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鹿の狩猟

話がとっ散らかった気がする。


だが投稿する!

 馬車の護衛も無事終わり、俺たちはサイショの街へと帰ってきた。


 帰りの道中も何事も無く、結局俺は行きも帰りも夜営の見張りをしただけである。

『ランク:布』の護衛の報酬は、1日5000円。

 行きの道中に8日、帰りの道中も8日、計16日なので報酬は1人8万円となる。

 食事を含む諸費用はギルド持ちなので、まぁまぁの収入と言えるだろう。


 これが『ランク:木』になると、報酬は1日1万円。

『ランク:皮』の冒険者ともなると、護衛依頼は1日2万円もの報酬となる。

『エンビェスの青い光』とおばちゃん2人組は、往復で1人32万円の収入だ。

 ……なんとも羨ましい限りである。


「おう、おっさんとアルスじゃねぇか! どうだったよ、初めての護衛は!」

 荷下ろしも終わって昼過ぎ――ギルドへ届けを出しに入ったとたんに声を掛けてきたのは、強面2人組の片割れであるドンゴである。

 スキンヘッドのゴリマッチョのほう。


「護衛のほうは特に何事も無かったんだけどね、王都(あっち)で盗賊討伐の緊急依頼に駆り出された」

「はぁ? 何だってそんなもんに駆り出されるハメになりやがったんだ?」

「あー、ちょっと待ってて。説明するけど、先に届け出してからね」

 俺とアルスくんはギルドの受付に届けを出して、ドンゴの待つテーブルへと向かった。

 なんだかんだで、アルスくんもこいつらとは馴染んでしまっている。


 かくかくしかじかと説明し終わった直後に、そいつはやってきた。

「おー、おっさんとアルスじゃんか。初めての護衛依頼の感想はどうよ」

 強面2人組のもう片割れ、ジャニである。


「こいつら王都(あっち)で緊急依頼に駆り出されたんだってよ。しかもそれが――」

 ドンゴがジャニに説明を始めた。

 あー、これはアレか?

 もう1回、今度はジャニに同じこと話さないといけない流れってヤツか?


 面倒くせー……。


 …………


「なるほどなー、そりゃご苦労さんだったな――赤い鎧っつーと、第3騎士団だったか」

「知ってるんですか?」

 ジャニが赤い鎧の騎士団を知ってる風だったことに、アルスくんが食いついた。

 向こうでは空気が微妙だったこともあり、あの騎士団については詳しく聞けなかったのだ。


 ちなみにアルスくんは幼少のみぎりから冒険者志望だったので、騎士団とか詳しくは知らない。

 興味が無いものというのは、なかなか覚え無いものだ。


「確か第1王子が率いてる騎士団だ――王子の癖に騎士団率いるとか、何考えてんだかな」

「そっちは聞いたことがあります。確かギルド反対派の人たちを集めて、騎士団を作ったとか……」

 ジャニの情報に、アルスくんが補足をする――って、ギルド反対派って何?


