表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/96

ゴブリンの討伐

 ― 早朝のギルド ―


 冒険者ギルドの朝は早い。


 日々の最初の依頼が掲示板に貼られる時間は、毎朝午前6時と決まっている。

 なので少しでも良い依頼を受けたい冒険者たちは、もっと早い時間からギルドのロビーで待つのが日常だ。

 ロビー内には軽食喫茶が備えられており、朝は皆ここで寛ぎながら朝食を取ることが多い。


「ふあぁぁぁ……うえぃ――おはよーっす」

 欠伸をしながら朝の挨拶。

 誰が挨拶を返してくれるわけでも無いが、なんとなくの習慣だ。


 今日は休み、と起きてすぐ決定した俺とアルスくんだったが、俺は生憎と一旦目が覚めてしまうとなかなか寝付けない眠りの浅くなったおっさんなので、疲れの抜けない体でついつい習慣となっているギルドへの出勤をしてしまった。


「何だ珍しいな、おっさん1人か?」

 声のしたほうを見ると、強面2人組の1人であるジャニが、6席あるテーブルを1人で占拠していた。

「アルスくんなら2度寝してるよ――今日は休みにしたんだ……ふぁああぅういぃ」

 別に俺にとっては遠慮する相手でも無いので、特に断りも無く同じテーブルの席に座る。


「おっさんも2度寝したほうが良かったんじゃねーの?」

 さっきからあくびをしている俺を見て、ジャニがそんなことを言う。

「1度起きちゃうと、もうちゃんと眠れないんだよ。つーか、なんでギルドに来ちゃったんだろう、俺……」

 やべーな……アルスくんに引っ張られて、俺も仕事中毒(ワーカホリック)に成りつつあるんじゃなかろうか。


「うひゃひゃひゃ! おっさんそれもう病気なんじゃねーのか? 依頼病とかよ」

 うるせーよ、気にしてるトコ突くんじゃねーよ。

「依頼病っつーか、依頼中毒な――コーヒー買ってくるわ」

 席を立ってギルド喫茶のカウンターに向かう俺の背中に、『依頼中毒かー、おっさん上手いこと言うじゃんよ』とジャニの声が届いた。


 コーヒーと卵サンドを持って席に戻り、まずは熱苦いものを喉へと流し込む。

 少しシャッキリしたところで気付いた。

「そういやドンゴは?」

「まだ寝てるよ、あいつは朝が弱いかんなー」

 ふ~ん……と適当に相槌を打ちつつ、俺は卵サンドを楽しむ。


「で、おっさん今日は本当に休むのか? 何なら俺たちと依頼でもやっか?――なんたって依頼中毒だし」

 ジャニのヤツめ、ニヤニヤしやがって――面白がってやがんな。

「やめれ――マジで休みたいんだってば。それに今日は鹿で儲かった金で、いいかげん防具を買おうと思ってさー」

 そう、俺の装備は未だに盗賊から剥ぎ取った、オンボロ防具なのである。


 いいかげんマトモな防具が欲しい、何と言っても命を預ける装備なのだ。

 あとブーツも欲しい――というか絶対欲しい。

 もう今履いてるブーツのね、ドブの臭いに耐えられんのよ……。


「武器はいいのかよ?」

「まだ考え中――得物を変えるかもしんないし」

 武器に関してはまだ流動的である。

 そのうちいい感じの戦闘スキルを得たら、それに合わせて武器を買うつもりなのだ。


「まぁ、買うならちゃんとしたのを買えよ。変な安物買っちまったら、死ぬとき後悔すっからよ――で、本当に依頼はやらねーのか?」

「やらねーし――イヤ、そうだな、ゴブリンの討伐とかなら付き合ってもいいか」

「は? 何でだよおっさん」

「イヤぶっちゃけるとさ、俺まだ冒険者になって獣と人間しか殺したコトが無いんだよ。だから魔物とか相手にしてみたい」

 なんつーか、今のままでは異世界で冒険者やってる気分が、イマイチしないんだよね。


