邪神ガンマ
「おやおや、もしやバレておりましたかな? 左様、それがしの真の名は『無敵のギアロス』――最強の魔徒四天王である」
魔徒四天王の最後の1人『無敵のギアロス』は、七色教の聖騎士団長ギアロスであった。
「剣が駄目でも魔法ならどうかな~、【雷集中豪雨】!」
ラルフくん渾身の雷魔法がギアロスに降り注いだ、が――。
「今、何かされましたかな?――無駄ですなぁ。 それがしの身体はガンマ様の作りし特殊な金属で造られておる、剣だろうが魔法だろうがビクともするものでは無い」
剣も魔法も効かないってか、嘘だろおい……。
それが本当だとするならば、打つ手は1つ。
「こいつはアタクシ1人で防ぎます。 みんなはその間に、聖騎士の殲滅を」
俺ならばこの『無敵のギアロス』が相手だろうと、そうそう負けることも無いはずだ。
ならば俺 vs ギアロスの形にすることで最高戦力同士を相殺し、あとはみんなの力を信じるのみ!
「1人で大丈夫なのか、エリス!」
「もちろんですわマルオ様、あなたの妃をお信じ下さいな」
まだ妃では無いのだがそうマルオくんに言ってやると、ちょっとだけはにかんだ後に顔を引き締め『信じるぞ』と言い残して全軍に指示を出し始めた。
それでいい――ここは任せとけ。
「ほう……たった1人でそれがしと戦おうと言うか。 いかにヨミセンの使徒と言えど、それは無謀ではないかな?」
「あら、たかが魔徒四天王ごときを、このアタクシが止められないとでも思って?」
「がっはっはっ――ほざけ!」
ギアロスの剣が横薙ぎに払われた。
俺はそれを、ひょいと屈んで躱す。
剣の腕はさほどではなさそうだ。
だがその剣筋は早く、何より重そうだ――まずギアロスは、パワー系と見て間違いあるまい。
「ほう、避けるか。 だがいつまで続くかな?」
「もちろんいつまででも――仲間たちが聖騎士を殲滅するまで」
ギアロスの剣を避け続けながらこちらも鞭を振るうが、命中してもやはり一向に効いている様子が無い。
さて、どこかに弱点とか無いものかね……。
そんなことを考え始めた時、ギアロスが思わぬ1手を放ってきた。
「仲間が聖騎士どもを殲滅だと?――はて、そう簡単に行くかな?」
「させませんわよ」
何かやるつもりだと直感はした。
何か大技か、それとも大規模魔法かと警戒し邪魔をしようとしたのだが――ギアロスの次の1手は、言葉であった。
「信者どもよ! 今こそ狂え! 我らが邪神ガンマ様のために、命を捧げるのだ!」
その直後、聖騎士たちが獣のように吠えた。
目が赤く充血し、狂ったように暴れ始めたのだ。
「――何をしたのです!?」
「がっはっはっ――ヨミセンの使徒よ、そもそもおかしいとは思わなんだか? こやつらがいくら聖騎士団長であるそれがしの命とはいえ、何のためらいも無しにここに攻め込んだことを」
確かにそれは思ったが、時間も無いのでその辺の考察は捨てていた。
少しは考えておくべきだったか……?
「それがしの能力は、この無敵の肉体だけでは無いのだ。 それがしのもう1つの能力、それは――『洗脳』よ」
「洗脳……ですって?」
まさかその洗脳、周囲にいる仲間や騎士たちにも有効とか言うんじゃ無いよな?
さすがにそうなると、ヤバいぞ!
「そうとも――時間こそ掛かったが、こやつらは完全にそれがしの洗脳下にある。 狂戦士化させるのも、思いのままということだ!」
「――!」
助かった! 洗脳には時間が掛かるのか!