 俺の疑問に答えてくれたのは、アルスくんだった。

「ギルド反対派というのは『現在冒険者ギルドと結んでいる協定を破棄、もしくは見直すべきだ』と考えている人たちのことなんです」

「なんでまた」


 これには今度はジャニが答えてくれた。

「冒険者ギルドのおかげで貴族の立場が低くなってるとプライドの高い連中は思い込んでるから、そこが面白くないらしいのさ」

「へ? なんでギルドのおかげで立場が低くなるんだ?」

 思わず間抜けな声を出してしまった。


「みんなその辺の貴族より、冒険者ギルドのほうが立場が上だと思ってるからな。なんたって貴族がギルドと喧嘩したら、制裁されて貴族のほうが負けるしよ」

「ギルドが制裁?」

 冒険者が束になって襲うとか――では無かった。


「ギルドは流通と経済を牛耳ってるからな。ギルドがその気になりゃー、そこらの貴族の領地どころかこのトリアエズ王国だって干上がっちまうのさ」

「あー、なるほど。経済制裁か」


 冒険者ギルドは巨大複合企業である。

 この世界の大半の国家と協定を結んだ、経済と流通の根幹をガッチリと掴んでいる企業が敵に回るのだから、他国からの産品は入らなくなり、自国の産品は売れなくなる。

 他の商人を使えばいいだろうと思うかもしれないが、大半の商人がギルドと何らかの取引があるので、まず応じることは無いだろう。


 それでも少しは味方になってくれる商人もいるかもしれないが、国とギルドの協定には検問を設けての荷止めも含まれている。

 そうなると荷物を制裁を受けている地域に運ぶだけで、他の国・地域では犯罪者となってしまう。

 それでも味方になる可能性があるのは、せいぜい密輸業者くらいのものだ。


 そこまでやられれば、大概の貴族の領地などすぐに破綻するだろう。

 破綻しないのは、自領だけで必要なもの全てを賄える場合だけだが、そんな領地などある訳が無い。

 それが国であっても同様で、自国だけで賄えない物など山ほどあるのだ。


 なんかこうなると、冒険者ギルドってハリウッド映画とかで良くある、世界を裏で牛耳っている巨大企業みたいな気がする。

 というかマジでそうなんじゃなかろーか?

