第8の男
― 2月末 ―
マリアが妹になった。
いきなりこんなことを言われても何が何だか訳分からんかもしれないが、これは事実だ。
だが、これにはもちろん理由がある。
順を追って説明しよう。
七色教の教主――サンレイン三世さんによって、マリアは『聖女』と認定された。
これが事の発端だ。
これによって、まず何が起きたかというと――。
悪役令嬢である俺の『婚約破棄フラグ』が、仕事を始めたのである。
…………
マリアが『聖女』認定されるとすぐに『マルオース王子の結婚相手には、エリス・ハイエローではなく聖女マリアのほうが相応しいのではないか』という論争が始まった。
反ハイエロー陣営を中心に盛り上がったこの論争は当然ながら王家の耳にも入り、マルオくんが激怒して断固として拒絶するも沈静化には至らなかった。
沈静化には至らなかったものの、マルオくんの断固とした拒絶によって実現は難しいと判断した貴族たちも多く、その貴族たちはこれまた新たな面倒事をもたらす。
『聖女』となったマリアと婚姻することによって、家格に箔を付けようと動き出したのだ。
七色教の教主の地位は名目上ではあるが、アッカールド王国では王に次ぐほどのものとされている。
そして七色教の教義では聖女の地位は教主に準ずるものとみなされ、ほぼ同格とされていた。
つまり聖女となったマリアの地位は名目上、王に次ぐものということになるのだ。
聖女を妻に迎えれば、それだけで家格も上がりどの貴族からも間違いなく一目置かれる。
マルオくんが聖女であるマリアを妻に迎えないとなれば自分たちが、と考えた貴族たちはマリアに対してこぞって求婚を始めたのである。
相手はたかが平民の娘と高を括った求婚者たちは、金を積んだり高圧的な態度に出たりと、それはそれは迷惑な連中ばかりでマリアの両親は困り果てることとなった。
そこで俺とノットール父上さんは、マリアとその両親を助けると同時に反ハイエローの婚約破棄工作を黙らせる、一石二鳥の策を打つことにしたのだ。
その策こそが、マリアをハイエロー家の『養女』にするというものだったのである。
これによりマリアに求婚する者は、相手を我がハイエロー家とせねばならなくなった。
バックにハイエロー家が付いているとあっては、貴族たちはマリアの両親に対しても迂闊に接触することすら出来なくなるだろう。
マリアへの求婚騒ぎは、これで落ち着かせることができる。
そして養女にすることでマリアはハイエロー家の娘ということになり、反ハイエローの貴族たちの『聖女をマルオース王子の婚約者にして、ハイエローの娘が次期王妃になるのを妨害する』という最大の目的を潰すことが出来るのだ。
これで俺と結婚しようがマリアと結婚しようが、マルオくんの相手はハイエロー家の娘ということになる。
どちらにしてもハイエロー家と王家は婚姻という形で強く結びつくことになり、反ハイエロー陣営の貴族たちにとっては面白く無い結果となるのだ。
ハイエローの娘を次期王妃から引きずり下ろすために運動していた反ハイエロー陣営の動機は失われ、ここに『婚約破棄フラグ』はしっかりと折られることとなったのである。
いやぁ、正直マリアをハイエロー派閥に引きずり込んでおいたのは正解だったなー。
これだけでも、育成の苦労が報われたってものだ。
…………
― ハイエロー邸 ―
養女となったマリアは、ハイエロー家の屋敷で俺と一緒に生活していた。
マリアの両親も寝泊まりはハイエロー家の屋敷でしてもらい、自分たちの店であるパン屋には護衛付きで通ってもらっている。
ちなみにパン屋はマリアが聖女になった影響で、連日大盛況なのだそうだ。
元々庶民の店にしてはけっこう美味しいパン屋さんだったので、宣伝効果で人気が出るのも当然だろう。
一緒に暮らしていると、当たり前だがマリアと話す機会が多くなった。
話す中身はやはり、学園や恋愛の話などがメインである。
で、その肝心のマリアの恋愛なのだが――。
「ねえマリア、本当にユリオスでいいの? 求婚者の中には、もう少しマシなのもそれなりに居ますわよ?」
「だってお姉さまー……他の人たちは、あたしが『聖女』だから求婚しているだけじゃないですかー。 その点ユリオス様だけは、本気であたしのことが好きなんだろうなって信用できますから」
聖女となったことで山ほどの求婚話が舞い込み、そのおかげで山ほどの迷惑を求婚者に掛けられたマリアは、いっそもう結婚相手を決めてしまえばこの騒動が収まるのではないかと考えたらしい。
そこで結婚相手として選んだ相手が――。
「ユリオスねぇ……」
「ユリオス様は、なんだかんだでいい人ですよー」
うん、知ってる。
知ってるけど――残念な人でもあるんだよなー。
「でもねマリア、あなたはもうハイエロー家の庇護のもとにあるのですから、そんなに急いで相手を決めなくても良いのですよ? 何も慌ててユリオスなんかに決めなくても……」
「だって求婚されるのが面倒臭いんですもん」
「面倒臭いって……あなたねぇ……」
「この際もう、ユリオス様でいいですよー。 選ぶの面倒だし」
どうやらマリアは諸々面倒だから、ユリオスくんとの結婚を決めたようだ。
イヤ、お前本当にそれでいいのか?
