始まりの街とおっさん
ようやく街へ……
俺はようやくチュートリアルを終え、始まりの街へと降り立った。
第1話:『タロウ、始まりの街に立つ』の巻である。
始まりの街はファンタジー系のゲームにありがちな、中世ヨーロッパ風の街並みだった。
建物もそれっぽく、道行く人々の服装もそれっぽい。
中世ヨーロッパ風? みたいなところもある。
まず、人々の人種が多種多様だ。
アジア系・欧州系・アフリカ系・南米系 etc.――そこにエルフ・ドワーフ・ホピットなんかも混じっている。
あと、道幅がやたらと広い。
綺麗な石畳の道は路肩のある4車線ほどの広さで、自動車が走っていてもおかしくないほどの余裕があった。
頭の上に緑色の丸いマーカーがついている人が、ちょいちょいいる。
物珍しそうに街並みや店を眺めているところを見るに、たぶんあいつらはプレイヤーだろう。
マーカーの無い人たちは、NPCかな?
それはなんぞ? という人に説明すると、NPC――ノンプレイヤーキャラクターとは、簡単に言うとゲーム内に元々設定されている人々のことである。
ちょっとNPCに話しかけてみようか。
そうだな――むこうから歩いてくる、巡回の衛兵さんっぽい人にしよう。
そう、お巡りさんに道を聞く感じで。
「あのー、すいません」
「うん? 何かな?」
おぉ! 会話が成立するっぽいぞ!
では早速――。
「冒険者ギルドに行きたいのですが、場所が分からなくて――どっちに行けば良いのでしょう?」
「冒険者ギルドか? それなら……向こうに教会が見えるのが、分かるかな?」
指さす方向を見る。
教会?――あぁ、なんかそれっぽい建物があるな。
「あの、鐘のある建物ですか?」
「そうだ、その建物が教会だ。 それであの教会のある交差点を左に曲がってしばらく行くと、冒険者ギルドがある――今はプレイヤーでごった返しているから、近くまで行けばすぐ分かるだろう」
ほうほう、そうなんだー。
つーか、プレイヤーのことは普通にプレイヤーって言っちゃう世界観なのね――異世界から来た旅人とか、そういう設定じゃなくて。
とか考えながら道の向こう側を眺めていると、いつの間にやら衛兵さんっぽいNPCさんはさっさと立ち去ってしまっていた。
ちと味気ないな。
などと考えていると――。
≪冒険者ギルドへのナビを開始しますか?≫
などと、ヨミセンさんの声でガイドアナウンスが聞こえた。
お仕事ご苦労様です、とか思ったが――考えてみたら神様なんだから、こんなのは雑事にも入らないのかもしれない。
試しにナビを開始してみると、道路に赤い矢印が出た。
どうやら矢印の指示どおりに進んで行け、ということらしい。
矢印に従い、教会のある交差点を左へ。
そのまま進むと――あれかな?
なんか大きな建物に、長蛇の列ができている。
長蛇の列を形成しているのは、全員が緑色の丸いマーカー付き――プレイヤーだ。
ずいぶんと混み合ってるなー。
近くまで行くと、列の整理をしているギルドの職員さんっぽいNPCが何やら叫んでいた。
「冒険者ギルドへの登録も、クエストの受注も、クエスト画面から行うことができまーす! 只今ギルドは大変混みあっておりますので、プレイヤーの方はできればそちらで手続きをお願いしまーす!」
おう……そう来たか。
確かにすんごく長い列だから、待ち時間も長そうだもんな。
でもせっかくだから、冒険者登録と最初のクエストくらいは実際にギルドの受付を利用してみたい。
きっとここにいる連中も、同じことを考えているから列に並んでいるのだろう。
ふむ……その辺ぐるっと眺めてこようか。
どうせこちとらは、ログアウトができない身なのだ。
好むと好まざるにかかわらず24時間ゲームの中な俺としては、急がねばならない理由も特には無い。
ならばこの街をゆっくり眺めて楽しんでから、空いてきた頃に冒険者ギルドへと行けば良いのだ。
俺は冒険者ギルドとプレイヤーの長蛇の列を離れ、ぶらり街歩きをすべく適当に歩き始めた。
どうせナビがあるから迷子にはならんし、本当に適当に歩いても問題はあるまい。
ぷらぷらと歩きながら、人や店を眺める。
あぁ、ちゃんと雑貨や食料品なんかも買えるのだな――どうやら見せかけだけの店では無いようだ。
雑貨屋に薬屋、肉屋に八百屋、もちろん武器屋も防具屋もある。
あっちは本屋でこっちは服屋、でもってそっちがハンバーガー屋で――――ん? ハンバーガー屋?
