海と水着と悪天候
― 6月末 ―
ジャー教の教主でもあり魔徒四天王でもあったグーガルが毒使いであるという情報は、宰相府の役人が止めていたことが分かった。
止めていたのは、七色教との交渉を担当していた役人――ギアロス聖騎士団長から、直接話を聞いていた男であった。
その男の自宅を捜索したところ、ジャー教の信者であったことが発覚。
おかげで現在も、宰相府を始め王国の役人及び兵士内にジャー教徒がいないかどうかの調査が、懸命に行われているところである。
ジャー教徒の役人がいたおかげで、宰相府内の勢力図にも少々変化があった。
そいつが宰相府の若手のホープであった『ゲヒャナ大臣』の部下であったおかげで、せっかく帝国とのイザコザで上がったゲヒャナ大臣の宰相府での立場を、引きずりおろす結果となったのだ。
その後、魔徒四天王や邪神ガンマに動きは無い。
アッカールド王国は、とりあえず平穏である。
――――
― 教室 ―
で、俺たちのその後なのだが――。
やはり特に何事も無く、今日で1学期は終了だ。
「うひひ……うひひひひ」
4月から俺たちの仲間になったフラワキくんは、すっかりみんなに馴染んでいる。
そのおかげか、元は帝国の人間だからという理由で彼がイジメに遭うなどは、今のところは無い。
「うひっ!」
マリアとユリオスくんは、つい先日婚約したばかりだ。
本来ユリオスくんの家――キーロイム家は我がハイエロー家に対して対抗意識を燃やしている家なので、なんやかんや面倒なトラブルがありそうな予感があったのだが、婚約は思いの外スムーズに決まっていた。
マリアの『聖女』という肩書が、やはりこの世界の人にとっては大きかったのが要因だろう。
そもそもは平民でしかもハイエロー家の養女であるはずのマリアとの婚約話に、ユリオスくんの両親が反対をするどころかもろ手を挙げて後押しすらしてきたことからも、それは伺えた。
「うっひひー」
そんな訳で――。
我がハイエロー家としては結婚相手はマリアとその両親の意向に沿う形にしてあげるというのが基本方針だったこともあり、マリアが希望するユリオスくんとの婚約は特に反対する理由も無く、いともすんなり婚約が決まる事となったのである。
「うひひっ」
「ちょっとマリア、笑い声が気持ち悪いですわよ――いいかげんになさい」
先ほどから聞こえていた、とても聖女とは思えぬ笑い声はマリアだ。
もちろん笑い声の原因は、婚約者となったユリオスくんとのラブラブとかでは全く無い。
「いやー、なんかすいませんエリスお姉さま――いろいろと。 うひっ」
「まったくもう……」
すいませんとか口では言いながらも、そんな素振など全く見せないマリアが先ほどから眺めている1枚の紙、それが変な笑いの原因――1学期の成績表である。
今学期末の試験によって、俺はついに学年総合首位の座から陥落した。
その総合首位の座を奪ったのが、何を隠そうさっきから変な笑い声を人目も憚らず発しているマリアなのだ。
「いやぁ、ひょっとしてとは思ってましたけど――首位になれるとは。 ひひっ」
「まぁ、見事と褒めて差し上げますわ――負け惜しみでなく、ね」
負け惜しみでないのは本当だ。
首位の座を奪われて悔しいのは確かだが、入学時には学年の底辺あたりの成績だったマリアを俺がここまで育成したのだと考えると、嬉しさと達成感がまず先にこみ上げてくるのである。
『マリア、よくぞここまで……およよ』ってなもんだ。
実際マリアは良く努力していたし、俺の育成における無茶ぶりにも良く付いてきてくれた。
褒める以外の選択肢など、ある訳が無い。
これはアレだな。
お祝いをしてあげないと。
今日はさすがにムリだから、明日からの海水浴イベントで何かやってあげよう。
去年は何だかんだで行けなかった王家のプライベートビーチへ、今年は仲間内だけで遊びに行く予定なのである。
そう、明日からは夏休み。
この『乙女ゲーム』の世界での、最後の夏休みなのだ。
――――
― 次の日の朝・ハイエロー邸前 ―
「迎えに来たぞ、エリス!」
「水着の準備はいいか! マリア!」
マルオくんとユリオスくんが、馬車で迎えにやって来た。
今年は参加人数が11人とそれほど多くないので、馬車3台に分乗しての片道10時間の道のりとなる。
つーかユリオスくんよ、迎えに来て最初のひと言が水着の話かよ……。
さすがにそれは、欲望がダダ漏れ過ぎなんでないかい?
