魔毒のグーガル
― レインボー学園・水場 ―
「倒れたという生徒はどこです!?」
「あたしたち、治癒魔法が使えます!」
学園内で生徒が倒れたとの騒ぎを聞きつけ、俺とマリアは急ぎ現場である水場まで駆け付けた。
水場にはどうやら新入生と見られる、3人の女子生徒が倒れている。
倒れている3人は、口から血を吐いていて顔色がドス黒くなっていた。
なるほど、治癒魔法を使える者を呼びに来たのも頷ける。
――これは恐らく毒だ。
「待ってて! 今助けるから――【聖域】!」
マリアが覚えたての聖魔法である【聖域】を発動した。
これは自らを中心とした半径5m程度の聖域を作り出し、その内部の状態異常を全て無効化するというかなりチートな魔法である。
さすがはマリア、この『乙女ゲーム』の世界の主人公なのは伊達では無い。
つーか、最近のマリアはかなりチート感が出てきている。
実は2年生時の学年末試験ではマルオくんまで追い抜き、真正のチートである俺に次ぐ学年2位の座にまで昇り詰めているのだ。
これこのまま行くと、ひょっとしたら俺も追い抜かれるかもしれない。
座学では既に僅差で負けてるしなー。
ぶっちゃけ、効率よく育成し過ぎたよなー。
マリアが【聖域】などというチートな魔法を初手からぶっ放したおかげでヒマになってしまった俺がそんなことを考えていると、倒れていた3人の女子の顔に生気が戻った。
どうやら毒が浄化されたようだ。
何が起きたかはなんとなく想像がつくが、ここは一応本人たちに聞いてみよう。
「あなたがた、いったい何が起きたのです?」
聞くとやはり、水道の水を飲んだ途端に苦しくなったとのこと。
やっぱり水道水が原因だったか……あ、待てよそうなると――。
これは下手をしたら、王都全域の水道水が毒に汚染されている可能性があるんじゃ……。
王都に張り巡らされた水道は、主に平民が使うものだ。
貴族の家は魔法でほとんどの水を賄っているので、恐らく心配は無い。
この女生徒たちが水道を使っていたのは、たぶんまだ1年生なので水魔法が使えないからだろう――俺もそうだったし。
問題は、水道から出てくる水がどの段階から汚染されているのかだ。
水道の水源は、王都近くを流れるホウヘ川。
この川は水道水だけでは無く農業用水にも使われているので、汚染されていると大ごととなる。
どこか途中の段階からの汚染なら良いのだが……。
イヤ、良くねーか。
「エリス、何があった!?」
マルオくんが、他のみんなを連れてやってきた。
なかなかのナイスタイミングだ。
「水道水が毒に汚染されてますわ! 他にも被害が出ているかもしれません――もう動いているかとは思いますが、王都の管理局にも連絡を!」
「外にいる騎士たちに連絡させよう――城の父上にも知らせておく!」
「ウチの爺さん――宰相府にも知らせを走らせよう!」
王家や宰相府まで動いてくれるなら、被害は少なくできるだろう。
さすがマルオくんとガルガリアンくん――身内の偉いさんを動かせる人は頼りになる。
さて、あとは――。
「マリア、アタクシたちは外へ出ますわよ――きっと他にも、治癒魔法が必要な方がいるはずですわ」
「合点承知の助でさぁ、エリスお姉さま!」
合点承知の助ってお前……。
言っておくがマリアよ、お前さんはもう辺境侯爵令嬢で聖女なんだぞ。
もう少し言葉遣いとか、なんとかならんか?
…………
仲間たちと一緒に、学園の外へと出た。
ぶっちゃけ必要なのは俺とマリアだけなのだが、みんなが付いてきたのだ。
学園には緊急事態ということで、もちろん無許可である。
護衛に付いてこようとした騎士たちには、周囲の屋敷や家々を回って被害が出ていないか確認してもらっていた。
それでも俺たちの周囲には常時10人前後の騎士がいて邪魔くさいのだが、これは立場上仕方あるまい。
騎士たちの報告で毒に侵された人々を回復魔法で救っていくと、どうやら被害にあっているのが王都全域などでは無く、特定の上水道のラインに沿っていることが分かった。
これで毒の被害の範囲が限られるので良かったと思う反面、駆け付けた時には既に死亡していて救えなかった人々もおり悔しい気持ちもある。
毒に汚染されているラインを辿っていくと、そこには――建築現場?