 裏でものすごーく暗躍してたりして……。


「だからプライドの高い王族だの貴族だのにとっては、平民の組織の冒険者ギルドに負けるって事実なんぞ認めたく無いんだろうよ」

 なるほどね、その手の連中にとっては平民に見下されているみたいで、ギルドの存在が面白くないということなのか。

 解説ありがとう、ジャニ。


「普通の貴族には、領地の経済を豊かにしてくれる有難い存在なんですけどね」

 こっちは普通の貴族の三男としての、アルスくんの見解である。

 そりゃギルドがあれば領地が豊かになって税の実入りも良くなるし、平民の暮らしが豊かになれば治安も良くなるし領地の管理も楽になる。

 喧嘩するより共生した方が、得なのは間違いないだろう。


「なるほどねー」

「まぁ普通の貴族にゃーそうだよなー」

「そうですよ、だってギルドと対立する意味とか――」

 そこで話は一旦途切れた。


「へー、ここが冒険者ギルドか」

「何だよ、弱そうなやつらばっかじゃん」

「俺たちってば、いきなりサイキョーだったりして」

 なんかいかにもな分かりやすい雑魚キャラが3人、ギルドの中に入ってきたからだ。


 赤・青・金の髪の、若い3人組。

 惜しい――金髪じゃなくて、黄色だったら……。


「あれー、なんか俺たち睨まれてなーい?」

「やっぱオーラとか出てんだよ、俺たちってばさ」

「サイキョーオーラってやつ? 隠せないよねー」

 お前らその態度、いい加減にしとけ。

 ここの冒険者は、そういうのけっこう許してくんないぞ。


 つーかドンゴとジャニが、既にアップを始めてるんだが……。


「冒険者登録ですね」

 受付のおにーさんの声が聞こえる、やはり新人さんらしい。

 どうすっかな、今のうちに避難しとこうかなー。

 俺ってば主人公キャラでも無いくせに、巻き込まれ体質だからなー。


「はーい、依頼の追加貼っときますよー」

 ギルドのおねーさんが、依頼の掲示板に新しい依頼を貼っている。

 こんな嵐の前の空気の中、なかなかにメンタルの強いおねーさんだ。


「あっ! 新しい依頼ですよタロウさん。僕ちょっと、良い依頼が無いか見てきますね!」

「あ、今行くのは――」

 アルスくんは依頼掲示板へと行ってしまった。

 このタイミングで依頼の掲示板見に行くとか……。


「あー、なんかこの先何が起こるか、予想できちまったなー……」

 俺の独り言に応えてくれたのは、ジャニだった。

「奇遇だなおっさん、俺もだ」

 ドンゴはまだ自分がやる気で、指をポキポキ鳴らしてアップ中である。


 おバカ3人組が冒険者登録を終わらせて、依頼の掲示板へと向かった。

 丁度アルスくんが良さげな依頼を見つけたらしく、ペリっと紙を剥がしたタイミングで、である。

 いかにも素直そうな少年冒険者と、おバカな3人組――なんて先の読める展開なんでしょう。


「へいへいそこの坊や、狩猟依頼はまだ10年早くね?」

 イヤイヤ、アルスくん狩猟依頼とかガンガンこなしてるから。


「新人は大人しく、採取依頼にでもしときな」

 イヤイヤ、お前らが新人だから。


「へぇー【鹿の狩猟】かー、面白そうじゃん。坊やじゃ無理だろ、俺たちが代わりにやってやんよ」

 アホの1人がアルスくんから依頼の紙を奪い取り、そんなことを言いやがった。

 イヤイヤ、それアルスくんに喧嘩売ってるようなもんだからな。


 でもってアルスくんも、それを笑顔で許してあげるほど、まだ人間は練れていない若者である。

 となるとここからの展開はただ1つ。


 3人のおバカは、アルスくんに秒殺でボコられたのであった。


「あなた方は新人なんですから、少しは先輩に敬意を払うことを覚えたほうがいいです。それとこの依頼は『ランク:布』以上でないと受けられませんよ、あなた方は『ランク:紙』の新人なんですから、まずは基本の採取依頼から始めるのをお勧めします」

 うむ、なかなか先輩冒険者っぽいお説教ですな。

 でもそれ、若干ブーメランな気がするんだが……気のせいか?


 今回はギルマスが出て来てお説教、ということも無く終わった。

 アルスくんが『やれやれ』という感じで戻ってくる。


「まったく新人のくせに、立場を(わきま)えろって話ですよね」

「えーと……そうだね」

 席に戻ってきたアルスくんに頷いたのは、俺だけである。

 ドンゴとジャニは、お前が言うなとばかりにジト目になっていた。


「何です?」

 ジト目な視線に気が付いたアルスくんが、どうしてそんな目を? みたいに問う。

「いや、別に……」

「小僧もいっぱしの冒険者になったなー、と思ってよ……」

 ドンゴとジャニが適当に誤魔化したような返事をするが――たぶんジャニのは半分嫌味だな。


「そうですか? でもやっと僕のことを認めてくれたみたいで、嬉しいです!」

 うーむ、そう取るか……アルスくんってば、ポジティブ。


 イヤ……ドンゴもジャニも、こっち見んなよ。

 俺はアルスくんの保護者じゃ無いぞ――どっちかっつーと、アルスくんのおまけだ。

 ジャニの嫌味を翻訳してやるつもりは無いからな。

 寄生先の機嫌を損ねるようなことは、とてもじゃないが俺にはできん。


「ところでタロウさん、この依頼受けちゃったんですけど、構いませんよね」

 あぁ、そういやアルスくん依頼の紙剥がしてたね。

 どれどれ――。


【鹿の狩猟:50頭以上200頭まで/1頭につき10000円 ※買取価格】


 ほう、鹿の狩猟か。

 鹿は薬草などの人間にとって有用な植物を好んで食べる、いわば食害を引き起こす獣である。

 なので冒険者ギルドは有用な資源保護のため、定期的に狩猟という名の駆除依頼を出している。


 鹿の狩猟は『ランク:布』以上で無いと受けられない依頼である。

 大猪は『ランク:紙』でも受けられるのに何で? と思うかもしれないが、これにはちゃんと理由がある。


 鹿の狩猟依頼は、金銭的に美味しいのだ。


 ちなみに依頼と関係無く狩った鹿の買取価格は、1頭2000円程度。

 なので猟師などという職業の人など、俺は見たことが無い。

 そんなものになる腕があるなら、冒険者になったほうが稼げるのだから。


 実はギルドはわざと『ランク:紙』の冒険者に、この鹿の狩猟の依頼を回さないようにしている。

 美味しい依頼がやりたかったら、ポイントを稼ぎランク料を払ってランクを上げろということなのだ。

 もちろんもっとランクを上げれば、また別な稼げる美味しい依頼が待っている。


 ただし『ランク:木』以上のランク料は、かなりの高額になる。

 俺たちで言えば『ランク:布』から『ランク:木』になるのには、100万円のランク料が必要となるのだ。

 金儲けのためのライセンスを高額で販売するシステム、それが冒険者ランクというものの実態なのである!


 ……なかなかやりますな、冒険者ギルド。


「アルスくんナイス! これで一稼ぎだ!」

「やっぱり依頼は貼りだされてすぐに見に行くべきですよね!」


 俺とアルスくんは、美味しい依頼にテンション爆上げだ。

 その一方でドンゴとジャニは美味しい依頼を持っていかれて、悔しそうな顔をしている。


 鹿の狩猟依頼は、それだけ美味しいのである。


 鹿狩りか――狩るのはいいけど、運ぶのが大変そうだな……。

 荷車って、ギルドでレンタルしてたっけ?


