聖女マリア
なんとか間に合った……。
― 1月末 ―
「エリス様~、面倒なのでパーティーを欠席できるようにして下さい~」
「諦めなさいマリア。 今回の戦勝パーティーは王家の主催、アタクシに言ってもどうにもなりませんわ」
帝国に遠征していた王国軍が帰還した。
戦の論功行賞の内容もほぼ決定し、明日に迫った戦勝パーティーでマリアは表彰されることになっている。
「じゃあマルオ様~、面倒なのでパーティーを――」
「駄目だよマリア。 君は戦勝パーティーでは平民の代表なんだ、欠席されると表彰する側の私が困る」
戦勝パーティーの主役は、総大将として軍を率いたマルオくんだ。
ちなみに俺はパーティーには招待されていないが、マルオくんの同伴者という立場で出席することとなっている。
「往生際が悪いですよマリア」
「マルオ様に表彰されるのですから、素直にパーティーに出なさい」
アンとガーリも、戦勝パーティーには出席する。
もちろんこれは、ラルフくんとコレスの同伴者という立場でだ。
「そうだぞマリア! 俺様と一緒に表彰を受けて、戦勝パーティーのステージで輝こうではないか!」
ユリオスくんもキーロイム家の軍を率いての活躍で、表彰されることが決まっている。
仲間内の男子で表彰されるのは、総大将だったマルオくんとユリオスくんの2人だけだ。
他の男子たち――コレス・ラルフくん・ガルガリアンくんも表彰こそされないが、学徒動員兵の中でも功績のあった者として戦勝パーティーに招待されている。
つまり我々9人は全員、戦勝パーティーに出席することが決まっているのだ。
この状況でマリアだけ戦勝パーティーに出ないなどと、俺はもちろん他のみんなだって許すつもりは毛頭無い。
それに今度の戦争で怪我を負ったユリオスくんが、たまたまその時キーロイム家の軍の近くに配属されていたマリアに治癒魔法で治療されたこともあり、どうやらいよいよマリアに惚れてしまったようなのだ。
なので――。
「そうだ! もしどうしても表彰を拒否するというのなら、俺様の同伴者として出席すればいい! そうすればみんな一緒に戦勝パーティーに――」
「アホですの? そんなものは却下ですわ。 そもそもパーティーに出席しておきながら表彰を受けないなど、許されるはずなどないでしょう?」
そう、このアホ――ユリオスくんがマリアに欠席などさせる訳が無い。
表彰を受けないなら同伴者に――などと言うユリオスくんは、どうやらマリアと結婚まで考えているくらいマリアのことを好きになってしまったらしいのだ。
ちなみにユリオスくんの『結婚を前提に、俺様とつきあってくれ! も、もちろん妾になどするつもりは無い、ちゃんと正妃にするつもりだから!』などという告白に、まだマリアは返答をしていない。
ユリオスくんは両親にも『マリアと結婚する!』と宣言したらしいが、当然ながら両親も現在絶賛反対中である。
普通は貴族が平民と結婚とかあり得ないからね、この世界。
ましてや正妃とか、両親にしてみれば自分の息子が狂ったとしか思えなかっただろう。
――あれ? 待てよ。
だったら『乙女ゲーム』内で、マリアはどうやって攻略対象キャラと結ばれたんだ?