その建築現場の更に向こうでは、毒の被害は出ていない。
つまりはここが、毒が水道水に混入した現場と見て間違いないだろう。
「これは、何を建てているのでしょう?」
突入する前に誰とは無しに聞いてみたのだが、返事が無い。
どうやら誰も知らないようだ。
――と、思ったら。
「ここは確か宰相府が建築中の、戦災孤児のための孤児院となるはずです」
偉いさんの子供ばかりなので遠慮していたのだろう、護衛に付いてきた騎士の1人が誰も答えないのならばと空気をしっかり読んで教えてくれた。
ほう、宰相府が建ててる孤児院か……。
「知ってました?」
「無茶を言うなよ。 わたしは宰相の孫だが、宰相府の人間でも無ければ役人でも無いんだぞ」
まぁ、そうなんだけどさ。
ガルガリアンくんってば博識だから、ひょっとして知ってるかな……と思ったもので。
「じゃあ、突入するぜ!」
あっ! コレスに先を越された!
一番乗りを密かに狙ってたのに!
…………
中に入ると――。
建物は、側と屋根が中途半端に作ってあるだけのハリボテであった。
足元は床どころか地面が剥き出しで、奥の方に掘り返したと思われる穴と、汚れたローブを纏った若者がやたらと薄い気配で立っていた。
「貴様――グーガル!?」
「グーガル? あのジャー教の教祖のグーガルか?」
「あぁそうだコレス。 間違いない、手配書の顔だ」
さすがガルガリアンくん、さすがの記憶力だ。
俺も見たはずなのに、コレス同様思い出せなかったし。
「ほうほう、また役立たずの兵士でもやって来たかと思えば、これは思わぬお客様だ。 マルオース王子に聖女様、それに――憎き女神ヨミセンの使徒、エリス・ハイエローまでお越しとは……」
「アタクシを『憎き女神ヨミセンの使徒』と呼ぶからには、あなた――『魔徒四天王』で間違いありませんわね?」
俺の口から『魔徒四天王』の名が出たということで、仲間たち全員が臨戦態勢に入った。
護衛の騎士の皆さんも、それを見て剣を抜きかばう様に前に出る。
正直、騎士さんたちが邪魔くさい。
「ふっふっふっ……その通りだ、我の名は魔徒四天王『魔毒のグーガル』。 わざわざ我の前に出てくるとは丁度良い、宿敵エリス・ハイエローよ――我の毒で死ぬが良い!」
魔毒のグーガルが叫ぶと同時に、ヤツの身体から毒々しい紫色の液体がドロドロと流れ出してきた。
つーか、宿敵なんだね……俺って。
「危ない!」
「下がって下さい!」
などと騎士さんたちが俺たちを下がらせようとしたが――。
「心配は無用です――マリア、やっておしまい」
「あいよ姐さん!――【聖域】!」
マリアの【聖域】が広がり半径5m内を支配した。
流れてきた毒は【聖域】に侵入した瞬間、毒々しい色が消え失せ透明となる。
「なんと! 我の毒が!」
毒が無効化されたのを見て、驚くグーガル。
イヤイヤ、そこまで驚くようなことでも無かろうに。
なんだかんだ言って、マリアってば聖女なんすよ?
前で壁を作っていた騎士たちが本当に邪魔なので、力ずくで下がらせて俺は前に出た。
なんか前に壁があると、しゃべりにくいので。
「で、他にはどのような能力がありますの? まさか毒しか能が無いなどいうことは無いのでしょう?」
相手は『魔徒四天王』だ、魔毒のグーガルという名前だからと言って毒だけが武器などということは無いだろう。
ここはやはり俺が先頭に立ってヤツの攻撃を防ぎ、みんなを守らねば!