良く見ると、中世ヨーロッパ風の街並みに店の外観を合わせてはいるが……。
アレは間違いない、全国展開しているハンバーガーショップ――モスドバーガーだ。
嘘っしょ? なしてゲームの中にモスドバーガー?
良く辺りを見回すと、牛丼チェーンの松野屋とか焼き肉屋の牛三角なんかもある……。
うわー、なんかいろいろと微妙……。
ファンタジーとしては無しだが、ゲームとしては有りかもしんない。
世界観はブチ壊しだが、このゲーム内でしかメシが食えない俺にとっては、こういう店は非常に有難い。
――うむ、アリだな。
ラーメン屋とピザ屋も探しておこうっと。
気のせいか、なんとなく小腹が空いた気がした。
目の前の牛丼屋には、『牛丼・並:390G』の文字。
手持ちのゲーム内通貨は2000Gあるので、もちろん足りる。
食べてみようかな?
どうせ冒険者ギルドはまだまだ混んでいるだろうから、時間もたっぷりあるし。
「いらっしゃいませー」
牛丼屋さんに入ってみた。
店内は中世ヨーロッパ風とは程遠い、ちょっと未来的な雰囲気すらある牛丼屋さん。
うむ、自分でも何を言っているのか分からん感想だ。
カウンターに座って『牛丼・並』を注文すると、チャリンという小さな効果音と共に所持Gが減った。
どうやら前金制で、注文と同時に自動で支払われるシステムのようだ。
店内にはもう1人、プレイヤーがいた。
同じくカウンター席に座っているその客の前には、大盛りと思しき牛丼が置かれて――あ、生卵もある。
俺の前にも牛丼が置かれた。
見た目普通の牛丼で、匂いも普通に牛丼。
とりあえず、ひと口。
その瞬間、口の中に――なんとも言えない微妙な味が広がった。
イヤ、これがね? 何と言いますか――。
ホントに微妙なんすよ。
確かに牛丼の味ではあるんだけど、味が弱いと言うか旨味が抜けていると言うか……。
とにかく、決して美味いとは言い難い味である。
一瞬だけ思う、コレ食べ残すのはやっぱり勿体無いよなと。
でも良く考えてみたら、この牛丼は本物の食材など一切使われていない、データ上にのみ存在しているだけのものだ――当然ながら、フードロスなどは生まれない。
食べかけの牛丼と『ごちそうさま』の言葉を残して立ち上がると、もう1人の客であるプレイヤーも同じタイミングで立ち上がっていた。
やはり彼の前に置かれた牛丼も、食べかけである。
お互いに顔を見合わせ、苦笑い。
そのまま店を出た。
「いや~、マズかったですね~」
出るなり、そう話しかけられた。
こうして改めて相対してみると、相手も見た目けっこうなおっさんである。
ただし、この見た目はゲーム内の姿――アバターなので、実際の中身は若いのかもしれない。
ゲームのアバターなんてものは、そんなものなのだ。
「マズかったというか、旨味が抜けていたと言うか――まさかあんな味だとは」
こっちも誰かとあの味について語りたいと思っていたので、渡りに船とばかりに話に乗っかってみた。
つーか、マトモなメシの情報ありません?――俺ってばこれから、このゲームの中で生活せねばならぬのですよ。
「いゃあ本当に――事前に美味くはないとは情報を得ていたんですが、まさかあんなのとは……」
「へ? そんな事前情報あったんですか?」
そんな情報があるなら、前もって知りたかった……。
俺ってば、事前情報とか全く無しで始めたもんなー――やっぱそういうの大切だよねー。
「ゲームの専用掲示板に書いてありましたよ。 あとマニュアルにも『ゲーム内通貨Gで買えるものは、スポンサー店舗では劣化品となります』と書いてありますけど――これ書き方が不親切ですよね~」
「マジかー」
知ってたらわざわざ食わんかったのに……。
「もしかして、マニュアルとか読まないで始めるタイプだったり……」
「全く読んでないすね」
そもそもマニュアルの存在を、今知ったし。
「読んでおいた方がいいかもしれませんよ、マニュアル――あと掲示板も」
「それって、ステータスとか見るヤツで読めます?」
