという道具で種にすれば良いだけだ。
問題は農地の品質だが、肥料または堆肥を撒くことで上げられる。
肥料はもちろん買えるが、堆肥メーカーという道具で作る堆肥のほうが最終的には高品質になるので、肥料に頼るとしても最初の頃だけだったりする。
肥料は★1、高級肥料でも★2という品質なのだが、堆肥は★5まで上がるのだ。
この農産の仕様だと、俺が作っても他のプレイヤーと品質は変わらない。
ステータスの数値に依らず俺のチートにほぼ意味が無いので、安心して普通にゲームとして楽しめる仕様となっている。
ちなみに俺は、最初から堆肥1本で土作りをする予定である。
堆肥の材料には『雑草』と『作物』が使えるが、雑草は育てる期間が短いし採取のスキルがあれば★2品質をフィールドで採取できるので、採取した★2品質の雑草から高級肥料と同じ★2品質の堆肥がすぐに作れるし、品質を上げ数を揃えるにも最適なのだ。
――なんて説明はこの辺にして。
いいかげん農地の土作りを始めよう。
「はい、クワ」
「ほいきた」
ミネコちゃんにもクワを渡し、まずは2人で農地を耕す。
ちなみにこの工程は、農地の品質に影響しない。
広範囲を一気に耕せるような便利なクワはまだ存在していないので、地味な作業をせっせと続ける。
「腰が痛くなりそ~」
「このゲームにはそんな仕様ありません」
ミネコちゃんは、早くも飽きてきたらしい。
「疲れた~」
「システム上、身体が疲れることはありません」
いいから手を動かしなさい。
「もうめんどくさい~」
「自分で手伝うって言ったんだから、最後まで手伝いなさい」
うむ、とうとう本音をぶっちゃけ始めたな。
「んもぅ! タロウちゃんの意地悪!」
「黙って手伝えないんか、おまえさんは」
手伝うならちゃんとやって欲しいんだがさ。
だいたい意地悪って何がよ?
「もういい! つまんないから帰る!」
「おいおい……」
ミネコちゃんは、俺の農地を放っぽって何処へと去ってしまった。
つーか、つまんないからって……作業なんだからしゃーないじゃんよ。
そもそも遊びじゃないんだから――あ、イヤ、ゲームではあるんだけどさ。
美味しい食べ物を育てるということは、俺にとって大切なことなのだ。
ちゃんとやらないと、メンタル的に死活問題なのですよコレが。
「さて、続きやるか」
まだ耕さねばならぬ農地は、半分残っている。
ここが一番面倒な作業なので、頑張って乗り越えるとしよう。
…………
「ふい~、やっと終わった……」
途中『なしてこんなに広い農地を買ってしまったし』などと若干後悔ししつも、俺はどうにか農地の全てを耕し終えた。
ゲームの中なので汗などかかないのに、ついつい額を拭ってしまうのは何故だろう?
とにかく、ここから先の工程は楽だ。
堆肥はアイテムBOXに入っている雑草★2を、堆肥メーカーに入れるだけで手に入る。
農地に堆肥を撒く作業は、既定の量を適当にバラ撒くだけで農地全体の品質が上がる。
種蒔きと水やりは、ゲーム内通貨で雇える妖精さんに任せておけば良い。
収穫も妖精さんに任せられるのだが、【採取】のプレイヤースキルを持つ俺は自分で収穫すると品質が★1つ分上がるので、そこは今のところ楽せず自力でやるつもりだ。
――と、いうことで。
まずは雑草★2を取り出して、堆肥メーカーへと投入。
出来上がった堆肥★2をアイテムBOXに仕舞い、いざ耕し終えた農地へ。
農地で、適当に堆肥をバラ撒く。
で、適当にバラ撒いていると――。
ポーンという通知音と共にアナウンスがありやがった。
ものすごーく、嫌な予感がする……。
≪環境生物:ミミズのテイムに成功しました。 名前を付けてください≫
やっぱしか! つーかまたかよ、ちょっと待てやゴルァ!
だいたいさ、『環境生物:ミミズ』とか存在すら聞いたコト無いんだけど!
念のためマニュアルと攻略サイト、ついでに掲示板を確認……うむ、やっぱそんな情報ねーし。
あ、待てよ、だがしかし――。
環境生物について書かれているマニュアルの一文に『この他にも様々なところに環境生物が隠れているかもしれません。 よく探して見つけてみましょう』などと書いてはある。
これはもしや、俺がこのゲーム内で初めてミミズを発見してしまったというコトなのか?
イヤ、この状況での新発見はさすがに嬉しくは無いぞおい!
一応、農地を見る。
タイミングからして、あの辺か。
なしてテイムしてしまったのかは、なんとなーく予想はつく。
恐らく俺が撒いた堆肥を、ミミズが餌として食べてしまったのだろう。
つーか普通はミミズが枯れ葉なんかを食べて堆肥ができるのだから、ミミズが堆肥を食べるってのはどうなのよと思わないでも無いが、それがゲームの仕様なのであれば仕方が無い。
まぁ、クレームは付けるけど。
やっぱしプカ次の時に変なこと考えたのが、フラグになっちゃったのかなー。
おそるべし『二度あることは三度ある』……。
――あ、見つけた。
この辺だろうと目星をつけていた場所とは少しズレていたが、土からひょっこりと顔を覗かせてミミズが名づけを待っている。
見た目なかなかご立派なミミズだ。
うむ、またつまらぬものをテイムしてしまったな。
で、つまらぬものをテイムしてしまったら、やることはひとつしかない。
まずは名付けをして、テイムを確定。
「お前はニョロニョロしているから、名前は『ニョロゾー』だ!」
「ニョロ~♪」
そして命令。
「ニョロゾーには『完全自由行動』を命ずる! 戦え! 目指すは世界だ!」
「ニョロー!」
ニョロゾーは『ニョロニョロニョロ~!』と叫びながら、土へと潜った。
どこへ向かったのかは、とんと見当がつかぬ。
さようならニョロゾー、君のことは忘れないよ。
――にしても。
これで従魔の枠3つが、全て環境生物で埋まってしまった。
つーか、最初に放ったドジョウのヌメ太がまだ死なないので、従魔の枠が空かない。
ちゃんと戦っているのかなと従魔の情報が表示される画面を見たが、名前の下には『行方不明』としか表示されなかった。
ちなみに人魂のプカ次も『行方不明』である。
こんなに死なないなら、いっそ手元に置いて育成してしまったほうが良かっただろうか?
