おっさんと初めての狩り
とりあえずキャラ出し。
≪『特殊ギルドクエスト:先輩冒険者に絡まれた!』が発生しました。 受理しますか Yes / No≫
掲示板には『そんなイベントは無い』と書かれていたはずのクエストが始まってしまった。
せっかくなので『Yes』をポチってみよう。
――ポチっとな。
「クエストが始まった?……て、ちょっとタロウさん勝手に受けないで! 今あたしたちパーティー組んでるんだから、ひと言相談して欲しいし!」
「あ、悪りぃ悪りぃ。 つい……」
やってみたかったものでついポチってしまったが、このクエストはパーティー単位での受注となるのでもちろんミネコちゃんも巻き込むことになる。
おかげでミネコちゃんに怒られてしまった――こいつぁ、うっかりだ。
「イチャついてんじゃねえよゴルァ!」
絡んできた2人のNPC冒険者のうち、髪がボサボサなのが殴り掛かってきた。
イヤ、別にイチャついてはいないのだが――そもそも男とイチャつく趣味とか無いし。
大ぶりのパンチが迫ってきた。
避けられそうに見えたので上体を逸らして避け、ついでに相手の胴体に向けて中途半端な前蹴りをしてみる。
ズドンと結構な手ごたえ――この場合足ごたえかな?――があり、ボサボサ髪のNPC冒険者が吹っ飛ぶ。
いつの間にか相手の頭上に表示されていたNPC冒険者の生命力を示すバーが、その一撃でいとも簡単に消えて無くなった。
うむ、そういや俺ってばチートだったな。
これでミネコちゃんにチートだということがバレてしまったなと思いつつも、まだワンチャン誤魔化せる可能性とかあるんじゃね? などと都合のいい考えが頭をよぎる。
――いいや、やっちゃえ!
考えても誤魔化す案が思い浮かばなかったので、開き直ってもう1人残っていたNPC冒険者――角刈りくんを殴ってみた。
考えてみたらこいつはまだこっちに手を出していなかったなと気付いたものの、やってしまったものは仕方が無い。
やはり一撃で吹っ飛んだ角刈りくんも、あっさりと生命力のバーを散らしてしまった。
なんか俺ってば、俺Tueeeしてる!――主人公みたいだ!
などとその場の雰囲気に酔っていると、ミネコちゃんと目が合った。
「あ、すまん。 俺1人でやっちゃった……」
「いいけどね、あたし踊り子だからこういう喧嘩みたいのは得意じゃ無いし」
と言いつつも、ミネコちゃんはやはり少し不満そうだ。
ミネコちゃんの中の人が男なので本当ならそんな不満など無視するところなのだが、見た目が美女なのでついつい『埋め合わせをしなければ』などと反射的に思ってしまうのは仕方があるまい。
「すまなかったな、ウチの連中が迷惑を掛けた」
「これは詫びだ、受け取ってくれ――それにしても、君たち強いな」
殴り掛かってきた2人と一緒のテーブルにいた残りの2人が、こちらに近づいて来て謝罪してきた。
謝罪するくらいなら最初から止めろよと言いたいところだが、ゲームのクエストなので文句を言ってもどうせ意味など無いだろう。
詫びにと渡してきたのは『回復薬(微)』2つであった。
ちなみに『回復薬(微)』は生命力を30回復でき、NPCの店売り価格で50Gという品である。
ついでに称号『期待の新人』なんてものも獲得し、これでクエストは終了。
ギルドを出たところで、ミネコちゃんが興奮した様子で話しかけてきた。
「ねえ、掲示板にも書かれていなかったんだから、このクエストってあたしたちが初めて発見したってことなんじゃない?」
「そうなのかな?」
「きっとそうよ!」
