対決の準備
久しぶりのスロット回となります。
― 特殊神経ガス散布の3日後 ―
――またつまらぬ俺Tueeeをしてしまった。
つまらぬ俺Tueeeというのはもちろん、帝国軍の大量虐殺のことである。
ドローンのAIによると侵攻中の帝国軍73万2981個体のうち、73万2964個体の機能停止に成功したらしい。
機能停止とは、分かりやすく説明すると殺したという意味である。
生き残れたのは、僅か17個体――つーか、17名。
【完全回復魔法】を使える者が従軍していたのか、それとも【毒無効】のスキルを持った者がけっこういたのかは定かではないが、帝国軍はこの17名を残して全滅という結果となった。
帝国軍の数をかなり減らせるだろうとは俺も考えてはいたが、さすがにここまで情け容赦の無い結果になるとは――。
正直、想定以上の戦果だ。
生き残りは恐慌状態になりながら敗走することとなり、ここに帝国軍の脅威は消滅した。
これによりハイエロー軍は、現在領内に潜伏している工作員の洗い出しと殲滅に専念できることになったのである。
影の者たちが収集した情報によると、敗走した帝国軍の生き残りの中には、全軍の総大将である第1皇子――デリン・ビ・フェルギンはいなかったとのこと。
どうやら帝国は、軍だけではなく皇位継承者をも失ったようだ。
泣きっ面に蜂というヤツだが、自業自得だ。
そもそも戦争なんぞを仕掛けてくるのが悪い。
――で、やっちまった俺は何をしているかというと。
「これを全て帝国に流しなさい、できるだけ貴族や帝国の有力者を狙ってね。 売却して得た資金は、帝国内の反乱勢力への支援や後継者争いを煽る工作に使いなさい――他に有効な策が見つかればそちらに振り向けても構いません、判断は任せます」
これも前回の異世界で『ヤバいアイテム』のスロットで手に入れた『白い粉』(※第41部分参照)を、帝国内に流す指示を、ハイエロー家の影の者に対してしているところだ。
ちなみに『白い粉』の詳細はこんな感じ。
――――――――――――――――――――――――――
白い粉:1000kg
飲んで良し、吸って良し、注射して良しの、気分がとても良くなる粉。
100gずつ、袋に小分けしてある。
痛み止めとしても優秀だが、依存性が非常に高いので注意が必要。
――――――――――――――――――――――――――
こんなもんを帝国内に流通させようなど極悪非道にも程があると思われるかもしれないが、帝国の国力はアッカールド王国の約2倍――人口に至っては3倍近くもの多さだ。
ここでもうひと押しして国力を削いでおかなければ、またそのうちに王国へと侵攻してくるに違いない。
なので、出来ることなら帝国を割っておきたい。
反乱や後継者争いを起こさせたいのは、そのためだ。
フェルギン帝国が50年前とは違い今回これほどの大軍を動員できたのは、周辺の中小国を侵略・併呑したからである。
侵略されてからそれほどの年月が経過していないこれらの国ならば、帝国に反旗を翻し反乱を起こしてくれるはず。
ノットール父上さんも独自の外交ルートで、帝国の周辺国に反乱の支援をそそのかして――もとい、支援を交渉している。
上手く連携できれば、反乱を占領国家の独立にまで持っていけるだろう。
後継者争いまでオマケで起こすことができれば最高だ。
今回こそ帝国軍を俺のチートで叩き潰せたが、今後のことを考えれば帝国は是が非でも割っておきたい。
そのためには『白い粉』だろうが何だろうが、使えるブツは使うべきだろう。
それに、本音を言えばヤバい系のブツは、処分できる時にしてしまいたい。
持っていると、やっぱりなんとなく落ち着かないので。
――それはさておき。
帝国軍73万2964人を殲滅したという今回の戦果は、ドローンという兵器による神経ガスの散布によるものだ。
そしてこのドローンたちに命令したのも、ドローンの持ち主も俺である。
ということは、帝国軍73万2964人という数を殺したのは俺ということとなるので……。
つまり――。
まぁ、なんだ……何が言いたいかというと――。
なんかね、レベルが上がっちゃったんすよ。
しかも上限の100まで、カンストという……。
ちなみに、エリスのレベルは上がってはいない。
上がったのはエリスの中身である、俺のレベルだけだ。
そりゃまあそうだよねー、同じ人間を殺してレベルが上がっちゃうと、どう考えても世紀末な世界観になっちゃうもの。
人を殺せば殺すほど強くなる世界とか、さすがにヤバいよねー。
――ん? そういう俺だって人間じゃないかって?