ドジョウ・人魂・ミミズということで、水中・空中・地中とあらゆる環境を網羅してもいるし……。
イヤ、ダメだ。
俺はおネコ様をテイムせねばならぬのだ!
だいたいドジョウだの人魂だのミミズだのでは、モフることもできないではないか!
故に俺は命令する。
『死んで来い』――と。
気分は非情な命令を下す、軍の指揮官である。
――てな訳で。
従魔の件は、とりあえずこれでよかろ。
今はまず、この農地をなんとかせねば。
もう従魔の枠も埋まっているので、これ以上のテイムは出来ない。
なので安心して、堆肥を農地にバラ撒く。
そして農地用に雇った妖精さんを呼び出し、区画を指定して種を蒔かせた。
あとは妖精さんに管理を任せて、収穫まで時々様子を見るだけだ。
これでこれからは、NPCの店売りで買える作物よりも美味しいものを安定供給できる。
――主に俺に。
「差し入れ持ってきましたよー。 どんな感じです? 何か手伝いましょうか?」
小次郎さんが、ピクニック用のバスケットを下げてやってきた。
わざわざ差し入れを作ってきてくれたらしい。
「うんにゃ、だいたい終わったから手伝いはいいよ」
「それは残念。 久しぶりに土いじりとかしたかったんですけどね」
本当に残念そうだ。
小次郎さんは未だに入院中なので、こういう外での農作業なんかもやってみたかったのだろう。
「管理は妖精さんに任せてあるけどプレイヤーも手が出せるよ。 フレンドの出入りは自由の設定にしておくから、好きな時に農地を楽しんでくれていいから」
「なら遠慮なく、嬉しいですね。 ところでミネコちゃんは?」
「逃げた――飽きたみたい」
「あはは……地味な作業ですもんね」
もうすることも特に無いので、農地の縁の地面に直座りして差し入れのバスケットをのぞき込む。
サンドイッチでも入っているのかと思いきや、中身はおにぎりであった。
「おっ、おにぎりすか」
「そのほうが農作業してる気分が出るかなと思いまして――中身、梅とネギ味噌なんですけど、良かったですか?」
なるほど、確かに農作業ならおにぎりのほうが雰囲気が出るかもしれない。
つーか、ネギ味噌おにぎりが気になる。
「どっちも食べますよー、ネギ味噌どれ?」
「こっち半分がネギ味噌です――どうぞ、自信作なので」
ほう、自信作とな。
ひとつ手に取ってパクリ――味噌の旨味が口に広がる、塩加減もいい。
ネギと一緒に炙ってあるのか、香りと共に香ばしさも感じる。
ほっと一息つける味だ。
確かにこれは農作業に合うかもしれない。
「どうぞ」
いいタイミングで渡されたのは、冷えた緑茶。
水出しで淹れたのであろう刺激のないまろやかなお茶が、口の中をスッキリとリセットしてくれる。
「お茶が美味しい」
「製法を変えた新作だそうですよ」
「みんな凝るよなー」
製法を変えるとひと言で言うが、おそらくけっこうな試行錯誤の末であろう。
結果だけを味わうのは簡単だが、ゲームの中のものしか味わえない俺としては感謝しか無い。
「おっ、隣買われたんだ――どうも、よろしくでーす」
「あ、どうも。 隣の土地を買いました、よろしくですー」
農地の販売は先着順である。
今こちらに挨拶してきた人は、俺の前に農地を購入していた先輩農産プレイヤーだ。
「ずいぶんと広く買われたんですね」
「欲張り過ぎたなと、ちょっと反省してたとこですわ」
あははと和やかに談笑しながら、農産の先輩相手におにぎり片手に情報収集。
相手も始めたばかりだったので大したことは聞けなかったが、メインに育てているのが果樹だったので果物目当てでフレンドになった。
なお、お隣さんの名前はどうでもいいので割愛する。
…………
おにぎりが無くなった。
さて、農地はこれでいいとして――。
今度は小次郎さんと一緒に、妖精さんの雇用費でも稼ぎに行くとするか。
おっと、その前に――。
『環境生物:ミミズ』を発見したことを、掲示板に報告して自慢せねば!
えっと……『農地の土の中に、ミミズ発見!』……と。
このたび『ホビットはトールキンの創作なので、著作権に引っかかって面倒なことになる恐れがあるかもしれませんよ』と知らせていただきました。
なので念のため今まで『ホビット(ヒに濁点)』と表記していた種族を、『ホピット(ヒに半濁点)』と変更し修正します。
表記は変わりますが、同じような種族と考えて下さい。
なお変更された表記通りに読むか、元の(ヒに濁点)に空目するかは自由です。
読者の皆様におかれましては、お好きにお読みください。
――その辺適当な作者より