結婚とか、一生の問題だぞ?
面倒だからなんて理由で決めて、本当にいいの?
しかもユリオスくんとか――。
本当にいいの?
――――
― アキエムの森 ―
3月も半ばとなった。
激動の2年目はようやく落ち着きを見せ、日々の生活は仮初の平穏を取り戻している。
3度目となる春の『恋のどきどきイベントスロット』は、<フラワキ> と <中庭> で <桜を観る>という結果であった。
ぶっちゃけ『婚約破棄』フラグを無事にへし折った感のある今では、この『恋のどきどきイベントスロット』なるものの存在感などもはや無いも同然なのだが――。
フェルギン帝国の工作員として現在軟禁中であるフラワキくんとのイベントというのは、さすがに気になっていた。
そしてその疑問は、すぐに回答を得ることになる。
フラワキくんは工作員として逮捕・拘束されたが、自分が捨て駒として帝国に見捨てられたと知るやすぐにアッカールド王国へ亡命することを決意し、帝国に関する貴重な情報源として王国に協力していたらしい。
そしてこの度めでたく王国への貢献が認められ、亡命が認められ王国国民となるとともにレインボー学園への新年度からの復学も決定したのだそうだ。
実を言うと、これはマルオくんの提案によるものだったりする。
そもそもフラワキくんはマルオくんと肩を並べるほどの優秀な生徒だったので、亡命を認めて復学させることによって、将来有望な人材を確保できるとマルオくんは考えたのだ。
そしてこのことにより、マルオくんは個人的にフラワキくんに対して恩を売ることになる。
上手くいけばフラワキくんは、王国にではなくマルオくん個人に忠誠を誓う腹心になってくれるかもしれない。
この件は温情などでは無く、政治なのだ。
――と、いう訳で。
そんなこんなでフラワキくんが、新年度からレインボー学園に復学することが決まった。
復学しても帝国との戦争直後のこの時期では、たとえ亡命者として王国に協力していたとしても、学園でボッチになることは免れまい。
仕方が無いから、俺たちの派閥にでも入れてやろう。
春からの学園生活はより一層、賑やかになりそうである。
そうそう、春からと言えば――。
新たにレインボー学園に通い始める、忘れてはならないキャラがもう1人いる。
見た目は美少年で中身はイケメンの、2つ年下の我が弟――『アナキン・ハイエロー』である。
新年度からレインボー学園の1年生となるアナキンは、3月の初旬にはもう王都のハイエロー邸に到着。
アナキンがほんのりと王都での生活に慣れたであろうことから、新入学前の恒例行事をすべく俺たちは現在、ゴブリンやオークなどが出没する『アキエムの森』に出向いていた。
――レベル上げである。
今回アキエムの森でレベル上げをするのはアナキンの他に3人、グランダ男爵の息子ルーフとベリダー子爵の息子ダルス、パルプティン伯爵の息子ジョーダ。
もちろん3人ともハイエロー派閥の一員で、その中でも優秀とされる者たちばかりだ。
俺たち2人は今回、アナキンたちの付き添い兼護衛――というのは建前で、面白半分でついてきただけの見物人である。
2人というのは、俺とマリア。
学園が休みということで、アナキンたちのレベル上げをニヤニヤしながら見守るのが、我々姉2人の本日の予定だ。
アナキンの取り巻き3人はそれぞれ、片鎌槍・戦鎚・魔道杖を持ち、全員が鉄の全身鎧を身に着けている。
そして、アナキンはというと――。
なんか、金ぴかの全身鎧なんぞを着ていたりしていた。
今日は良い天気なので、時折差し込む木漏れ日が鎧に反射して目が痛い。
金ぴかの鎧ってのはアレだよねー。
高価そうに見える一方で、なんか成金臭がするよね。
…………
レベル上げは、特にイベントも無く順調に進んだ。
アナキン率いるレベル上げパーティーは、戦い方のバランスがなかなか良い。
おかげで俺とマリアは、暇を持て余している。