「…………」
あれ? グーガルが黙ってしまったぞ?
これってまさか……。
「もしやあなた、本当に毒しか能がありませんの?」
「……うがあああぁぁぁぁ! 黙れ黙れ黙れ黙れえい!」
どうやらやはり、毒しか能が無かったらしい。
「だからどうした! 我の毒を無効化したからと言って、我に手出しができる訳でもあるまい! どうせ貴様らは、その毒を無効化できる場から出られんのだ――我が貴様らを殺せぬのと同様、貴様らも我をどうにもできまい!」
うむ、期待に応えられずにすまんのだが――。
どうにでもできるぞ?
【聖域】内の騎士や仲間たちを心配は一切いらぬと制して、俺は1人前に出た。
そう――【聖域】の外へと。
「馬鹿め、わざわざ死にに出てきたか」
「あら、その程度の毒でアタクシがどうにかなるとでも?」
「ほざいたな小娘が――ならば我が毒を、その身でとくと味わってみるが良い!」
グーガルの毒々しい紫の毒が、波となって俺にぶつかってきた。
うーむ、制服が毒で汚れてしまったな……。
「どうだ、我の毒は――――む……何故だ、何故倒れぬ!」
何故と言われてもだな……。
いいだろう、答え合わせをしようか。
「こういうことですわ――【毒球】」
俺が放った【毒球】の魔法が、グーガルに命中する。
そしてやはりグーガルには、毒が効かない。
「こ、これは……」
「毒ですわ。 これであなたにも理解できたかしら? アタクシもあなた同様『毒使い』、そしてこれもあなたと同様ですが――アタクシにもやはり毒は効きませんの、ごめんあそばせ」
魔毒のグーガルの顔色が変わった。
視線をあちこちに巡らせているところを見ると、どうやら逃げ道を探しているようだ。
と、いうことは――。
こいつ、毒以外の戦いは苦手なのだな?
「逃げようとしても無駄ですわよ、大人しくお縄につきなさい」
「うぐぐぐぐ――な、なめるなぁー!」
グーガルがヤケになったのか、短剣をどこからか取り出しこちらに襲い掛かってきた。
俺はひょいとそれをかわし、後ろに回ってグーガルの後頭部を手に持っていた鞭の持ち手でゴツンとぶん殴る。
気を失って崩れ落ちるグーガル。
……思ったより楽だったな。
こうして魔徒四天王の1人、魔毒のグーガルはあっさりと倒れた。
たぶんまだ生きていると思うので、残りの四天王や邪神ガンマの情報を吐かせてやろうと思う。
そして魔毒のグーガルを、俺たちに護衛として付いてきた騎士の1人が縛り上げたところで――。
そいつらはやって来た。
「やぁやぁやぁ! ジャー教の教主、グーガルを捕らえるとはお手柄ですなぁ!」
ドタドタと耳障りな足音を立てながら、七色教の聖騎士を引き連れてやって来た男。
聖騎士団の団長――ギアロスである。
「ささ、教主グーガルは我らに任せ、生徒の皆様は学園にお戻り下され――捕縛、ご苦労様でしたな」
「待て、グーガルは我らがとらえたのだ。 まずはこちらが尋問する」
気を失い縄で拘束されたグーガルを聖騎士たちが確保しようとしたので、マルオくんが身柄を確保する権利を主張したのだが――。
「はて、これは異なことを申される。 元々グーガルに関しては、我ら七色教に一任されておるはず――ならば身柄は我々聖騎士団のものとするのが筋ではないですかな?」
「それは――そうかもしれないが……」
王家と七色教との話し合いで、ジャー教関連のことは捜査・捕縛から処断に至るまで全て聖騎士団が行うことに決定している。
だから確かに聖騎士団に身柄を引き渡すのが筋だ。
しかし四天王の残り2人と邪神ガンマの情報に関する手がかりは、魔徒四天王の1人であるこいつだけなのだ
是非とも、こちらで尋問をしたい。
くそっ! 前もってグーガルが魔徒四天王である可能性を予見出来ていたならば、ジャー教関連を聖騎士団に任せるなどという約定など結ばせなかったものを……。
この場は譲るしかあるまい――無念だが。
だが、魔毒のグーガルへの尋問を諦めるつもりは無いぞ。
マルオくんとガルガリアンくん経由で王家や宰相府に頼み、聖騎士団の後でいいから尋問できるよう七色教と交渉してもらうのだ。
「では、教主グーガルはこちらで処理いたしますぞ」
こちらが諦めたのを察したのか、ギアロス団長が聖騎士に命じてグーガルを確保させ――。
ん?……処理?