ちっちっちっ……ところがそうじゃないんだな――たぶん。
そこはほら、今の俺は女神ヨミセンさんの使徒って設定だしさ。
そもそも人間が他の人間に憑依するとか、普通に考えてあり得ないし。
まぁ、アレだ――。
オデ……モウ、ニンゲンチガウ。
――ということなのだろう、たぶん。
で、それはそれでいいとして。
さっきから俺が何を悩んでいるかと言うと、レベルアップしたおかげでスキルポイント――【スキルスロット】を回すためのポイントがガッツリ溜まってしまったので、スロットを回すかどうかを悩んでいたのである。
ぶっちゃけこの『乙女ゲーム』の世界で、『これ以上チートになってどうすんだ?』という気もするのだが――。
これから邪神はもちろん、その配下の魔徒四天王との戦いになるかもしれないので『その時に備えてスキルを充実させておくべきだろうか?』とも思うのだ。
でも、ただでさえレベルが上がったおかげでステータスの数値も爆上げし、人間離れに拍車が掛かってしまっているのだ。
そこへ更にチートスキルを増やすのは、さすがにやり過ぎな気がする……。
でもなー……うーむ。
やっちまおうかなー。
どうせ今だってチートなんだし、この上更にスキルがテンコ盛りになったところで、自重して使わなければいい話だしね。
――まぁ、その自重が出来なくて、つまらぬ俺Tueeeをしてしまっているんだがさ。
よし! やっちゃえ、おっさん。
悩む時間が勿体無い。
下手な考え休むに似たり、ってね!
あ、でもさすがにここではやらぬほうが良いだろう。
後で自分の部屋でやろうっと。
――――
― 夜・自室 ―
「【スキルスロット】」
久しぶりに半透明の筐体が姿を現す。
スキルポイントもたくさんあるし、寝る前にガンガン行くぜ!
このスロットの仕様を考えれば、10の倍数であるレベル70・80・90・100でスロットが揃う確率が大幅に高くなり、高確率ゾーンはたぶん前倒しされるはずだ。
4連続でボーナスが揃う可能性が高く、ボーナスが揃うと高性能化する代わりに、通常3つのスキルが手に入るところが1度に1つのスキルしか手に入らない。
なのでスキルの数を稼ぐために、まずは無難にスキルポイント1で回せる『便利スキル』のスロットを回すことにする。
このスロット、欲しいスキルがなかなか手に入らないのである。
では始めようか。
行くぜスロット!
――レバーオン!
そして停止。
停まったリールは――。
<取得経験値増加> <取得経験値増加> <取得経験値増加>
という目であった。
すかさず脳内に――。
《【ボーナス】が揃いました。ボーナスが揃ったことによって、スキル【取得経験値増加】が【取得経験値2倍】へとランクアップします》
というアナウンスが――。
イヤ、こら、ちょっと待て。
俺のレベルってば、つい最近カンストしてしまったのだが……。
今更経験値が2倍になったところで、何の意味も無くね?
つーか、経験値2倍とかケチ臭いことは言わず、いっそ100倍とかにしろよと言いたい。
まぁ、100倍になったところでやっぱり意味は無いのだがさ。
さて、気を取り直して次だ次。
2回目――<毒耐性> <毒耐性> <毒耐性>
《【ボーナス】が揃いました。ボーナスが揃ったことによって、スキル【毒耐性】が【毒無効】へとランクアップします》
イヤ、既に【毒使い】のスキルの副次効果で、『毒無効』の能力は持っているのだが……。
どして今更なスキルが立て続けに来るかなー。
3回目――<異世界言語翻訳> <異世界言語翻訳> <異世界言語翻訳>
《【ボーナス】が揃いました。ボーナスが揃ったことによって、スキル【異世界言語翻訳】が【異世界言語取得】へとランクアップします》
イヤ、【異世界言語取得】とか言われてもだな……そもそも前の異世界もそうだけど、この『乙女ゲームの世界』もフツーに日本語で通じるんだが……。
4回目――<晴れ男> <晴れ男> <晴れ男>
《レベル上限到達記念の【ボーナス】が揃いました。レベル上限到達記念ボーナスが揃ったことによって、スキル【晴れ男】が【神光召喚】へとランクアップします》
イヤ、ちょっと待って。
これってさすがに、ランクのアップ度が間違ってない!?
【晴れ男】が【神光召喚】になるとか、もう別物のスキルな気がするんですけど!?
つーか、『神光』って何なのよ!?
気になるので調べてみよう。
――――――――――――――――――――――――――――――――
【神光召喚:極】
使用すると、神々しい光を降り注がせることができる。
――――――――――――――――――――――――――――――――
ん? それだけ?