 ――――


「ふぇ~、これで19頭か――もう夕方だし、今日はこの辺にしとく?」

 俺はアルスくんに、そろそろ切り上げることを提案してみた。


 鹿の狩猟は、思ったよりは数をこなせていない。

 美味しい依頼だけれども、さすがに50~200という数は1日では無理だった。

 だよねー、と今更だけど思う。


 ちなみに狩った鹿は、ギルドから2000円でレンタルした荷車に乗せてある。

 引いているのはもちろん、筋力のあるアルスくんだ。


「あと1頭、キリのいい20頭まで狩りましょうよ」

 食害が出てるとはいえ、移動し続ける鹿を効率良く見つける手段は、今の俺たちには無い。

 狩るよりも見つけることが大変なのは――さて、どうしたら良いものか。


「いいけど、そろそろ日が暮れるから街の近くでね」

 アルスくんはもっと狩りを続けたいようだが、夜はさすがに危険だ。

 俺は【暗視:上級】持ちだから月明りでも昼間とさほど変わらず見えるが、アルスくんはそうでは無い。


 アルスくんが怪我をするようなことがあれば、俺が危険だ。

 それに俺の冒険者生活にも支障が出る。

 まだまだ単独で冒険者生活ができるほど、俺は強くは無いのだ。


 街の近くまで進むと、剣戟の音と叫び声が聞こえた。

「助けて、絶対助けて!」

「大丈夫だ! 絶対見捨てないから!」

「何だよ! ゴブリンって、こんなに強いのかよ!」


 ちょっと遠いが、俺の老眼でも見えた。

 そこでは新人のおバカ3人組が、4匹のゴブリンと戦っていたのである。

 しかも1人は負傷しているのか、尻餅をついた態勢で剣を振り回して防御しているという状態だ。


「タロウさん!」

「見えてる、急ごう!」

 俺たちは鹿の積まれた荷車を置いて、急いで救援に向かう。

 くそっ、全然アルスくんの速度に付いて行けん!


 アルスくんがゴブリンへと到達する。

 そろそろ聞き慣れてきたアルスくんの剣の風斬り音が、4度聞こえた。

 あっさりと全てのゴブリンが倒されたようだ。


「大丈夫でしたか!?」

 アルスくんがおバカ3人組を、無事に助けることに成功したようだ。

 う~む、俺は何のためにここまで走ってきたのだろう……。


「た、助かったぁ~」

「死ぬかと思った……」

「痛てぇ、痛てぇよぉ……」

 なんとか3人は無事だったようだが、金髪が太ももの裏を切られているようだ。

 珍しくナイフを持っていたゴブリンに、やられたらしい。

 しゃーねーな。


「おい、これを売ってやるから使え。代金は定価の5万円でいいぞ」

 俺は荷物の中から、1瓶の回復ポーションを取り出した。


「いや、でも俺たちそんな金――」

「貸しにしといてやるよ。怪我したままじゃ、しばらくは依頼を受けられないだろう? そうなると稼げなくなって、生活もできなくなるぞ――悪いこと言わんから受け取っとけ、金は稼げるようになってからでいいからさ」


 ものすごーく後輩思いなことを言っているように聞こえるが、実は取り出した回復ポーションは、1ヵ月が過ぎて劣化が始まっているポーションである。

 つまりは俺の持っている回復ポーションの、在庫処分をしてやろうという腹だ。


 どうせこのまま持っていても劣化が進んでゴミになるだけなのだ、だったら使えるうちに有効利用して、金と恩に替えてしまったほうが得というものである。


「いいんすか!?」

「いいぞ」

 劣化が進まないうちにどうぞ。


「あざーす! あざーす!」

「絶対金は払いますから! つーか痛てぇよ!」

 金髪の怪我からは出血が続いている。


「礼はとりあえずいいから、早くポーション使ってやれよ」

「ういっす!」

 青髪がポーションを金髪の太ももに降り掛けると、ゴブリンに切られた傷は瞬く間に治癒してしまった。

 おぉっ! 回復ポーションすげーぜ!