なんかミネコちゃんが『こういう情報は、他の人たちにも教えてあげなくちゃ!』などと言いながら掲示板に書き込もうとしているが、たぶん最初の発見者として自慢したいのだろう。
ゲーマーなんてものは、そんなもんだ。
掲示板に書き込もうとしていたミネコちゃんが、ガックリと肩を落とした。
このクエストに関しては、もう既に2件の書き込みがあったのだそうだ。
クエストの発生条件も考察されており、冒険者ギルドに他のプレイヤーがいない時に1つのパーティーとして建物に入り、全員が新たに冒険者登録をすると発生するとのこと――もちろんソロでも。
俺とミネコちゃんはギルドに入る前にたまたまパーティーを組んでいたので、今回の事態となったらしい。
未練がましく書き込みを見ながら、ミネコちゃんが悔しがっている。
悔しがるのは一向に構わないのだが――。
「せっかくクエストの童貞を奪えたと思ったのに!」
などと大声で叫ぶのは恥ずかしいからやめて欲しいものである。
…………
そろそろ街の外へと出ようかという時に、2人組の男にナンパされている女の子を見かけた。
イヤ、実際ナンパされているのかどうかは知らんけど、見た感じナンパ。
このゲームではハラスメント防止のために、フレンド登録していない相手には触れることはできないが、それでも男たちがしつこくて女の子が困っているように見える。
「ごめーん! 待ったー? あれ? その人たち誰?」
いきなりミネコちゃんが女の子に声を掛けた。
どうやら助け船を出して、ナンパ男を追い払ってあげようという腹らしい。
「あっ……えっと……お、遅いよ~」
どうやら女の子のほうも、ミネコちゃんの意図に気づいたようだ。
ぎこちなくも調子を合わせて、男たちを振り切ってこちらへと走ってきた。
「ごめんねー、あたしたちもうパーティーメンバー埋まってるのよー。 他当たってねー」
「じゃあさ、今日はフレコの交換だけでいいから――」
「しつっこいから、ブロックして運営に報告しちゃおっかなー」
「あ、いや、それは……また今度ねー」
ミネコちゃんが『ブロックして運営に通報するぞ』と脅すと、思いの外簡単に男たちは去った。
もっとモメるかと思いきや、あっさりしたものである。
ちなみにフレコとはフレンドコードの略で、ゲーム内での連絡先のことだ。
交換することによって、ゲームにログインしていればいつでも連絡が取れるようになる。
あと、ブロックするとどうなるかは、まだマニュアルのその辺を読んでいないので知らん。
「あのっ!……ありがとうございました!」
ナンパされていた女の子が、ミネコちゃんに向かって深々と頭を下げた。
綺麗な黒髪ロングと切れ長で綺麗な瞳が印象的な、またエラい美少女である――アバターだけど。
一応【雌雄判別】っと――うむ、この娘は本物の女の子らしい。
イヤ、おばさんって可能性もあるか?
「女の子ひとりだと、あの手の男がウッザいわよねー。 ところで誰かと待ち合わせ? なんなら来るまで一緒にいてあげよっか?」
「あー、いえ、今はまだソロなんです。 本当は友達と一緒に始める予定だったんですけど、ワタシだけが抽選に当たっちゃって……」
ミネコちゃんと女の子の会話が続いている。
うむ、美女と美少女の会話とは見ていて良いものだ……ミネコちゃんの中身男だけど。
「だったら、ウチらと一緒にパーティー組んでみる? とりあえず、ウサギ狩りするつもりなんだけど」
「いいんですか! ぜひ!――あ、でもお邪魔なんじゃ……」
お邪魔? 何を言っているのかな、この娘は?