そう、問題はそれがこのゲーム内で読めるかどうかだ。
こちとらログアウトができぬ身なので。
「もちろん、インフォスクリーンで読めますよ――あ、もしかしてあなたもゲームに慣れてないクチだったりしますか?」
「いやあ、昔はけっこうやってたんで大丈夫だろうと飛び込んでみたんですけど――ダメなもんですね。 てか『あなたも』ということは、そちらも?」
本当はけっこうゲームはやっているのだが、何せここは30年後の世界という設定。
なので『昔はけっこうやってましたよ』ということにするのが無難だろうと、適当ぶっこいてみた。
「ええ、私も実はゲームは久しぶりで――それでまずマニュアルを読んでから始めたのに、こんな感じですよ」
うむ、なんとなくは感じていたが、この人たぶんおっさんだ。
同じおっさんの俺が言うのだから、間違いない。
話始めてしまったら、井戸など無いのに井戸端会議に花が咲いてしまった。
つーかこの街、井戸とか見当たらないのにどうやって水を賄っているのだろう?
もしや上下水道完備か?
もしくは魔法?
おっさんと話をしているうちに、色々とこのゲームの食に関する情報を聞けた。
街の中にある有名店はスポンサー企業の店舗で、まともな味のものを食べたければ現実よりはかなり安いが課金を必要とすること。
うむ、課金ができない俺には無用の店だな。
スポンサー店舗ではない飲食店もやはり味は微妙で、課金せずにまともなものを食べたければ自分で作るしかないこと。
その際『料理士』の職業を取得していると、料理がアイテム化して食べると能力等の上昇効果――バフというものがプレイヤーに付くということ。
また『料理士』の職業のスキルで、実際に作る工程を経ずともレシピさえ登録すれば同じ料理を量産できること。
でもって、このおっさん――『小次郎』さんというアバター名なのだが、このおっさんは初期職として『料理士』の職業を取っているとのことだ。
うむ、これは是非ともお友達になっておきたい。
まともな食事は、俺にとっては大切なものなのだ。
情報は他にもある。
素材として町の外のフィールドで採れる食材の味は、平均的に良い。
NPCの店などで売っている食材の味は、それなり。
プレイヤーが畑などで作った食材は、上手く作ったものならばかなり良いのだそうだ。
美味い物が食べたければ、町の外で採ってくるか自分で作れということらしい。
ちなみに町の外での野菜や果物は『採取士』の職業を持ったプレイヤーが採取すると品質も味も良くなり、同様に肉は『猟士』、魚は『漁士』が狩ったり獲ったりすると品質や味が良いとのこと。
コレ美味い物が食いたけりゃ、一次産業を網羅しろということか?
自力は難しそうだから、その手の知り合いを増やさないといかんよなー。
なにげにハードル高そう……。
あ、『猟士・漁士』でなくて『猟師・漁師』が正解なんじゃね? とか思ったそこのあなた――このゲーム内では『師』は『士』の上位職なんだと。
だからゲーム内の職業としては『猟士・漁士』で合っているんですってよ。
この設定、小説にした時ぜったい間違うヤツだよなー。
だいたい、食に関する情報はこんな感じ。
あとはこの『小次郎』のおっさんが『70過ぎで長期入院中の爺さん』だったとか、『内臓をやられて食事もロクに食べられない』ので、せめてゲーム内で美味い物を腹いっぱい食べたくてこのゲームを始めた、とかいう若干重たい情報なのでさらっと流しておく。
――てな訳で。
今後も食の情報を得たい俺の思惑もあって、申請された『小次郎』さんのフレンド登録は受けさせてもらうことにした。
このゲーム初のフレンドは、俺より年上の爺さんである。
「それじゃあ私は、これからまだ食べ歩きたいんでこれで」
「あぁ、それじゃ――何か料理でも作ったら、食べさせてよ」
「その時は連絡しますよ」
小次郎さんは、これから課金してスポンサー店舗を食べ歩くらしい。
俺はというと――もう少し街ブラ散歩を続けようかな?