 俺もアルスくんも怪我らしい怪我をしてこなかったので、実は回復ポーションの効果を見るのは初めてだったりするのだ。


「おー、すげー! 痛くねー! 動く、動く!」

 金髪がぴょんぴょん跳ねている。

 良かったな、動けるようになって。


「それにしても4匹とはいえ、ゴブリンに手傷を負わされるなんてだらしないですね」

 アルスくんはこういう時、案外容赦が無い。


「だってさ、暗くなってきたところで物陰から奇襲されたんだぜ!」

「そうそう、あんなの気付かないって!」

「俺いきなり後ろから足切られてさー」

 おバカ3人組の言い分は分かった――分かったんだが……。


 こいつらの装備を見ると、全員同じ――剣と皮鎧のお揃い装備。

 まさかこいつら……。


「お前らさ、斥候役とか警戒役をちゃんと決めてたか?」

 俺の問いに、おバカ3人組は互いに顔を見合わせてから、ブンブンと首を横に振った。

 うむ、そりゃ奇襲も受けるわ。


「あのなぁ……3人もいるんだから、1人は斥候とか警戒役をやるのが普通だろうが」

「そうですよ。街の外で何かするなら、ちゃんと警戒しなきゃ」

 さすがにアルスくんも呆れている。


「だってさー、斥候とかカッコ悪りーじゃん」

「そうそう、やっぱ冒険者といえば剣士っしょ」

「警戒役なんてつまんねーし」

 こいつらは……。


「そんなことじゃすぐに死にますよ。例えばこれがゴブリンじゃなくてもっと強い魔物だったら、その時点であなたは死んでました。今日はたまたまゴブリンで、しかも僕らが助けられたからあなた方は生きているんです――3人いるんだから、誰か1人は斥候役になるべきですよ」

 アルスくんが随分と力説している。


「うーん」

「でもなー」

「けどさー」

 理解しろよお前ら、周辺警戒は大事なんだって。


「僕だってタロウさんが斥候役をやってくれているから、なんとか冒険者を続けていけているんです。もしタロウさんがいなかったら、僕は大怪我をしていたかもしれないし、うっかり奇襲を受けて死んでしまっていたかもしれない――死にたく無かったら、そうすべきです」

 なんか俺、持ち上げられてね?

 確かにスキルを得てからは【隠密】や【暗視】を駆使して、斥候の真似事をしてたけどさ。


「僕だって冒険者になってタロウさんと組んで、初めて斥候の大切さが理解できたんです。あなた方も誰かが斥候役になれば、その大切さが理解できるはずです」

 持ち上げられ過ぎて、なんかこそばゆい。


 しばらくの沈黙があった。


「じゃあ、俺がやる」

 金髪が言った。


「いいのか?」

「マジで?」

 赤髪と青髪が聞いた。


「だってさ、俺が一番この中じゃ目がいいだろ? だったら俺が一番向いてるじゃん」

 そうか、良く決断したな金髪よ。

 ちなみに俺は老眼で、あんまし良く物が見えんがな。


「だったらついでに、残りのどっちかが剣以外の得物に替えるのをお勧めするよ。そのほうが色んな相手に対応できるはずだしね」

『エンビェスの青い光』の面々のような、剣・槍・弓・魔法・回復なんてのは、まさに理想だろう。


「じゃあ俺、弓にするよ。ほら、俺って元々弓で狩りしてたしさ」

 今度は青髪だ。

 何だよ、だったら最初から慣れてる弓にしとけよ。


「弓買う金、無いぞ」

 今度は赤髪が……ええい、いい流れだったのに水を差すでない!

 つーか『何とかなりませんか?』みたいな目で見るんじゃねーよ。

 さすがにそこまでしてやる義理はねーぞ。


「自分で稼いで買えよ、それまでは剣でいいだろ」

 俺がそう言うと、おバカ3人組は納得したようだ。

 随分と素直に話を聞くようになったものだ。


 …………


 結局今日の鹿狩りは19頭で終わりとなった。

 納品はしたけども、50頭を超えていないのでまだ金は貰えない。


 飯を食って宿に帰って、今日はもう寝るとしよう。


 ……と、その前に。


【スキルスロット】を回そう♪


 正直に言うと、俺は今まで迷っていた。

 生活の安定のために『職業スキル』を回すか、自分の弱さが心細いので『戦闘スキル』を回すか、やはりファンタジー異世界に来たからには『魔法スキル』を回すか、という3択で。