これだから男子ってヤツは……。
まぁ、気持ちは分らんでもないのだけれどさ。
先に荷物を馬車へと積ませ、いざ乗車。
馬車割りは以下の通りだ。
王家からは2台の馬車を出してもらい、1台目には『マルオくん・俺・コレス・ガーリ』の4人、2台目には『ガルガリアンくんとその彼女であるエフータ、あと1人だけ相方のいないフラワキくん』の3人、そしてキーロイム家の馬車には『ユリオスくん・マリア・ラルフくん・アン』の4人――計3台11人での、2泊3日の婚前旅行となる。
婚前旅行だからと言って、一線を越える気はもちろん無いぞ。
そんなもん、清く正しくプラトニックな婚前旅行に決まっている。
俺の中身がおっさんなので、キスから先はNGなのだ。
見送る使用人たちに馬車から軽く『行ってきますね』と手を振り、いざ王家のプライベートビーチへ。
尻が痛くならぬよう、クッションの準備も万全だ。
――2階の窓越しに、弟のアナキンがジト目を飛ばしてきている。
睨んでいるのは、同行をキッパリ断った俺かはたまた恋敵のユリオスくんか。
仕方ないだろう、マリア本人がユリオスくんを選んでしまったのだから。
だからな弟よ――。
気持ちは分るが――。
闇落ちだけは勘弁しておくれよ。
――――
― 王家の別荘 ―
途中若干の休憩を挟みながら、片道10時間掛けてようやくビーチに隣接した別荘へと到着。
ガタゴトと間断なく揺れ続けたが、クッションのおかげでなんとか尻は無事である。
既に空が赤くなっていたので、まずは夕飯。
夜は花火の予定だったのだが、風が強かったので明日にすることにした。
そして――。
「学年総合首位、おめでとうマリア」
「おめでとー!」
「おめでとう、さすが俺様のマリア」
「おめでとうございます」
「すごいな」
花火が明日に順延となったので、今夜はマリアの『総合首位おめでとう会』がメインである。
並べられている菓子類は王家の料理人の作ではなく、アンが作って持ってきたものだ。
食べて騒いでゲームして……この日の夜は、とても楽しく更けていった。
…………
そして翌朝の浜辺――。
「荒れてますわね……」
「これは駄目だな……」
「あ、雨も降ってきた」
「マリアの水着姿が……」
「言うな、余計に辛くなるぞ」
「獲りたての海の幸が……」
「生け簀に貝と魚はいましたわよ」
「タコは?」
「やめろ」
「タコ?」
「うわぁっ、波があんなにぃ」
海は大荒れであった。
しかもどんどん雲が濃くなり、雨まで降ってきている。
この辺がこの世界の良くないトコなんだよなー。
この『乙女ゲーム』の世界には天気予報などというものは無いので、悪天候を避けて予定を組むなどということは至難の業――よってこのように、イベントの日に雨というのは良くある話なのだ。
だがしかーし!
「ふっふっふっ――こんなこともあろうかと!」
「どうしたエリス、急に」
「何か変なものでも食ったか?」
よくぞ聞いてくれたマルオくん、実は俺にはこの状況を打破する便利魔法があるのだよ!
帝国軍を退けた時にスロットで手に入れた、例のアレが!