少し歩くと、急に開けた場所に出た。
どうやらこのエリアは、始まりの街のマップによると『中央広場』というらしい。
そう、俺はマップというものを使いこなせるようになったのだ!
――さっきチラ見した、マニュアルのおかげで。
広場と言うかだだっ広い公園のようなその場所は、あまり人通りも多くなく閑散としていた。
プレイヤーに至っては、ポツリポツリと見かける程度しかいない。
悪くない場所だけど、特に用のあるところでは無いなー。
俺はマップを見ながら、さっきまでいた第4エリアとは広場を挟んで反対側のエリア――第6エリアへでも行ってみようと、中央広場を横断することにしてみた。
――してみたのだが。
なかなか反対側のエリアにたどり着かない。
マニュアルをチラ読みしたら、マップに距離表示とか出る機能があったので、中央広場エリアの端から端までの間をチェックしてみたら1kmあった。
広くね?
そりゃ時間掛かるわな。
つーか、この『始まりの街』そのものがずいぶんと広い。
縦横3kmという、ゲーム内とは思えない広さなのだ。
うむ、マジで街だわコレ。
単にプレイヤーの冒険の拠点だというだけではなく生活拠点でもあるから、やはりこのくらいは広くないと機能しないのかな?
歩くこと15分、ようやく第6エリアに入った。
街並みが変わった感じはしないが、マップによると建物の配置が変わっているようだ。
やっぱもう少しマニュアルを読み込んでおくべきだよなー。
とにかく、分からんことが多すぎる。
インフォスクリーンを開き、マニュアルを読みながら街を散策――早速、ドワーフの子供にぶつかったし。
うむ、やっぱながら歩きは危険だな。
ごめんね、ドワーフの子供くん。
――てな訳で。
マニュアルを読みながら歩くのは止めないが、今度は藁束を山のように積んだ荷車の後ろを歩くことにした。
これならば前から人が歩いてくることも無いし、ぶつかるとしても荷車なので痛いのは俺だけである。
まぁ、ゲーム的に痛みは軽減されているらしいので、たぶんそんな痛くは無いのだろうけど。
街を眺めつつ荷車の後ろを歩きながら、マニュアルと掲示板をチラチラと読む。
ふむ……原因は不明だがこの世界には魔物が満ち溢れてきており、今では人々が街と街との間を行き来するのもままならなくなっていた――と。
なので世界を管理する神々は、異世界から冒険者――プレイヤーを募集し、この世界で魔物を退治して人々の生活の安全を守らせると共に、魔物が満ち溢れるようになった原因を探るよう依頼した。
――と、いうのがこのゲームのストーリーの導入部らしい。
ちなみにコレは、掲示板情報である。
どうやら俺以外のプレイヤーは、この話を守護神さんから聞かされていたとのこと。
おい、女神ヨミセンよ――。
俺ってばそんな話、全然聞かされてないんですけど!
頼むよヨミセンさん~、仕事しておくれよ~。
イヤ、確かに俺は普通のプレイヤーとは立場が違うのかもしんないけどさー、導入部のストーリーとか設定とかはちゃんと教えておいてくれよー。
などと頭を抱えていたら、前の荷車に積んであった藁束が崩れてドサドサっと目の前に落ちてきた。
危ないなー、こういう荷物はちゃんと崩れないよう固定しておいてもらわないと……。
「いやあ、すまんな。 怪我は無かったかい?」
荷車を引いていたドワーフのおっさんが、頭を掻きながらこっちへやってきた。
なんかおっさんに縁があるな、どうせなら美女がいいのに。
「いえいえ、藁ですし怪我とかは全く――あ、手伝いますよ」
おっさんが崩れ落ちた藁束を荷車に積み始めたので、俺も『美女がいいのに』などと考えていることはおくびにも出さずに、藁束を荷車に積むのを手伝ってあげた。
手伝うことによって、考えていることを誤魔化したとも言う。
NPC相手に何を気を使っているのかと思われるかもしれないが、こういうのは日頃の習慣なのだ。
俺は電話越しに挨拶をする時に、頭を下げてしまうタイプの人間なのだよ。
「すまんな、助かったよ」
「どういたしまして」
藁束を積んだ荷車と共に、ドワーフのおっさんは去っていった。
俺? 俺はその場に残りましたよ?