まさか、ミネコちゃんと俺がカップルだとでも勘違いしてるとかじゃなかろーな。
「別に全く邪魔ではないぞー、つーか俺らもさっき会ったばっかしだから」
「そうそう、お付き合い始めたばっかしなのよ」
「イヤ、付き合ってねーし」
「もう、タロウさんってば……照・れ・屋・さ・ん♪」
「マジでやめれ」
指でツンツンするな。
掴んで間接を反対側に曲げたくなるじゃないか。
つーかミネコちゃんと俺とのやり取りが、早くも半ばネタ化している気がする……。
ほら、なんか女の子にクスクス笑われてるし。
「じゃあ、よろしくお願いします」
女の子がクスクスと笑いながら、ペコリと頭を下げてきた。
どうやら俺たちとパーティーを組むことにしたようだ。
なにがどう『じゃあ』なのかは知らんが、たぶん俺たちのことを無害な連中だと思ってくれたのだろう。
パーティー申請を受理すると、女の子の頭上に会った緑のマーカーの横にプレイヤーネームが表示された。
彼女の名前は『マカロン』というらしい。
なして『マカロン』と問うてみたところ、良いプレイヤーネームがなかなか思いつかずなかなかゲームを始められなかったので『このままではゲーム開始に乗り遅れる』と焦った彼女はついさっきまで食べていたマカロンを名前にしてしまったのだそうだ。
ちなみにこのゲームはパーティーメンバーの数に関係なく、全員に倒した分だけの経験値が分配されるし、モンスターのドロップも各自に与えられる。
頭割りとかではないので、人数が増えても何の問題も無い。
ならばパーティーの人数が増えればそのほうが有利だと思えるが、その分モンスターの強さも体力も上がるので、そこまで有利にはならないらしい。
ついでに説明すると、パーティーメンバーの上限は4人である。
「レストンテンのチョコも美味しいわよねー」
「う~ん、美味しいけどお小遣いが……」
「じゃあバイトするしかないわね」
「まだ16になってないんです……」
「そうなの? 若いわねー、どうりでお肌もツヤツヤだと思ったら」
「これ、アバターですよ?」
「あらやだ」
女子トークが姦しい。
つーかミネコちゃん、中身が男のはずなのにスゲーな。
これがコミュ力の差ってヤツか……。
俺なんか3年も悪役令嬢やってたくせに、未だに女子トークが苦手だというのに。
「えっ! タロウさんの守護神って、女神ヨミセンなんですか!?」
「そうなんですって、羨ましいわよねー」
なんか、いつの間にか話題が俺の守護神の話になっているし。
ちなみにミネコちゃんには冒険者ギルドでの俺のチートっぷりを説明するために、守護神が女神ヨミセンで自分のステータスがプレイヤーキャラに上乗せされている旨は教えてある。
「じゃあ、頼りになりそうですね!」
「モチのロンよ! さっきなんて、絡んできたNPCをワンパンだもの!」
「すごーい!」
素直に称賛されると、なんとなく罪悪感がないこともない。
運営公認とはいえ、チートだしね。
…………
街の外に出ると、何か知らんがいきなり声を掛けられた。
「なぁ、おっちゃんたち3人か?」
声を掛けてきたのは小学校低学年くらいの見た目の、ヤンチャそうな男の子である。
うむ、『おっさん』呼びとかはちょいちょいされることはあるが、『おっちゃん』と呼ばれるのはなかなかにレアだな。
「おう、なんだ坊主、仲間に入れて欲しいのか?」
『おっちゃん』などと呼ばれたので、それに合わせて『坊主』と返してやった。
一人だけということは、たぶんパーティーメンバーが欲しいとかそんなとこだろう。
「坊主はやめろ――てか、入れてくれんの?」
「あー……どうだろう? いいよね?」
さすがに俺の一存で決めてはいかんだろうとミネコちゃんとマカロンに同意を求めたら、2人とも快く『いいよ』と言ってくれた。
なのでこいつも入れてやることにしよう。
「助かったー。 ホピットって思ってたより火力弱くってさ、倒すのに時間掛かるんだよ――設定の『与ダメージ10%減』とか、アレもう絶対嘘じゃん」
ずいぶんと小柄だと思ったら、こいつホピットだったのか。
ならば見た目は子供、中身は大人――なんてことは、無いな。
俺のこと『おっちゃん』とか呼びやがったし。
まぁ、中身大人でも全然構わないんだけどさ。
パーティーメンバーにすると、男の子のプレイヤーネームが表示された。
彼の名前は『シンタ』くん――もちろん本名ではない。
何やら最近作られたアニメのキャラ名をもじったらしいが、当たり前だが知らんタイトルのアニメだった。
聞くと何やら王道ファンタジー系アニメで、ホピットとエルフとドワーフと人間がパーティーを組んで冒険する話だそうだ。
なるほどその組み合わせは王道かもしんない。
異論は認める。
ともあれ、これでパーティーメンバーの上限である4人となった。
いざ見知らぬ新天地へ!
冒険の始まりだ!