あとコレス、俺はみんなと同じものしか食ってないから。
そういうこと言ってやがると、後でタコ足の踊り食いさせるぞ。
「オーッホッホッホッ! このアタクシが皆さんのために、天候をなんとかしてさしあげますことよ――とくとご覧あれ、【神光召喚】!」
俺が【神光召喚】を発動すると空を覆っていたドス黒い雲が割れ、そこから光が差した。
それはとても神々しい、希望が湧きあがるような光であった――が……。
「すごいな、雲が割れたぞ……だが」
「あぁ、日が差したな……でも」
「海は荒れたままだけどな」
「風も強いままですねー」
「ある意味、すごい光景だよね~」
そう、大きくうねった波は高いままであり強風が止むことも無かったのである。
ただ空から神々しい光が差しただけだっという……。
イヤ、だってさ――。
――――――――――――――――――――――――――――――――
【神光召喚:極】
使用すると、神々しい光を降り注がせることができる。
――――――――――――――――――――――――――――――――
こんなテキスト読んだら、なんかイメージ的に荒れた海とか風とかが穏やかになるような気がするじゃん!
俺は悪くない! テキストに騙されたんだ!
なに? なんで予め確認しておかなかったのかだと?
ええい! 正論など聞きとう無いわ!
――と、言う訳で。
「さて、悪天候には逆らえませんわね――大人しく別荘に戻りましょう」
「おい、ちょっと待て」
「誤魔化すのかよ!」
「さすがお姉さま……」
なんか背中のほうでごちゃごちゃ言っているが、さっさと別荘へと戻ろう。
みんなも早くそうしなさい。
人は結局、大自然には敵わない存在なのだから!
…………
――【神光召喚】の効果は、だいたい1時間ほど続いた。
ほんの僅かの魔力しか使用していない割に、破格の効果時間であった。
…………
結局、2日目は別荘の中でカードゲームなどを嗜んで終わった。
そして、夜は早く寝る。
明日こそ早朝から海で遊ぶのだ。
そしてマルオくんを悩殺するイベントをこなす。
昼には浜辺でバーベキュー。
あ、タコ獲ってこないと――タコ焼きパーティーしないとだし。
うむ、やることがいっぱいある。
昼過ぎには帰路につかないと、明日中に王都には着けぬから――。
明日はけっこう、スケジュール的に忙くなりそうだ。
――――
台風一過――。
イヤ、昨日の悪天候が台風だったかどうかは知らんのだけれどね。
とにかく、3日目は早朝から快晴であった。
そんな訳で、我々は朝っぱらから水着姿である。
女子の水着は、1人を除いて露出は控えめのワンピース。
もちろん前回とデザインは違って、今回はアシンメトリーな水着となっている。
唯一ビキニ姿なのは、ガルガリアンくんの婚約者――エフータだ。
学年が1つ下である彼女は、せっかく海へと行くのだからとみんなで強引に説得してガルガリアンくんに連れてこさせた。
理由は言うまでも無い――我々の『ガルガリアンくんの婚約者がどんな娘か見てみたい』という、野次馬根性である。
そして1人だけビキニなのは――。
ビキニ姿の婚約者を見て、ガルガリアンくんがどんな反応をするかを楽しむためだったりする。
イジメとかでは無いよ。
ちゃんとエフータを説得して、本人の同意のもとでのビキニなのだ。
もちろん【威圧】のスキルも使ってないし、ハイエロー家の権力とかも使ってないぞ。
着替え用のワンピースだって用意してあるし、決して無理矢理では無い。
そういうことなので――。
早速見せに行こう。
…………
「「「「「「おおー……」」」」」」
何が『おぉー』なのかは分からんが、男子たちの反応は上々である。
ピロリロリーン♪