この場で自由自在に洗脳が出来るとか言われたら、こっちはかなりヤバいところだった。
しかし――。
「狂戦士化程度であれば、問題ありませんわ。 アタクシの友人たちを甘く見ないでくださいな」
狂戦士化で聖騎士たちは死兵と化し、個々の戦闘力は上がるのかもしれない。
だがその分守りは弱体化するだろうし、何より連携が失われるのだ――その隙を突けないような仲間たちではない。
俺の友達を舐めるなよ。
「ふんっ、だがそちらが不利になったのは間違いはあるまいて。 それにこのそれがしを倒せぬのであれば、どのみち最後には貴様らは全滅するのだ――それがしが皆殺しにする故な」
できるものならやってみろ――と返そうかと思ったのだが、どうもこちらをチラチラと気にしている騎士たちが不安そうだ。
そりゃまぁそうだろう、こっちの攻撃がことごとく通じないのだから気持ちは分からんでもない。
仕方が無い、ならば士気が上がるような返しをしてやろうではないか。
「現実が見えておられぬようですわね――あなた、目の前にいるアタクシを誰だと思っておりますの? アタクシは『エリス・ハイエロー』、女神ヨミセンの使徒にしてアッカールド王国の最高戦力でしてよ――あなたごときに全力を出すまでもありません、軽く捻りつぶしてさしあげますわ――オーッホッホッホッ!」
騎士たちの顔に希望の灯が灯った。
悪役令嬢の高笑い――。
この相手を見下し自信に満ち溢れたこの声の主が自分たちの味方なのだ、これほど騎士たちにとって頼もしく聞こえる声はあるまい。
「思いあがるな! 小娘が!」
「硬さだけが取り柄では、アタクシに勝てぬと知りなさい!」
vs ギアロス戦が再開した。
しかしながら、やはり戦いは膠着――俺の鞭はダメージを与えられず、ギアロスの剣は空を切る。
だがその膠着状態は、突如終わりを告げた。
俺が振るう鞭がその耐久値の限界を超え、ついに千切れたのである。
「がっはっはっ、勝負あったな!」
ドヤ顔で勝ち誇るギアロスであったが、こんなもんで勝ったと思われては困る。
「あら、まさかあなた、アタクシの得物は鞭だけだなどと思っていらっしゃらないですわよね?」
「なに……?」
「あなたのその硬さ、大したものですわ。 敬意を表して、少しだけアタクシの本気を見せてさしあげます。 あたくし本来の得物はこれ――」
そこまで言って、俺は【無限のアイテムストレージ】から、前の異世界ですっかり手に馴染んだ刃物を取り出す。
その刃物は、鈍く妖しい光を纏う――。
「――包丁ですわ」
俺の右手は、最強にして最硬の出刃包丁――超合金乙製の包丁を握っていた。
超合金乙製の包丁をチラ見せしてすぐに、【隠密】と【隠蔽】に加え【真・暗殺術】のスキルを発動。
ここからは俺本来の戦い方をさせてもらおう。
チート悪役令嬢の俺が、本来得意とするもの――それは、暗殺なのだ。
鞭は中距離武器だが、包丁は至近距離の武器。
俺は音も気配も立てずに接近し、まずはギアロスが剣を掴んでいる右腕に切りつけた。
ガジッ! と音がして、包丁がギアロスの腕の表面を滑る。
マジか……参ったなこれは、超合金乙製の包丁でも両断できないのかよ。
が、しかし――。
「ぐうおおぁぁ! そんなバカな! それがしの……それがしの腕があああぁぁぁ!」
無敵のギアロスの右腕には、しっかりと切った傷があった。
その長さは5cmほど、深さは手ごたえからして1cmといったところか。
自分の肉体が傷つくとは思ってもいなかったのだろう、俺からしてみればエラく大袈裟に見えるほどギアロスは驚愕し動揺している。
「どうやら『無敵』では無かったようですわね、ギアロス」
俺はここぞとばかりに、言葉で畳みかけた。
無敵のギアロスが、無敵では無い――この事実は周りで戦う味方の騎士たちの、士気をあげるはずだ。
「こ、こんなのもので勝ったと思うな小娘!」
動揺しながらも俺に襲い掛かろうとするギアロス――だが甘い。
俺はギアロスの死角に入り、再び気配と姿を消して暗殺モードに入った。
正直こっちだって、こんなもので勝ったなどとは思っていない。
だいたいけっこうな力で切りつけたにも関わらず、深さ1cmの傷しか付けられなかったのは、こちらとしても想定外だったのだ。
ギアロスの硬さは鋼鉄とか、せいぜいミスリル程度だと思っていた。
まさかアダマンタイトの鎧ですら切り裂く超合金乙製の包丁で、あの程度の傷しか付けられぬとは……。
つまりギアロスは、アダマンタイトより硬いということになる。
これはマズい。
傷は付けられているものの、このままでは倒す前にこちらの超合金乙製の包丁が駄目になりかねん。
一応予備は2丁あるのだが、果たしてギアロスを倒すまで持つかどうか……。
超合金乙製の包丁によって攻め手はできたものの、戦闘が慎重にならざるを得ないのは困ったな。
できれば早めに片づけて、仲間の支援に行きたいというのに。
つーか、ギアロスのヤツがさっきから全然弱らない。
さっきから俺は、執拗にギアロスの頭部を傷つけているというのにだ。
他の魔徒四天王たちは傷つけられると緑の血が流れたものだが、こいつはそれすら流れない。
ギアロスが、チラチラと暴れている聖騎士たちを見ている。
まさか、こいつまだ何か奥の手を残して……!