 アルスくんが前衛だし、ここはやはり魔法スキルを手に入れようかと心が動いていたのだが、今日のアルスくんの言葉で腹が決まった。

『職業スキル』を回そう。


 まさかアルスくんが、俺のことをあんなにも斥候として頼りにしていてくれたとは……。

 おバカ3人組を説得するための方便だったとしても、それでも俺は嬉しかった。


 なのでここは『職業スキル』を回して斥候系のスキルを引き当て、俺は更に斥候職としてグレードアップし、アルスくんの優秀な相棒となってやるのだ!

 もちろん斥候系ではなく、鍛冶師系とか薬師系のスキルでも大歓迎なのは変わっていない。


 という訳でまずは――。

「ステータス」

 もう眠っているアルスくんを起こさぬよう、静かにステータスを確認だ。


 ※ ※ ※ ※ ※


 名 前:タロウ・アリエナイ


 レベル:7/100


 生命力:443/443(700)

 魔 力:505/505(700)


 筋 力:41(72)

 知 力:47(73)

 丈夫さ:28(72)

 素早さ:15(71)

 器用さ:60(75)

 運 :72


 スキルポイント:4


 スキル:【スキルスロット】【アイテムスロット】

【光球:初級】【着火:初級】【暗視:上級】

【お宝感知:上級】【隠密:極】【鍵開け:上級】


 状態異常:老化


 ※ ※ ※ ※ ※


 レベルは鹿の狩猟をしているうちに更に1上がって7になっている。

 ステータスの数値も跳ね上がった。

 でも全然アルスくんには、能力的に届く気がしないんだよねー。


 スキルポイントは4。

 これだけあれば『魔法スキル』を手にすることができるのだが、今回はお預けだ。


 そんな訳で今回も始めましょう。

「【スキルスロット】」

 投入するスキルポイントはもちろん『2』ポイント、職業スキルを回すのだ。


 頼むぞ来てくれ斥候スキル!

 レバーオン!

 3つのリールがグルグルと回転し――左がまず停まる。


<気配察知> ―回転中― ―回転中―


 よっしゃ! ご都合主義キタ――――\(^o^)/――――!

 これだけで職業スキルを回した価値があったぜ!

 次に真ん中のリールが停まった。


<気配察知> <隠蔽> ―回転中―


 ほう、これはまた更に斥候感が……。

 そして最後のリールが――停まった。


<気配察知> <隠蔽> <罠解除>


 おぅ……こいつはご都合主義が過ぎないか?


 頭の中にアナウンスが流れた。

 《職業『斥候』コンボが揃いました――ボーナスとして熟練ポイントが10加算されます》


 これは運良くご都合主義が降臨したのか、はたまた別な何かが引き起こしたのか――とにかくこれで俺は『盗賊』から『斥候』にクラスチェンジだ。


 熟練ポイントを消費して、それぞれのスキルを【気配察知:極】【隠蔽:極】【罠解除:上級】にした。

 これで俺も主役級の働きが!――てのはさすがに無理として――。

 それでも、モブからチョイ役くらいにはなれたかな?