「なんだよ、おっさん魔物殺したこと無いのか。獣は普通誰でも殺したことがあるとして――魔物殺すより人間が先とか、おっさん意外と危ねー奴だったんだな」

「イヤ、成り行きだから、今までアルスくんが全部倒して――つーか誰が危ねーヤツだよ。まぁそんなだからさ、いいかげん魔物を相手にしたいんよ」

「んじゃ良さげなのがあったら、引っぺがしてきてやんよ――おっ! 出てきたぞ」


 掲示板に今日の依頼が張り出され始めた。

 冒険者たちが掲示板に群がる、ジャニも行ってしまった。


 少しして、ジャニが戻ってきた。

「悪りーなおっさん、今日の俺たちは熊だ」

「おう、気ぃつけてな」

 どうやら魔物との対決は、お預けとなったらしい。


 俺もそろそろ出かけるとするか。

 イヤ、もうギルドに出かけている状態ではあるのだがさ。

 なんかね、出勤した会社から外に出るような気分なんすよ。


 最後の卵サンドの欠片を口の中に放り込み、残ったコーヒーを喉に流し込む。

 防具屋が開くには、まだ時間が早過ぎるな……。

 まぁいいか、やりたいこともあるし。


 とりあえずギルドから出ることにしよう。


 ――――


 ギルドから出て向かった先は、人気の無い建物の間の隙間空間。

 広さ3帖ほどの場所である。


 俺はここで、密かにあることをしようと考えているのだ。

 あることとは、俺の初期スキルである2つのスキル――【スキルスロット】と【アイテムスロット】のうち、まだ使っていないほうの【アイテムスロット】を回すことである。


【アイテムスロット】は【スキルスロット】と同じく、5つのカテゴリーに分けられている。

 使うのはポイントとかではなく、こちらは現金で回す仕様。


 内訳はこうだ。


 ※ ※ ※ ※ ※


【アイテムスロット】


 食品アイテム / 飲食物全般:1000円


 便利アイテム / 便利なアイテム:10万円


 防具アイテム / 各種防具:100万円


 武器アイテム / 各種武器:300万円


 ヤバいアイテム / 色んな意味でヤバいもの:1億円


 ※ ※ ※ ※ ※


 このうち今回俺が回してみようとしているのは、もちろん『防具アイテム』のスロットだ。

 普通の皮の胴鎧程度の品でも20万円はすることから考えると、それ以上の防具が出る可能性がある『防具アイテム』のスロットに掛かる費用100万円は高くは無い。


 防具の中にはパラメータ上昇などの効果がある指輪やネックレスなどの装飾品も含まれたり、ダンボールの鎧などというゴミ同然のネタ装備も含まれてはいるが、中にはトンデモ性能の防具だってある。

 そう考えるとスロットを回して、防具3つで100万円というのは安い。


 但しスロットなので安定性は無く、持ち金の少ない今の段階では間違いなくギャンブルである。

 ……でも回したい。

 そこはほら、人には射幸心というものがあるからさ……。

 きっと大丈夫、1つくらいは100万円をぶっ込む価値のある物があるはずだ!


 ダンボールの鎧が3つはさすがに無いと思いたい……。

 つーか、なんで設定段階でダンボールの鎧とか思いついちまった、俺……。


 さて……説明はこの辺にして、そろそろ始めようか。


「【アイテムスロット】」

 青い半透明の筐体が目の前に現れる。

 俺は金袋から金貨10枚――100万円を取り出し、投入口に落とした。

 そして――。


 運命のレバーオン!

 やはり目押しのできない3つのリールが回転し始める。

 やがて少しずつ回転がゆっくりとなっていき――。


 左端のリールが停まった。


<金ぴかの全身鎧> ―回転中― ―回転中―


 まさかの全身鎧が来たぜよ!

 おっしゃ……イヤ待て、喜ぶのは性能を確認してからだ!


 次は、真ん中のリールが停まる――いい防具来い!