《マルオースの好感度が上昇しました》
よし、これで今季の『恋のどきどきイベントスロット』はこなした。
にしても、やっぱマルオくんは脚ばっか見てるなー。
これやっぱ、脚フェチってことだよね。
ちなみにガルガリアンくんは、婚約者であるエフータの胸に視線を集中させている。
さすがにそこまで視線を集中させるとエロいヤツとか思われるぞ……と、言いたいところだが――。
まぁ、無理もない。
なんせ、大きいのだ。
何がってその……胸が。
大きいのが好きかどうかは別にして、目の前のそれが存在感を放っていれば、ついつい見てしまうのが男の性。
こればかりはガルガリアンくんを責められまい。
おや? ガルガリアンくんが、照れ隠しなのか海へと走って行ってしまった。
そしてしゃがんで腰まで海に――。
あ、照れ隠しじゃないなアレは……。
たぶん反応してしまったから、悟られないように海へと入ったのだ。
どうやら『青の賢者』の異名を持つさすがのガルガリアンくんも、婚約者のビキニ姿の前では賢者でいられなかったらしい……。
そんな折だった。
「申し訳ありませーん! 海にはまだ入らないでくださーい!」
監視台のほうから、そんな大声が聞こえた。
見ると警備の騎士さんの1人が、こちらに駆けてくるところだった。
砂浜をそんな重装備で走るとか、なんて無謀な。
ほら、ようやく俺たちの所へたどり着いたけど、なんかゼーハー言っているし……。
「ゼィ……ハァ……申し訳ありません、あと30分ほど……ゼィ……ハァ……お待ちください」
「どうかしたのか?」
「サメらしき背ビレがいくつか見えまして……ゼィ……ハァ……これから、すぐに駆除しますので……」
ほう……。
王家のプライベートビーチは、サメなど滅多に出ない安全な場所のはずだ。
珍しいな――海が昨日荒れていたからかな?
「オレたちも手伝うぞ? オレとエリスなら、サメ程度は余裕だしな――何匹だ?」
コレスの言う通り、サメ程度なら俺たちは余裕で駆除できる。
つーか、間違いなくそのほうが早い。
特に俺の場合は【水中戦闘術】なんぞというスキル持ちなので、サメが相手ならまず無双だ。
ふむ、サメ肉でバーベキューというのも悪くないな。
「いやいや……ほんの5匹ほどなので、すぐに終わるはずです――今しばらくお時間を」
と、言われてもだな――。
こちらとしても予定が詰まっているので、兵に任せるよりも自分でちゃっちゃと駆除したい。
なので【気配察知】のスキルで、まずはサメの気配を……。
「うん? あら? どういうことなのかしら?」
「どうしたエリス?」
「それが……サメの気配など感じないのですが」
背ビレは見えども気配は感じず――なして?
「あれ、死んでんじゃねーの? 浮かんでるだけっぽいぞ」
仲間内で最も目が良いコレスが、遠目でそう判断した。
なるほどそれなら、気配がしないというのも頷ける。
つーか、死んでるなら紛らわしいから腹のほうを上にして浮かんでくれ。
わざわざ背ビレを見せて浮かぶなってばよ。
「おっ、ひとつ沈んだ――ほら、一番遠いやつ」
「今、引きずり込まれませんでした?」
コレスとガーリが指さす方向に目をやると、既にサメの背ビレは見えなかった。
その代わり、海底にけっこうな大きさの気配がひとつ……。
「何か……いますわね」
俺の呟きにみんな不穏なものを感じたのか、視線がこちらに集まる。
――大きな気配が移動を始めた。
「動きましたわ――今はほら、あそこに」
気配の移動した先を指さしてやる。
その気配の上――海面には、サメの死骸が……。
ザブンとも水しぶきが上がり、サメの死骸がまたひとつ海中へと引きずり込まれた。
あれは……?