バリバリ平民のマリアならば身分差のせいで、それこそハイエロー家の娘である俺以上の障害があってもおかしくないはずなのだ――もっとも、俺の場合は対象が限定的だが。
やっぱ、主人公補正とかあるのかねー。
なんか不公平感が半端ないから――。
マリアには、もう少し苦労をしてもらいたいものである。
――――
忘れていたが、冬の『恋のドキドキイベントスロット』は『マルオくんとハグする』というものであった。
これは王国軍の帰還時に出迎えた際、終了している。
報告は以上。
――――
― 戦勝パーティー会場 ―
「マリアは大丈夫でしょうか?」
頭の両側に大きな花飾りを付けパステルブルーのドレスを身に纏ったアンが、心配そうに呟いた。
「貴族の中に1人だけ平民ですからね」
首にゆったりとした真っ白なストールを巻きパステルグリーンのドレスを身に纏ったガーリが、これまた心配そうに相づちを打つ。
アンとガーリの心配も分からないでもない。
同じく表彰されるということで先乗りしていたユリオスくんに聞いたところ、到着するなりマリアは世話役である下級貴族の娘たちにドナドナされていったのだそうだ。
――これは確かに嫌な予感しかしない。
世話役の貴族の娘たちなど、式典の世話役として働くことであわよくば戦争で活躍したそれなりに力のある貴族に見初められて、少しでも良い縁談をとか考えている連中ばかりである。
それが、ただでさえ見初められる機会が少なくなる女性の表彰者の世話役な上に、相手は自分たちより身分の低い平民であるマリアなのだ。
世話役である貴族の娘たちにとって、この状況が面白いはずは無い。
どこぞの悪役令嬢よろしく、腹いせにマリアを虐めようと考えることも十分考えられる。
表彰者の控室では、平民はマリアただ1人。
ハイエロー派閥の人間も送り込めていないし、控室は女性専用なのでマルオくんやユリオスくんもいない……。
――ふむ。
「ちょっと様子を見てきましょうか?」
もうそろそろ式典が始まる時刻だ。
様子を見に行くならば、タイミングは今しか無い。
「賛成です」
「行きましょう」
アンとガーリの2人を引き連れ、控室へと向かう。
関係者でも無いのに大丈夫かだって?
そんなもん、マルオくんの婚約者という錦の御旗と【威圧】のスキルで強行突破だ。
「お邪魔しますわね」
ガチャリと控室の扉を開け、けっこう広い室内を見渡す。
――いた、マリアだ。
「エ゛リ゛ス゛さ゛ま゛~、た゛す゛け゛て゛く゛た゛さ゛い゛~」
入ってきた俺たちを見るなり、室内の隅っこで蹲っていたマリアが半泣きで助けを求めてきた。
マリアは壁に背を向けながら、両腕を胸を隠すように組んでいる。
――何があった?
聞くと世話役の連中に、用意されていた純白のドレスを無理矢理着せられ、そのまま放置されていたとのこと。
ドレスは背中と胸が大きく開いていた。
それは背中に白いまだらな痣を、左胸には黒く大きな丸い痣を持つマリアにとって、どうしても着たくない1着であったのである。
「困ったわね、替えのドレスを用意しようにも今からでは間に合わないわ――マリア、とりあえずドレスを着た姿がどのようなものか、アタクシたちに見せてみなさい」
「……はい」
立ち上がったマリアが、おずおずと組んでいた腕を下ろす。
途端――。
真っ黒で禍々(まがまが)しい髑髏が、俺の視界を覆いつくした。
そうだった――以前、海水浴イベントの時もこいつを見たんだった。
決して気のせいでは無い、恐らく邪神に関係していそうな髑髏……。
「かなり見えてしまってますわね」
「どうしたものでしょう?」
髑髏が消えると、そこには大きく胸の部分が開いた白いドレスを着たマリア。
胸の空いた部分の左側には、以前と変わらず黒くて丸いけっこう大きな痣が――あれ? 気のせいか前に見た時より、痣が大きくなってね?
おっと、そんなことよりもドレスのこの仕様をどうするかだ。
替えのドレスが無い以上、痣を何かで隠すしか――。
つーか下手にドレスが白いせいで、隠れている部分の痣まで透けて見えているし……。
あ……あれなら隠せるかな?
「アン――あなたのその頭の花飾り、1つ貸していただけます?」
「あ、はい……なるほど!」
アンの頭に付いている2つの大きな花飾りのうち1つを受け取り、マリアのドレスの左胸に付けてみた。
――よしよし、ギリだけどちゃんと痣が隠れるぞ。
「さすがエリス様」
「どうにか隠せましたわね」
やはりアンとガーリには、髑髏など見えていないようだ。
でないとこんな反応はできない。
それよりも――。
「胸の痣はね――問題は背中ですわ」
アリスに背中を向けさせると――やはりまただ。
俺の視界は、真っ白な美しい翼――天使の羽に覆いつくされた。
それはもういい!