<金ぴかの鎧> <快適のマント> ―回転中―


 これはたぶん良い物っぽいが、防具としては微妙な気がする。

 イヤイヤ、決めつけはいかん。

 全ては性能の確認をしてからだ。


 そして最後のリール、右側だ。


<金ぴかの鎧> <快適のマント> <一撃の安全メット>


 うむ、なんかコレは……どうだろう?

 安全メットという言葉の響きが、何やら不安感を醸し出すぞ。


 これで今回のスロットは回し終わったワケだが……。

 さてどうしよう?

 俺の目の前には、麻の袋がいつの間にか3つ姿を現わしている。


 ぶっちゃけ『鑑定』のスキルなどは持っていないので、袋から出しても性能は分からん。

 なので俺はまだ止まったままのリールの文字をタップしてみる。

 俺の予想通りなら――ほら出た。


 ――――――――――――――――――――――――――

 金ぴかの鎧:防御力80


 キラキラと金色に輝く、豪華な装飾の鎧。

 金色なだけで素材は銅。

 主に儀礼用に使われるもので、実戦で使うには心許ない。

 ――――――――――――――――――――――――――


 テキストを読むに、これは微妙なヤツだな。

 つーか防御力80とか言われても、比較できるものがないので良く分からん。


 ――――――――――――――――――――――――――

 快適のマント:防御力5


 身に着けると体感温度が常に快適となるマント。

 体全体に効果がある。

 これさえあれば、砂漠でも雪山でも素敵な快適空間です♪

 ――――――――――――――――――――――――――


 予想通りこれは良い物だ。

 でも防具としてはちょっと微妙なんだよなー。


 ――――――――――――――――――――――――――

 一撃の安全メット:防御力16~∞

 ※タロウ・アリエナイ専用装備・譲渡不可※


 一撃だけならどんな攻撃でも無効化するヘルメット。

 その効果は神の一撃すら防ぐ。

 但し一度攻撃を防いだその後は、普通のヘルメットとなる。

 ――――――――――――――――――――――――――


 専用装備キタ――(・∀・)――!!

 ……って、またぞろ俺の知らない新設定が出たよ……。

 売ったりあげたりとかできないの?

 ……あっそう。

 ……ふーん。


 仕方ないからこの安全メットは自分で使おう。

 この快適のマントも良い物だから、自分で使うべきだろう。


 あとは金ぴかの鎧だが――これは専用装備とかじゃ無いんだよね? 大丈夫だよね?

 ……よし、売ろう。

 儀礼用とかテキストに書いてあるんだから、売れるよね。


 そして売った金で普通の皮鎧とか買おう。

 もし高値で売れたとしても、これ以上のギャンブルは身の破滅につながる気がするし。

 あと買えるならブーツも買いたい。


 そうと決まれば、早速防具屋へと向かわねば。

 荷物になるから、装備する予定の物は装備しておくか。


 俺は目の前にある小さな麻袋の1つを開ける。

 中から出てきたのはグレーのマント――うむ、これが快適のマントか。


 着けてみると、だいたい尻が隠れる程度の長さだった。

 ちょっと肌寒かった朝の空気が、優しい暖かさに変わる――これはマントの特殊効果なのか、普通にマント羽織ったから暖かくなったのか良く分らんな。

 ……まぁいいか、そのうちマントの効果が実感できる時が来るだろう。


 次にもう1つの小さな麻袋を開ける。

 中から出てきたのは、黄色いヘルメット。

 マジかよ……。


 それは工事現場で良く見る、黄色い作業用のメット――しかもメットの前の方に『安全第一』と、緑の角ゴシック体の文字が描かれているという一品。

 なおかつ形状はクラシカルな奇麗なドーム型、昨今流行りのデザイン性や通気性を取り入れたようなものでは無い。


 冒険者が被るもんじゃねーよなー……。


 だが被る!

 首から上の見た目が工事現場のおっちゃんになるだろうが、被る!

 これはこれで、俺の命を守る大切な防具なのだから!