…………
「ちょっと待って、チュートリアルよりウサギ硬くない!?」
「だろ? おいらホピットだから、余計に硬く感じるんだよ」
「矢が当たらないんだけど!?」
我々が見知らぬ新天地へと向かったつもりだったその場所は、チュートリアルですっかり見慣れた草原エリアであった。
そして今、俺たちは草原エリアの街にほど近いところで、3匹の一角ウサギの群れと戦っている。
特に連携なども考えず『とりあえず、みんなで殴ってみよう』などと一角ウサギを舐め切って、お気楽に戦闘を始めたのだが――。
チュートリアルの時より大幅に増えた生命力を持つ一角ウサギに、俺以外のメンバーは苦戦していた。
俺?――俺はもちろん一撃で撃破しましたが、何か?
「そいつは俺がやるから、あっちの援護お願い」
「え? あ……うん、分かった」
矢が当たらず冷や汗をかいている(っぽく見える)マカロンに、ミネコちゃんとシンタが戦っている一角ウサギのほうへと向かってもらい、俺は2匹目のウサギを狩る。
もちろんこっちも一撃で、砕け散るポリゴンと化した。
『さて、あっちはどうなったかな』と振り向くと、ちょうどウサギがポリゴン化したところだった。
「うそ!? 当たった?」
どうやらマカロンの放った矢が、ウサギにトドメを刺したらしい。
つーか、矢を当てた本人が一番驚いた顔をしているのだが……そんなに当たらんの、それ?
「なんだよ、刀より弓矢のほうが全然火力高いじゃん!」
「ステ振りにも依るんじゃない? どんな感じに振ってるの、マカロンちゃんは?」
「『器用さ』高めだけど、そんなに極端じゃないですよ」
俺もその辺ちょっと興味がわいたので、攻略情報のまとめサイトをチラ見してみた。
せっかくなので、そのうち弓で戦うとかもやってみたいのだ。
ほう……ふむふむ……なるほど。
まだゲームが始まって間もないこともあり情報そのものはスッカスカだが、それなりの情報は得られた。
「あー、なんかな、攻略まとめサイトによると弓士が特別強いってことでも無いらしいぞ。 『器用さ』が高いとクリティカルダメージが出やすいって書いてあるから、たぶんそっちなんじゃね?」
自分で言っといてなんだが、みんなが『へー』『なるほどー』『そういうことかー』などと頷いているのを見ながら、俺は若干複雑な思いであった。
コレはアレな気がする……たぶんだが俺の攻撃は、全部クリティカルになっているのではなかろうか?
もしかして、想定していたよりも俺ってばチートなんじゃね?
さすがにボスモンスターを一撃とかは無いよね?――このゲーム、まだボスモンスター実装されてないみたいだけど。
――そうなのだ。
この『幻想世界 -online-』実はまだボスモンスターも実装されていなければ、行けるエリアもこの草原エリアと廃墟エリアの2つしか無い。
ぶっちゃけ『体験版か!』とツッコミたくなるほどの、薄っぺらい中身である。
それでもこれだけのプレイヤーが抽選という関門を突破してでも遊びたがるのは、このゲームがフルダイブ型VR機器の性能を極限まで引き出し、現実としか思えない程の世界と五感の再現性を初めて実現させたのが大きいのだとか。
……今のところ、中身は薄いけど。
しかしながら、まぁサクッと攻略できる薄っぺらさでも無いらしい。
攻略情報によるとこの草原エリアでは一角ウサギの他にも、一角シカとか一角イノシシが湧いて出るらしいのだが、こいつらがとにかく手強いと記載されている。
シカの振り回す幾つにも枝分かれした2本の角は、分かれた枝の一本一本に命中判定があり、当たると多段ヒットで大量の細かいダメージが襲い掛かるのだそうだ。
そしてイノシシの出る場所は腰の高さほどもある草が生い茂っており、草よりも体高の低い一角イノシシを目視できずにその突進をモロに食らうプレイヤーが続出しているとのこと。
シカのほうはともかく、イノシシに関しては姑息な嫌がらせなだけな気がしないでもない。
ついでに言うならば額の小さな角に加えて枝分かれした大きな2本の角があるのに、何故だかモンスター名が一角シカというのも若干納得いかん。
シンタが俺たちを見回して、声を上げた。
「ところで誰か、回復薬持ってる? ウサギが強くなってたせいで、おいらの生命力ってば20も削られてんだけど」
薬士の職業でありチュートリアルで『回復薬(微)』をそれなりに作っていた俺は、ついつい反射的に『あるよ』と言いそうになったのだが、ギリで気付いて口には出していない。
何故ならば俺の作った『回復薬(微)』には少ないモノで+584、多い物では+906という品質効果が付加されている。
この品質効果の数値だが+1につき性能が1%上乗せされる――つまり『回復薬(微)』の持つ本来の回復量30に加えて、品質効果の少ないモノでも584%×30で175.2という回復量が上乗せされるのだ。
もうね、『回復薬(微)』の(微)の意味って何? みたいな代物になっているのですよコレが。
さすがに迂闊に出すのは躊躇われるでしょうよ。
――が、しかし。
「あるわよ。 ね、タロウさん」
「え゛っ!」
ミネコちゃんの指摘に思わず動揺する俺。
イヤ、なんで知ってるの?