「がっはっはっ――我が事成れり! 者ども今ぞ、標的を殺せい!」
ギアロスの命と共に、聖騎士の一部が一斉に動きを変えた。
狙いは誰だ――それに――。
「どうして……狂戦士化しているのに……」
「狂戦士化しているのに、何故それがしの命令を実行できる判断力を持っているのか不思議か?――がっはっはっ! 簡単なことよ。 あやつらがそれがしの洗脳など受けておらぬ、ガンマ様の信者というだけの話よな!」
動き出した聖騎士たちは戦場をすり抜け、とある人物たちの元へと向かっていた。
してやられた……聖騎士たちが狂戦士化したことで、戦場を単なる力勝負の場だと錯覚してしまった。
狙いは最初からそっちだったのか……。
聖騎士たちが向かっているその先で講堂の扉を守っていたのは――。
マリアとユリオスくんだった。
※ ☆ ※ ☆ ※
― 講堂外・北東側入口 ―
「いっけえぇぇー! 【火炎の壁】!」
狂戦士化して暴れ出した聖騎士には、まともな判断力は無い。
そこでラルフは聖騎士の周囲に炎の壁を展開し、自滅を狙った。
案の定、聖騎士たちは自ら炎の壁へと突撃し、ラルフの目論見通りになったかと思われたのだが――。
「うおっ、気を付けろ! こいつら燃えてるくせに、まだ戦うつもりだぞ!」
「なんでだよ!」
「そりゃ、狂戦士化してるからだろうよ!」
炎の壁に突っ込み炎上しながらも、聖騎士たちはまだ騎士たちと戦闘を続けようとしていた。
そして炎の壁を燃えながらも突破してきた聖騎士が、ラルフの前にも1人剣を振り上げる。
「えっ! 嘘でしょう~――えっと……」
突破されても暴れ続けようとする騎士に、どう魔法でとどめを刺そうかと躊躇したその時――。
スコン、と炎上している聖騎士の頭に矢が突き刺さった。
「ラルフ、詰めが甘いですわよ」
「ふぅ……助かったよアン~」
北東側の扉の前――最終防衛地点には、アンが陣取っていた。
ここの防衛は鉄壁である。
ラルフが、アンのところまでは突破させぬと決意しているが故に。
アンが、ラルフを打ち取らせまいとその目を光らせているが故に。
「さぁ~、どんどん行くよ~」
「撃ち漏らしは、わたくしに任せて」
北東側入口は、防衛側の有利が揺るがない。
※ ☆ ※ ☆ ※
― 講堂外・南東側入口 ―
「おらおらおらぁ! マルオにここを任されたからは、てめーら1人も逃がさないぜ!」
「ちょっとコレス、任されたのはここの防衛――殲滅ではないんですからね」
コレスはこの場所の防衛を任され、バッタバッタと敵をなぎ倒していた。
手に持つ剣は、敵から奪い取ったものだ。
そのすぐそばで付かず離れず絶妙な連携で敵を倒しているのは、もちろんガーリである
「何を言ってやがんでい! 攻撃は最大の防御――守りは騎士連中に任せて、オレたちが敵を叩き潰すのが最高の作戦ってやつだろ!」
「その割にはさっきから取り逃がしが多すぎませんこと?」
圧倒的に敵をなぎ倒している割には、コレスの暴れ方は少しばかり雑に見えた。
それをフォローするガーリは、少々苛立っているように見える。
「そりゃ騎士にも少しは活躍させてやんねーと、可哀そうだからだよ!」
「そんな理由で!?」
「そうさ、それによ――」
コレスが目をやる方向には、東門を守る騎士を突破してきた聖騎士の大部隊があった。
そいつらは間違いなく、コレスとガーリの守る南東側入口へと向かっている。
「雑でも急いで倒さねーと、次が来そうだったからよ」
「なるほど、さすがにこの数だと騎士たちにも活躍してもらわないといけませんわね」
新たな騎士の大部隊が、あっという間にコレスとガーリを取り囲んだ。