 ……でも、もうちょっとデザイン性は欲しかったなー。

 というか『メット』ではなく『ヘルム』が欲しかった……。

 分かる? この微妙なニュアンスの違い?


 愚痴っていても仕方が無いので、そろそろ防具屋へ『金ぴかの鎧』を売りに行こう。

 儀礼用だからやっぱし、貴族とか騎士の行くような店がいいのかね?


 ギルドの防具屋に、確かそんな店あった気がするが――どこだっけ?


 ――――


 金ぴかの鎧が入ったでっかい麻袋を背負って、俺は商店街をウロウロする。

 確かこの辺に――あった。

『チゲマル防具店』と看板が出ている。


 ここは確かギルドの直営店ではなく、提携店だったか?

 冒険者装備から騎士の甲冑まで手広く扱う、けっこうな広さの店だ。

 店に入ると様々な防具が整然とディスプレイされており、冒険者御用達の店のようなゴチャゴチャした印象は全く無い。


「いらっしゃいませ、本日はどのような物をお探しですか?」

 店員の女性が声を掛けてきた。

「欲しい物もあるんだけど、それより先に買取をお願いしたいんだが……」

 俺は背負った麻袋を降ろして、掌でポンポンと叩いてこれだと示す。


「拝見させていただきます」

 女性店員が麻袋の口を広げて、中を覗き込んだ。

 真剣な目つきでしばらく覗き込み、何か考えている。


「査定は奥で致しますので、どうぞこちらへ」

 なるほど……何を考えていたのかと思ったら、買い取っていい品かどうかを吟味していたという訳か。

 そんなことを任されているということは、この女性店員はそこそこの目利きなのだな。


 俺は言われた通りに、麻袋を持って奥へと向かう。

「こちらで少々お待ちください」

 通された部屋には、バラされた防具がいくつか置いてあった。

 おそらくメンテ中なのだろう。


「おう、買取の持ち込みだって? 見せてみな」

 部屋に入ってきたのは、整えられた白いヒゲを蓄えた年配のおっさん。

 爺さんと言ったら怒られるだろうか?


 こちらが返事をする前に、おっさんが麻袋を開いて『金ぴかの鎧』をむき出しにした。

『ほぉ……』『ふむ……』などとひとり言を呟きながら、隅々までじっくりと観察したりコンコンと軽く拳で鎧を叩いたりして、何かを確認しているおっさん。

 隅々までじっくりと確認を済ませ、おっさんがようやく初めて俺のほうを見た。


「こいつは儀礼用だな。見てくれは豪勢で大したもんだが、実戦で使えるようなもんじゃねぇ」

 ええ、その通りっす。

「だから売りに来たんだよ。ひょんなことから手に入れたはいいが、儀礼用の鎧なんて俺には用事のあるもんじゃ無いからな――これ、いくらになる?」

 あんましガツガツすると逆に足元を見られそうなので、ちょっと軽い感じで買取価格を聞いてみた――50万くらいで買ってくれないかなー? 新しい皮鎧とブーツを買うにはそのくらい欲しいんすよ。


「ふーむ……」

 白ひげのおっさんが、俺と金ぴかの鎧を交互に見ながら思案している。

 やべ、考えてみたら俺の鎧はボロい皮鎧だ――これ、足元見られてもしゃーないじゃん!

 やっちまったかもしんねー……。


「80万でどうよ?」

「80万?」

 俺はつい驚いた声を出してしまう――そんだけあれば、高級な皮鎧とブーツが買えるのだ!


「駄目か?――しゃねーな、だったら90万だ」

 俺の驚きの声をどう勘違いしたものか、おっさんは買取価格を10万上乗せしてきた。

 これは……いける!


 上乗せしてきたということは、交渉の余地があるということだ。

 誰かに聞いたことがある――海外で買い物する時は、値切り交渉は3度せよ、と!

 今回は上乗せ交渉だけど……。

 つーか、異世界だって海外だよね?