ひょっとして名前だけ凄そうだけど、特に効果が無い系のヤツ?
まぁいいか、雨の日とかに買い物行く時使おうっと。
これは案外使えそうなスキルだ、うむ。
――残り33ポイント。
ここからはボーナスが揃う確率はほぼ無いはずなので、1回毎に3つのスキルが手に入るはずだ。
まずは3ポイントを使用する『戦闘スキル』のスロットを回そう。
ハイエロー家には『宝剣』があるので、『剣術』のスキルを狙うのだ。
たぶん『宝剣』より俺が既に持っている『超合金乙製の包丁』のほうが強力だとは思うが、やはり剣の類は男のロマンなので使ってみたいのである。
――てな訳で、来い!【剣術】スキル!
なんなら【刀術】でもいいぞ!
レバーオン!
<盾術> <氷上移動> <木刀術>
イヤ、違うんだな……。
【盾術】と【氷上移動】はいいんだが――【木刀術】、おめーは何か違う。
俺が使いたいのは『刀』であって『木刀』では無いのだ。
よし、気を取り直して――。
戦闘スキル2回目――<命中率上昇> <雪上移動> <鎚術>
おぉ! なんかまともな武器のスキルが来たぞ!
【鎚術】――ということは、ハンマーとかだな。
あー、でもなー。
俺はともかくエリスがハンマーとかは……イヤ、でも、それはそれでギャップ受けするかもしれん。
――アリだな。
戦闘スキル3回目――<砂上移動> <騎乗戦闘術> <斧術>
これもなかなか良いスキル群。
【騎乗戦闘術】は馬などの生き物に乗って戦うためのスキル、【斧術】はもちろん斧で戦うスキルである。
そして――。
戦闘スキル4回目――<剣術> <刀術> <泥上移動>
キタ――――(・∀・)――――!!
ついに【剣術】が来た……ついでに【刀術】も来た!
イヤ、もの凄く嬉しいんだが――この【剣術】が冒険者だった前の異世界の時に出てくれていれば、俺が主役の物語が書けていたものを……。
あと【氷上移動】【雪上移動】【砂上移動】に加えて【泥上移動】なんてスキルまで手に入ったので、これでだいたいどんな場所でも移動を阻害されることは無さそうだ。
まぁ、そんな場所へと行く機会は無いと思うけど――ほら、俺ってばご令嬢だしー。
よし、目的の戦闘スキルは手に入ったことだし――。
お次は4ポイントで回せる『魔法スキル』のスロットだ!
――てな訳で。
レバーオン!
魔法スキル1回目――<殺菌> <運上昇付与> <詠唱破棄>
イヤ、これもちょっと待て。
【殺菌】はおかしな病気が流行る時期とかにはとても有用だし、【運上昇付与】は味方や自分の運の数値を上げられるのだからこれも有用なのだろう――まぁ、運は俺には有り余っていたりするのだが……。
だが【詠唱破棄】よ――おめーは駄目だ。
つーか、そもそも魔法スキルで詠唱したコト無いんだが……。
この【詠唱破棄】ってスキル、意味なくないすか?
よし、気を取り直して――って、なんか気を取り直すことが多い気がするな。
うむ、気にするのは止めよう。
レバーオン!
魔法スキル2回目――<落とし穴> <腐食> <麻痺>
これもどうなのよ。
【落とし穴】はともかく【腐食】と【麻痺】に関しては、毒の種類を自由に選べる【毒球】という魔法で代用できてしまうので、能力的にカブるんだよなー。
つーか、効果がダブるスキルはいらねっつーの。
魔法スキル3回目――<氷の突起> <雨乞い> <配下強化>
【氷の突起】は地面から先の尖った氷が勢いよく突き上がってくる魔法、【雨乞い】はそのまんま雨を降らせる魔法だ――2つとも、それなりに使えそうな魔法である。
あとは魔力を常時使い、配下を魔法で強化することになる【配下強化】のスキルなのだが――。
ハイエロー家の兵士や騎士は当然ながら俺の配下だし、友人たちのうちアンとガーリとマリアは俺の取り巻き令嬢だから配下みたいなものだ。
これは案外使えるスキルなのではないか?
少なくとも友人たちが少しでも強化されるのなら、歓迎すべきスキルである。
そして――。
魔法スキル4回目――<魔力回復量増加> <重力球> <邪神召喚>
ほうほう、なるほど――――――って、ちょっと待てぇーい!!
【魔力回復量増加】は良いスキルだ――魔力は有り余っているけど。
【重力球】はブラックホールとかではなく、周囲の物体を寄せ集めるだけらしいが、雑魚魔物を集めるのに役立つかもしれない――これも使えそうなスキルだ。
だが問題は――。
【邪神召喚】って、さすがにどうなのよ!