ハイエロー家の最高戦力である俺と、回復・治癒に長けた聖女であるマリアは、何かあれば姉の威厳というものを弟たちに見せつけてやろうと、しゃしゃり出るタイミングを待っていた待っていたのだがそれが全く無い。
せっかく目の前で俺Tueeeして『姉より優れた弟なぞ、存在しねぇ!!』的なセリフを決めてやろうと思っていたのに、姉に出番を寄越さないとはつまらぬ弟である。
「そっち、ゴブリンがいますわよ」
「分かりましたエリス姉上! みんな行くぞ!」
俺の出番はせいぜい、魔物探知機として察知したゴブリンやオークのいる方を指さすだけ。
マリアに至っては――。
「お姉さま暇ですー……そろそろ誰か怪我とかしませんかねー」
などという愚痴をこぼすほど、暇を持て余している。
それ、思っていても口に出しちゃダメなヤツだからな。
つーか、マリアよ――。
フラグになりそうだから、そういうセリフはやめれ。
…………
レベル上げは結局、マリアの願いも空しく無事に終了。
俺が魔物を効率よく感知したおかげでレベルもけっこう上がり、目標を早めに達成したアナキンたちは、他のレベル上げをしている連中から獲物を奪い過ぎぬよう夕刻前には帰路に就いていた。
――来月からは、いよいよ新年度だ。
アナキンが入学し、俺はいよいよ3年目の春を迎える。
最後の1年は、どんな学園生活になるだろう。
楽しみでもあり、不安でもある。
邪神とか魔徒四天王とか、正直いらんよなー。
俺はこの『乙女ゲーム』の世界での残り1年で――。
ウン十年ぶりの学園生活を、出来れば満喫したいのだ。
…………
― ハイエロー邸 ―
「ハァ……マリア姉上って、素敵な人ですよね」
レベル上げも無事終わりハイエローの屋敷に戻ったアナキンが、夕食後に自室に戻ったマリアの背中を見送った後、聞き捨てならないそんなセリフを呟いた。
は? ちょっと待って。
アナキンさんや、唐突にどうした?
微妙に顔が赤くなって、ため息なんぞついて――。
はっ! まさか……。
「あ……いえ、あの、そういうことではなくて――」
ジト目で怪しむ俺の目線に気が付いたのか、急に言い訳みたいなことを言いだすアナキン。
つーか、そういうことではないなら、どういうことなのかな?
「ほ、ほら、人として素敵と言うか、客観的に見ても美人だし作るお菓子も美味しいしちょっと天然なところが可愛らしくて好きだなと言うか……あ、でもそれは恋愛的な好きとかではなくて――」
怪しい……。
実に怪しい……。
「と、とにかく、そういうのじゃありませんからー!」
俺のジト目に耐えられなくなったのか、アナキンはバタバタと自室へ逃げて行った。
ふむ、まさかとは思うが――。
アナキンのヤツ、マリアに惚れたのでは無かろうな。
義理の姉になった聖女に恋をするとか――。
そんなややこしい恋愛、今更いらんぞ?
――――
― 3月の末 ―
入学式を間近に控えたアナキンが、その制服姿を俺に見せに来た。
「どうですかエリス姉上、似合いますか?」
「ええ、とっても似合いますよ」
しかしながら俺は、浮かべている愛想笑いとは裏腹に内心では頭を抱えている。
なんとなれば――。
アナキンの制服が、金色だったのだ。
この『乙女ゲーム』の世界では、攻略対象などの主要キャラ以外の制服は一律エンジ色である。
つまり――。
うーむ、油断してた……。
つーか、レベル上げの時にアナキンが金色の鎧を身に着けていた時点で、なして気が付かなかったのだ俺よ。
アナキンがマリアに惚れたっぽいのも、たぶんこれが原因だろう。
そう、我が弟アナキンは――。
8人目の『攻略対象キャラ』だったのである。
てっきりレインボー学園だから、攻略対象キャラは7人だと思い込んでいた。
うむ、騙されたぜ。
まさか8人目がいたとは……。
しかも3年目の春に、新入生という形で加入という……。
これはアレだ。
たぶんアナキンは、恋愛系のゲームによくあるという――。
『隠し攻略対象キャラ』ってヤツなんだろうなー。