 さて、やることやったし、もう寝るべ。

 明日も続く鹿狩りが、これで少しは楽になるといいなー。


 ――――


 ― 次の日 ―


 俺たちは、依頼の真っ最中である。


「これ以上はもう無理だ、諦めて街へ戻ろう」

「いえ、まだいけます!」

「無理だって、これ以上無理したら取り返しのつかないことに……」


 正直に言おう、俺はもう限界だと思う。

 だがアルスくんは、俺の言葉に耳を傾けるのを拒否している。


「まだあと少しなら」

「だから無理だって――ほらもう何もしなくてもギシギシいってるじゃん、これ以上荷車に積んだら壊れるってば!」


 そう、荷車の上には、狩った鹿が山のように積み上げられていた。

 おかげで荷車がもう壊れそうなのだ。


 俺が昨日獲得した【気配察知:極】のおかげで鹿の発見効率が飛躍的に向上し、あまりにも狩りが順調すぎるのが原因である。

 ちなみにまだ午前中。


「これレンタルだから壊れちゃったら弁償しなきゃいけないし、何より一度街へ戻ってまた別な荷車を引いてこなきゃいけないんだからさ。ね、頼むから一旦街へ戻ろうよ!」

「でもあと2頭で昨日と合わせて70頭なんですよ? キリがいいじゃありませんか」

「イヤイヤ、もう完全に過積載だから。ほら、ここに書いてあること、ちゃんと読んで!」


 荷車は普通より大きいサイズの4輪で、最大積載量が4tと記載されている。

 積んである鹿の頭数は49頭。

 鹿のサイズは様々ではあるが、平均1頭100kgは間違いなく超えているだろう。


 おそらく総重量は5tどころか、下手したら6tを超えているかもしれない。

 ここは安全の為に一度街へ戻るのが、俺としては絶対に正解だと思う。


「ほら、ここにちゃんと『最大積載量を超えて、荷物を積むことは禁止します』って書いてるじゃん。ね、だからここは我慢して、一度戻ろうよ、ね、ね」

「うーん……分かりました、タロウさんがそこまで言うなら諦めます」

「分かってくれたか……良かったー」

 ここまでアルスくんが頑固だったのは初めてだ――つーかアルスくんってば、仕事中毒(ワーカホリック)っぽいところあるよね。

 この辺は年長者として、気を付けてあげといたほうがいいかもしんない。


「でもこのペースなら、今度は荷車2台を引いてきたほうがいいですね!」

 2台――つまりは俺も荷車を引くってコトだね。

 ふむ……。


 とりあえず目の前の過積載の荷車を引いてみる。

 ……うぐ……これは重い……。

 が……おや? 何とか動かせないことも無いぞ?


 筋力のパラメータ上昇のおかげか、全くムリということも無い。

 だからと言ってこれを街まで運べるかとなると、それも難しそうだ。

「俺が引く荷車は、2tので良い?」

 おそるおそる聞いてみると――。

「え? タロウさんも荷車引きたいんですか?」

 と返事をされた。


「へ?」

「え?」

 顔を見合わせる2人……。


「荷車2台引くんだよね?」

「はい、2台連結で引きますよ?」

 連結……だと?


「連結なんてできるの?」

「嫌だなぁ、レンタルする時に説明してもらったじゃないですか。連結は3台までできるって」

「すまん、覚えて無い」

「荷車は連結して僕が引きますよ。タロウさんは周辺警戒しなきゃいけないんですから、身軽な方がいいでしょう?」

 なるほど……それもそうか。


 俺の仕事は襲撃者や鹿を奪いに来たりする連中を、事前に察知することだしな。

 楽したい訳じゃ無いぞ、こういう役割だから。


 ホントだぞ?


 …………


 帰り途中で知ってる気配を察知した。

 またあいつら――おバカ3人組である。


 それはいいのだが、その他にも4人の人間の気配がある。

 問題はそいつらがおバカ3人組に、暴力的な気配を纏わりつかせながら近づいていることだ。


「アルスくん、前方約1kmに新人おバカ3人組。それとは別におバカ3人組に近づいてる、ヤバそうな人間の気配が4つ――そいつら何しに近づいてると思う?」

 アルスくんが荷車を引くのを止め、剣の位置を直した。


「たぶん盗賊ですね」

「盗賊? 冒険者を狙ってか?」

 普通は冒険者を狙うなんてあり得ない、狙うには反撃のリスクが大きすぎる。


「僕に冒険者の技能を教えてくれた先生が言ってました、新人冒険者を狙う盗賊が時々いるって――あと、だいたいそういう奴は食い詰めてて凶暴になっていて、話をするだけ無駄だとも言ってました」

「それ、まずくね?」

「まずいですね、だから――急ぎましょう」


 アルスくんが荷車から手を放し、代わりに剣の柄を握って走り出した。

 もちろん俺もすぐに後を追う。


 あっさりとアルスくんに引き離される俺。

 それでも頑張って走る。


 1分も走ると、おバカ3人組が見えた。

 アルスくんはとっくに到着している。

 何やら話をして――俺から見て右側に向かって、全員が武器を向けた。


 武器を向けた方向から4人の男が襲い掛かってきた。

 こちらが迎撃しようと構えていようがお構い無しで。


 俺が到着する前に、2人の盗賊がアルスくんに切られて倒された。

 残りは2人。

 盗賊が避けた!