「何だ――ツメ?」
「カニっぽくなかった?」
「……あれは、『岩礁ガニ』だ! やつは死んだ魚を食べる海の魔物で、普段はもっと深い海底に棲んでいる。 全長は大きい個体だと、脚を広げた状態で20mを超える巨大なカニの姿をしているんだ。 たまに浅瀬に来ると船が乗り上げて座礁することもあるので、岩礁ガニと呼ばれている。 確か普段の性格は温厚だが、地上に上がると途端に狂暴になるはず――それと、確か肉は美味だ!」
戸惑う皆をよそに岩礁ガニの解説をしてくれたのは、もちろんガルガリアンくんだ。
――うむ、便利なキャラである。
こういうキャラって、バトルものに良くいるよねー。
「ご安心くださーい! サメは死骸でしたー!」
「すぐに片づけるので、もう少々お待ちくださーい!」
風雲急を告げそうなこの状況に、海上から呑気な声が響いた。
声の主は、サメの駆除のために小舟を出していた兵士たち。
あ、イヤ、ちょっと待って……君たち爽やかな労働者風にサメの死骸を小舟に乗せているけど、それ岩礁ガニが食べようと狙ってるヤツだからね。
……と、いうことで。
「危ないぞー! 逃げろー!」
「サメを捨ててー!」
「岩礁ガニが来るよー!」
小舟の上の兵士さんたちに向かって逃げろと叫んだのだが、向こうは何のことやらという様子でキョトンとしている。
こらこら、そこの若い兵士さんよ……こっちに手を振ってる場合じゃねーぞ。
そんなこんなしている間にもサメの死骸がまた1匹、巨大なハサミによって海中に引きずり込まれる。
俺たちが指さして騒いでいたおかげで兵士さんたちがそれを目撃し、ここでようやく自分たちの危機に気付いた。
うむ、ちょっとばかし遅いよね。
慌ててこちら側――ビーチへ向かって兵士たちが小舟を漕ぎ始める。
イヤ、君たちその前に、小舟の上のサメを捨てたほうが良くない?
4匹目のサメの死骸が、海中に消えた。
岩礁ガニもやはり浅瀬であるビーチへと近づいているので、既にそのゴツゴツとした甲羅が水面に出ている。
へぇー、岩礁ガニって前に進めるんだ……。
おっと、感心している場合じゃ無いな。
「頑張れ! もう少しだ!」
「逃げ切れますよ!」
「いいかげんサメを捨てなさい!」
俺たちの声援のおかげか否かは別にして、兵士たちはなんとかビーチへとたどり着く。
まぁ、もちろん小舟の上にはまだサメの死骸が乗ったままな訳で……。
「岩礁ガニが来ます!」
「みなさーん、武器持ってきましたー」
「マリア……防具は?」
「そんなにたくさん持ってこれるわけがないじゃないですかー」
「とりあえず火魔法使っても構わないかい~」
「焼きガニか、いいな」
「待ってラルフ、丸焼きは却下で……鍋とか刺身でも食べたいから」
「ハサミを狙え――それなら構わないな、エリス」
「ええ、それくらいなら――コレス、アタクシが動きを止めるから脚を切り落として」
「おうよっ! 任せな!」
「みんな逃がすなよ! 昼はカニを食うぞ!」
マルオくんの号令に全員が『おう!』っと声を揃えた。
相変わらず食べ物のことになると、このメンツはやたらとチームワークがいい――俺も含めて。
若干1名――ガルガリアンくんの彼女であるエフータだけがまだこのノリについて来れないようだが、まぁこれは仕方があるまい。
ウチらはいつもこんな感じだから、早いとこ慣れなさい。
さて、肝心の岩礁ガニとの戦いだが……兵士たちには逃げろと言って緊迫感を煽ったけども、実はぶっちゃけ俺たちにとっては大した相手では無かったりする。
確かに岩礁ガニの甲殻は硬いが、剣などが全く通らないということも無いし、何より魔法が非常に効く相手なのだ。
ラルフくんとフラワキくんが岩礁ガニの両のハサミを火炎魔法で焼き、攻撃の手を真っ先に潰す。
続いて俺が左の脚にムチを巻き付けて動きを止め、コレスが右の脚を付け根から叩き切った。
ここまで来ると、あとは集団でなぶり殺しだ。
マルオくんが最近凝っている氷魔法で海を凍らせ岩礁ガニの動きを完全に止めると、アンが『うふふふ』と笑みを浮かべながら執拗に目を弓矢で射る。
ガーリが槍で新技を試し、ユリオスくんがものは試しと拳で甲殻に挑み、マリアがレーザーのような聖属性魔法をぶっ放す。
そして俺はと言えば、これまた最近覚えた風魔法の刃で残りのカニの脚を、やはり根元から叩き切っていた。
ちなみに戦闘には基本興味のないガルガリアンくんは、エフータの手を取って後方へと避難している。
ちゃっかり彼女の手を握って『君を守るよ』風なアピールをしているのは、なんとなくさすがだ。
ハサミと脚を失ったカニは、程なくラルフくんの放った火炎魔法によって、その全てが昼の食材に変換された。
おかげで焼きガニの割合が増えてしまったが、カニそのものがでかくて食いきれないので兵士にでも分けてあげよう。
……ふと、落ちているカニのハサミが目に入った。
根元は焼け焦げていて食用には炭化しすぎているが、ツメのほうは無事な右のハサミだ。
つい思いついたことがあって、カニのハサミを広げてその間に自分の拳を挟めてみた。
――ふっふっふっ……我、完勝セリ!