イヤ、さすがにこの状況でまた後ろをくっついて歩くのは、なんとなく気恥ずかしいでしょうに。
自分の胸に、1本の藁がくっついているのに気が付いた。
さっきの藁束の藁がくっついたのか、なかなか芸が細かいゲームだな……などと思って、ひょいと摘むと――。
ポーンという音がした。
そして――。
≪『タウンクエスト:わらしべ』が発生しました。 受理しますか Yes / No≫
などという音声が聞こえ、文字が表示されたクエスト画面が表示された。
へー、タウンクエストなんてのもあるんだー。
特に断る理由も無いので、Yesをポチっとな。
……特に何も起こらぬ。
クエスト画面を見ると『タウンクエスト:わらしべ』を受理したことになっているが、他には何の情報も見つからない。
コレ、何をどうすればいいのだろう?
半ば途方に暮れながら半ば頭を悩ませつつ、1本の藁を手に歩いて行く。
すると、ちょい向こう側のおっさんから声が掛かった。
「お、おい! その藁ちょっと貸してくれ! 早く!」
言われたままに渡してやると、おっさんは藁で自分の鼻の穴をくすぐり始めた。
やっぱ俺、おっさんと縁があるよなー。
「ふあっくしょい! うぇ~い……スッキリした」
どうやらおっさんは、くしゃみが出そうで出なかったらしい。
うん、確かにそれはムズムズしてイライラするよね――藁が欲しくなるはずだー。
――て、なんだこの展開は!
「助かったぜあんた――ほら、返すぜ」
と、使用済みの藁を差し出されたのだが――。
イヤ、さすがに鼻の穴に突っ込んだ藁はいらん。
「あぁ、悪りぃ悪りぃ――そりゃ要らんわな。 代わりにこれやるから、勘弁してくんな」
おっさんから、リンゴを1つ貰った。
ふむ……藁がリンゴになったか。
ひょっとしてコレは、こんな感じでアイテムを交換していけば良いのだろうか?
なんつってもクエスト名が『わらしべ』だし。
リンゴを持って歩いていると、ちいさな女の子にリンゴをねだられた。
あげたら、何かの骨をもらった――長さ5cmくらいの細っこいいヤツ。
骨を持って歩いていると、細い筒を持った爺さんに骨をくれと言われた。
細い筒には何か食べ物が入っていたらしく、爺さんは骨を使って筒をほじほじし始めた。
で、卵を貰った。
これは生卵かはたまたゆで卵なのか?
とか考えていたら、良く言えばポッチャリなおばちゃんが『その生卵とダイコンを交換してくれ』とか言ってきた。
もちろん交換――卵は生卵だったらしい。
ダイコンを持ち歩いていたら、綺麗な鳥に掻っ攫われてしまった。
鳥は、これまた綺麗な羽を落としていった。
綺麗な羽を持って歩いていると、今度はメガネエルフのお兄さんに話しかけられた。
何やら興奮しながら『コレと交換してくれ』と、水色の液体が入った小瓶を持たされた。
≪『タウンクエスト:わらしべ』をクリアしました。 タウンクエストのクリアにより、始まりの街の住民好感度が2上昇しました≫
おっと、ついにタウンクエストとやらが終わったようだ。
結局さんざん街の中を歩き廻って、得た物はこの小瓶1つと住民好感度2か……つか、住民好感度って何ぞ?