 という訳でさっきのを1回と考えて、2度目の交渉といこう。

 こういう時の交渉で大切なのは、ただ『値上げして』などと言ってはいけないということだ。

 交渉するならば、そのための新しい材料を提示するのが常識である。


「なぁ、防具としてはともかく、こいつのデザインは一級品――しかもレアな1点ものなんだ。付加価値としては、もう一声あってもいいんじゃないか?」

 などと言ってはみたが、実はデザインのことなど俺には良く分からん。

 ぶっちゃけハッタリみたいなもんである。


 一応素人の目利き程度だが、これは良いデザインだとは思ってるけどね。

 あとレアな1点ものというのは、アイテムスロットで手に入れた物だからたぶんそうだろうと思って、ちょっと言ってみた。


「厳しいこと言いやがんな――仕方ねぇ、だったらキリのいいところで100万! これ以上は無理だぞ」

 よし、成功だ!

 金額はこれ以上は無理と言っているのだから、上乗せは厳しいかもしれない。

 だがそれでも交渉の余地はある。


「物は相談なんだが、見ての通り俺の装備はボロいんでそろそろ買い換えたい。そこで、上物の皮の胴鎧とブーツそれに手袋(グラブ)を付けてもらって、70万でどうだろう?」

 今度は金の代わりに、現物で上乗せしてもらおうという交渉だ。

 仕入れ値は売値よりけっこう安いはずだから、上手く行けば欲しい防具一式が安く手に入るはず。


「馬鹿言うな、それじゃあウチに儲けが無ぇよ。皮の胴鎧とブーツと手袋(グラブ)付けて50万、もちろん装備は上物を付けてやる――全く、厳しい客だぜ」

 白ひげのおっさんが、嬉しそうに溜息をついた。

 なんだ、おっさんも交渉を楽しんでいたんじゃないか。


「まぁそう言わないでよ、また面白い物が手に入ったら持ってくるからさ」

 これからもアイテムスロットを回すことはあるだろう。

 いらない防具は売りに出すだろうから、その時はまたこの店に世話になるとしよう。


 だからさおっさん――。


 帳簿見ながら嫌な顔すんなよ。


 ――――


 皮の胴鎧と皮のブーツと皮の手袋(グローブ)が手に入った。

 どれも上品である。


 同じ品の値札を店でチラ見したが、皮の胴鎧は50万、皮のブーツは15万、皮の手袋(グラブ)は7万という定価であった。

 これらを合計50万で手に入れたのだから、計算すると3割引きということになる。

 悪くない値引き率だろう。


 皮の胴鎧は材質が普通の獣の皮の鎧の中では最高級品で、動きを全く阻害しない構造と手入れのしやすさを兼ね備えている。

 もちろん防具としても優秀で、熊や虎の爪なら十分に防ぐことができる。


 皮のブーツも素晴らしい品だ。

 膝下をしっかりと守るそのブーツは、防具としての硬さもしっかりとしており、それでいて足首の関節の可動域を邪魔しない柔軟さも兼ね備えている。


 皮の手袋(グラブ)は薄いが丈夫だ。

 着けていても指先の感触を失わぬほどで、それでもしっかりと肘までを守ってくれる。

 薄いが金属の手甲も付いており、ちょっとした剣戟くらいなら防げるが、過信はできない。


 これに快適のマントと一撃の安全メットを加えた装備が、新たな俺の防具となる。

 これだけの装備があれば、ちょっとした魔物くらいなら相手にできるはずだ!

 これで魔物殺し童貞とはおさらばだ!


 明日ゴブリンの討伐依頼があったら、アルスくんを説得して早速受けよう。

 まだ見ぬゴブリンよ、覚悟をしておくが良い!


 ……うーむ、なんだろう?

 馬車を襲ったりしてる盗賊という人間よりも、まだ何の被害も起こしてないゴブリンを殺すほうが若干の罪悪感を感じる……。

 被害を未然に防ぐためだとは分かってるんだけどね。


 獣を狩るのと変わらん気もするのだが――やっぱ人型だからかね?