分かったから、早く視界を戻せ!
視界が戻ると、そこにはマリアの背中。
背中がハリウッド女優のドレスばりに開いているので、マリアの背中にある白い痣がかなり見えている。
――さて、こちらはどうしようか?
「マリア様、これは使えませんか?」
ガーリが自分の首に巻いていた白いストールを、俺に差し出してきた。
ゆったりと巻かれていたストールは広げるとかなりの面積があり、巻き方を工夫すればマリアの背中の痣もしっかり隠せそうだ。
「でかしましたわガーリ、これならば――」
と思ったのだが、実を言うとストールの巻き方なんぞ俺は良く知らん。
たまに侍女に巻いてもらうこともあるが、良く覚えていないのだ。
つーか中身おっさんなので興味が無く、覚える気も無かったという……。
「わたくしが巻きましょう」
ピタリと手が止まった俺を見かねたのか、アンが代わりにストールを手に取った。
見ているとあれよあれよという間に、上手いことマリアの背中の痣が隠れた。
あらアンさんってば、お上手。
「これでなんとか――ですね」
「でも白のドレスに白のストールというのは……」
「贅沢は言ってられませんわ――マリア、これでよろしいですわね?」
「あ゛り゛が゛と゛う゛こ゛さ゛い゛ま゛す゛~」
「お礼とかいいですから、とりあえず鼻水をなんとかしなさい」
これでマリアの痣は見えなくなった。
あとは――マリア担当の貴族の娘は、クビにしておいたほうがいいだろう。
えーと……代わりはアレでいいか。
「そこのあなた――ちょっといらっしゃい」
「は?……あの、わたしでしょうか?」
「そう、あなたよ」
なんとなく手持無沙汰でかつ人の好さげな女の子がいたので、呼びつけてマリアの世話係を無理矢理頼んだ。
困っただろうが気にするな、とりあえずなんとか頑張ってくれれば悪いようにはしない。
もちろんちゃんと無難にこなしたら、結婚相手くらいなら世話してやらんでもないぞ。
幸いにも反ハイエロー派閥の家の娘では無かったので、縁談ならいくらでも紹介してやれるし。
金持ちとイケメン、どっちが良い?
――さて、そろそろ会場へ行かないと。
俺の【真・腹時計】のスキルが、式典の始まりがそろそろだと教えてくれている。
そうだ!……君の名前なんつったっけ?
おぢさん記憶力悪くってさー。
あぁ、そうそう『ユーコ・ロンド』ちゃんだったね。
え? 今初めて教えた? そうだっけ?
まぁ、とにかくあとはよろしく~。
お礼は必ずするからさ。
…………
戦勝式典が始まった。
序盤は良く分からぬ偉い人の、つまらなくも長ったらしいお話。
これは古今東西はおろか異世界でもなぜか決まっているという、悪しき伝統だ。
そして王様のお言葉があり、マルオくんが表彰されて今度はマルオくんのお言葉。
次に表彰はされないけれども、戦争で功のあった人の一覧が読み上げられた。
これがまぁまた、長いこと長いこと……。
こんなもんは正直、名前が読まれる人の身内しか真面目に聞かんだろう。
――いよいよ表彰が始まった。
マリアの順番は、意外にも最後のほうだ。
1人2人と表彰を受け、徐々にマリアの順番が近づいてくる。
あと3人……あと2人……あと1人……いよいよ次だ!