「ほら、さっき冒険者ギルドで絡まれたイベントで貰ったじゃない」
「ん? あ、そっか」
そういやそんなのもあったっけ……こいつぁ、うっかりだ。
チートなブツの隠匿ばかり考えていたので、通常のブツの存在をすっかり忘れていたよ。
インフォスクリーンのアイテムの管理画面から『回復薬(微)』を取り出し、ミネコちゃんのと合わせて4つをシンタに手渡してやる。
前衛役はどうしてもダメージを喰らいやすいので、シンタが持っているのが一番良かろう。
「回復薬4つなんて、すぐ無くなっちゃいそうだなぁ」
「街に戻って少し買ってくる?」
「それはそれで時間がもったいないわよねー」
ふむ、確かに街に戻るのは面倒臭い。
これは自分がヤバいチートであることがバレるのを覚悟で、チート回復薬を出すべきか……。
――あ、待てよ。
「なぁ……すっかり忘れてたけど、俺ってば防具たくさん持ってるんだよ。 何ならみんなにあげるけど――要る?」
そう、俺のアイテムBOX内には、チュートリアルでドロップした一角ウサギ装備が大量に眠っているのだ。
チュートリアルに出てくるほどの弱いモンスターのドロップ品とはいえ、俺たちの初期装備である『安物の服』『安物のパンツ』『安物の靴』という、防御力が合計で3しか無い装備よりは間違いなくマシだろう。
みんなが『くれるなら欲しい』と言うので、一角ウサギ装備を並べていく。
頭防具である『一角ウサギのカチューシャ』に、胴体防具である『一角ウサギのベスト』、腕防具の『一角ウサギの手袋』に、下半身防具の『一角ウサギのハーフパンツ』、そして足防具の『一角ウサギの長靴』という、全ての防具の装備枠に対応したフワフワモコモコな5点セットに、アクセサリー枠の『一角ウサギの尻尾』というラインナップだ。
「どうよ、全部装備すれば……えっと……合計で防御力が25、運が3上がるぞ。 ウサギ相手だったら、これで十分行けんじゃね?」
並べてドヤ顔する俺。
「すげー、レアドロじゃん」
「それも3人分も……」
「しかも可愛いし……」
フワフワモコモコな一角ウサギ装備は、なかなかに見た目の可愛い装備だった。
元々の一角ウサギの色のせいで茶色を基調とした地味な色合いではあるが、フワモコなアニマルコスっぽい見た目は是非とも女の子に装備させたくなるようなデザインである。
――なので。
「なんか、装備したくねぇ」
やんちゃ坊主系の男の子であるシンタには、いささか不評であった。
うむ、気持ちは分かる――俺もそれ、装備したくないもん。
「仕方が無い、なら取っておきのレア装備を出してやろう。 特別だからな」
と、俺が取り出したのは『一角ウサギの着ぐるみ』
装備すると防御力の30に加えて、素早さ+5という効果まである全身装備である。
ちなみにまだ『一角ウサギのハンマー』というピコピコハンマーっぽい武器も持ってはいるが、これは『鎚士』用の装備なので俺たちの誰も――じゃなかった、プレイヤースキルで【鎚術】を持っている俺以外には使えないものなので今出すつもりは無い。
「マジか着ぐるみかよ」
「一番ダメージ食らうの前衛役のシンタなんだから、ここは黙って着なさい」
「あーもう、しゃーねーな!」
しぶしぶ着ぐるみを装着するシンタ。
顔出さなくて済むタイプなんだから、別にいいじゃん――お、似合う似合う。
「よし、これで防御面の不安はかなり無くなったな」
「あら? タロウさんの分は?」
「俺は防御力もチートだから、今んとこ必要無い」
「あっ、きたねーぞおっちゃん! 自分着たくないだけだろ!」
「うるさいぞ、貧弱な小僧め」
「狡りーぞ!」
「何とでも言うが良い、はっはっはっ!」
俺は可愛い装備も着ぐるみも、御免被る!