 うむ、これはアレだな……思考停止して割り切るのが良さそうだ。

 でないと冒険者生活なんぞできん。


 しっかし生活の為に思考停止して割り切るとか、元の世界とやってるコトが変わらんよなー。

 会社でリストラさせられてた時も、そんな感じだったし。

 おかげで『人斬り有江内』とか陰で言われたっけな……。


 うむ、こっちも思考停止するほうが良さそうだな。


 ――――


 ― 翌朝 ―


 今日も早よからアルスくんと一緒にギルドへ。

 ギルドへ向かうのも出勤と言って良いのだろうか?


 昨日手に入れた防具類については、昨夜のうちにアルスくんに見せびらかし済みだ。

 もっともアルスくんの装備のほうが俺のより格段に良い品だったりするので、自慢にはならんのだが。

 冒険者として稼いだ金で手に入れた装備、というのが重要なのだよ。


「おはよーっす」

 習慣になっている挨拶をしながらギルドに入ると、ジャニと朝が弱いはずのドンゴがニヤニヤしながら待ち構えていた。


「おう、来たな人斬りのおっさん」

 おいこらドンゴ、誰が人斬りだ。

 人聞きの悪い。


 おバカ3人組も何か知らんが近づいてきた。

「おっさんて、人斬りなんすか?」

「人斬りって、なんかカッコいいすよね!」

「そうそう、強そうだし」

 しかも好き勝手なことを言ってやがるし……。


「イヤちょっと待て、人斬りと呼ばれるのは本意では無い――つーか、人斬りはやめれ」

 会社勤め時代の、嫌な記憶が蘇るからさ……。

 しかし何でいきなり人斬りなんぞと言われるように――って、原因は1人しかおらんわな。


「おいジャニ、こいつらに何吹き込んだんだよ」

 俺は未だにニヤニヤしながらこっちを見続けているジャニを、ジト目で睨んでやる。

 もちろんジャニは、俺ごときに睨まれたところでどこ吹く風だ。


「何って、事実しか言ってねーぞ。おっさんは人しか殺したことがねーとかさ」

 それが何か?と、おどけたような態度で話すジャニ――てめーな……。


「イヤこら待て、それは事実と違うだろ! 俺はちゃんと獣も殺してるし!」

 ちゃんと殺してるという言い方もどうかと思うが、俺としては事実をしっかりと主張したい。

「そうだっけ? いやー、うっかりしてたなー」

 嘘ぶっこきやがれジャニめこの野郎! 絶対わざとだろ!

 俺をからかうだけのために、やりやがったな!


「嫌なんですかタロウさん? かっこいいじゃないですか『人斬り』って称号」

 微妙にズレたタイミングで、アルスくんが『人斬り』に反応してきた。

 せっかく話が事実確認へと向かったのに……。


『なぁ、カッコいいよな』『ですよねー』『だろだろ?』などと好き勝手言い始めるこいつら……。

 いい加減にしろ。

「とにかく俺は『人斬り』とか言われるの嫌だから、頼むからやめれ。アルスくん、今日は魔物の討伐依頼をしよう!――今日は俺が()るから、手を出さないでね!」

 人斬りの汚名を消すには、もうそれが一番手っ取り早い。


 俺は魔物を殺す決意を、固めたのであった。


「それは構いませんけど……タロウさん、本当に1人で大丈夫ですか?」

「……やっぱ危なかったら助けて」


 ……俺はやっぱりアルスくんに助けてもらおうという決意も、固めたのであった。


 ――――


 ― 街の外・森の中 ―


「うぅ~、緊張する~」

「大丈夫ですよ、相手はたった3匹です。余裕ですよ」

 アルスくんもそう言うし俺も頭ではそう思っているが、やっぱり初めての行いというのは緊張するものだ。


 盗賊に対する時よりも今のほうが緊張しているのは、むしろ簡単だからだろう。

 緊張しても大丈夫という、心理的な余裕があるということである。


 説明し忘れたが、今回の相手はゴブリン。

 で、これが今朝俺がひっぺがした討伐依頼の内容

【ゴブリンの討伐:5000円/東の森付近で目撃されたゴブリンの討伐 ※目撃情報は3匹】

 ……採取依頼よりも報酬が安いのはどうなんだろう?