「さて、もうひと暴れしようか――ガーリ、背中は任すぜ」
「仕方ありませんわね――任されますわ」
コレスとガーリの背が、ちょんと僅かに触れた。
互いに見えないはずの2人の顔が、示し合わせたかのように同時に不敵な笑みを浮かべる。
鬼人と鬼女の殲滅戦が始まった。
南東側入口は、防衛側が圧倒している。
※ ☆ ※ ☆ ※
― 講堂外・南側入口 ―
「先生方は、一旦下がって下さい! 魔法部隊、攻撃魔法を放って下さい――その後近接部隊で壁を作ります! 回復部隊は先生方を回復して下さい!」
ガルガリアンは弱い、もちろん自分でもその自覚はある。
だが作戦立案・戦闘指揮に関しては極めて優秀で、そちらも当然自分でも自信を持っていた。
そんなガルガリアンだが、この南側入口での戦闘指揮では少々戸惑っていた。
通常の戦闘指揮の場合は兵士の質はある程度均等なのだが、彼が今指揮している部隊――特に学園の生徒たちの質が、あまりにもピンキリに過ぎたのである。
「ガルガリアンくん、近接部隊には弱い生徒も混じっている――あまり無理をさせるのは……」
「分かってますよアンドルド先生! 今の僕に話しかけないで! 僕の思考が1秒停まれば、それだけ生徒が死ぬ可能性が増えるんです!」
ガルガリアンはいつもグレーの装束に包まれたこの教師を、正直邪魔に思っている。
大した能力も無いくせに、やたらと口を出したがるのだ。
なので口を出させぬよう、『生徒が死ぬぞ』と脅して黙らせることにした。
本当はかなりの安全マージンを考えて指揮をしているので、そう簡単には死人どころか怪我人などは出ない――いや、ガルガリアンが出させない。
「わ、分かった……」
「先生たちの部隊はすぐにでも再出撃してもらいます、早く準備を」
アンドルドが引き下がるのを見て思う、『先生たちの部隊は、思ったより使えないな』と。
だが良いところもある、思ったより使えない代わりに質が均等なのだ。
思ったより質は落ちるが使いやすい、それが先生方の部隊なのだ。
――そしてその逆が生徒たちの部隊である。
1年生も混じったその部隊は、脆くもあり弱くもあり連携も何もない部隊ではあったが、その玉石混合の部隊の『玉』たちが実に頼りになる者たちだった。
その筆頭が――。
「ハイエロー式抜刀術『二の型』――悪鬼殲滅斬!」
そう――ハイエロー辺境侯爵家の後継者でありエリスの実弟でもある、アナキン・ハイエローである。
アナキンの一閃は聖騎士の部隊の前列を倒し、敵の勢いを見事に止めて見せた。
突出した武力――アナキンの凄みは、それだけでは無い。
指揮官としても優秀で、『使える弟』とエリスに聞いていたからと近接部隊の長を任せてみたところ、まるでガルガリアンの意図を読んでいるかのように、脆い部分をしっかり補いつつ自在に部隊を動かすのだ。
「これは末恐ろしいな――エリスの奴、マリアの他にもこんな化け物を育てていたとは」
ガルガリアンの想像は、半分は正しいが半分は間違っている。
チートな上に老獪で強引さもある戦い方をする、そんなエリスとの模擬戦を繰り返したことにより圧倒的に成長したのは、主に戦闘力だけだ。
戦闘指揮などは父であるノットールの教育のたまものである。
もっとも模擬戦でのエリスの詐術的な戦い方や、時折アナキンが優勢になった時に見せる卑怯な手口を経験したことで、それを彼が戦闘指揮等に昇華したのだからエリスの影響が無かったとも言えなくも無いが。
生徒による近接部隊が、いつでも下がれる陣形になった。
ちょうどガルガリアンがイメージしたタイミングに、ぴったりと合わせたように。
「近接部隊、下がれ! 先生方、敵を押し返して下さい!」