普通に戦闘でも勝利して、今ここにジャンケンでも勝つ。
これぞ完全勝利というものだ!
「何をしているんだエリス?」
「あ、いえ、なんでも……」
なにげにこっちを見ていたマルオくんに指摘され、ついつい自分の行動を誤魔化す俺。
イヤ、だって、冷静に考えたらこっ恥ずかしいじゃん――カニとじゃんけんとか。
でもさ――。
ついついやりたくならない?
カニのハサミとじゃんけんって。
…………
お昼はカニざんまいとなった。
『カニはダイエットに良い』という豆知識をなにげに披露したところ、女子たちが目の色を変えて頬張るという事態になったが――カニばっかし食べるのもどうかと思うぞ。
「なぁ……このハサミ堅そうだけど、木とかなら切れるかな?」
ガルガリアンくんが、中身を食べ終わって空洞になった岩礁ガニのハサミを見ながらそんなことを言い始めた。
男子の知的好奇心の残念さというものは、頭の良し悪しに関係ないということが良く分かる事象である。
「じゃあ、やってみようよ~」
これも知性派のはずのラルフくんまでこの調子なのだから、残りの男子も推して知るべし。
使いっ走りがすっかり板についてきたフラワキくんが、直径10cmほどの丸太の流木をどこからか拾ってきた。
巨大なハサミに丸太を挟んで、さっそく検証が始まった。
「よしコレス……俺様がこっちを持って押すから、そっちを持って押してくれ」
「いいぜ、なら『せーの』で押すからな――せーの!」
ユリオスくんとコレスが、それぞれツメを持って押し込むと――。
ジョキン!
「おぉー!」
「切れましたわね」
「やっぱ切れるんだ……」
「ほえ~」
女子が感嘆の声を上げたように、丸太が見事に切断された。
もっとメキメキと押しつぶす感じになるかと思ったのだが、ちゃんと刃物で切ったような切れ方である。
「なぁ、これ……石でもやってみねーか?」
「石でか?」
「ほら、ジャンケンだと『ハサミのチョキ』に『石のグー』が勝つじゃんか。 そうなるかどうか、実際にやってみてーと思わね?」
「面白そうだな」
やんちゃ坊主丸出しなコレスの発言に、男子たちは『やろうやろう』とノリノリで賛同。
我ら女子たちの『男子ってしょーもないよね』的な視線などどこ吹く風とばかりに、早速検証を始めた。
イヤ、実を言うともちろんエリスの中身の俺だって、興味津々だったりする――まぁ、歳を食ったとはいえ男子の端くれだしね。
だけどほら、こうしないと女子の中で浮いちゃうのですよ。
若者に交じって空気を読むのは大変なのだ。
それが女子ともなると、尚更難しいという……。
そんなことを考えているうちに、言い出しっぺのコレスがビーチボールサイズのけっこう大きな石を抱えて戻ってきた。
そして木箱を台にして、岩礁ガニのハサミの間にセット。
「せーの!」
一方をマルオくんとユリオスくん、もう一方をコレスとフラワキくんと、丸太の時の当社比2倍の力で挟んだのだが――ガキッという音がしただけで、石はさすがに切れなかった。
「くそう、ダメか」
「行けると思ったんだけどなぁ」
「でもほら、ここんとこ――傷はついてるぞ」
「よし、ならもう一回だ!」
チャレンジ2回目――ガキンッ!