つーか、おっさんがそんな装備とか誰得だよ。
「にしてもタロウさん、なんでこんなに沢山持ってるの? これって全部、一角ウサギのレアドロよね?」
「あぁ、そりゃまぁ、チュートリアルでウサギを10000体以上狩ってるからね。 レアドロップもそれなりに落ちるさ」
実際は運の数値が高すぎてほとんどがレアドロップだったのだが、そこは言わぬが正解だろう。
そもそも今日出会ったばかりのプレイヤーに、そこまで教える必要はあるまい。
仲良くなって信用できると思えたなら、その時に話せばいいのだ。
「10000体も?」
「すげーな、おっちゃん」
「てか、10000体とか何考えてんの?」
ミネコちゃんその言い方は無いんでない?
俺だって好き好んで10000体も倒した訳では無いのよ?
「でもほら、アレなんだよ。 10000体倒したら、隠しクエストをクリアしたことになったんだよ? 凄くね?」
「「「隠しクエスト?」」」
そうともよ――ふふん、驚いたか皆の衆。
「そうそう……で、クリア報酬で『チュートリアルの鬼』の称号と『ランダム職業コイン』を1枚貰ったし」
「「「ランダム職業コイン!?」」」
「あ、ちなみに1000体の時にも隠しクエストのクリアになって、称号とコイン貰ってるから」
「「「はぁ!?」」」
驚いてくれるのはなんか優越感に浸れるので楽しいのだが、どうもみんなの反応が大袈裟な気がする。
これはまさか……チートが無自覚にやらかしてしまった系の、例のアレをやっちまったとかじゃ……?
「なんでそんな大事なこと、早く言わないのよ!」
「それものすごい情報ですよ!」
「おいら、ちょっとリセットしてくる!」
うむ、どうやら俺は例のアレをやってしまったようだ。
それは、チート主人公の無自覚系やらかし。
だが、そこで責められるのはちょっと勘弁して欲しいところではある。
だって俺ってば、チートの自覚はあるものの――。
主人公の自覚は、実はさっぱり無いのだから。
――――
その後、チュートリアルの隠しクエストの情報はプレイヤー達に知れ渡るところとなり――。
ほぽ全てのプレイヤーはチュートリアルでウサギを10000体狩る為に、初めからゲームをやり直すことになったらしい。
ミネコちゃん・マカロン・シンタの3人は、俺のプレイヤーIDを目標地点として後に再集合。
改めてフレンドとなり、一緒に遊ぶこととなった。
もう一人のフレンド小次郎さんはリセットはしなかったようだ。
小次郎さんは小金持ちらしく『課金するから別にこのままでいいやと思った』とのこと。
低所得な上に特殊なプレイヤーということで課金の手段の無い俺としては、二重の意味で非常に羨ましい限りである。
で、そんなこんなしているうちに、俺には課金ができない以外にもう一つ不可能事案があることに気づいた。
それは――。
『ログインボーナスが貰えない』
という事案である。
そもそもログアウト不可なのだから、当然俺はログインもできない。
ログインボーナスの区切りの時間になれば貰えるのかもと期待したが、それも無かった。
――なんか、損した気分である。
俺はチートだが、そういうちっちゃなお得はやっぱり欲しいのだ。
…………
吾輩はチートである。
主人公の自覚はまだない。
作者としての自覚は、少しある。