この場の戦局は、ガルガリアンが完全に支配していた。
南側入口は、防御側が鉄壁の布陣を敷いている。
※ ☆ ※ ☆ ※
― 講堂外・北側入口 ―
「無理に押し返す必要はないぞ、陣形を崩さず確実に仕留めるんだ!」
マルオースが指揮する北側入口は、校舎本館と連絡通路で繋がっている場所だ。
本館と講堂に挟まれた比較的狭い空間であるから必然戦いは密集した状態になり、狂戦士化した聖騎士たちは時に同士討ちをしていた。
そこでマルオースは陣形を防御に特化し、同士討ちでの敵戦力の低下を狙った。
狙いは当たり、聖騎士たちはかなりの数を減らしているにも関わらず、騎士にはほとんど被害は無い。
「右の陣形が崩れた――フラワキ」
「かしこまりぃ、立て直してきますぅ」
ここでマルオースの便利な駒となっているのは、フラワキことベンジュマンである。
分かりにくくなるので、ここは便宜上フラワキで通すとしよう。
マルオースの指示により、フラワキは速やかに陣形の崩れかけた部分に救援に入った。
敵を押し返しつつ陣形を整えると、再びフラワキはマルオースの傍に戻り控える。
「ご苦労、少し休め」
「必要ありませんよぅ、あの程度でしたら朝飯前ですぅ――それよりそろそろぉ、切り崩しに掛かりませんかぁ」
「まだ早い――今少しこの陣形で敵の自滅を待とう」
「かしこまりぃ」
以前は自ら前に出て物事を解決したがるような若さが前面に出ていたマルオースだったが、最近はどっしりと落ち着いてきて全体に目を配る視野を手に入れている。
それが自分が総大将であるという自覚が芽生えてきたことによるものか、はたまたエリスが常に前面に出るのでいつの間にかそのような役割が染みついたのかは判断の分かれるところだ。
「今度は左端だ――頼むぞフラワキ」
「お任せあれぃ」
フラワキが陣形の崩れかかった左端に到着した、その直後だった――。
狂ったように暴れているだけのはずだった聖騎士たちのうち7人ほどが、他の狂戦士化した聖騎士を足場に騎士の壁を飛び越えてきたのだ。
「なに!?」
「マルオ様ぁ!」
思わぬ奇襲に驚いたマルオースではあったが、腰に佩いている剣は伊達ではない。
巧みに聖騎士たちの攻撃を捌き、急ぎフラワキが舞い戻る前に3人を倒していた。
「ご無事でぇ!」
「ふっ……私を誰だと思っているのだ? この程度の敵など、どうということはない」
「失礼しましたぁ、マルオ様ぁ!」
このような会話をしている間にも、マルオースとフラワキはそれぞれ2人の敵を片付けている。
奇襲してきた聖騎士は、全て倒された。
「どうやら狂戦士化していないのが混じっていたようだな」
「ちょっとしたサプライズでしたねぇ」
マルオースとフラワキが、互いに目を合わせて『余裕だったけどな』という笑みを浮かべた。
――が、その時。
「危ないぃ! マルオ様ぁ!」
背後で倒されていたはずの聖騎士が、突如跳ね起きマルオースへと切りかかってきたのである。
あわや総大将を失うかというその時、間一髪マルオースの身体が横へと突き飛ばされた。
「させるかぁ! 痴れ者めぇ!」
突き飛ばしたのはフラワキ。
フラワキはそのまま手にした剣で、跳ね起きてマルオースに切りかかった聖騎士を、逆に脳天から唐竹割りに叩き切った。
「ふぅ、助かったぞ、フラワ……キ?」
労おうとしたマルオースの目の前で、フラワキが崩れ落ちた。
その右の脇腹には、深々と聖騎士が振るった剣が食い込んでいたのである。
「フラワキ! おい、しっかりしろフラワキ!――回復担当! 早くフラワキに回復魔法を!」
回復担当の騎士とて陣形の維持のために懸命なので、そう易々とは抜けることはできない。