「占領地方面救護隊、マリア殿」
「は……ほい!」
司会進行役の人に呼ばれ、明らかに緊張した返事をしたマリアがステージの中央へ。
ガッチガチに緊張したままマルオくんの前に立った。
「救護隊で多大な貢献をしたマリア殿には、勲七等白雀勲章を授与するものである」
これまた進行役の人に授与の内容を宣言されたマリアは、ド緊張しながらマルオくんにメダル型の勲章を首に掛けられる。
会場中から割れんばかりの拍手が巻き起こり、これでマリアは平民の英雄となった。
挨拶を終え壇上から降りたマリアを、俺たち女子で囲む。
緊張しただろうが良く頑張ったなマリア、立派だったぞ。
ラルフくんやガルガリアンくんも交えてワイワイと、表彰されたマリアを祝ったり冷やかしたりしているうちに、いつの間にか表彰は終わっていた。
あ……ユリオスくんが表彰されるところを見逃しちまったなー。
――まぁ、いいか。
ユリオスくんだし。
表彰が終わると、あとは親睦を深めるとかなんとかのための立食パーティーである。
ハイエロー派閥は基本この戦勝パーティーからはハブられているので、俺は立場上この場ではハイエロー家の代表となってしまっていた。
おかげで反ハイエロー以外の貴族たちが、ひっきりなしに俺のところに挨拶にやってくる。
仲間たちとパーティーを楽しみたいというのに、面倒なことだ。
しばらく友人たちを放ったらかしにして、挨拶に来る貴族の皆さんと社交辞令の打ち合い。
いいかげんメンタルがしんどくなった頃にようやく挨拶の隙間が出来たので、急いでみんなのところに逃げようと思って会場を見回してみたら――あれ? みんなどこだ?
ラルフくんとガルガリアンくんは一緒にいるが……。
ふむ、マルオくんとユリオスくんは俺同様、挨拶に追われているようだ。
コレスはいつもの如くマルオくんの護衛としてくっついている。
女子のみんなはと言えば――。
立食パーティーということでそれぞれ、自分の食べたいものを食べに行っている。
あいつらめ、結局食い気に走りやがるか――まぁ、俺もこれから行くつもりなんだけどさ。
もうさっきから挨拶に追われて、パーティーの食事をまだひと口も食べていないのですよこれが。
あー、あのローストビーフ美味そうだな……。
パーティー会場のフードコーナー――正式名称は知らん――へと近づいていくと、マリアと貴族の娘らしき2人の娘が何やら話しているのに気付いた。
学園の生徒とかではないな、少なくとも俺の記憶にはあいつらの顔は無いし。
ん? なんかマリアが嫌そうな顔をしている。
ひょっとして絡まれてるのかな?――しゃーない、助けてやるか。
「失礼致しますエリス嬢、ご挨拶が遅れました――覚えておられますかな? ジャマー子爵でございます。 お父上におかれましては、ご健勝――」
くそっ、こんな時に挨拶攻撃とか止めれっつーの。
ったく、これだからおっさんは……。
挨拶をも右から左に受け流しながら、気になるのでチラチラとマリアのほうを見ていると、貴族の娘2人組が去ろうとしているのが――イヤ、違うか?
貴族の娘のうち、より派手なほうがわざとらしくコケたふりをして――。
マリアのストールを掴んで剥ぎ取ろうと……おい、やめろクソ餓鬼!
「やめて下さい!」
慌ててマリアが抵抗しようとしたが、間に合わずにストールが奪い取られた。
マリアの背中の白い斑な痣が、露になる。
恥ずかしさと怒りで叫び出しそうになったマリアだが、別な人物の大きな叫びのおかげでそれは未然に止まった。
その人物とは――。
「天使じゃあ! 天使の羽じゃあ!!――まさか……まさかまさかまさか!」
七色教の教主――サンレイン三世さんであった。
――マジかあの爺さん。
マリアの背中を見て、俺と同じく天使の羽が見えたのか……。
俺は女神ヨミセンの使徒だから見えるのであろうが、普通の人にあの羽は見えないはず。
ほほう……なるほどあの爺さん、七色教の教主の地位は伊達ではないらしい。
「聖魔法は……あなたさまはもしや、聖魔法を使えまするか!」
「あ……え、はい」
「やはりそうでしたか!――あぁ、間違いない……間違いない!」
何事が起きたのかと、会場中の耳目がマリアとサンレイン三世さんに集まる中――。
「この方は……このお方は――」
その宣言は成された。
「『聖女』様じゃ!!」
…………
このサンレイン三世さんの言葉で、この日から我が友マリアは――。
『聖女マリア』となった。
そのおかげで俺は――。
またまた厄介な立場に置かれることになるのである。