ズドン……とグーガルの胸に、ギアロス団長が剣を突き刺した。
は? あ、イヤ、ちょっと待て!
「おい待て! 何をする!」
マルオくんの制止も空しく、刺されたグーガルの心臓と思しき部分からは血が――魔徒四天王の証である青い血が、勢い良く噴き出していた。
「何をすると言われましても――このグーガルという男は自在に毒を出し操る能力を持っておりますからな、殺さなければいつ何時毒をまき散らして人を殺すか分かりませぬ。 生かしておいては危険ではありませんかな?」
確かにギアロス団長の言っていることも分かる。
だからと言って早計に殺してしまうなどとは、考え方が乱暴にもほどがあるだろう。
「待て、どうしてあんたはグーガルが毒を操れると知っている!?」
ギアロス団長のセリフに即座に反応したのは、ガルガリアンくん。
――確かにその通りだ。
グーガルが毒使いだと言うことは俺たちが先ほど初めて知った事実であり、王国の各機関でさえ知らなかったはずなのだ。
だからこそグーガルを捕縛に行った10名の兵士たちが、全滅してしまったのである。
それを何故、ギアロス団長が知って――。
「どうして、と言われましても――教主グーガルが毒を操ると王国へ報告したのは、他ならぬそれがしですからな。 知っているのは当然ではありませんか」
は? グーガルが毒を操ると王国へ報告した……だと?
そんな報告があったなんて、聴いてないし……。
俺・マルオくん・ガルガリアンくんの3人が、互いに顔を見合わせる。
これは……全員がそんな話など初耳だったという顔だな。
「どうやら皆様ご存じ無かったようですな。 ですがそれがしが宰相府に報告したのは間違いの無いこと――嘘だとお思いなら、もちろん宰相府に確認して頂いても構いませんぞ」
ここまで堂々とした態度に出るということは、恐らくギアロス団長の話は本当なのだろう。
俺たちは、グーガルの死体を運んで出ていく聖騎士団を黙って見送るしかできなかった。
心は納得していないが、頭が納得してしまっている。
それにしても――。
宰相府に報告されたはずの情報が、俺たちに知らされていなかったのは何故だろう?
イヤ、俺たちだけでは無い。
現場の警備兵にだって伝わっていなかったのだ。
情報は、どこで止まった?
もしや宰相府に何か思惑があって情報を停めたとか?
宰相府が敵ってことは、さすがにあるまいな。
それともやはり、ギアロス団長の言葉が嘘だったとか?
考えても仕方無さそうだ。
ここはガルガリアンくん経由で、宰相府に真偽を確かめてもらおう。
そして俺が気になっていることは、実は他にもある。
それは――。
『魔徒四天王って、ホントに強いの?』
――という疑問である。
確か最初に出てきた魔徒四天王の『サトリのゴーアン』を倒した時、『そいつは四天王最弱ゥ!』などと他の四天王の誰かが言っていた気がするのだが……。
今回の『魔毒のグーガル』ってば、『サトリのゴーアン』よりもかなり倒すのが楽だったんだよねー。
ぶっちゃけ『サトリのゴーアン』のほうが、けっこう苦労したという……。
となると、残りの魔徒四天王も実は微妙なのではないだろうか?
まさか『サトリのゴーアン』が――。
実は魔徒四天王最強だったとかは、さすがに無いよね……。