なんとか1人が急ぎマルオースの命に応え、フラワキの傷が回復魔法の光に包まれたのは、それでも2分後のことだった。
「生きてるか! フラワキ! 私の声が聞こえるか!」
「……マル…オ……様」
「そうだ私だ! いいか、死ぬなよフラワキ! 死ぬことはこの私が絶対に許さんからな!――お前の命は将来私が王となった時に、役に立つためにあるのだ! こんなところで命を落とすなど、あってはならぬ! 分かっているのだろうな!」
懸命に声を掛けるマルオースの言葉で、閉じかけていたフラワキの目がぼんやりと開いた。
その口からようやく漏れてきたのは――。
「かしこまりぃ……」
という、ひと言であった。
閉じてしまったフラワキの目に、マルオースが一瞬動揺を見せる。
しかしながらその動揺は、回復担当の騎士のひと言によって消え去ることとなった。
「ご安心ください、気を失っただけでございます」
「――そうか……助かるのだな?」
「はい、ですがこの戦闘での復帰は難しいかと」
「構わん――フラワキが助かるのならば、それで良い」
フラワキの命は心配せずとも良いと安堵したマルオースだが、今度は別なことにその思案を巡らせる。
その思案とは――。
もしや他の戦場においても、この場所と同じように洗脳されていない聖騎士が潜んでいて、何か奇策に打って出はしないだろうか――という懸念だ。
そしてその懸念は、不幸にも的中していた。
だがそれは、他の戦場での話。
北側入口は、防衛側が盤石である。
※ ☆ ※ ☆ ※
― 講堂外・南西側入口 ―
「ユリオス様ー、無茶し過ぎですよー――【聖回復】!」
「おう! 助かるぞマリア!」
この戦場の要は、マリアである。
もちろん直接戦闘をしているのは騎士たちなのだが、マリアの無尽蔵な魔力による強力な全体回復魔法により怪我を恐れず戦うことができ、狂戦士化した聖騎士を相手にしても互角以上に渡り合えているのだ。
しかしながらその反面、安心感からなのかユリオスが突撃を繰り返し危険な目に遭っていた。
その度にマリアは、内心ひやりとしながらも回復魔法で支援している。
「あぁ! もう……また!――【聖回復】!」
ただし危険な目と言っても、ユリオスの命に危険があるというレベルではない。
かすり傷や打撲程度の、戦闘中に出ているアドレナリンで本人は大して痛いとも思わぬ程度のものだ。
つまりこれは、ユリオスが心配なあまりにマリアが過保護になっているだけなのである。
おかげで周辺で戦っている騎士たちもひっきりなしに回復魔法の恩恵に与ることが出来ていた。
怪我の功名とも言うべきか――。
これが南西側入口の強固な防衛力を、生み出していた要因であったのだ。
が、しかし――。
「がっはっはっ――我が事成れり! 者ども今ぞ、標的を殺せい!」
その声が聞こえてきたのは、エリスが守る北西側入口の辺りだ。
最も頼りになる義姉であり心の友でもあるエリスが守るその戦場には、これも容易な相手ではない敵の指揮官――無敵のギアロスがいる。
この声は、そのギアロスの声……。
まさかにエリスが敗北するとも思えぬが、言葉の内容からして危機なのでは無いか――とマリアは意識をエリスのいる戦場へと飛ばした。
その時だった――。
狂戦士化して思考力・判断力を失っているはずの聖騎士が20~30人が、明らかに統率の取れた動きでこちらに向かってきているのが見えた。
以前から皆に言われていたことがある。
こちら側の重要人物は、王子であるマルオ、女神ヨミセンの使徒であるエリス、そして聖女である自分なのだと。
ならばこの、迫りつつある敵の標的は自分なのでは無いか?