はい、無理でしたー。
2度のチャレンジ失敗で諦めムードになるかと思いきや、男子たちのモチベーションは下がらなかった。
何か策でもあるのかと思ったら――。
「エリス……頼む」
「もうお前しかいねぇ」
「今こそエリスのパワーが必要だ」
俺に頼むのは別に構わんのだが、その『超絶パワー系女子』みたいな扱いは止めれ。
学年総合首位の座こそマリアに明け渡したが、こちとら文武両道が売りのご令嬢なんだからな。
乙女心が傷つくじゃないか――エリスの。
俺としてはどうでも良いことだが、身体の持ち主には忖度して抗議させてもらうぞー。
「はぁ……仕方ありませんわね」
俺は岩礁ガニのハサミの先へと移動し、その両方の先端を目いっぱい腕を伸ばして掴んだ。
掴んだのだが――。
「どうして離れるんですの?――あなた方まさか、か弱い乙女1人だけにこのような力仕事をさせるつもりなのではありませんわよね?」
岩礁ガニのハサミの先端を俺が掴んだとたんに男子連中が手を離したので、そこはお前らも手伝えとジト目で威圧してやった。
こらそこ、聞こえてるぞ――『誰がか弱い乙女だよ』とかほざいた報いは、後でしっかり受けさせてやるからなコレスよ。
しっかりと男子たちも配置に付いたところで、3度目のチャレンジ開始だ。
今度は俺が『せーの』と掛け声を掛けて、ハサミで石を切るべく力を込めた――見るが良い! これぞ力こそがパワーというものだ!
そしてハサミが石を勢いよく挟み、次の瞬間――。
パァン! と破裂音がして、石が真っ二つに割れた。
「おぉ……」
「切れちゃったよ……」
「チョキがグーに勝った……」
――イヤ、切れてはいないからな。
硬いハサミに勢いよく挟まれたせいで、石は割れただけだから。
チョキがグーに勝ったというのは認める。
そこを認めないほど、俺の心は狭くない。
それにしても――。
「石より硬いなんて、このハサミ――凄いですわね」
石を割ったハサミの刃に当たる部分を、持ち上げてしげしげと眺める。
硬い割に軽いんだよねー、この岩礁ガニのハサミ。
武器とか防具に加工したら、けっこう良い装備が作れるのではないだろうか?
この『乙女ゲーム』の世界では、魔物の素材で武器防具を作るのは一般的ではないらしいが――ノットール父上におねだりして、作ってみてもらおうかな?
我がハイエロー家の技術力と資金力なら、採算の合わない難しいものでも作れる気がするし……。
ん……?
気が付くと、みんなの視線がこちらに集まっているのだが……何かな?
「岩礁ガニのハサミの硬さも、まぁ確かに凄かったのだが……」
「あぁ、それよりもエリスのパワーがだな……」
「大丈夫~マルオ? 結婚したらあのパワーで抱きしめられるんだよ~?」
「いやぁ~……(照)」
こらこら、待ちなさい君たち。
そもそも岩礁ガニのハサミは、俺だけの力で動かした訳では無かろう?
君たちもハサミの両側から押してたよね?
おいコレス――貴様なぜ目を逸らす。
俺のパワーだけでないことを、ちゃんと認めなさい。
認めたくないだと?
いいだろう、ならば勝負だ。
どっちの主張を是とするか――。
ジャンケンで決着を付けようではないか!
あ、コレス――言っておくが、お前チョキ縛りな。