俺は【邪神封印】のスキルを使って、邪神ガンマを封印することが決まってるはずだよね?――たぶん。
これはアレか? 自分で邪神を召喚して自分で封印する、壮大なマッチポンプをやれとのお達しなのか!?
イヤ、そもそも【邪神召喚】のスキルを使わなければ、邪神ガンマを出さずに済むんじゃね?
あ、でもそれだと魔徒四天王の意味が分からぬ……。
うむ、こういう時はスキルをチェックするに限るな。
つーか、最初からそうしろ俺。
――――――――――――――――――――――――――――――――
【邪神召喚:極】
邪神ヘンコーを召喚し、使役することができる。
但し戦闘以外の命令は出せず、それ以外の命令を出すと邪神ヘンコーは術者の拘束を離れ、周囲の生物に対して無差別攻撃を始める。
――――――――――――――――――――――――――――――――
違った……邪神ガンマじゃなかった。
呼び出せるのは、邪神ヘンコーというヤツらしい。
――これはなかなか、凄そうなスキルを手に入れたかもしれない。
邪神と言えばやはりラスボス。
ラスボスが弱いはずは無い。
イヤ、ボスキャラを仲間にすると理不尽な弱体化をするというのが、ゲームなんかのお約束だというのはもちろん知っている。
だがそれでも、モブな仲間などよりは強キャラになるはずだ。
つーか、来たる邪神ガンマとの戦いには、絶対にこいつをぶつけてやらねば。
邪神ガンマ vs 邪神ヘンコー――きっと迫力満点の、壮大でスペクタクルなシーンが見られるだろう。
久しぶりに怪獣映画が観たいな……。
元の世界に戻ったら、あのシリーズとかあっちのシリーズとか一気観しようっと。
さて……なんかもう、すっかりお腹いっぱいになってしまったのだが――。
まだスキルポイントが5ポイント残っている。
ならばもう面倒臭いから、この5ポイントを使って回せる『特殊スキル』のスロットを回してしまおう。
ちょっとばかし人外なスキルが手に入ってしまうかもしれないが、そんなもんどうせ使わなければバレはしないのだ。
――てな感じで行ってみようか。
レバーオン!
結果――<宝箱擬態> <蜘蛛糸> <精力増強>
おう……なんか来たぜ……。
【宝箱擬態】――これは『ミミック』のスキルだな。
だが、宝箱に擬態して俺に何をしろと?
【蜘蛛糸】――俺は【吸着】のスキルも持っているから、これでス〇イダーマンごっこが出来そうだ。
問題は糸がどこから出るかだな――尻からだったら、間違っても人前じゃ使えないよなー。
【精力増強】――は、オークとかのスキルかな?
ぶっちゃけその辺は、年齢的にかなり弱くなってきているので有難い――か?
考えてみたら嫁も彼女もいねーし、何より今は女の子だし――。
精力の使い道、無くね?
――よし、これでスキルポイントは綺麗さっぱり無くなった。
邪神ガンマ対策にも少しはなっただろうし、これにて【スキルスロット】は終了だ。
なので――。
寝る!
――――
― 自宅・執務室 ―
「父上! どうしてそのようなことに!?」
「わしが知るか! ともかく即刻中止するよう陛下を説得せねば――エリス! 万が一は無いとは思うが、帝国が動くようならば、対処は任せるぞ!」
「はい、父上――説得が上手くいくよう、願っております」
「おう! 願っておれ!――まったく、あのクソ馬鹿どもめがロクなことを考えん! 何で今なのだ!」
ノットール父上は俺に領地の防衛を任せ、急ぎ王都へと行ってしまった。
いったい何が起こったのか――。
それは、3日ほど前に届いたマルオくんの手紙から発覚したことである。
…………
帝国軍を撃退して早1か月。
我がハイエロー家は、領内に潜り込んだ工作員を順調に排除することに成功していた。
これでなんとか帝国からの脅威を完全に排除できそうだと安心していた頃に、それは届いた。
マルオくんからの手紙である。
イヤ、まぁ、マルオくんからの手紙は相変わらず毎日届いているのだが、いつもはどうでもいいことばかり書き綴られているその手紙に、困ったことに珍しくどうでも良くないことが書かれていたのである。
その内容とは――。
『大規模な侵攻軍が壊滅し、その軍事力が大きく低下したフェルギン帝国に対して、アッカールド王国がすぐにでも逆侵攻を始めそうだ』
と、いうものであった。