 1人だけやたらと素早い。


 残った1人はおバカ3人組をけん制している。

 あの素早い盗賊なら、アルスくんに勝てるとでも思っているのだろうか?


 ようやく現場に到着した。

 つーか俺が到着するまでまだ決着してないとか、あの盗賊すげーな。


 アルスくんと相対してるヤツはいいとして、3人組をけん制してる盗賊がそろそろ連中の弱さに気付いてしまったようだ。

 獲物を狙う目になって隙を伺っている。

 これはやっぱ助けてやるべきか……。


 短剣を持っている腕でも切ってやれば、あとはあの3人組でも対処はできるだろう。

 俺は【隠蔽】と【隠密】を使って、存在を消す。


 近づこうと思ったところで、倒れている盗賊の1人が気配を失っていないのに気付いた。

 しかもその気配が一瞬で殺気に変わって――ヤバい、狙ってるのはアルスくんの背後だ!


 気が付くと、剣を持って跳ね起きたその盗賊の喉に、俺は反射的に短剣を当てていた。

 アルスくんを狙って勢いよく前に進もうとする盗賊。

 当然短剣を当てていた喉は、大きく切り裂かれることとなった。


 これはたぶん()っちまったな。

 またつまらぬものを切って――などと考えてる場合ではない。

 おバカ3人組を助けてやらねば。


 振り向くとおバカ3人組をけん制していたはずの盗賊が、こちらへ向かって来ていた。

 そりゃそうか――【隠蔽】や【隠密】を使っても姿が消える訳では無い、気付かなくなるだけなのだ。

 仲間の首が切られるところを目の当たりにしてしまえば気付くも気付かぬも無い、バレバレである。


 なので俺は盗賊を警戒しながらおバカ3人組に近寄り、連中を盾にして背後に隠れる。

 ここでもう一度【隠蔽】と【隠密】の発動だ――クールタイムの無いスキルって、いいよね!


 一旦姿を隠してしまえば、また俺を見失わせることができる。

 相手が見失ったところを見計らって、俺は死角からこそこそと後ろへ周り――ん? なんか隙だらけだな。

 剣を持っている右腕の脇の下を、短剣で突き刺した。


 短剣を抜くと同時に、血しぶきが飛ぶ。

「今だやれ!」

 おバカ3人組に向かって叫んでやると『『『うおおぉぁぁ!』』』と、訳の分からん叫びとともに脇の下を刺された盗賊に3人が襲い掛かかる。


 あとは見物してても良かろう。


 喉を切り裂いた時の感触が手に残っているが、以前のような気持ち悪い感じでは無い。

 慣れた――というより、おっさんになったがゆえの感性の鈍さによるものか?

 若者みたいな敏感な感性なんぞ、とうの昔にどこかに消えちまったからなー。


 …………


 すぐに残った盗賊の始末も終わった。

 死体を埋めるのはおバカ3人組に任せ、俺とアルスくんは街へと戻る。


 鹿の討伐200頭を、その後連結した荷車3往復で達成したのは、陽が沈んだ直後であった。

 経費を差っ引いても1人頭100万円近く稼いだ俺たちは、遅くまで祝杯を上げる。


 宿へと戻って考えたのは、今後のスキルの取得方針。

 ぶっちゃけアルスくんでも手こずる相手がいた、というのは驚きだったなー。


 俺は今まで、アルスくんが無敵のようなつもりでいた。

 でもそうでは無い。

 やはり俺自身の強化も必要なのだと、今日になって初めて気付かされた。


 そうなると今度の【スキルスロット】は『戦闘スキル』か『魔法スキル』を回そう。

 俺たちに足りないのは、遠距離攻撃だろう。

 だったら『魔法スキル』だな、やっぱ魔法とか使ってみたいし。


【隠蔽】と【隠密】を使って、誰も気づいて無いところからの奇襲魔法。

 これってカッコ良くね?

 よし、次は魔法で決まりだ。


 あとは明日考えよう。

 今日はもう眠い。


 鹿狩りは稼げたけど疲れたよ……。


 明日起きたら、アルスくんに休日を提案してみよう……。

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[良い点] すごく面白い スロットがドキドキします
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