 おあつらえ向きのゴブリンの討伐が、なんと3匹というお手頃感。

 まるで俺のための依頼ではないか!

 そんな訳で【気配感知】のスキルでゴブリンたちを探し当て、討伐すべく向かっているのが現在の状況だ。


 だんだん近づいてくる3匹のゴブリン。

 ゆっくりと後ろへと回り込む俺。

 俺のさらに後方では、アルスくんがしっかりと見守りをしてくれている。


 15歳の少年に見守られている俺って……。


 3匹のうち1匹だけ後方にいるゴブリンに忍び寄る俺。

 ゴブリンの得物は、3匹とも木の枝のこん棒――これなら怪我はしなくて済みそうだ。


 まずは最初の1匹。

 盗賊の時のように、背後から口を押えて首を掻き切る。

 上手くいった。


 噴き出す血しぶきと暴れる音で、残りの2匹が気付いた。

 振り向いたところで、右側の1匹に今喉を切ったばかりのゴブリンを蹴りだしてぶつける。

 その隙に左側のゴブリンへ向かい、振り上げられたこん棒をこちらから掴んで動きを止める。


 防具など着けていないゴブリンの胸の真ん中辺を短剣で突き刺すと、すぐにゴブリンは崩れ落ちた――これで2匹目。

 3匹目は、この間に仲間の死体をどかし、俺に向かってこん棒を振り上げている。


 こん棒を左の手甲で防ぎ、胸を狙って短剣を押し出しながら体当たりをする。

 ゴブリンの胸を貫きながら押し倒した。

 が、まだゴブリンは生きている。


 爪を立てられたがそれは新品の皮鎧の上、俺にはダメージは無い。

 無理矢理押さえつけ2度3度と短剣で胸を刺すと、ようやくゴブリンは動かなくなった。


 なんとか終わった……。

 アルスくんに比べたら大分不格好だったが、ゴブリンに勝った。

 安全マージンを取っていたとはいえ命がけの戦いに勝ったという高揚感に、不格好さやちょっとした罪悪感などは何処かに吹っ飛ぶ。


 気が付くと俺は、力の入り過ぎでぜいぜいと息をしながらガッツポーズをしていた。


「やりましたね! タロウさん!」

 アルスくんが喜んでくれている――見守っていてくれて、ありがとう。


 とにかくこれで『人斬り』などという呼び名とはおさらばだ。

 ついでだからゴブリンの魔石を取り出すのも、自分でやってみよう。


 ゴブリンの討伐は終わった。


 俺はアルスくんと一緒に、意気揚々と街へと帰ったのであった。


 ――――


 ― 次の日の朝 ―


「おはよーっす」

 毎度挨拶が帰ってこないギルドへ、俺たちは今日もご出勤。

 喫茶スペースへ向かうと、またジャニがニヤニヤしていやがった。

 ドンゴとおバカ3人組も一緒にいる。


「おっ、ゴブリン殺しのおっさんが来たぞ」

「よう、ゴブリン殺し」

「おっさん今度は、ゴブリン殺しになったんすか?」

「ゴブリン殺しって、なんかビミョーっすね」

「そうそう、強そうって感じもしないし」

 てめーら……。


「ゴブリン殺しの呼び名もやめれ」

「やっぱ人斬りのほうが良かったか?」

「どっちもいらんわ!」


 人斬りだのゴブリン殺しだの、俺に変な称号を付けるな。

 俺にはタロウ・アリエナイという名前があるんだから、名前で呼べよお前ら。


 イヤもう名前じゃなくても――。


 この際いつもの『おっさん』でいいから普通に呼んで。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