「ねえ、今の何? もしかして何かのクエスト? 条件は? そのアイテムって何?」
なんかいきなり綺麗な女性のプレイヤーがグイグイと近づいて来て、今のやりとりと持っている小瓶に食いついてきた。
茶色の髪をした人間で、なんかボンっキュっボンなナイスバディのお姉さんだ。
『誰だこいつ?』とか思いつつも、そのままお話モードに入る。
相手がおっさんならば無視するところだが、相手が美女なのでもちろんそんなコトはしない。
「あー、なんかタウンクエストってヤツらしい。 このアイテムは――なんだろ?」
「鑑定してみたら?」
「鑑定?」
「自分のアイテムなんだから、鑑定できるはずよ?」
ほう、鑑定なんてもんができるのか――んじゃ『鑑定』っと。
アイテムにちょいと集中しただけで、あっさりと鑑定はできた。
この水色の液体が入った小瓶は――。
「回復薬(小)……らしい」
「回復薬(小)ですって!? それ、まだ出回っていないアイテムじゃない? NPCの店売り品も回復薬(微)しか無いし――ちょっと待って…………ほら、情報掲示板にもまだ載ってない。 やっぱりそれ、普通じゃまだ手に入らないアイテムよ! すごいじゃない!」
若くて綺麗な女性に『すごい』とか言われると、おっさんとしては素直に嬉しい。
嬉しいはずなのだが……どうも何と言うか、違和感というか変な感じがする。
必要以上にくねくねぶりぶりと、ちと仕草がわざとらしいのだ。
これはもしや――。
「で、クエスト発生の条件って分かる?――って、あっ!ごめんなさい、アタシったらつい興奮して……」
「あー、イヤ、まぁいいよ……なんかね、荷車から落ちた藁束を積んであげたら始まった」
顔が近い。
つーか、やっぱ綺麗な顔だな。
まぁ、アバターだけど。
そんなことを思いつつも、俺は違和感の正体を確かめるべく、アバターに上乗せされた俺自身のスキル――プレイヤースキルを使ってみた。
【雌雄判別】――と。
「えっと……ほんとすいません! 失礼でしたよね! こんなクエストがあるなんて知らなかったから、ついびっくりして興奮しちゃって……ほんとごめんなさい!」
深々と頭を下げられたが、別に俺としてはそんなに腹は立ててはいない。
それよりも――だ。
「いいよいいよ、別に怒ってはいないから。 まぁ、これから少し気を付けてくれればいいよ。 だからほら、頭を上げてよ――お兄さん」
「えっ!? なんで――分かったの?」
イヤ、だって【雌雄判別】のスキルで♂って出たんだもの。
だがそれを言うと俺のプレイヤースキルに言及することになりかねないので、ここは誤魔化しておく。
「だって、なんかわざとらしかったもの。 なんつーか、必要以上に仕草が女性っぽかった? みたいな」
「そんなにわざとらしかったかしら?――うん、これは要研究ね」
…………
そんなこんなで俺は、これも何かの縁なのだろうとネカマのお姉さんとさっきの『タウンクエスト』について考察を始めた。
でもって今は、さっきのとは別な藁を積んだ荷車をストーカーしている。
もちろん、荷車から藁が崩れ落ちるのを待ち構えているのだ。
ちなみにこのネカマのお姉さん、名前を『フジ☆ミネコ』と言う。
ミネコちゃんは、女装趣味の人らしい。
荷車をストーカーしながら雑談などをしていたのだが、ミネコちゃんの本体はゴツい大男なのだそうだ。
特に何もしなくてもゴリゴリ筋肉がつく体質らしく、なかなか女の子の服を美しく着こなすことが難しいので、このゲームの中ならばと始めたのだとか。
戦闘職は『踊り子』で、味方に有利な状態変化――バフというのを、敵には不利な状態変化――デバフというのを掛けるのを得意とした職業。
生産職は『被服士』で、主に服を作る職業である。
主目的は女性のアバター姿で自分の作った服を着て楽しむことだが、ちゃんとゲームそのものも楽しむつもりだそうだ。
ミネコちゃんもまだ冒険者登録をしていないとのことなので、俺たちはこのストーキングが終了した後、一緒に冒険者ギルドへと行こうという話になっていた。
なっていたのだが――。
「落ちなかったわね」
「到着しちゃったね」
荷馬車は馬屋さんに到着し、藁は荷降ろしされてしまった。
ちなみに馬屋さんは馬を売るだけでなく、レンタルもしている。
馬には乗ったことが無いが、そのうち【乗馬】のスキルを手に入れて乗ってみよう。
あ、イヤ、待てよ……そういや俺ってば【騎乗戦闘術】のスキルを持ってたし、それならワンチャンあるかな?