そう考えたマリアは身構え、自らの周囲に【移動阻害】の魔法を展開した。
【移動阻害】は、空気に粘性を持たせる魔法だ。
これは敵やその攻撃を防ぐものではないが、攻撃の威力をかなり軽減できるし、何より味方の救援までの時間稼ぎができる。
本当はエリスに障壁系の魔法を取得しておけと言われていたのだが、マリアはユリオスとのデートにかまけてついついそちらは取得しそびれてしまっていた。
こんな状況になると知っていたならと、マリアは後悔するとともに『やはりあの人は凄い』とこの状況を予想していたエリスのことを、改めて心の中で称賛する。
「安心しろマリア! お前は必ずこの俺様が守ってやる!」
「ユリオス様!」
マリアの危機をいち早く察知したのか、ユリオスが駆けてきた。
それを見た騎士の何人かも、エリスを守ろうとこちらへ向かってきている。
これならば大丈夫と、マリアに笑みが浮かぶ。
自分も十分に戦えるしユリオスと騎士たちが一緒ならば、あの程度の聖騎士なら身を守れる……とマリアは思ったのだが――。
――敵の動きが妙だ。
聖騎士が、マリアではなくユリオスを囲んでいる……。
マリアもユリオスも騎士たちも、気付いた時には既に遅かった。
自らの身体を切られ、突かれ、その命を落とすことすら意に介さず――囲んだ聖騎士たちの全てが、ユリオスの命を奪うためにその剣を突き出したのである。
防具を身に着けていないユリオスは、さすがにその卓越した剣技を以てしてもそれだけの剣は防ぎきれなかった。
「ユリオス様、そんな……駄目――――【聖回復】!」
剣を突きたてられたユリオスを助けようと【聖回復】の魔法を掛けたマリアだったが、生きてさえいればどんな重症をも回復させるはずの魔法には……何の効果も無かった。
生き残りの聖騎士がいた。
そいつは何本もの剣に貫かれ動かなくなったユリオスの、その首へと――剣を振った。
剣は見事にその役割を果たし――。
ユリオスの首が、ゴトリとマリアの目の前に落ちる。
「嫌あああぁぁぁ!――――嫌ああああああぁぁぁぁぁ!!!――」
マリアの絶叫が響く。
愛する者を失った、恐怖と悲しみと――絶望が。
マリアの心を、暗黒に染め上げた。
そしてマリアの中の『何か』に――。
大きな亀裂が生まれた。
※ ☆ ※ ☆ ※
「嫌あああぁぁぁ!――――嫌ああああああぁぁぁぁぁ!!!――」
マリアの絶叫する声が聞こえた。
そしてユリオスくんの気配は――もう無い。
やられた……。
まさか狙いはユリオスくんだったとは……だが何故?
「その顔は、何故あのような小物を狙ったのかと疑問に思っている顔だな?――良かろう、ならば教えて進ぜよう」
ユリオスくんのことを小物などと言われカチンと来たが、狙った理由は知りたい――イヤ、だいたい見当は付いているのだが……。
「それはな……ガンマ様の復活には、聖女マリアに負の感情が必要だったからだ」
「ではやはり、他の魔徒四天王も……」
「そうとも――サトリのゴーアンは悪夢を見せて憎しみの心を植え付け、魔毒のグーガルは世の空気を暗くし学園を狙うことで恐怖を煽った。 不死のゲヒャナは帝国との戦争に聖女を送り出すことに加え、王都を襲うことで死と憎悪を見せつけた。 そしてそれがしは――愛する者を奪い、聖女に絶望を与えた!」
ギアロスが自らの行為を誇らしげに語った、その時だった。
「がああぁぁ!……が……がうああぁぁ!!」
マリアが苦しそうに、胸をかきむしり始めた。
制服がはだけ、左胸の黒い痣が――なんだアレは!
マリアの胸にあった黒く丸い痣から、黒い手が這い出てきた。
イヤ、アレはもう痣ではない――何に繋がる、暗黒の穴だ。
「聖女に封印されしガンマ様の復活が、ついに始まったのだ! 皆の者! 魂を捧げよ!」
狂戦士化している者もそうでない者も、聖騎士たちが一斉に剣を胸に突き立てた。
バタバタと倒れていくその肉体から黒い何かが抜け出し、それらは次々とマリアの胸にある暗黒の穴に吸い込まれていく。
「あぐああぁあ!」
マリアがまた大きく、苦し気な声を上げる。
暗黒の穴から出てきた手が2つとなり、縁に手をかけ穴を広げようとし始めた。
何かが――。
暗黒から出てこようとしている……。
マズいマズいマズい!