それはそれとして――。
「どうする? もういっちょ藁積んだ荷車探す?」
「止めておくわ。 人も少なくなってきたみたいだし、そろそろ冒険者ギルドに行ってみましょ」
言われてみると、この始まりの街にウヨウヨしていたプレイヤーたちが、いつの間にか探さないと見つからぬくらいに激減していた。
「あれ? 何か急にプレイヤー減ってない?」
「もうゲーム内時間で6時間――ヘッドギアタイプの制限時間だもの。 プレイヤーの大半はヘッドギアタイプだから、みんな仕方なくログアウトしてるのよ」
聞くとこのゲーム、現実時間の3倍の時間を体感できるシステムなのだとか。
なので現実時間の2時間が、ゲーム内での6時間になるらしい。
通常の3倍か……ロマンだな。
まぁログアウト不可で現実時間とか関係ない俺には、全く無意味なんだが。
でもってゲームをするにあたって、VR機器には健康を守るために『使用時間の制限』があるのだそうだ。
ヘッドギアタイプだと連続で現実時間の2時間、1日に6時間が使用時間の限界。
カプセルベッドタイプだともっと長くて連続で4時間、1日に8時間が限界となる。
ここで先ほどのミネコちゃんの話に戻るのだが、プレイヤーの大半はヘッドギアタイプのVR機器を使っているので、サービス開始早々一斉にログインしたプレイヤーたちは、これも一斉に連続使用時間の限界になってしまったという訳だ。
ちなみにミネコちゃんもヘッドギアタイプのVR機器を使っているのだが、まだログインしていられるのは単にサービス開始のタイミングに私用で間に合わず、出遅れてしまったからである。
VR機器はこのゲームと同じカプダイン社製とのこと。
カプダイン社では引き続きVR機器の連続使用に対する脳や身体への影響が研究されており、ゆくゆくは連続使用時間や1日の使用時間の制限も伸びるだろうという話らしい。
現状でも1日に12時間程度なら、使用しても何の問題も無い――とカプダイン社は主張してるそうだが、厚生労働省の認可が下りないのだそうだ。
いつの時代も、お役所は融通が利かぬのだな……。
…………
そんなこんなで、冒険者ギルドへとやってきた。
3階建てのレンガ造りの建物には両開きの扉が2つあり、入口と出口に分かれていた。
俺とミネコちゃんがギルドへと入ると、そこにはいくつかの受付と、待機スペースなのか6つのテーブルと各テーブルに4つずつの椅子が備え付けた空間があった。
テーブルのうち2つは塞がっており、そこには冒険者と思しき装備のNPCが4人ずつ――計8人座っていた。
へー、掲示板には書いてあったけど、本当にNPCの冒険者もいるんだ……。
受付に到着。
冒険者登録をお願いすると、大きな水晶に両手を乗せるよう言われ、その通りにするとすぐに登録が終わった。
思っていたより、あっさりしたものである。
長蛇の列に参加していたら、もしかしたらガッカリしていたかもしんない。
続いて、ギルドクエストを受けた。
選んだのは『一角ウサギ、10体の討伐』というクエストである。
クエストは『パーティー』と呼ばれる1人~4人までのグループで受注でき、報酬は人数に関係なく得られるのだが、人数が増えるほどモンスターが強化される。
俺とミネコちゃんは、今回このパーティーを組んで挑むのだ。
「おい、ちょっと待ちな」
「新人のくせに、俺たち先輩に挨拶も無しかよ」
さっきまで座っていたはずの、ガラの悪そうなNPCのうち2人の冒険者が近づいてきた。
あれ?――コレはまさか?
≪『特殊クエスト:先輩冒険者に絡まれた!』が発生しました。 受理しますか Yes / No≫
は? どゆこと?
掲示板にはそんなイベントは無いって書いてませんでしたっけ!?
混みあっている時には起こらぬイベントもあるというコトで。
ここはひとつご納得を……。