俺の本能が、アレを外に出してはならないと警鐘を鳴らしている。
アレは――良くないモノだ。
急いでマリアの元へ行きアレが出てくるのを阻止したいのだが、いかんせんギアロスが邪魔をしてくる。
くそっ! いいかげん倒れろや!
イラだって力任せに振るった超合金乙製の包丁が、パキンと折れた。
しまった! つい乱暴に振り回してしまった。
超合金乙製の包丁の予備はまだ2丁あるが、こんな力任せの戦い方をしていてはまたすぐ駄目にしてしまう。
焦りは禁物、慎重に戦わなければ――何せ俺が持っている中でギアロスの肉体より硬い武器は、超合金乙製の包丁しか無いのだから。
ええい! こういう時には物語の主人公みたいに『何でも切れる剣』とか『絶対壊れない剣』とかを、ご都合主義で手に入ればいいのに!
まぁ、この世界の主人公はマリアだし、そんな都合のいい武器なんて噂話レベルでも出てこないんだけどね!
つーか、前の異世界の主人公キャラのアルスくんだって、そんな都合のいい物は――。
――ん? 前の異世界?
あれ? おや? なんか思い出したぞ。
俺ってば、持ってんじゃね?
ギアロスどころか、この異世界中のどんな物が相手でも傷一つ付かなそうなブツを。
そうだよ! 持ってるじゃん!
前の異世界から俺が持ち越しているストレージから、思い出したブツを取り出――コレじゃない――コレでもない――あった。
俺が切り札として取り出したブツ、それは前の異世界で手に入れたウロコ。
超合金乙製の包丁でも傷つけることが敵わぬ、俺の知る限り最硬のブツ。
我が親分にして親友から貰った――
神話のドラゴンのウロコであった。
…………
久しぶりに金ちゃんのウロコを手にしたな。
マンホール大のサイズのそれは、いつ見ても神々しいまでの金色だ。
神話のドラゴンのウロコを手にした俺は、ギアロスを圧倒した。
戦い方はウロコを両手に持って、とにかく殴る、殴る、殴るの連打である。
力任せにウロコでぶん殴る度にギアロスの手が腕が吹き飛び、ついにその頭を吹き飛ばした――が。
まだギアロスは倒れず、蹴りなんぞで抵抗してくる。
『何で死なないんだコイツ』と思いつつも攻撃していたら、ギアロスの左肩から胸に掛けてが吹き飛んだ。
すると、本来なら心臓があるであろう位置に、金色の球体と思しきものが……。
そうか! こいつゴーレムなのか!
ゴーレム――それは泥や石、金属などの無機物で出来た魔物だ。
倒すには急所である核を壊すしかないのだが、おそらくギアロスのあの金色の球が核なのだろう。
俺は核と思しき金色の球に狙いをつけると、思い切り金ちゃんのウロコを叩きつけた。
パキンという音と共に、核はあっさりと割れる。
直後、ギアロスの全身にヒビが入った。
そしてついに『不死のギアロス』は粉々に砕け散り――。
魔徒四天王は、ここに全て滅びたのである。
…………
思ったよりギアロスの始末に手間取ってしまった。
邪神ガンマはどうなっている!?――マリアは!?
見ると、暗黒の穴は黒い両の掌により、直径2mほどに広げられていた。
もちろんそれはマリアの身体よりも大きく、空間そのものを引き裂いているようにも見えた。
聖騎士たちは全て死んでいるので邪魔は入らないはずなのだが、騎士たちや講堂の他の扉を守っていた仲間たちは、それを遠巻きに眺めているだけ――違うな。
何か見えない障壁のような物があって、それ以上近づけないのだ。
暗黒の穴から、それは這い出てきた。
虫のような目を持ち、長い触角が2本その頭からは生えている。
腕は4本あり、背中には黒く半透明の翅が2枚……。
その全身は神々しくも悍ましい黒光りをしていた。
そう、例えるならば――。
人の形に進化した、ゴキブリの神。
それが『邪神ガンマ』の姿であった。
少しだけシリアス入れてみました。
人称が怪しいのは見逃してくれい……。




